第23章 ── 第6話

 午後になり、呼び出された王城へと向かう。


 長きに渡り主人不在の王城だが、しっかりと手入れがなされているようで、非常に美しい城だった。


 エルフの城のような優雅さとは趣の違う美しさを感じる。

 機能美を追求した感じだろうか。

 二〇〇〇年以上前に作られた城だが、技術水準の発展とともに改良が施されているような気がする。


 城に上がる大きな階段の左右に水が流れる斜面になっている水路があるのだが、城の上方向には水源になるようなものは見当たらない。下から水を汲み上げて、水路に水を流している仕組みのようだ。


 動力がどうなっているのか非常に気になるね。


 階段を上りきると巨大な鉄製の入口がある。これも謎の動力で自動ドアのごとく開いた。


 魔力感知センス・マジックを無詠唱で掛けてみたが、魔力は全く感じ取れないから、別の動力なのは間違いない。


 機会があったら見学させてもらいたいものだ。


 さて、城へ入り、長い廊下を警備の兵士に連れられて奥に進む。


 城の基礎となる一階は、ウェスデルフの王城のように岩盤を掘りぬいた物だった。

 ただ、ドワーフの職人の手による細工や意匠が、美しさにおいては追随を許さない。

 トリエンの墓地にあった霊廟を思わせる意匠と言えば解りやすいだろうか。

 東側では有名なドワーフ石工、ランドール・ファートリンにも匹敵する職人がいるということだろう。


 ちょっと見て回っただけでも、ドワーフ王国は金の匂いがプンプンする美味しそうな国に見える。


 高い技術力、貴重な地下資源の採掘と加工、住人の戦闘力……


 この国を開国させる前に、我がオーファンラント王国と友好的な関係を築けないかな。

 特に地下資源の交易は、俺にとっても外せない案件となるだろう。


 廊下を進みながら思案を巡らせていると、目的となる場所まで来たようだ。


 大きめの意匠の美しい扉の前まで来て、兵士が徐に扉を開けた。


 音もなく開いた扉の奥は、大きな広間になっている。

 左右にひな壇のようなものが設えてあり、一番奥には王座が鎮座している。


 そのひな壇には所狭しとドワーフやスプリガン、ノームが座っていた。


「冒険者の方々をお連れいたしましただなや!」


 兵士がそう宣言すると、ひな壇の端にいた楽隊がファンファーレを鳴らす。


「おお」

「あれが!」

「人間とエルフだなや」

「エルフを見るのはワシ初めてだなや」


 口々にひな壇のドワーフたちがヒソヒソ始めた。


「さ、冒険者殿、謁見広場の真ん中の椅子にお座りくださいだなや」


 兵士に言われたので、俺たちは並んでいる椅子に遠慮なく座る。


 豪華なローブに身を包んだノームが王座のあるところに歩いていく。

 王座に続く階段を登り、一番上に行くとノームは振り返った。


「団長議会の開催を宣言する!」


 ノームが宣言すると、ひな壇のドワーフたちがパチパチと拍手をした。


「さて、本日の議題であるが……テオドール・ロスルド鍛冶団長!」

「はっ!」


 呼ばれたドワーフが王座へ続く階段の前に設えてある演壇に上がった。


 ああ、鍛冶屋の長老さんだよ。テオドールって名前だったのね。

 鍛冶屋で一番の長老って聞いてたし、団長だろうとは思っていたが。


「本日、団長各員に集まっていただいたのは、今回お呼びしておる冒険者殿たちのもたらした情報についてとなるだなや」


 情報? 何だっけ? 鍛冶技術の事? 王族の末裔が大陸東で鍛冶屋やってる話?


「ロスルド団長、情報とは何だや?」

「重要な情報なんじゃろね?」


 何人かの団長が長老に声を掛けている。それを聞いたテオドール長老はニヤリと笑った。


「冒険者殿がもたらしてくれた情報とは、我らの王の情報だなや!」


 テオドール長老の言葉に、ざわめいていた周囲の声が一斉に消えた。


「冒険者殿、我らの王の情報を今一度、我ら議会で話してはくれまいか?」


 案の定だが、別に隠す必要性のない情報だし、話してもいいだろう。


「いいよ」


 俺は立ち上がると、広間に集まっている者全員に聞こえる程度の大きな声で話す。



「まず、貴方たちの王かどうかは解らないとだけ言っておくよ。

 俺たちの知り合いにマストール・ハンマーというドワーフがいる」


 俺がそういうと、周囲からは「おお!」という歓声が少なからず上がった。


「彼は、大陸東にあるファルエンケールという妖精の国に所属していた」


 ここまで話すとトリシアが立ち上がった。


「私はトリシア・アリ・エンティル。

 昔、マストールとチームを組んで冒険者をしていた事がある者だ」


 トリシアは一度言葉を切って、周囲の反応を見てから続ける。


「妖精国ファルエンケールは、大陸東のアルテナ大森林にある妖精国家だ。

 私は一度、マストールと共に冒険者を引退したが、今は見ての通り、また冒険者をしている。

 私と共に引退したマストールは、ファルエンケールで鍛冶工房区の責任者をしている」


 トリシアはマストールの今の立場などを説明する。


「ハンマーの氏族は、腰を落ち着けたマストールに従い、ファルエンケールで重要な役職に付いた。妖精国の防衛と技術発展に寄与している」


 といっても、最近ではトリエンの俺の工房に入り浸っている気がするが。


 まあ、彼の親族がファルエンケールにいる限り何の問題もないとは思うが、当主が他所に出たままってのはどうなのか。

 ドワーフ王国の王族ってそういう気質なのかね?


 マストールのトリエン滞在は、俺の領土としては非常に助かる事ではあるけどね。


「エルフ殿、今の王は我が国にお戻りになられる気はないと申されるか?」


 綺羅びやかな衣装を纏ったドワーフがひな壇から立ち上がり、トリシアに話しかけた。


「いや、その辺りは私も知らん。マストールは過去を話したがらない人物だからな。彼の親族の事は私でも知らんし、本当にこの国の王族なのかも聞いていない」


 綺羅びやかなドワーフは、少しガッカリしたように腰を下ろした。


「えーと……これは話してもいいのかな? ファルエンケールの国家機密なるのかもしれないけど、今マストールの氏族は、その妖精国でアダマンチウムの増産に力を入れていると思う」


「おお! 王はとうとうアダマンタイト鉱床を発見したか!」


 どうも鉱夫団長と思われるゴーグルが付いた皮の帽子を被ったドワーフが嬉しげな大声を上げた。


 ここのドワーフたちは試掘隊を外界に何度が送ったが、他のアダマンタイト鉱床は発見できていないそうだ。

 王の助けにと送り出し、あわよくば発見して王の帰還を早めようと考えての事らしい。


 王の一族自らが二〇〇〇年前に探索に出たので、一〇〇年に一度程度しか送っていないようだけどね。


 ちなみに、土竜人族の手柄でデルフェリア山脈の地下にもアダマンタイト鉱床は発見されていたりしますがね。


 この王国があるローデーツ山脈より高い山々だし、あっても不思議はないと俺は思っている。


 ただ、このローデーツ山脈はデルフェリア山脈より低いのに、気候はあの山脈より劣悪だ。

 雪は多いし、重力異常でもあるのか山頂付近はデルフェリアより酸素が薄い。

 そんな観測データが大マップ画面の情報から判明していたりする。


「まあ、マストールの話では、近年発見した鉱床らしいし、エルフが環境問題で煩かったので、開発が遅れたそうだよ」


 マストールの依頼で俺が作った粉塵除去装置や水質清浄装置などが無かったら開発は進められなかっただろう。


「では、我らは王の元へ参る必要が出てくるのではないか?」

「王が腰を落ち着けられたと申されたようだし、それが良いかもしれぬな」


 何人かの団長が移住の可能性を口にする。


「しかし、我らは王より、この地を守るように仰せつかっておる。無闇に王の元に馳せ参じては、叱責されるやもしらんだなや」

「しかり、しかり」


 意見が二つに綺麗に割れた。

 どちらの意見もごもっともではある。


 しばらく意見のやりとりを見ていると、二つの意見を言い合う中心的人物がひな壇から降りてきて、広場の真ん中で喧々諤々の熾烈な意見交換を始めてしまう。

 それは最終的に殴り合いの喧嘩になってしまう。


「お前はいつもそうやって!」

「なんの! 貴様こそ!」


 かなり激しい殴り合いなのだが、ひな壇の団長たちは止めに入る気配すらない。


 俺は少々心配になったので、二人の間に割って入った。


「いい加減にしろ! 殴り合う必要があるのか!」


 俺は二人に軽い当て身を入れて昏倒させた。


 大怪我させるより穏便だよね?


 それを見たローブ姿のノームが王座の階段を降りてきた。


「調停者が現れた! 調停者の意見を聞いてみるとしよう!」

「え? なんて?」

「冒険者殿、貴君は争う者の間に入り、見事争いを諌めた。調停者として二つに割れた意見をどちらも満足する提案をしなければならない」


 何だと……そういう法律があったりするんかよ。ドワーフ王国めんどくせーーっ!


 内心叫びたいのを堪えて、俺は思案した。


 まず、移住を主張する者の意見としては、王が新しい安住の地を見つけたら、それに従い移住する事が、王との約束だという事が根拠だ。


 移住を反対する者の意見は、王が帰還するまで都市を守る事を命令されているという事を根拠としている。


 どちらも当時の王からの約束と命令なので、この相反する意見を矛盾なく解決するのが、間に入った者の義務らしい。


 なら、やるべき事は一つだな。


「ちょっと待ってくれ。問題の原因に意見を聞いてみる」


 俺は耳に手を当てて、念話スキルを発動した。


 当事者は俺ではなくて当時のドワーフ王なのだろうが、当代の当事者はマストールのはずだろう。

 ヤツがのほほんと鍛冶仕事を楽しんでいるだけなのは許せません。


 この争いに終止符を打てる存在は、マストールしかいませんからね。

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