第23章 ── 第4話

 長老のところに案内したドワーフ二人は、いつの間にか持ち場の都市入り口の宿営地に帰っていて、周囲に見当たらない。アモン以外の仲間たちも同様だ。


 まあ、俺が鍛冶仕事を始めると長いからな。


 俺とアモンは長老に案内されて近くの酒場に移動する。

 鍛冶仕事を一つ片付けたら飲みに行かなければならいらしい。

 それがドワーフの仕来りだとか。


 ファルエンケールのドワーフには、そんな仕来りなかった気がするんだが。

 マストールも飲んでなかった。鍛冶場に置いてあった水分補給用のビンの中身が酒でなければだが。


 長老が酒場のドアを乱暴に開けて中に入ると、突然大きな声を張り上げた。


「皆の者ども!! 聞けぃ!」


 突然の声にワイワイとやっていた酒場のドワーフやスプリガンたちが動きを止め振り向いた。


 全員がこちらを見ているのを確認した長老は、さらに続ける。


「我らの王の知り人が来訪した!! 知り人は確かなる技術を携えてやってきた!!

 まさに慶事である! 飲め! そして歌え!! 我ら鍛冶区は祭を始めるだなや!!」

「おおおおおおおおお!!!」


 地面が揺れるほどの歓声があたりを包んだ。


 静まり返っていた酒場が一気に騒がしくなり、ドワーフたちは飲めや歌えの大騒ぎを始める。


「ささ、冒険者殿。飲みましょうぞ! 歌いましょうぞ! 踊りましょうぞ!」


 長老に手を引かれカウンターに向かう。

 カウンターに行くと酒の入ったジョッキを渡されたので、受け取り飲み干した。

 アモンも無理やり渡されて困った顔をしている。


「コラクスくん。折角だし、楽しもう」

「しかし、私は主様の給仕が……」

「給仕いらないよ。今は楽しめばいいんだよ」


 長老は本当に嬉しそうに酒を飲み、カウンターに飛び乗って歌って踊る。


 王族の情報を知れた事が、そんなに嬉しかったんだろうと思う。

 二〇〇〇年も待ち続けた王の情報だろうしね。


 しかし、二〇〇〇年か。気が遠くなるほどの時間だな。


 マストール曰く、ドワーフの寿命は三〇〇~八〇〇年。振れ幅があるが一〇〇〇年は生きない。

 マストールも人生半ばを過ぎたような事を言ってたような。

 だとすると、ドワーフの王が故郷を後にしたのは、五~六世代も前になるだろうか。


 仲間たちも騒ぎを聞きつけて酒場にやってきた。


「ケント! 楽しそうな事を始めたの! 我も仲間にいれてたも!」

「なんか祭になっちゃったよ」

「ケントの行くところ、どこでも祭みたいなものだ」


 トリシアがニヤリと笑いながら言う。


 そんなに祭さわぎになんかしてないんだが。


「ケントさん。フラちゃんと宿屋を確保してきました!」


 得意げなアナベルとフラウロスが褒めてもらいたそうにしているが、素直に褒めたくはない。


 大体、手に山のように抱えている屋台料理は何だ?


「それは助かる。この地下都市にも宿屋があるんだな」

「あそこは行商とか隊商の休憩所みたいなものらしいですよ」


 俺はアナベルの報告を聞いて頷いておく。


 ふむ。確かに通り過ぎる時に見たが、馬車を収納する場所とかがあったね。

 人通りもないトンネルなのに凄い整った設備だったもんな。

 現代社会で言うと高速道路のサービスエリアみたいな?


 なにげに周囲の喧騒を観察していると、所々にハリスがいて、ドワーフたちと話しているのが見える。


 どうも情報収集しているような気がするな。

 ソツがないな。

 本来の忍者としての任務も忘れていないハリスの兄貴、マジかっけぇ。



 祭は周囲の区画も巻き込んで都市全体に広がっていく。


 祭は昼夜続き、終わったのは二日後の朝方近く。


 よくまあ、これだけ飲んで食って騒げるものだと感心したよ。ドワーフの体力舐めてた。

 以前、ファルエンケールで酒の強さに驚いたもんだが、本場のドワーフたちはそれ以上だった。



 アナベルが手配した宿屋はトンネルから降りてきたときに通った階段通路の近くで、人間でも泊まれるサイズの建物だった。


 祭の疲れを癒やしつつ、ハリスが集めてきた情報を聞く。


 このドワーフの国の名前は「ハンマール王国」。

 卑金属から貴金属、魔法金属などの鉱石を採掘し加工する事を生業とした古い王国らしい。

 この手の産出品は人間たちの国にも貴重な資源なので、王国は大いに繁栄していた。


 だが、長老などからも聞いたように、二〇〇〇年ほど前に地下にドラゴンが現れて、魔法金属や希少金属の鉱床が汚染された。

 そのため地下は封印され、産業は緩やかに衰退していく。


 当時の王はそれを憂いて、民たちに留守を任せて、外界の地へと遠征の旅に出た。

 それ以降、王の消息は知れなかった。


 残されたドワーフの民は、王の帰還を待つためにも、都市の機能の維持や外界との交易を保つために日々努力してきたという。


 なんともまあ、可哀そうなドワーフたちと思いたいところだが、俺の会ったドワーフたちは非常に楽観的で、悲壮感もまるでなかった。


 また、軍事面の話だが、人間の国が攻めてきた事が何度もあるらしい。

 その侵略軍は全部アゼルバードの軍隊だったそうだが、数百年前に国が滅ぶほどの出来事があり、今では攻めて来る者もいないとか。


 ちなみに、その出来事の所為で今のアゼルバードは砂漠の国になったとか何とか。それより前は緑の豊富な国だったそうだ。

 アゼルバードに何があったのかはドワーフたちは知らないらしい。


 ここまで報告された時に、アモンとフラウロスが見つめ合って頷き合ってた。


「何? 二人とも何か知ってるの?」


 俺がそう聞くと、二人とも頷いた。


「はい。詳細は知りませんが、概要は知っています」

「左様でございます。我が主よ。ベリアルが関わっていたと我は聞いた記憶があります」


 当時、ベリアルがアゼルバードに召喚されたらしく、ベリアルの怒りを買ってアゼルバードは滅ぼされたんだと。

 当時の救世主がベリアルと戦い撃退したらしい。


 救世主はシンノスケだね……

 ベリアルが国を一つ滅ぼしてたとか寝耳に水ですけど。


 ラリュースが持ってた指輪の出どころは、アゼルバードだった可能性があるね。

 多分、あの指輪で召喚されたんだろう。


 トラリアで召喚された時のベリアルの反応を見れば解るけど、アゼルバードでの召喚が相当お気に召さなかったんだろうね。一国を滅ぼすほどだし。

 破壊の堕天使、マジパネェっすな。


 話を戻すと、トラリアは襲ってきたことは無いそうだ。

 当時、バルネットとの戦争があったんだし、二正面作戦を取るほどの無能はいなかったと考えるべきだろう。


 ま、だから困ってるエルデンの人々は助けているのではないかな?


 ちなみに、ハンマール王国の男は全てが兵士としての訓練を受けている。

 皆兵制度を導入しているので、普通の国の軍隊よりも強いと推測できる。

 筋肉だるまの軍隊を相手にしたら、普通の人間では太刀打ちできないだろう。



 産業面について。


 地中深くの鉱床が汚染されているといっても、金銀銅、卑金属などは地表近くで採掘できるので、産業としては困らないらしい。

 魔法金属の精錬技術は、材料が採れない所為で失伝したみたいだけどな。


 それでも、金銀銅は外界では希少な金属だ。今でもアゼルバードの港町で取引すると良い金になる。


 砂漠を旅する物好きな商人は皆無なので、ハンマール王国の存在は、今では誰も知らない。

 放っておけば勝手にドワーフがやってきて売ってくれるんだから、わざわざ砂漠に探索に出るほどじゃないって事だろう。


 世間知らずの行商ドワーフが、外界の取引相場など知るはずもなく、そういった品物は買い叩かれているようだとハリスに言われた。


 ふむ。相場を知らないとそうなるか。

 ハリスの調べでは、金貨一〇枚分ある金塊を銀貨二枚程度で売ってる店を見たらしいので間違いないだろう。


 要は、ここの貴金属は外の人間世界の相場の四〇分の一の価格で取引されているということだ。


 こりゃ、世界の為替相場が暴落しそうな値段だよな。


 ハンマール王国の存在が外の国に知られて、そういった安い金属が世界に大量に取引されて流通し始めたら、間違いなくインフレーションが起こるよ。


 そうなったら流通量をコントロールするか、価格設定をどうにかしないとマズイ。


 一番簡単なのはハンマール王国を外界の国に知られないようにすることだ。


 ただ、ドワーフは金儲けに血眼になるようなヤツがいないっぽい。

 ハンマール王国内での物価は驚くほどに安いんだよね。


 ちょっと金を掘って港町に行けば必要な物は大量に手に入るので、欲張る必要もないって事だろうか。


 この国にはドワーフ、ノーム、スプリガンなど、小人系の妖精族がメインだそうだが、ただ単に採掘、精錬、加工だけしているわけではないらしい。


 ノームやスプリガンは魔法関係に長けている者が多いので、それなりに魔法技術の研究なども行われている。

 魔法道具の開発、製造までには至ってないが、それなりに強力な魔法使いスペル・キャスターも何人かいるらしい。


 小さいながら魔法学校もあるとか言ってたので、ちょっと見学してみたい気もする。


 ちなみに、あのダレルが、この魔法学校出身って所までハリスは調べ上げてきた。

 家族もこのハンマールに住んでいるようで、ダレルの現状を報告してきたそうだ。


 ダレルの所業とその後の状況を聞いて、ダレルの家族はため息を吐いて「あいつにはいい薬」と言ったそうだ。


 家族からも労働奴隷落ちに納得されるとはな。


 昔から手癖も悪く暴力的で、学園内において同級生に大怪我をさせた為、ハンマールから逃亡したんだと。

 なので、ハンマールでは未だに指名手配犯らしく、他国で捕まった事を知った家族すら、厄介者と考えていたようだ。

 ダレルはハンマールで捕まったら両手を斬られる刑らしいよ。


 やっぱりダレルって、救えないクズ野郎だったんだな。

 ノームの魔法使いスペル・キャスターも珍しいと思ってたけど、いまさらヤツの経歴を知る事になろうとはね。


 とにかく、ヤツがハンマールの存在を外界で吹聴しなかったのは重畳というべきか。

 ま、指名手配犯だけに出生国などは隠していたんだろうけどね。


 それと、アイツが米の存在を知ってたのも、ハンマール出身なら納得だよ。

 トラリアが隣にあるんだからねぇ。

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