第23章 ── 第3話
見ているのもなんだし、ドワーフの長老の作業を手伝ってやることにする。
こういう作業はマストールの手伝いを何度もしているので得意だ。
作業の邪魔にならないように、そして作業の手助けになるように立ち回るだけだ。
溶鉱炉の温度を調節したり、工具の整理をしたりと、俺もくるくると作業をする。
仲間たちは俺が作業助手し始めたので、好き勝手に工房の見学を始めてる。
「焼きを入れるぞ」
「了解」
長老はそう宣言すると焼入れ作業の前段の作業を始めたので、俺は焼入れ用の桶を用意して油樽から油を注ぎ入れた。
長老は油に指を突っ込み、温度を確かめている。
「うむ。ちょうどよいだやな」
そういうと、長老は作っていた物を油に突っ込んだ。
頃合いを見計らい、長老は作っていた物を引き出した。
取り出された物体は剣のようだ。
ドワーフにも使い勝手が良さそうなグラディウスほどの長さの剣だ。
長老が取り出したグラディウスを入念に調べているので、俺は仕上げ用の砥石などを準備する。
チェックが終わったのか、長老は剣を研ぎ始める。
俺はというと、今まで作業で散らかった鉄床の周囲を片付けておく。
しばらくして、長老が満足げにグラディウスを壁に立て掛けた。
「いい出来だ。ほれ、次の作業に入るだなや。準備しろ」
「ほいよ」
俺は溶鉱炉の横に置かれていた鉄のインゴットを炉にセットして、温め始める。
フイゴを操り、インゴットをどんどん熱していく。
その作業をじっと見ていた長老が、鼻を鳴らした。
「お前、どこの工房のヤツだ? 手際からしてマーフの所が? 中々に手際がいい。ワシの弟子にしてやろう」
突然、そんな事を言われてもな。マーフって誰だよ。
「いや、俺は冒険者だよ。ドワーフでもないし」
そういうと、長老はキョトンとして俺の顔を見た。
「な、なんだや!? よく見たら人間だなや!? お前、何者だなや!」
今頃かよ。
「俺はケント。旅の途中の冒険者だ」
「冒険者ケント? 聞いたこともない」
「そりゃそうだ。ここに来たの初めてだし」
「それにしては、鍛冶の腕はありそうだなや?」
長老は怪訝そうな顔だ。
「ああ、師匠が一流でしたからね」
「ほう。そやつの名前を聞いておこう」
「えーと、マストール・ハンマーっていう……」
もう一人、ヘパーエストの名前を出したい所だが大騒ぎになりそうなので自重しておこう。
「ハンマーだと!!」
長老が興奮気味に俺に詰め寄ってくる。
「え? 長老はハンマー氏族をご存知で?」
「ご存知もクソもあるかい! ドワーフの初代王の氏族だなや!」
「ええー? マストールが王様の末裔? マジか?」
「マジもクソもない! どこに居られるのか!?」
「いや……大陸東方で鍛冶屋やってるけど?」
長老は愕然とした顔で固まってしまった。そして落胆したように腰を下ろした。
「王は東の地におられるのだなや……」
どういう事だよ。マストールはハンマー氏族の当主だけどさ。ハンマー氏族が王族だとしても、この国に、今も王様はいるはずだろう?
「何か事情がありそうだね?」
「我らはハンマー王の臣民の末裔だなや。王が新たなる領土を探しに、ここを出てから
我らはずっとこの地を守って来たんだなや」
長老の話はこうだ。
この地が毒を履く竜によって荒廃していく中、当時の王様は配下の者を連れて、新たなる地を探しに出たらしい。
それから二〇〇〇年経つが、王は戻らず、地は荒廃したままだという。
王が戻らないので、ドワーフたちはずっと昔ながらの生活を守りつつ、この地を守ってきた。
幸い、通常の金属や金、銀、銅などの貴金属は採掘できたので、今まで生き残ってきたらしい。
「ふむ。魔法金属だけが汚染されているとすると、その毒は特殊な性質があるみたいだな」
長老からもたらされた情報から、竜の出す毒が通常の毒と違って魔法特性をもつモノだと言えそうだ。
テーブルの上のお茶を飲みつつ、長老の話をもっと引き出そう。
「このお茶うまいだなや。どこから持ってきた?」
そういや、何でお茶が?
見れば、アモンが執事面で茶器からお茶をカップに注いでいた。
用意周到ですなぁ。
「今日のお茶はフソウ産の茶葉でございます」
「そうなのか。でも、これ紅茶だよね?」
「ええ、トラリアで加工されたものです」
しまった。トラリアには紅茶も売ってたのか。ドタバタしてたので仕入れそびれたか。
俺はインベントリ・バッグからレモンを取り出してナイフで輪切りにする。
それを各々のカップに入れてやる。
「ほう。その実は初めて見るだなや」
「レモンだよ。アゼルバードでは出回ってないのか?」
長老がレモンをつまみ上げ、興味深げに眺めている。
「黄色いだなな。匂いも悪くない」
で、そのまま口に放り込んだ。
「ほおおおおおお! す、す、酸っぱいだなや……」
「あはは。レモンは酸っぱいのはあたりまえだよ。だからこうやって、お茶にいれたりして風味を楽しむんだ。絞り汁とかも料理に使えるけどね」
「お、そろそろいい感じだよ、長老」
さっき温め始めたインゴットがいい感じに赤白くなってきている。
「ふむ。王の手ほどきを受けたのなら、その腕を見せてもらおうか」
長老は、俺がマストールから師事したと聞いて、俺の腕に興味がるようだ。
「えーと、何を作れば良いの?」
「好きにせぇ」
何を作っても良いのか。なら、俺は日本人だし日本刀にしてみるか。
「では鍛造で作りますかね」
俺は温まったインゴットを取り出して金床の上に乗せる。
インゴットまるまる一個だと大きすぎるので、切り分けて芯鉄にする部分と外側の皮鉄とに分けておこう。
本当なら、刃鉄とかも考えた方が切れ味はいいのだろうが、そこまでやるつもりはない。
それと、このインゴットは、洋鉄に近いみたいなので、炭素が足りないと思う。
俺は動画で昔見た日本刀の作業工程を思い出しながら、作業を進める。
溶鉱炉の熱をそのまま使わず、木炭を使用して鉄を温め、藁や泥なども使うのだ。
しばらく作業をしていて気づいたが、長老が真剣な目で俺の作業を見ている。
「ん? どうかした?」
「す、素晴らしい……我らの知らぬ技工を王は完成させたのだなや……」
いえ、これは日本の刀工の技だし。
しかも、それほど難しい日本刀の作り方じゃないよ。俗に甲伏せと呼ばれる工程の少ないものだ。
本三枚とか四方詰めなんてのはやり方が分からん。
なので、鉄の性質を二つ用意すればいい甲伏せで。
何度も折り曲げて叩いてを繰り返して、日本刀を作っていく。
鍛冶スキルがレベル一〇の俺だと、普通に作るよりもすごく早く工程を終えることができる。
普通なら何日も掛かるのだろうけど、数時間で焼入れまで来てしまった。
焼入れを素早く行い長老に渡す。
「こいつは……」
長老は真剣な顔で出来上がった日本刀を先ほどよりも真剣な眼差しで調べている。
「凄い代物だなや……」
「よし、仕上げの研ぎに入るか」
俺は砥石の前に座る。
手を出すと、長老が俺の手に刀をスッと渡してくれる。
シャコシャコと日本刀を研ぐ。
この工程は鍛冶とは別なのだが、鍛冶スキルに含まれるらしくカチリと音は鳴らない。
ということで、五時間ほど掛けて日本刀が完成した。
鉄を沸かし中に鍔なども作っておいたので完璧だ。後で鞘を作らないとな。
「なんという輝き……」
長老はワナワナと震えながら日本刀を検分している。
「これは日本刀だよ。俺の生まれた故郷の伝統的な剣だね」
凝った作り方はしていないけど、直刃だし、反りもそれほど付けていない。
「この反り返しが斬るという動作に特化したものになるわけだなや。しかし、ここまで薄いと折れやすいのでは?」
「ああ、中に柔らかめの鋼を挟み込んでいるから、衝撃を受けても曲がらないし、外側は固くしてあるから折れにくいんだ」
長老は遠い目になっている。
「王よ……このような技術革新を今も行って居られるのですな。お早いご帰還を……」
涙をダラダラと流し始め、ブルブルと震えている。
うーむ。全部マストールの手柄にされている。
日本刀の技術は、日本人が一〇〇〇年以上掛けて作り上げたモノなんだがなぁ。
といっても現代では既にロスト・テクノロジーと言われていて、俺のやった工程も古刀のそれとは違うのではと考えられている。
そもそも江戸時代には既にロスト・テクノロジーだったそうだからね。今では再現のしようもない。
長老が感動しているうちに鞘を材木から削り出して作っておく。
鞘を合せてみると、柄の作りや鍔に全く合わない。
ただの白鞘だから仕方ないね。
後で柄糸や鍔に会うような鞘を作ろう。漆塗りとかいいかも。
この日本刀が、後にドワーフの国「ハンマール王国」の至宝になったらしいが、俺は知る由もなかった。
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