第22章 ── 第48話

 アナベルが示している大マップ画面の場所の少し南側、山脈が海へ消えていく辺りに微妙な点線が表示されている。


 大マップ画面には国境などを表示する機能はないので、何かの構造物を示すモノということだ。


 その点線のトラリア方面の左端、は街道を示すラインに接続されている。


「これって、山脈に道が通ってるって表示かもしれないな」

「ほう。そこを使えば、容易に山脈を越えられるという事だな」


 マップ画面に表示されているんだし、使えないってのはなさそうだ。


「よし、明日の午前中は挨拶回りと旅の準備、午後に出発という事でよろしく頼む」

「「「了解」」」」



 翌朝、俺、トリシア、ハリスで、王宮とリステリーノが準備している商業ギルドなどに挨拶回りに出た。


 マリス、アナベル、フラウロス、アモンの四人には旅の準備の買い出しに出てもらった。


 王宮は何だかんだ時間がかかるので、アーネスト・リステリーノの所に最初に行く。


 リステリーノ邸は既に顔パス状態なので、アーネストの部下に彼の執務室へ案内してもらう。


「ボス! クサナギさんが来ましたぜ」

「おう。ちょっと待ってもらってくれ」


 執務室にあるソファに案内されたので座って待つことにする。


 執務机の上には大量の紙や羊皮紙が積み上げられ、相当に忙しいようだ。


 俺もトリエンの領主になったばかりの時に経験があるから、お気の毒としか言いようがないな。


 書類を一枚終えて、アーネストがソファにやってくる。


「忙しそうだな」

「まあ、仕方ありませんな。庶民のためと立ち上がった時から覚悟してますよ」


 アーネストはソファテーブルに用意されていたお茶を豪快にガブガブと飲んだ。


「今日はセティスを離れる挨拶に来たよ」

「もう行かれるんで? アリーゼは役に立っておりますか?」

「アリーゼは、もう大陸東方の俺の屋敷に送ってあるよ」


 それを聞いたアーネストが目を見開く。


「娘に一人旅をさせてるんですかい!?」

「いや、魔法で送ったから、もう俺の屋敷で生活を始めているさ。心配は無用」


 いきり立って腰を上げようとしたアーネストにそう言ってやると、ポカンと口を開けた状態で動きを止めた。


「え? もう?」

「魔法だよ。魔法で俺の屋敷に通路を繋げて送り込んだわけだ」


 一般庶民が知り得る移動系魔法は「飛行フライ」や「水渡りウォーター・ウォーキング」くらいだろうから、転移魔法なんて思いもよらないんだろうな。


「そうそう。これを渡しておこうと思ってたんだ」


 俺は小型通信機をアーネストに渡す。


「こいつは?」

「遠くに離れていても俺と話ができる魔法道具だよ」

「随分と小さいですな」


 ある程度魔法道具の取引があるアーネストは、小型通信機をしげしげと見つめながら感想を述べた。


「小さいけど魔力消費も少ないし、一般人でも使えるスグレモノだよ。使い方は簡単だ」


 俺は使い方をアーネストに教える。


「なるほど、随分と簡単に使えますな」

「ああ、トラリアで何か対処しえない問題が起きた時使ってくれ」

「お心使い、感謝します」


 俺は頷くとお茶をグビリと飲んだ。


「んじゃ、そろそろ御暇おいとまするよ」

「娘のこと、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」



 続いて王宮だ。


 俺たちの姿を認めた門番が直立不動で敬礼をし、王宮の正面門を開けてくれた。


 ここも顔パスだねぇ。


 王宮内をどんどん騎乗ゴーレムで進んでいくが、誰も俺たちを止めない。

 途中でケリング将軍が馬をかっ飛ばしてやってきた。


「ケント様、王宮にお訪ね頂きありがとうございます」

「いや、お礼を言われるこっちゃないが……」

「いえいえ、救世主様……いえ、御使い様に訪問頂くのは我らの誉れです」


 俺は左手でこめかみ辺りを強く押さえてグリグリする。


「救世主はともかく……御使いじゃないよ、マジで」

「しかし、アースラ神様とマリオン様がご降臨なさいました」

「俺が降臨させた訳じゃない。確かに奴らとは知り合いだけどさ」


 神々を「奴ら」と言う俺を見て、ケリングは納得したように頷く。


「神々をそのようにお呼びになる関係でいらっしゃるとすると、御使いは確かに間違いかもしれません」


 ぐふ……そういう捉え方もあるな……


「マリオンは神界の神だからあれだけど……アースラは俺と同郷の元人間だからな? 同じ人間の俺が崇め奉るような台詞を言うわけないだろ」

「賜りました。ケント様は後々アースラ神様と同じように神界に向かわれるのですな」


 ケリングの納得顔が疎ましい。


 俺は神になるつもりなんか更々ないんだが、これ以上口を開くと泥沼にはまりそうなので、口をつぐんだ。


 今回の訪問は女王に挨拶をするのが目的なのだが、以前のように俺たちが待たされることはなかった。

 俺たちが謁見の間に入った時には、既に女王が待っているという状態だ。


 この国の貴族とか王族は、訪問者を待たせるというのがステータスっていうか礼儀というか……作法みたいなものだったが、先程のケリングの反応を見ても解るように、こちらの方が上位者って捉え方をされているので、女王が俺を待たせるってのは無いらしい。


「ケント様、ご足労頂きまして有難うございます」


 女王的には、自分の方が伺うのが作法だと言いたげです。


 勘弁してくれ。

 俺たちが滞在中の宿屋に女王なんかが現れたら、宿の者だけでなく周囲の一般市民たちに甚だ迷惑だ。


「いや、俺たちは冒険者だからね。足を運ぶのに苦はないよ」


 俺は周囲を見回した。


「国王の姿が見えないようだが?」

「今は地下の土牢に押し込めてあります」


 やっぱり、そういう事になったか。

 貴族たちとの決闘に国王が絡んでいるような事を言っていたので、ケリングに報告しておいたんだが……

 俺の粛清リストに入れるまでもなく、女王勢力自らで処分したんだな。


 それはそれで余分な恨みを買わずに済むし楽でいい。

 俺が「なるほど」と頷くと、女王もケリングも安堵の表情を浮かべる。


「今日はトラリアを離れるんで挨拶に来たんだ」

「行ってしまわれるのですか?」


 女王が寂しそうな顔をする。


 アーネストも同じようなこと言ったが、それほど名残惜しく思われるほど付き合ってないんだがな。


「ああ、俺たちにはやらなくちゃならない事があるんでね。いつまでもトラリアにいる訳には行かないんだ」

「寂しくなります」


 なんで寂しく思うかな。


「俺を救世主と祭り上げるのは仕方ないが、あまり救世主やら何やらに頼ろうとしない方がいいぞ?

 自分たちで対処する気概がないヤツが王などと名乗っては、支配される下々の者が苦労する事になる」


 ビシッと女王たちに緊張が走る。


「はいっ! 肝に銘じます!」


 いや、別に脅したわけじゃない。


「ただね。自分たちで考えても努力しても、どうにもならないことってのも起きたりする」


 ヤマタノオロチ関係とかがソレだな。


「そういう退っ引きならない状態に陥った時は、俺たち冒険者に頼ってもいいよ」


 俺は女王に小型通信機を渡した。


「これは……?」

「小型通信機。俺がどこにいても、この魔法道具を使えば、俺と直接話しすることができるんだよ」


 通信機の使い方を教えると、女王は俺に跪いてくる。ケリングもそれに倣うんだから始末におえませんな。


「お預かりいたしまする」

「王族が冒険者風情に跪いてはいけないよ。さあ、立ち上がって」


 俺は女王の手を取って王座に導く。


「冒険者風情の俺が女王に失礼な言動だったね。申し訳ありません、女王陛下」


 俺はそう言って戯けて見せる。

 女王は、既に三〇代後半だと思うが、俺の冗談に花のような笑顔を見せる。

 年の割りに若々しい笑顔だな。


「お心遣い有難うございます」

「いえいえ」



 他に情報提供などで役に立ってくれた屋台とか商店とかを回って宿屋に戻る。


 お土産に屋台の料理お持って帰ると、アナベルが大喜びをしたのは言うまでもない。


 昼食を終え、宿をチェックアウトする。


 やり残したことがあるか全員に確認し、何もないようなので出発することに。


 インベントリ・バッグから飛行自動車二号を取り出して通りに置く。


 真っ昼間に飛行自動車で飛び立つのは非常に目立つ行為なのだが、既に何度もやらかしてしまってるからね。

 神々を降臨させて一緒に行動してた段階で、それ以上の騒ぎはないだろ?


 今更一つや二つ、噂や伝説を残しても問題ない。


 全員が乗り込んだのを確認して、俺も操縦席に乗り込んだ。


 宿の従業員や街の人々も何が起こるのだろうと見物にやってきた。


「さて、出発だ!」


 エンジンを掛けて、スライド・レバーを上昇に合わせる。

 アクセルをゆっくりと踏み込むと、フワリと車体が浮き上がった。


 周囲から見物人の「おおーーー!!?」という歓声が上がった。


 俺はそのまま、五〇メートルほど上昇してから、シフト・レバーをドライブに入れた。


 ぐんぐんと加速し、一〇分も掛からずにセティスの城壁を越えた。

 いい感じの広い草原が眼下に広がり、ほどよい開放感が心を満たした。


 やっとトラリアの厄介事も終わったし、今後はあまり事件には出会いたくないな。

 ちょっとした冒険はいいが、国家の存亡とか……もう、そういう事件は勘弁だよ。


 北へと向かう空は、どこまでもあおく澄んだ空気に満たされていた。

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