第22章 ── 第47話

 次の日から苛烈な粛清が始まった。


 トラリアの王族と貴族たちは、俺の粛清が神の意向によるものだと沿うものだと捉えた。

 アースラとマリオンの降臨が知られて、尚且神々が兵士たちの粛清を見て見ぬ振りをした事からも、女王やケリング将軍、近衛隊は、神罰だと認識したらしい。


 この粛清が一般のセティス市民には好意的に受け止められたのは言うまでもなく、俺たちは拍手喝采で迎えられる事となる。


 俺が粛清が必要だと判断しただけなんだけどな……


 この粛清は、俺の仲間たちと、アモン、フラウロスで行ったのだが、何故かベリアルも積極的に協力してくれたので、本当にあっと言う間に終わってしまった。


 ベリアルの「魂の選別」は便利すぎますな。判断に迷う場面で、正確無比に対象の暗黒面を暴き出すのだから、ベリアルがダメと言った段階で粛清を決定できるわけです。


 それとハリスの分身部隊が特筆すべき働きをしたのは言うまでもない。彼の情報収集能力は、ティエルローゼ最強ですな。

 まず、情報に間違いがない。決定的証拠を見つけてくるので、冤罪は皆無。ベリアルの「魂の選別」並の働きでした。


 判断に迷う貴族はベリアルに任せた。


 ちなみに、粛清が始まり、セティスから逃げ出そうとする貴族や親族、関係者が続出したのだが、貴族に日頃から恨みを持っていたのだろうか、衛兵隊が大活躍を見せ、逃亡者は皆無だった。

 大マップ画面で確認しているので、漏れはないよ。


 また、地方貴族たちは中央政府に搾取される側であった為に粛清対象外と決めていた。

 地方では悪い貴族を見てなかったしね。


 それでも、セティスにおける貴族粛清の報を聞いた地方貴族たちは、重税や生産物の徴収を自粛し始めたという。

 もっとも、中央からの搾取がなくなり、適正な上納額になったので、重税や強制徴収の必要が無くなったという理由が殆どだったようだけど。


 この三~四日の粛清で、トラリアの貴族階級の四分の三がいなくなった。

 スッキリしすぎた感もあるが、フソウ竜王国からの支援部隊が到着し、黙々とトラリアの国家運営に着手したため、大きな混乱は起こらなかった。


 フソウは貴族階級ではなく、江戸時代的武士階級制度を取り入れている。

 こういった情報はトラリア貴族たちには一般教養だが、一般的な庶民や商人では知らないものが多く、些細な混乱はあったとだけ報告を受けた。

 

 しかし、フソウの武士は寡黙で賄賂なども受け取らない為、庶民や商人にも受けが良かった。


 トクヤマ少年やタケイさんが上手く纏めている証左だねぇ。


 五日目、俺たちのやるべき事が全て片付いた午前の事。

 ベリアルとアースラの最終的な話し合いが行われた。


「で、決心はついたのか?」

「ああ、吾輩は神界に招かれる事にした」

「いいんだな?」

「この地で世界の行く末を見て過ごす事も考えたが……」


 ベリアルは俺をチラリと見た。


「ん?」

「いや、何でもない。ケント殿、地上の事は貴君に任せよう。我が創造主の作りし世界をよろしく頼む」

「つーか、神界行くんだから君も上から見守ってよ」

「無論だが……しかし、吾輩は破壊することしか知らぬ……」

「いや、ティエルローゼに仇なす奴らを破壊すればいいじゃん」

「ふむ……そういう守り方もあるか……」


 中々に世間知らずな堕天使様だな。自分のできないことは他の神に任せればいいし、自分のできることはキッチリと頑張ればいいじゃんか。


「ま、お互い頑張ろうぜ」

「心得た」


 俺とベリアルのやり取りをアースラが生温かく見守っている。


「お前も頑張れよ、アースラ」

「なんだと? 俺はいつも頑張ってるぞ?」


 何を頑張っているんだろうか。英雄神って言うくらいだから英雄的な行動をする人々にご利益りやくでもあるのかね?


「それじゃ行くとするか。

 ケント、早めにトリエンに戻ったらどうだ?

 痺れを切らしている神々が出始めてるぞ?」

「ん? 例の話か? 不老不死なのにせっかちな神が多いな。

 つーか、痺れを切らしてるのは肉体の無い神だよな? 慌てるなと伝えておいてくれ。今は準備中なんだ」


 アースラが振り返って怪訝な顔で俺を見た。


「冒険を楽しんでるだけにしか見えないが?」

「ちっちっち。今、俺の手は見える以上に長いんだぜ?」


 俺はアースラに指を一本立てて振って、ニヤリと笑って見せる。


「長くは待てそうにないヤツが多いんだよ。俺の胃に穴が開く前に何とかしてくれ。神々との誓約は破るなよ? 擁護はできん」


 アースラはそう言うと、ベリアルと共に神界へと戻っていった。


「終わったな?」


 トリシアがアースラの消えた空間を見つめている。


「ああ、しかしまあ、神ってのがああにも性急でいいのかね?」

「神々はそれぞれだ。我がエルフの神は非常に慎重だぞ?」


 エルフの神ってアルテルだっけ?

 狩猟の神なんだし、そりゃ慎重だろうね。そういやアルテルも肉体がない神の一人だな。


 神々の意向ってのもあるし、色々と急がなきゃダメかなぁ。


 まだクシュの月(一月)の末だし、予定の一年までは後三ヶ月ほど残っているのだが。

 早急にトラリアを東へ抜けて中央森林だけでも目にしておくとしようか。


「みんな、聞いてくれ。神々が俺と交わした約束に痺れを切らしているらしい。聞いての通りだ。冒険の旅を急ぐ必要が出てきた」

「約束ってのは何じゃ? 我はケントが神と何か約束したとは聞いておらぬのじゃが?」


 マリスは腕を組んでジロリと俺を睨んだ。


「ああ、私も聞いていない。神との約束とやらを説明してもらおうか」

「二人で飲んでた時に、神々の失った肉体を与えてやるって約束したんだよ」


 トリシアが途端に驚愕した顔になる。


「なんて馬鹿な約束を……ケント、そんな事が可能なのか!?」

「ああ、アテはあるよ。多分、実現可能だ」


 アナベルも前に出てきたが、トリシアのようにビックリはしていない。


「神々の御神体を作るなんて畏れ多いと思うのですが……ケントさんのやることですから問題ありませんね!」


 一体どんな信頼感だよ。にしても、先程の言葉から思うに……俺以外なら許さない所業って事なのでしょうか?

 アナベルは俺には甘々なんですかね? まあ、美人に甘くされるのは嫌じゃないですけど。


「神々の……肉体か……どうするん……だ?」


 ハリスも顔を固くしている所を見ると、解らないようだな。


「君たちも会ったことがあるだろうが」

「誰とだ?」

「フロルだよ」

「フロルがどうかしたのかや?」


 やはり誰ひとり、彼女の存在価値に気付いていないか。


「彼女は不死生体ゴーレムという、シャーリーが開発した魔導ゴーレムだ。ここまで言えば解るだろう?」

「不死生体ゴーレム……あれはそういうモノなのか!?」

「トリシアが知らないんかよ。しかし、神も気づかなかったのかねぇ。イルシス辺りは知ってても可笑しくないと思うんだがなぁ……」


 イルシスは比較的若い神様だと、彼女自身も言ってたっけ。だとすると神にしたら下っ端って事だな。

 上位の神々には、そういった情報を公開できる立場ではなかったって事かもしれない。


「でだ、その不死生体ゴーレムの素体があれば、あとは中身だろ?」

「た、確かにそうだが……そんなに簡単に行くものか?」

「何のためにアラネアを先にトラリアに送ったと思ってんだよ」

「アラネアに何の関係があるんだ?」


 あれ? アラクネイアのスキルの事、話してなかったっけ?


「彼女の技術を使えば、素体の調整だろうが何だろうか簡単だぞ?」

「そうなんです?」


 アナベルが可愛く首を傾げる。


「当然だ。彼女はキマイラなどの合成獣の生みの親だ。ちょちょいのちょいだろうさ。言わなかったっけ?」


 ようやく俺の目論見をトリシアも理解し始めた。


「キマイラはアラネアが作っていたのか……あれだけの生物を作り出せるとは……確かにそれなら神々の要望に答えて素体を調整することは可能と思えるな!」

「そうだろ? フロルの存在とアラネアの技術、この二つこそが俺の勝算さ」


 仲間たちが感心した顔を俺に向けてくる。


 ずっと黙っていたアモンとフラウロスが、顔を見合わせてニッと笑った。


「なんで二人で笑い合ってるの?」


 俺が怪訝そうに聞くと、また二人が笑う。


「いえ、主様。何でもございません」

「そうですぞ。主様の問題解決能力の高さに感服していたなんて失礼な事は申せません」


 申してますよね? まあ、侮られるよりはマシですが。


 俺は仲間に振り向いた。


「ってな事で、少々トリエンに戻るのが早くなるかもしれないけど、明日にでもセティスを出発して先を急ぐことにしたいんだ。どうかな?」


 マリスが組んでいた腕をおろし、腰に手を当てる。


「我はいつでもよい! ケントの好きにするのじゃ」

「私も何の問題もない」

「私もなのです!」

「右に……同じ……」


 魔族の二人に目をやると、いつの間にか跪いている。


「主様の仰せのままに」

「どこまでもお供する所存」


 方針は決まったので、次は行動を決定する。


「俺としては、中央森林の世界樹が見てみたい」


 俺がそう提案すると、トリシアが身を乗り出してくる。


「それは私も同様だ。ティエルローゼの森の根幹となる大樹なんだぞ。エルフとしては是非拝まなくては!」

「中央森林にはどうやって行けばいいんだろうな」


 俺は大マップ画面を皆にも見えるモードで表示させる。


「アラクネーたちは、ここを通っていったんだが……」


 巨大な山脈を横断するコースを指でなぞる。


「この山脈はヤマタノオロチの住処の山だな?」

「そうだ」

「空飛ぶ乗り物なら一発で越えられるじゃろ?」


 俺は首を振った。


「いやあ……これ、高度一〇〇〇〇メートル以上あるんだよ……」


 俺の車には安全装置で一〇〇〇〇メートルのリミッターが掛かっている。

 俺がそれを説明すると、トリシアが首を傾げる。


「そのリミッターとやらを外せばいいのではないか?」

「外すことはできるんだが……」


 酸素マスクも何も無い生身の人間が、果たして無事でいられるだろうか。

 長時間生きていられる酸素が確保できるかも怪しい。


 確かにティエルローゼは地球にそっくりだ。人類種も現実世界の人間と変わりがないと言ってもいい。


 だとすると、高度一〇〇〇〇メートルは人類種が住む場所ではない。

 何十分も山の上を飛ぶとすると、確実に低酸素症に陥り意識を失う。


 これはレベルなんか関係ない。生命に必要な酸素がないんだから仕方ないことだ。


 気圧の保たれない車内では、確実に事故を起こす事になる。


「酸素が薄くて、数分で意識を失うことになるんだよ。これは魔法でも対処できないだろ」

「酸素って何です?」


 アナベルがキョトンとする。

 うーむ。そういう知識は、ティエルローゼにはないな。


「酸素ってのは俺たち生物が呼吸する事で体内に取り込むモノでね。これがないと生物は死ぬ」

「我はあの山くらいなら飛んでいけるのじゃが?」


 ドラゴンと人間を一緒にしないで頂きたいですな。


「身体の強靭度が違います、マリスさん。人間とエルフでは無理だと思います」

「そうなのかや? ケントなら平気そうじゃが?」


 俺は化け物じゃねぇよ。一般的なホモ・サピエンスですからな。

 確かにドーンヴァース製の肉体なら可能かもしれんけど……


「万が一、俺が平気でも、ハリスとアナベルとトリシアはどうするんだよ?」


 そう言うとマリスも「確かにのう」と言いながらため息を付いた。


「北の海を回っていけばいいと思います!」


 アナベルが指差す所を見る。


 確かに海からなら問題ないかな……ん? 何だコレ?

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