第22章 ── 第46話

 立ち上がろうと足に力を入れると、やはり捻った足が痛む。


 フラリと体制を崩すと間髪入れずにハリスが肩を貸してくれた。


「すまん」

「気に……する……な」


 すかさずアナベルが治療の呪文を唱え始めた。


「俺の治療は後でいい。あいつを治療してやってくれないか?」


 俺はベリアルを顎で指す。


「あんな失礼なヤツに治療が必要かや?」


 怒りは収めたが、マリスはまだお冠のようだ。


「あいつ、ケントが言ってたが、元々神界の者じゃねぇのか? 自分で治療できるだろ?」


 アナベルの言いたいことも解るが……


「多分、ベリアルには無理だろうね。あいつ、破壊の象徴なんだよ。破壊を司るモノとして神に創造された存在だと、俺のいた世界では言い伝えられている」


「神様が破壊の象徴なんて作るわけねぇだろ!」


 アナベルの神界論にぶつかってしまった。めんどい……


「破壊と創造は表裏一体。本来の存在を破壊することから新しい存在を作り出すのは当たり前の事だと思うけど?」


 これは現実世界でも論議される題材だし、平行線は交わらない議題かもしれない。


「ケントの言う通りだ。アナベルの言いたい事も理解できるけどな」


 トリシアが静かに口を開いた。


「ケントの料理も破壊を伴っているだろう? 野菜や肉、本来の姿を破壊して創造的な新しい料理を生み出している。

 私たちだけでなく、あらゆる種族の料理という概念すらケントは打ち壊してきたじゃないか」

「確かに! そうじゃな! 破壊だけだと邪悪な感じがするのじゃが、創造と一緒じゃと考えると神が作り出したというのも頷けるのう」


 マリスにも理解の色が浮かび、ハリスもフッと鼻で笑うような雰囲気だ。


 しかし、アナベルは不満そうな雰囲気で言い返す。

 料理と神による創造を同レベルで語られたらなぁ……


「なら、創造を象徴とする存在も神は作り出したはずじゃ……」


 そこまで言ってアナベルがハッとした顔で口をつぐんだ。


「お、気付いた? そうだよ。創造の象徴は、創造神その人だよね。

 ベリアルはカリスたち混沌勢力が作りだした存在じゃない。ティエルローゼを作り出した創造神によって作り出された存在らしいよ」


 俺がそこまでいうと、アナベルは立ち上がる。


「なら、何故、魔軍に属しているんだ? 私にはそこが理解できない」


 アナベルがそう言うと、フラウロスが口を挟んだ。


「コラクス殿、ベリアル殿、アラネア殿たち、我にしろ、全ての魔族がティエルローゼで作られた存在ではありませぬぞ」


 なるほど。別の世界で作られた存在もいたのか。そこから現実世界に召喚された過去があったから、俺が知ってる名前の魔族が多いのかもしれない。


「もちろん、ティエルローゼにやって来てから作られたモノたちも存在します。ドラゴンを筆頭に魔軍の頂点に立つディアブロもその一人です」


 確か、ドラゴンの後に作られた魔人や魔獣を魔族というとティエルローゼの歴史書には書かれていたっけ。

 ドラゴンは破壊の代名詞だし、ティエルローゼの破壊を考えて創造したとしたら理解できる。


「我らが元々いた世界は、こことは違う世界。そこはプールガートーリアと言います。我々もベリアル殿もそこから連れてこられたのです」


 ん? なんか聞いたことあるような単語だな。

 英語にも似た単語があるが……ラテン語とか古い言語……厨二病的単語の……

 あれか! 思い出した!


「煉獄か……?」


 俺がボソリと言うと、フラウロスがニンマリと笑った。


「さすがは我が主、ご存知でしたか」


 いやいや、厨二病なら知っているかも程度の知識だ。


「ラテン語ではプールガートーリウム、英語ではパーガトリーか。

 天国へも地獄へも行けなかった者が行く世界だと俺のいた世界では伝わっているが」


 語源はカリスたちの元々いた世界、魔族の世界の事だったのか。


「青き世界に行けないモノたちが住まう世界であれば、そう言い伝わっていても不思議はありますまい」


 魔族にとって青き世界『地球』は天国って事か。

 そして、そこへの到達を阻んでいる戦いの地『ティエルローゼ』は……


「もしかして、魔族にはティエルローゼは地獄なのか?」

「そう言っている者もいるでしょう。数々の仲間や同胞が死んだ地なのですから」


 言葉として『地獄』が通じるって事は、その概念が魔族にもあるんだなぁ。


 最近は俺の使っている言語が何なのか疑問に思う事も少なくなったが、概念として『地獄』がなければ「それは何だ?」という反応になるはずだから、あるんだろうと判断する。


「ところで……アナベル。ベリアルを治療してやってくれよ」


 腑に落ちた所で、棚上げ状態になってるベリアルの治療に話を戻す。


「仕方ねぇな。ケントに言われたらやるしかねぇ」


 不満は解消されなかったようだが、渋々アナベルは頷いた。

 ま、ベリアルが創造神に作られた存在だというのが、後押しになった気もする。



 アナベルによる治療が終わると、ベリアルを伴ってアモンとアナベルが戻ってくる。


「主様。失礼な盟友を救ってくださりありがとうございます」

「あ、いや。治療したのはアナベルだからね」

「アナベル殿、感謝に絶えません」


 アモンは素直ですなぁ。お礼を言われてアナベルも照れております。

 腕を組んでプイッと顔を背ける所が可愛いですな。


「ケント殿」


 二人の後ろからベリアルが目を伏せがちに声をかけてきた。


「ああ、無事で何より。これで約定だか何だかに違反しないよね?」

「もちろんだ。其方の力は見せていただいた」


 俺はベリアルが満足したようなので、ホッとため息をつく。


「で、ベリアルは魔軍に戻るつもり? コラクスやフラウロス、アラネアは見限ったようだけど」


 俺がそう問うと、ベリアルが眉尻を下げて困り顔になる。


「其方は魔軍と敵対するつもりか?」

「そりゃ、人類種に害をなす存在と敵対しない選択肢は選べないね」


 ベリアルは目を瞑り考え込む。


「ところで、魔軍所属の割にベリアルは人々に知られてないようだけど」


 俺はそう言いいながら仲間たちを見渡す。仲間たちも不思議そうに頷いた。


 ベリアルは何か観念したように、その理由を隠さずに応えてくれる。


 自分の創造主が作り出した世界を無きモノにするには、それなりの理由が存在する。

 創造主が『青き世界』にいるからとカリスに諭されて魔軍に参加したものの、そのカリスも討ち取られ、『青き世界』に到達する望みも無くなった。

 ディアブロに言われて魔軍の任務を遂行するのも癪だと言う。


「そもそも、あいつはカリスが作り出した破壊の象徴だ。ヤツの破壊に倫理も信念もない。なぜ、あいつの命令で動かねばならぬのか」


 ごもっとも。至極真っ当な理由です。

 そこに何の正義も見出だせないなら、ベリアルじゃなくても従う事に躊躇いを覚えるはずだ。


 その時だ。

 ドーンという音と光る柱が現れたと思ったら、アースラが降臨してた。


「よ。見てたぜ」


 アモンとフラウロスが身を固くしただけだが、ベリアルは警戒態勢に入った。

 仲間たちは慣れたものだ。「また来たな」という顔しかしてない。

 師匠筋だし神なんだから、仲間たちも少し敬意を持っても良い気がするが、アースラの心がけが悪いんだよな。

 食い物に釣られて来るのが常だからなぁ……


「何者か!? 吾輩の前に随分と派手に登場したものだな!」


 ベリアルは両手の爪を構えて戦闘態勢だ。


「あー、俺か? 俺はアースラ。アースラ・ベリセリオスだ」


 名を聞いてベリアルに緊張が走る。


「今度は何だよ。いったい何人に目撃させるつもりだよ」

「今回は一人じゃねえよ」


 アースラがそう言うと、アナベルがさっきとは別人のようにニッコニコになっている。


「私も一緒っすよ!」


 あちゃー。マリオンまでご降臨ですか。


「さっきも言ったように、上から見てたぜ」


 アースラとマリオンはベリアルににじり寄った。

 ベリアルは自分がターゲットだと気付いて後ずさりした。


「そう警戒すんな。今日はお前さんに提案があって降りてきたんだ」

「提案だと……?」

「そうっす。私ら神界の者と創造主を同じくする同士っすから、話は通じそうですし」


 どうやら神界の神々の総意でやってきたらしい。


「ベリアル、神界に来ないか? お前の実力なら神々の一人として世界を守る側に立つべきだろう」


 ベリアルを神界にスカウトしに来たってわけか。

 ま、レベル八三なら十分神として合格点だよな。イルシスでもレベル八〇らしいし。


「吾輩を神界に……?」

「そうっす」


 元気っ子のマリオンが気軽に誘ってるけど、神のスカウトって随分と気楽なんですな。

 もっと荘厳なのかと思った。


「吾輩はカリスに組した者なのだぞ?」

「ああ、そこは気にしてない。神界関係者には魔族も何人かいるからな」

「そうっす。とりあえず心を決めるのに時間が必要っすよね。アースラ先輩を置いていくっすから、二~三日考えると良いっすよ!」


 そういうとマリオンが身体の力を抜いた。


「あら? もう戦闘は終わったのです?」


 マリオンは神界に帰ったか……相変わらず唐突に降臨する神々だよ。ダイアナ・モードも解除されちまって、アナベルがキョトンとしているよ。


「じゃ、面倒な事はさっさと片付けてケントの料理を味わおうぜ」


 そういや、兵士たちはそのまんま置き去り状態でした。


 兵士たちに目をやると、全員が透明な壁際でポカーンとした状態でした。

 色々と常識外の出来事が起ってるから仕方ないね。



 その後、アースラを後見として、兵士たちの粛清に入った。

 ベリアルが協力してくれたので兵士の選別が非常に楽に進んだ。

 ベリアルは魂の選別という特殊な能力を持っていたからね。


 予想していたよりも早く終わったので準備していた料理をケリング将軍や近衛隊長にも振る舞っておいた。


 粛清された兵士と貴族の死体の処理は、ケリング将軍に丸投げです。


 それと明日から貴族の粛清を始める旨をケリング将軍に伝えてから宿に帰った。


 アースラの降臨についてケリング将軍たち説明したら、将軍、近衛隊長、近衛兵、選別で死を免れた兵士たちが地にひれ伏してしまったのが少し面倒でした。

 アースラの出現でベリアルの存在が有耶無耶にできたのが重畳ですかな。


 ちなみにベリアルには、その場で人間に扮してもらいました。

 彼の手と足は、アラクネイアと同じように変化の術で変えていたので、全身も可能のようです。

 ただ、美しさだけは変えようがなかったようだ。創造主に「そうあれ」と作られたので仕方ないらしい。

 象徴とは随分と面倒ですなぁ。神による呪いなのではないかと思えるほどですよ。

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