第22章 ── 第45話

 俺とベリアルは、透明なドームの中央へと移動する。


 ドーム内の中央にはベリアルに貴族どもが瞬殺されたのを目撃した兵士たちが呆然と立ち尽くしていたが、俺たちが来ると自然に場所を開けるように後ずさりしていく。


 ま、俺らの会話を耳を大きくして聞いてたみたいだしな。


「では始めよう」


 ベリアルが俺に向き直ると、先手を取って攻撃してきた。

 ただ、先程の大口とは違い、気の抜けたような牽制攻撃でしかない。


 俺はベリアルが繰り出してきた左の鉤爪攻撃を半歩で避けて、その腕を取り投げ飛ばす。


「ほう。これを躱すか……」

「ったりめーじゃん。全力で来いよ」


 俺の投げにベリアルも余裕だ。クルリと空中で回転すると白き翼をバッと広げて華麗に着地する。


 次のベリアルの攻撃は、矢のように素早かった。

 右手を手刀にしての強烈な突きだ。但し、文字通り空を飛んでの高速の一撃。避けなければ確実に身体を貫くだろう。


 だが、俺は避けない。

 一直線に向かってくる手刀を俺の左手がギリギリのタイミングで掴んだ。


「ふんっ!」


 あまりの高速攻撃に普通の人間ではどうにも出来なかっただろう。

 だが、俺の身体能力だと、それ程の難度ではなかった。


 俺の右手がベリアルの鳩尾に深々と突き刺さっていた。

 刹那のタイミングでしかない反撃の機会を俺は逃さなかった。


 その光景を仲間たちが惚れ惚れとした表情で見ている。


「あの攻撃に反撃で迎える……主様の美しき事、ベリアルにも匹敵しよう……」

「正に正に。我が主の戦いを表現するに、流麗などという言葉では陳腐」

「マリス、あのカウンターはお前にも参考になるだろ?」

「当然じゃ。一挙手一投足、見逃す気はないのじゃ」

「ケントは、魔法剣士マジック・ソードマスターなのにな。武術マーシャル・アーツまで使えるなんて相変わらず反則だぜ」

「参考に……なる……」


 ベリアルが苦悶の表情を浮かべつつ、よろよろと後ろに下がる。


「くっ……これ程なのか……だが、吾輩とて破壊の象徴として我が創造主に作られし者! この程度ではやられはせぬぞ!」


 ベリアルは半身に構え、左手を前に突き出した。


重力自在グラビティ・フリー!!」


 突然、俺の身体には何倍もの重さになった。いや、上から超重力によって抑え込まれているというべきか。


 以前、これと同じような攻撃を受けた記憶が……


「うぐっ……アルコーンみたいな攻撃しやがって……」


 帝国に行った時に倒したアルコーンが「重力爆発グラビトン・エクスプロージョン」なる魔法を使ったっけ。


 俺がそう囁くとベリアルがニヤリと冷酷な笑みを浮かべる。


「ふっ。この魔法はアルコーンに師事して習得したモノ。よもや人間ごときでは逃れられぬよ」


 そうなのか? アルコーンって魔族の面倒見は本当に良かったんだな。


「クッ……アルコーンの重力魔法も確かに凄かったが……こんな物じゃなかったぜ!」


 俺は足を踏ん張り上体を起こした。


「ほう。コレに抗うか」


 だが、ベリアルに慌てた様子はない。

 突き出していた左手のクイッと回し、人差し指と中指を立てて上へと向けた。


 その途端、俺を取り巻く重力が反転し、俺は上に落下した。


 何だと!? 


 そのまま俺は半透明のドーム天井にぶち当たる。


「ぐはっ!」


 ただの落下ダメージなら無視できるほどだが……

 魔法による重力で、通常の落下加速の何倍ものスピードで叩きつけられたのだから、溜まったものではない。


 俺のHPゲージは二割も削られてしまう。


 レベル差は一五もあるが、それは個体同士が戦った時のものだ。


 自然現象ナチュラル・フェノメナ物理法則ローズ・オブ・フィジクスによるダメージにレベル差など関係はない。


 ドーンヴァースの|システム上のルール《物理法則》では、落下の加速度による「衝突インパクト」は、物理法則ルールとして「HPの二割を消費」するというモノが適用される。


 ここはティエルローゼなので本当は全く関係ないルールのはずなのだが、ドーンヴァース製キャラクターである俺の身体は、それに縛られている事が判明している。

 HPやMPの自然回復の法則ルールが、現地人である仲間たちと違う事が判明した時点で推測していた事だ。


 この状況はヤバい。意図しての攻撃ではないかもしれないが、俺にとって重力をコントロールするベリアルは天敵かもしれない。


「次で死んでもらうか」


 立てられた二本の指をベリアルは再び動かした。


 今度は下だ……


 俺の落下地点を予測してベリアルが移動する。いつの間にか右手にアモンのモノに良く似た剣を持っている。


 まさか……


 俺は超重力によって自由に動けぬ身体を必死でよじるが、どうにも上手く動かない。


 このままでは串刺しコースまっしぐらだぞ……どうする俺!!


 大言壮語を吐いた割に、仲間たちに格好の悪い姿を晒している自分にふつふつと怒りがいてくる。


「舐めんなよ……」


 俺は無意識に右拳を猛烈に握りしめる。

 爪が掌を傷つけ、鮮血がほとばしった。


「いつまでも好き勝手してるんじゃねぇ!!」


 ブンッと拳を振り抜く。あまりの速さに血液が気化して血の霧が発生するほどだ。


 その途端、ベリアルが何の予備動作もなく吹っ飛んだ。


「え?」


 吹っ飛ばされたベリアルは間抜けな声を上げてドームの壁に飛んでいき……物凄い音を立てて激突した。


「出た! ケントの必殺技じゃ!」

「おお!! アレは何度見ても凄い!」


 マリスとトリシアが大興奮で飛び上がっている。


「ははっ! 当然だな! あれこそがケントの神力だぜ!」

「俺も……真似……できないもの……か」


 得意げなアナベルが胸を張り、ハリスは俺の技を盗む事に躍起みたいです。


 重力魔法の効果が切れて通常の自由落下になったので、俺はクルリと空中で回転して華麗に着地を試みた。


 だが、天井への落下の衝撃で少々足を痛めた為か、少しバランスを崩してしまった。


──ドゴーン!


 もうもうと上がる土煙。

 俺はなんとか無様な着地を回避できた。


 土煙が収まり、俺が跪くような格好で現れたのを見た仲間たちが心配そうに駆けつけてきた。


「ケントにしては少し危なっかしい感じだったな」

「ああ、中々の強敵だったよ。俺は重力魔法とは相性が悪いかもしれない」


 トリシアの言葉に俺は苦笑交じりで応えた。


「少々演出が過ぎるのじゃぞ、ケント。危機を演出して我をドキドキさせるなど、憎い演出じゃが」


 マリスはさっきのが演出に見えたのか? 少し期待が重いぞ。


「神々の伝承にもあるからな。高位魔族との戦いは神々でも苦労するんだよ」


 アナベルがフフンと鼻を鳴らす。言葉とは裏腹に、何で君は得意げなんだね?


「ケント……足を……捻った……か?」


 ハリスだけは俺の身体の心配をしてくれる。ハリスの兄貴は相変わらずイケメン過ぎますな。尻の貞操を心配するレベル。


「お見事でしたぞ、我が主よ。魔族第三位のベリアルを倒すとは、我が主の強さは本物ですな」


 グランデ・パンテーラを従えたフラウロスは腕組状態で力強く頷く。俺、魔族より後ろの下僕の方がもの凄く怖いんですが……何だか獲物を見るような視線を感じます。


 遠目に地面にグッタリと横たわっているベリアルの隣にアモンの姿が見えた。


「どうだ、ベリアル。我ら主様の力は」


 アモンの言葉にベリアルが辛そうに顔を上げた。


「アモ──コラクス……あれは人間じゃないぞ……カリスだ。あの技はカリスの技だぞ……」

「心得ている。ケント様はカリス様の生まれ変わりに違いない」

「お前が素直に従った理由がよく解った……とうとう帰還されたのだな」

「ケント様は否定するだろう。だが、魂の色は隠しようがない」

「だな……まさかカリスがティエルローゼの者に与していようとは……」

「いや、お前……まだ気づかないのか?」

「何がだ……」


 ゴロリと仰向けになったベリアルが苦痛に表情を歪めながらもアモンに問う。


「ケント様の周囲……いや魂と混じり合っている色を」


 ベリアルは俺の方に目を向ける。俺は目が合って視線を逸らそうとしたが、何故か目が離せなかった。


 ジッと見ていたベリアルが目を大きく見開いた。


「まさか……いや……間違えようがない……ハイヤーヴェル様……?」


 囁くような声だったが、俺の聞き耳スキルは否応なく拾ってくる。


 誰だそれ?


 その囁きにアモンがニヤリと笑った。


「そうだ、ベリアル。このティエルローゼはハイヤーヴェル様がお作りになられた。ケント様はその後継で在らせられる」

「ふふ。何という試練。我が創造主よ……貴方様は本当に……」


 ベリアルはそこまで言うと口と目を静かに閉じた。血にまみれた顔は充足に溢れた満面の笑顔だった。

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