第22章 ── 第44話

 ラリュースだったモノを脱ぎ捨てたソレは、まばゆいばかりの光を放ち宙に浮かんでいる。


「こ、こいつは……」


 白いローブ、背には純白の羽根……


「本当に……魔族……なのか……?」


 銀の美しく長い絹のような髪……


「おー、こいつは珍しい者を見たのじゃ」


 切れ長の目には淡い青の瞳が輝いている。


「神の使いではないのです?」


 いや、これは間違いなく……ベリアルだっ!

 俺は目の前に浮かぶのは……絶世の美女……いや、美男……?

 天使は性別無いんだっけ……?


 俗に現実世界で知られる悪魔ベリアルは、元は天使だった存在だ。

 正に美を体現したその存在は、神によって最初に作られた天使としてアブラハムの宗教では知らぬものはないほど有名だ。


 手と足だけは悪魔っぽく鋭い爪の生えた鱗に覆われているが、神に与えられた美貌は隠しようがない。

 本人はその美貌を忌避しているとかいう話をどっかで読んだことがあるが。


「指環で呼び出されるとは……何千年ぶりか……」


 美しい音色にも見た声が周囲を見回す。


「む、なんと醜い魂か……吾輩の近くに寄るでない」


 ベリアルがシュッと両手を軽く振った。


 彼の回りで尻もちをつき呆然としていた貴族たちの頭部が綺麗に切断されて転がっていく。


 冷酷無情……まさに悪魔だ……いや、魔族なんだけど。


「しかし、ここは一体どこだ? む?」


 ベリアルの視線の先にアモンとフラウロスがいた。


「おお、アモンではないか。フラウロスも一緒だな。魔軍の任務で吾輩を呼び出したということか?」


 ベリアルの目には、俺やガーディアン・オブ・オーダーの面々は映っていないっぽいな。


「いや、違いますぞ、ベリアル殿」

「フラちゃんの言う通りです。それに今の私の名前はコラクスです」

「フラちゃん? 随分と可愛らしい名前を名乗っているようだな。どんな任務なんだ?」


 なんか世間話を始めたよ……


「ケント、アレがベリアルというものなのかや? 我は初めて見るのじゃが、ケントは知っておるようじゃな?」

「いや、俺も見るのは初めてだ。だけど、俺のいた世界で言い伝えられている伝説は知っている。厨二病知識としてはスタンダードな存在だからな」


 長年生きていると言っても四〇〇〇年に満たない年齢のマリスも見たことはないようだ。


「ほほう。魔族にしては随分と神々しい姿だが?」

「まあ、神によって最初に作られた天使という神話があるからな」


 トリシアの問いに俺は応えてやるが、逆にトリシアの怪訝な表情が深まってしまう。


「天使……神の使いって意味だな? 魔族ではなかったか?」

「まあ、堕天使だな。天界に反逆して地獄の軍勢に組した者だよ。

 ただ、それは俺のいた世界での話だ。ティエルローゼでは知らないよ」


 今まで遭遇した魔族の名は人類種にも知れ渡っていたが、ベリアルは知られていないのか?


 俺たちの会話が聞こえたのか、ベリアルの美しい瞳が俺たちの方へ向けられた。


「して、アモ……いや、コラクス。あの者たちは何だ?」


 ベリアルの質問にアモンが嬉しげに破顔した。


「あの方は、我らが新しき主様に在らせられます」

「左様。我が主とその仲間たちなり」


 ベリアルの視線が鋭く俺たちを射抜く。


「ほう……コラクスの新しい主……?」


 イケメンなのか美女なのか解らない存在にジロジロと見られて、少々居心地が悪い。

 トリシアたちも魔族相手なので、いかに美しい外見といえど警戒したままだ。


「我はマリストリア! ケントの盾にして古代竜の名を継ぎし者じゃ!」


 マリスが恐れもなく一歩前に出て、俺を庇うように立つ。


「む。カリスの作りし魂を感じる。何故、竜が人間と一緒にいるのか?」


 流石のベリアルも古代竜と聞いて警戒したようだ。

 それにしても……ベリアルはカリスに敬称を付けないのか?


「ケントをただの人間じゃと思うとは……さすがは出来損ないの魔族じゃのう……」

「な……に……?」


 ベリアルの鋭い視線が俺だけに向けられた。


 その途端、カチリと脳内で音がなる。


 能力石ステータス・ストーンで取得したスキルを調べてみたが、何のスキルも増えていなかった。


 何なんだ?


「ば、馬鹿な……こ、こいつが人間だというのか!? 信じられぬ!」

「ただの人間ではないぞ、ベリアル。我らの新しき主様は、青い世界からやってきた方なのだ」


 アモンがフフンと鼻を鳴らし「どうだ凄いだろう」と言いたげな態度を見せる。


「なんと!? そ、それでなのか? 彼の者の魂は……いや、人間であるならば、それ以上は言うまい。我が創造主との約定なれば」


 何だ? 俺の魂に何かあるのか?

 確かにプレイヤー・キャラクターの身体に現実世界の魂が宿っているという、このティエルローゼではあり得ない存在なのは認めるけど。


「それで……呼び出された先にコラクスとフラちゃん? がいるのは、どういうことだ?」

「ああ、その事だが」


 フラウロスとアモンがトラリアで起きた事の次第をベリアルに説明する。自分たちが仲間になった経緯についても同様だ。

 フラウロスの説明あたりから、ベリアルが不快げに歪め始めたが、美しい顔は全く損なわれない。


 うーむ。流石に神が作り出した美の秘宝というべき存在ですなぁ……


「経緯は了解した。彼の者の魂から察するにコラクスが魔軍を抜けたのも理解した」


 ベリアルが俺の前にスーッと飛んできた。


「だが、彼の指環によって呼び出された以上、約定に則り、吾輩は其方と戦わねばならぬ」

「え? マジで?」


 できれば現実世界でも伝説の存在なんてヤツとは戦いたくはないのだが……


「申し訳ないとは思う。其方には気の毒に思うが……」

「それじゃ仕方ないね。お手柔らかに」


 俺が嫌がりもせずに応えたためか、ベリアルが驚いたような顔をする。


「恐れ知らずなのか……? それとも只の馬鹿か?」


 俺はベリアルのステータスを大マップ画面で手早く確認する。


『ベリアル

 レベル八三

 危険度:大

 魔人族の高位魔族。万物の創造主に最初に作られた存在。

 自らに価値の無いモノと判断した場合、破壊する衝動に駆られるという困った性癖を持つ』


 なんだコレ……本当に困った性癖じゃねぇか!


 この存在が現実世界の堕天使と同一存在かは定かじゃないけど、確かに悪魔的性格といえるかもしれない。

 対峙した者がベリアルに価値を証明できなければ、待つのは死あるのみってのは理解した。


 ま、レベル差が一五もあるし、俺が負けるとは考えられないが。


「ベリアル……我らが主様を馬鹿呼ばわりは聞き捨てならんぞ」

「然り然り……」


 アモンとフラウロスが目に見える程の黒いオーラを発している気がしてならない。


 というか、隣のマリスの目が、異様な光を発している気もする。

 いや、後ろの方……トリシア、ハリス、アナベルも物凄い威圧感を漂わせはじめていました……


「ちょ、待て! みんな!」


 俺は慌てて周囲を落ち着かせようとする。

 その雰囲気を感じ取ったベリアルも少し慌てたように周囲を見回している。


「ぜ、全員で吾輩と戦うつもりなのか!? コラクス! お前は駄目だ!」

「何故だ? 我ら主様の敵は、俺の敵であろう?」


 肉眼で確認できるほどアモンの目が光り輝いていますが……


「みんな! 少し落ち着け! ここで全力戦闘なんかしたら、王宮だけでなく、セティスが無くなっちまう!」


 トリシア、マリス、ハリス、アナベルの四人はその言葉で威圧感を鎮めた。


「確かにの。冒険者たるもの、暴走して周囲を巻き込むなぞ出来ぬのじゃ」

「その通りだ、マリス。冒険者として成長したな」

「当然じゃ!」


 トリシアに褒められ、マリスが得意げに胸を張る。


「危ない……魔族の奸計に……ハマるところだ……った」

「さすがは魔族だな。油断がならねぇぜ!」


 そんな仲間を見て、流石のベリアルも目が点になっている。


「お、おい……コラクス……コイツらは吾輩の実力を知らないの……か?」


 ベリアルはアモンに振り返りつつ質問したが、アモンの様子を見て語尾の力が抜けた。


「彼らは我ら主様の仲間。集団戦なれば俺に匹敵する実力の持ち主」


 剣に手を掛け、未だ異様な威圧感と赤い目の光を発するアモンが応える。


「ちょ……アモ……コラクス! 悪かった! 失言だった! 怒りを鎮めてくれ!!」

「その言葉は、我が主に言うべきですぞ、ベリアル殿」


 フラウロスが両の手に超高圧縮されて白熱した炎の球を発生させながら言う。


 フラウロスまでが魔力を全力投入している姿に戦慄したように震えるベリアル。


「ま、待て。フラ──ちゃん。お前の炎は我が翼には相性が悪い! 其方たちの主に正式謝罪をしたい。しばし待て!」


 そう言われてはアモンもフラウロスも引き下がるしかなかったようだ。

 ただ、アモンは剣からは手を離さないし、フラウロスも火球は消していない。


 顔面蒼白のベリアルが俺に向き直った。


「我が盟友たちの主よ。吾輩の失言は取り消させてもらおう。そして、不快にした事を詫びる。申し訳ない」


 うーむ。超絶美形の堕天使に深々と頭を下げられるのは居心地悪いです。

 というか、俺自身は全く怒ってないんですけどね。


「まあ、俺は良いんだ。怒ってないし……」


 俺がそう言うと、ベリアルが鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした。


「人間にしては寛容だな。しかし、其方……本当に人間なのか?」

「うーん……魂は人間だと思うんだけど。肉体は人間かどうか解かんないな……」


 この肉体とステータスはドーンヴァース製ですからねぇ。人間かと言われると高性能過ぎるのでなんとも言えない。


「今、詳しく説明するつもりはないが、其方と戦うという事だけは吾輩も譲るわけにはいかぬ。生命を賭して事にあたるが良い」

「ベリアル、君を殺さないように俺も気をつける。君も全力で挑んでくれ」

「コラクスを配下にした事も信じられぬ事だが……随分と自信があるようだな」

「そりゃ……君より一五レベルほど上なんでね」

「何だと!?」


 ベリアルは少し驚いたようだが、すぐにニヤリと美しく笑った。


「ふっ、ブラフを使う人間は珍しくない」


 ブラフじゃないんだがなぁ……


 確かに他人のステータスを参照できる能力は、俺以外でティエルローゼには余りいない。ソフィアはNPCの能力でできるようだけど。

 だからハッタリだと思っても仕方ないかもしれない。


 まあ、少々戦って実力を示せれば問題あるまい。

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