第22章 ── 第43話
戦線が崩壊したにもかかわらず、敵軍の兵士たちは、反撃に打って出てこない。
今のところ虐殺されるに任せているような状況だが、仲間たちは手を緩めようとはしない。
ハリスは二〇人に分裂し闇へ沈み、様々な場所から出現しては強力な斬撃スキルや範囲攻撃スキルを使い、殲滅していく。
マリスは飛び込んだ先でアナベルとともに縦横無尽に駆け巡り、次々と無抵抗の兵士を切り刻み、叩き潰していく。
アモンも鋭く剣を振りながら無人の荒野をいくが如く、トリシアは各種属性が籠もった弾丸の雨を降らせ地面を血に赤く染めた。
フラウロスはグランデ・パンテーラに思念を送り、仲間たちが撃ち漏らした兵士を掃討していく。
やはり、俺の出る幕はなかったか……
たった数分で、もはや半数以上の敵兵が死滅している。
四〇〇〇人程度の軍隊では一〇分も俺たちを歓待できないようだな。
仲間たちは無傷だし、支援の必要すらないんだもん。
前進する仲間たちに続いて俺も距離を詰めようかとも思ったが、決闘が終わった後に腹が減ったと騒ぎ出す仲間たちを見越して昼飯の準備でもしておこうと考えた。
ゴロゴロしている人間の
魔法の簡易竈やテーブルを準備し、何を作るか思案する。
中華は好評だったが、戦勝祝賀会には向かないか。
ならば洋食かね? ステーキにビーフシチュー、サラダ、デザートに桃のシャーベットでも出すとするか。
各種材料をテーブルに取り出し、下ごしらえをしておく。
ビーフシチューが一番時間が掛かるので、そちらから。
魔法の圧力鍋を用意し、バターを溶かして一口大の牛肉に焼き色を付けていく。
フライパンで炒めた玉ねぎや人参を鍋に投入し、水と赤ワインを入れ圧力釜の蓋をしっかりと閉める。
魔法タイマーをセットし他の料理を始める。
普通なら一時間半コースだが、この魔法の圧力鍋は別だ。時間属性の短縮魔法が付与してあるため、あっという間に煮えるのだ。
本来掛かる料理時間と、時間の圧縮具合を蓋の魔道具に設定するだけで、料理人の好きなタイミングに設定できる。
世の料理人なら誰でも欲しがる究極の鍋なのだ。そのうちトリエンで売り出そうかと思っている。
ビーフシチューの仕込みが終わり、ウェスデルフ特産の
レモンを少し絞って蜂蜜と合わせておく。
魔導ミキサーに凍った桃の薄切りと蜂蜜レモンを投入して、スイッチをオン。
この魔導ミキサーも旅の途中に作った簡素な魔法道具だが、刃と回転数を変えるとフードプロセッサーにもなる便利もの。これもそのうち売り出すか。
できたシャーベットは溶けないようにインベントリ・バッグに仕舞っておかないとな。
と、ここまで料理を進めたところで、仲間たちが戻ってきた。
「ケント」
トリシアが難しい顔でやってきた。
「ん? もう戦闘終わった?」
「いや、まだだが……」
トリシアが後ろを振り返ったので、俺もそちらを見る。
そこには白旗を持った兵士が一人、緊張した面持ちで立っていた。
「白旗? あの貴族どもは降参するつもりなのか?」
怪訝な顔で俺がそういうと、その白旗兵士が前に出て跪いた。
「はっ! 我が軍の指揮官たちは、そのようにお考えです。つきましては交渉の場を設けたく、私が伝令として遣わされました!」
今更、もう遅いんだけどね。
「あ、そう。ところで白旗伝令君。少し聞きたいんだが」
「何なりと」
「今、この場にいる兵士たちは、どういった経緯で集められた者たちだ?」
「は?」
伝令は俺が聞きたい内容が即座に理解できないようだ。
「だからさ、徴兵でとか志願してとか色々あるだろ?」
伝令は一瞬困惑したが、俺の問いに即座に答え始める。
「志願兵がほとんどかと。徴兵されたものもおりますが」
「ふむ……」
志願したのなら貴族と同様に皆殺しでも構わないとは思うが……
もし、食うに困ってとか家族を養う為とか、真っ当な理由があるなら助けてやってもいいかもね。
「兵士の中に貴族はいないのか?」
「おります。そのような方たちは、兵長や小隊、中隊長などをしています」
ふむ。そいつらは全員始末しよう。
面倒見の良い奴らもいるだろうが、悪事に加担しているのは間違いないのだ。
罪の意識が麻痺しているかもしれないけど、悪事は悪事だ。
交渉の場を用意しろというなら用意するが、俺は命を助けてやる気なんてこれっぽっちもない。
その交渉の場は、そういうやむを得ない事情を持つ兵士たちの救済の場でしかない。
そんな話をしている内に圧力鍋がピーピーと音を立て始めたのでインベントリ・バッグに仕舞い込む。
料理中に白旗伝令君が来たので、料理は一時中断だ。
仲間たちが恨めしそうな顔をしているが仕方なかろう。
一〇分程で、交渉の場としてテーブルと椅子を用意し、貴族たちが来るのを待った。
貴族たちは神妙な顔つきで椅子に座っている。
「んでは、交渉とやらを始めよう」
俺がそういうとラリュースが顔を上げた。
「我々は敗北宣言を行います」
「敗北宣言?」
「はい。この決闘は我々の負けとなります」
「ふーん」
別に宣言されなくてもお前たちの負けだけどね。
「つきまして、我々の財産の半分を支払う用意があります」
「は?」
「ですので命だけは……」
そう言ったのはコーゼイだ。
「何言ってんだ? お前たちは死ぬこと確定済みだよ。命乞いなど不要だね」
俺のギロリとした強烈な眼光を向けられ、貴族たちが身を固くする。
「そ、そこを何とか……我々全員の財産の半分ですぞ? どれほどの財宝だと思っておられるのですか!?」
「あー、俺たちは財宝とやらに興味はないんだよ。金なんて少し冒険すれば使い切れないほど集まるからな」
「き、貴重な魔法道具なども……」
この言い草に仲間たちが深い溜息を吐いたり、噴き出したりしている。
「ケントを魔法道具で釣れると思っているとはな……」
「冗談としては及第点をやってもいいのじゃが、そこらに転がっているような魔法道具はケントに要らんのう」
「ケントさんは工房でも、どこでも作れますもんね」
女性陣三人の言葉にハリスが無言で頷く。
「主様の魔法道具を見た事がないなら、仕方ない物言いかもしれませんが……哀れですね」
「我が主、この者どもは阿呆なのですかな? 我が主の力を全く理解しておられぬ様子」
アモンとフラウロスも呆れ顔だ。
貴族たちは仲間の反応に瞠目している。
「今回の決闘が無かったとしてもな……」
俺がそう言って手を肩の位置に持ってくると、ハリスが書類の束を手渡してくれる。
さすがはハリス。俺の欲しい物を心得ているね。
「仲間の調べによれば、ラリュース伯爵は様々な罪に手を染めているな」
公金横領、戦時物資の横流し、人身売買、密輸、殺人、強奪、強姦、人攫い……数えたらキリがない。
罪状を読み上げていく内にラリュースだけでなく、他の貴族も似たりよったりの表情になる。
俺は他の貴族の罪状も読み上げる。
「俺はこういう悪徳貴族に生きている価値を見いだせないんだが?」
申し開きをしようとラリュースが口を開けるが、それは声にならなかった。
「ウチの仲間は優秀でね。こういう情報を集めてくるのもお手の物だ。君たちの反応を見れば、この情報が真実だと裏打ちしてくれてるしな」
意を決したようにラリュースが口を開いた。
「ケ、ケント殿は、我々をどうあっても殺すと……申されるか……?」
「ああ、粛清リストの最上段にあるからな」
「ならば仕方ありませんな……」
ラリュースは身じろぎしながら、左手にはめられている真っ赤なルビーの指環をなで始めた。
そのルビーの指環が突然ピカリと光った。
「うぐぐ……」
ラリュースが苦しみ出したのを見たフラウロスが椅子から立ち上がった。
「我が主よ! 気をつけなされませ!」
「何か起こるのか?」
フラウロスの慌てように他の仲間が警戒態勢に入る。
貴族たちはラリュースの様子に何が起こっているのか解らないといった感じでワタワタしている。
アモンは一応立ち上がったが、鼻で笑うように息を吐いた。
「主様、この者の命を代償に魔族が召喚されます」
アモンが指環の説明を始めた。
「あの指環は『血の生贄の指環』と言うものです。使用者自らの命と引き換えに指環に紐付けられている魔族が召喚されます。
召喚できる魔族は、使用者の力量に左右されますが、ティエルローゼに残っている魔族から察しますと……五〇レベルは下らないでしょう」
なんだよ。フラウロスより低いじゃんか。
だからといって魔族を弱いなどと油断はしないつもりだ。
魔族はレベルが低くても、とんでもない特殊能力を持っていたりするからな。
ラリュースが絶叫し、そして身体が異様に膨らみ始めた。
メリメリと音を発しながらラリュースは立ったまま絶命した。
ガクガクと揺れつつラリュースの身体は更に膨らみ、胸が裂けると巨大な鉤爪が覗いた。
「鉤爪が結構デカイけど……」
俺がそういうと、フラウロスが目を見開く。
「あの爪……あの鱗の色……ベリアル殿か……!?」
「何だ、ベリアルか」
おい。不穏な名前が出てきたじゃないか!
ベリアルといえば、序列六八だっけ? 悪魔の王の一人だぞ?
確かルシフェルと共に堕天した天使の一人と言われていたはずだ。
キリスト教においてもイエスを原告として訴訟を起こしたりと智謀が高い事を示す事例が伝わっている。
厄介な敵が呼び出されてしまったかもしれん。
俺は立ち上がると、一応ながら剣に手をかけた。
「主様、ベリアルなら心配はありません。我の盟友にして、ディアブロに不満を抱く者ですので」
心配するなと言われてもだ。聖書やら何やらに名前が必ずと言って良いくらい出てくる高位悪魔だぞ? 警戒するに越したことはない。
アモンの事は信じているが、単純な力技だけではない敵は非常に厄介な存在となり得るのだ。気を引き締めて相手しなければならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます