第22章 ── 第42話
俺が後方に下がる間に、ラリュースを筆頭に悪徳貴族どもも自軍の後方に移動していく。
すでに鐘は鳴っているので戦闘を始めてもいいけど、慌てても仕方ないので戦闘開始はゆっくりでいい。
仲間たちの後方二〇メートルあたりで俺は足を止めた。
振り返り周囲の状況を確認する。
仲間たちは既に自分たちの持ち場に付いたようだ。
貴族どもは馬でノロノロと部隊後方に移動中だ。
やつらが位置に付くまでに、魔法の準備を開始する。
『ルグレギオ・アレムセート……』
以前使った時と規模も強度も必要ないので、
『……モート・ライファーメン!
詠唱が終わると戦場となる俺たちと貴族の兵士たちを悠々と収める巨大な半透明のドームが出現する。
「な、何だ!?」
「囲まれたぞ!?」
敵軍の兵士から焦りを伴う声が上がる。
ま、初めて見るんだから当然だけど。
「静かにしろ! 敵の虚仮威しだ!」
出現したドームが自分に何の影響も与えていないのに気付いた兵士が、声を上げて浮足立った仲間を諌めている。
「そりゃそうだ。このドームは逃さないようにする為だけのモノだしね」
「我が主よ。これは何です?」
俺の少し前にいるフラウロスが目をキラキラさせて聞いてきた。
アニアス海上で一度だけ使った魔法なので魔族メンバーは知らない魔法ですしな。
「これは戦場から敵を逃さない為の魔法だよ。
外からドーム内に入る時は何の効果もないけど、ドームの外に出ることは魔法を解除しない限り、
俺の声が聞こえたのか、右翼に位置するアモンもこちらを見た。
「
「うん。人じゃなく物でも何でも」
「物でも……?」
フラウロスとアモンは首を傾げる。
「そう。物質も魔法もスキルも全く通さない。精霊なら抜けられるかもね」
この魔法の開発のヒントは獣人の森にドライアドが使っていた結界だ。
あれは入るモノを拒む仕様だったが、この魔法の効果は逆にしてある。
膨大な魔力や高レベルの「
しかし、レベル九八の俺が行使した魔法だけに神様レベルじゃないと無理だろう。
しかし、この魔法の名前って些か長ったらしくて格好良くない気がする。
もっと厨二病的な魔法名にしようかな。
兵士たちの動揺は沈静化し、貴族どもも所定の位置に移動が終わったらしい。
『双眼の遠見筒』で確認していると、彼ら貴族もドームの出現に動揺を隠しきれないようで、外と内を分ける境界面を突いたり切りつけたりしているのが見えた。
君たちのレベルじゃ……そんな事をしても無理だよ。
「みんな。悪徳貴族も準備が出来たようだ。それじゃ始めようか」
俺がそう言うと、左翼のハリスが頷いて一歩前へ出た。
「火遁……」
ハリスが左手を広げて、そう言うとソフトボール大の火球が現れる。
「水遁……」
今度は右手だ。渦を巻く水球が右の掌に左手と同じように現れた。
二つの戦闘スキルを同時行使ですか。さすがはハリス、器用ですなぁ。
「炎と水の精霊よ……」
ハリスは両の手を前に突き出して一つに合わせるような仕草をした。
新技を試したいとかハリスは言ってたけど、何が起こるのか少しワクワクしますね。
「敵を滅ぼす力を……我に与えん……」
炎と水の球体が混ざり合うように一つになるのは非常に不思議だ。
普通なら炎が消えちゃうよね?
──ドンッ!
大砲の発射音のような音が鳴り、一つになった水炎の球体がハリスの手から離れ上空に打ち出された。
攻撃スキルにしては少々ゆっくりだなぁ……
放物線を描いて飛んでいくのが榴弾砲みたいです。
敵の兵士たちも飛んでいく不思議な物体をポカンと口を開けて見上げていた。
ヒュルヒュルと音を立てつつ飛んでいった物体が、敵の頭上一〇メートルほどのあたりまで落ちてきた時だった。
物体が凄まじい速さで膨張して弾けた。
──ズガガーーーーン!!
物凄い爆風が、高温の蒸気が、空気の振動がドーム内に響き渡った。
だが、俺の聞き耳スキルがハリスの呟くような声を拾ってきていた。
「……
ハリス……なんて危険な技をモノにしたよ……
科学のまるで発展していない世界で、そんな科学実験的な効果を開発しようとは……
高温により一瞬で水蒸気になった場合は爆発にも似た効果が発生する。
一立法センチメートルの水が気化すると、その体積は一二四四倍に膨れ上がるんだから、それはもう破壊的な効果を発揮する。
爆心地にいた兵士どもは金属鎧はひしゃげ、文字通り手足はバラバラに吹き飛ばされた。
少し離れた位置にいた兵士たちも、ふっ飛ばされて地面に這いつくばっているが、地面でのたうち回っていた。
水蒸気が鎧の中に入ったのだろうか……
普通なら直ぐに冷却されて水に戻るんだが……スキルだからなぁ。持続時間とかどんな効果が付いているのか解ったものじゃないな。
ハリスの一撃で死傷者は二〇〇人を越えた。
「次は我じゃな!」
ウキウキ気分のマリスが前に出る。
ハリスの一撃を周囲で見ていた兵士どもが、マリスの声を聞いて慌てて振り向いた。
振り向くのはいいけど……最前面の奴らは盾を構えた方がいいと思うんだがなぁ……
マリスが大盾を前面に突出して走り出す。
「大いなる海の如き怒涛たる盾の力を見るが良い! タイダル・バッシュ!!」
盾に巨大なフォース・フィールドが発生し、マリスの身体も仄かに輝いた。
タイダル……人魚たちが使ってた「
呆然としている最前列の兵士には、何が目に写っているのだろうか。
巨大な力場が目の前に迫っているのに、全く反応できていない。
そして……最前列にいた数十名が吹き飛ばされて空中を舞った。
玩具の騎士みたいな小さいマリスに吹き飛ばされた仲間の兵士を目で追っている奴らばかりですなぁ……
そうこうしている内にアモンも動き出した。
「ハッ!!」
レイピアのような細い剣を抜いたアモンが、掛け声と共に一振りした途端、五つの剣閃が地面を切り裂きながら放射状に飛んだ。
その剣閃が兵士どもの隊列に消えていったが、一見何も起きたように見えない。
だが、そう思ったのは瞬きをするほどの間だけだった。
剣閃が通った場所にいた兵士たちが次々に縦に断ち切られて崩れ落ちていく。
アモンの前方にいた約三〇〇人が一瞬で絶命した。
「
トリシアの声が聞こえたので振り向くと、銃口から白色に光る何かがバラバラと銃口から発射されていくのが見えた。
光弾が銃口から出た瞬間にベイパーコーンが出ている。
衝撃波を発して次々と敵の戦列をなぎ倒していく。
光弾に貫かれて死んでいくのは当たり前だが、光弾が近くを通っただけで、マッハ・コーンに巻き込まれ手足をもぎ取られていく者も後をたたない。
トリシアはものの一〇発程度撃っただけだが、五〇〇人程の兵士が死んだ。
エゲツねぇ……アモンもトリシアも大量殺傷技だよ……
アモンの技は俺が使う魔刃剣に似たヤツだろう。剣撃波が五本って事はスキル・レベル一〇の技かな? 俺の魔刃剣も一〇レベルだと五発出るようだし。
トリシアのは魔法との複合技かなぁ。
効果的には弾丸を溶けるほどの速度に加速して、それを
撃ち終わった後にトリシアがドヤ顔でニヤリを笑ったのが怖かった。
美女がやると凄惨な雰囲気を醸し出すよね。
「我が眷属たちよ……我が呼びかけに応え、来たれ」
静かにフラウロスが言うやいなや、通常の五倍もありそうな体格の巨大な豹が五匹ほど、彼の影から飛び出してくる。
「げ」
さすがの俺もビックリして声を上げてしまった。
普通の豹なら一メートルくらいの大きさだが、呼び出されたコイツらはトラックなみの体長がある。
これがフラウロスの眷属か……
素早く大マップ画面で調べてみれば、それぞれがレベル四〇もある「グランデ・パンテーラ」という幻獣だった。
フラウロスが命じると、グランデ・パンテーラはノシノシと敵の戦列へと歩いていく。
アレが敵の隊列に辿り着いた後の凄惨な殺戮劇を考えると身震いがするな……
「とう!!」
大きな掛け声と共に右翼中衛にいたアナベルが跳躍した。
文字通り飛翔しているかに見えるアナベルが敵陣へと飛んでいく。
人間としては考えられないほどの跳躍力だ。彼女の位置からは、敵は五〇メートル以上も離れていたのだが……
みるみる敵陣へ飛んでいくアナベルがアダマンチウム製のウォーハンマーを背中から引き抜き、頭上へと高々と上げた。
飛んできたアナベルを避けるように兵士たちが隊列に空間を開けていくが、アナベルは気にした風もなく地面へと近づいていく。
「砕け散れ! 裂孔破砕縋!!」
着地の刹那、振り下ろされたウォーハンマーが地面を強かにインパクトする。
──ズゴォォン!!
地響きとともに轟音が鳴り響くと、五メートルはあろうクレーターが出現すると、それを中心にして地面に放射状の亀裂が走っていく。
亀裂が広がった半秒ほど後……
──ドゴゴゴゴォォン!!
亀裂がピカリと光ると地面が突如膨れ上がり吹っ飛んだ。
派手だ……戦闘用大鎚での戦いは地味な印象があるんだけど、アナベルが奮うと途轍もなく派手に見えるのは、彼女が可愛い系美女というギャップの所為かもしれない。
なにはともあれ、仲間たちは全員人間離れした戦闘力を持っているって事だな……
俺の出る幕は無さそうな気がしてきた。
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