第22章 ── 第41話
準備や情報収集に努めているうちに、約束の日がやってきた。
情報収集はトリシアとハリスが担当だったが、フラウロスとアモンが情報の補完に殊の外役に立った。
彼らは知り合った貴族を伝手にして、私腹を肥やす貴族たちに渡りを付け、トリシアたちの情報の裏付けを取る役割を担ったわけだ。
いつもより品数を増やして中々豪華な朝食を少々遅い時間だが用意して、これから始まる大粛清の景気付けとする。
「豪華ですな」
フラウロスが嬉しげに料理を前に舌舐めずり、アモンは武を体現する存在の割に上品に微笑んでいる。
「主様は本当に料理が得意なので、私たちが太ってしまうのではないかと心配になります」
「ふん。そんなことは無いのじゃ。運動量が違うのじゃ」
ここ二日、アナベルとトランプに興じていた人間の言葉とも思えないが。
俺の疑いの籠もる視線を受け、アナベルが慌てたように言い訳を始める。
「こ、呼吸法で栄養を消費したのですよ!」
どんな呼吸法だよ……
「ハリスさんに教えてもらったのです!」
「確かに……教えた……」
「ああ、あの怪しげなヤツだな。私もやってみたが、あれは何だ?」
トリシアも知っているらしい。
「その呼吸法を使うと体内脂肪を燃やせるのか?」
「ああ……ヘソの下あたりに……こう……炎を想像して……」
ヘソの下あたり……丹田か?
俺はハリスの言葉通りに実践してみる。
身体の中に炎が灯るような感覚を覚える。その炎が全身を駆け巡る。
「ば、ばか! ケント! そこまでだ!」
トリシアが悲鳴に似た声を上げる。
「ぬ。何か起きたか?」
俺が精神集中を解くと仲間たちがテーブルの上の料理を押さえている姿が目に入る。そして安堵したような表情で身体の力を抜くのが見えた。
「主様、凄まじい気迫でした。圧力で周囲の空気が振動しました」
アモンが苦笑する。
「え? 振動? 俺は何も感じなかったが……」
「ハリス、無闇にそういう事をケントに教えないほうが良い。私たちの何十倍も効果が出るようだからな」
ハリスが見開いて呆然としながら俺を見つつ、トリシアに頷いている。
「ケントは規格外じゃからのう。こういう結果が出るのは想像できて然るべきじゃ」
「本当にケントさんは凄いです」
「いやはや、我ら主は本当にカリス様を彷彿させる才能をお持ちでございますな」
フラウロスがやれやれと肩を竦める。
仲間たちに意味ありげに褒められているが、俺にはサッパリ解りません。
確かに体内を炎が駆け巡るような感覚を覚えたが……周辺に何か影響を与えるような効果があったと思えないんだけどな。
朝食を終え、出かける準備をしっかりとしてから宿屋を出た。
ゴーレムホースを持たない仲間がいるので馬車で宮殿に向かう。
宮殿の門には近衛兵が待っていて、俺たちを決闘の会場である宮殿の敷地を先導してくれた。
その宮殿内の一画には陣幕テントが立ち並び、以前見た記憶があるトラリア軍兵装の兵士たちがズラリと並んでいる。
その兵士たちの近くにケリング将軍と近衛兵たちもいた。
「将軍閣下」
俺が声を掛けると、ケリング将軍が弾かれたようにこちらに向いた。
「ケント殿。ご足労申し訳ない」
「こんなに兵士が集まっているなんて決闘にしては物々しいですね」
俺がそういうと苦り切った顔のケリングが俺たちをテントの一つに案内する。近衛隊長も一緒だ。
中に入るやいなやケリングが深々と頭を下げた。
「我が国の後始末を救世主様に頼ってしまう事を謝罪させていただきます」
突然の謝罪に少々慌てたが、俺にトラリアの尻拭いをさせている自覚はあるんだな。
「構わないですよ。今回は決闘だけでなく、トラリアの大掃除も計画しているんで」
「大掃除……ですか?」
「ええ。生きているだけで周囲に迷惑な連中は、この決闘を手始めに軒並み排除するつもりです」
ケリングが目を見開く。
「将軍閣下たちには少々荷が重いでしょうから、俺の方でカタをつけます」
「な、何をなさるおつもりで……」
「悪徳貴族全てを粛清ですよ。社会主義、共産主義には付き物ですね」
俺が黒い笑顔でニヤリと笑うと、ケリングも張り付いたような作り笑いをしたが、ダラダラと冷や汗を掻いているので内心は大慌てという所だろう。
「お、お手柔らかに願えませんか。トラリア国内が大混乱に陥ります……」
「大丈夫です。後詰めはフソウ竜王国に頼んであります。トラリアが瓦解することはありません」
ケリングと近衛隊長が顔を見合わせてから、こちらに顔を戻す。
「トクヤマ少年は叔母の国だということで、やる気満々といった感じでした。彼らに任せておけば良いようにしてくれるでしょう」
「救世主様のご温情に感謝いたします……」
ケリングは少し辛そうな顔ながら、謝罪の時と同じ用に深く頭を下げた。
彼の心情は理解できる。国の安保を担う責任者として、他国に支援されなければ秩序が守れないというのは屈辱だろう。
だが、それしか手がないと解っているからこそ、苦渋に満ちた顔ながら頭を下げたのだ。
彼の覚悟を思えば、悪徳貴族に情けを掛ける理由が霧散した。
頭を上げたケリングが、今回の決闘について説明を始めた。
今、例の六人の貴族と共に、今さっき並んでいた兵士も決闘に参加するのだと言う。
彼ら全てが名誉を傷つけられたのだとラリュース伯爵にゴリ押しされ、ケリングには断ることができなかったと言う。
さっきの謝罪にはこの事も含まれていた事に気づいた。
「ラリュースたちが率いる兵は全部で四〇〇〇名、トラリア全軍の四分の一にあたります」
ということはトラリアの軍隊は一六〇〇〇名程度しかいないらしい。大きい国としては少ない気もするが、平時ならこんなものなのかもしれない。
近衛兵や衛兵などは数に含まれていないらしいな。
そう考えると、オーファンラントがカートンケイル要塞に駐屯させていた兵士やブレンダ帝国の軍などの規模が、いかに大きかったのかと推測できる。
ウェスデルフの獣人軍四〇~五〇万ってのは言わずもがなだ。
「了解です。全員処分して構いませんね?」
「致し方ありますまい。不正貴族に加担している以上、罪を免れることはできません」
将軍の言葉に俺は黙って頷いた。
「決闘は……もう戦争と言っても過言ではありますまいが……」
確かに既に決闘の規模ではないね。
ケリングが言葉を続ける。
「決闘は正午の鐘を以て開始となります」
「解りました」
「みんな、準備はいいな。あと三〇分だ」
俺が仲間たちを振り返ると、全員がニヤリと笑った。
「あの程度の軍勢で私らに勝てると思っているとはな」
トリシアがいつも以上に黒い笑顔で言い放つ。
「そうじゃのう。今回は三〇分も持つまい。見たところ魔法を使う者も居らぬようじゃしな」
何だかんだ言って、マリスも状況判断ができるようになっている。
確かに魔法兵は見当たらなかったな。
高レベルの冒険者チームを相手にするには些か舐めているとしか思えない陣容だね。
せめて神殿勢力から従軍神官の派遣を頼むべき案件だろう。私闘だから頼めなかったのかもしれないが。
「ふ……舐められたもんだぜ。ケント、支援はそこそこに私も打って出ていいよな!?」
既にダイアナ・モードのアナベルは暴れたくて仕方ないといった感じだ。
「まあ、良いだろう。今回、俺は後方支援に回るつもりだから」
「ケントは……戦わない……のか?」
「ああ、今回は新たに入った仲間との初めての絡みだし、みんなが連携をしっかり取れるか確認の為にも後方で様子を見させてもらうよ」
ハリスの心配も解るが、人間相手では一人でどうにか出来てしまうレベルなんだよね。ヤマタノオロチ戦で確信した。
俺は神の加護とか大量に受けている所為か、格下の自分がレベルでも実力でも格上のレイド・ボス・クラスのオロチを瞬殺できたのだ。
とてもただの人間、数千人程度を相手にする次元にはいないのだ。
「確かに、我が主には後方で踏ん反り返っていて頂く方が、我にとっても安心できるというもの」
「主様は高みの見物を決め込んでいただきましょうか」
フラウロスとアモンも気合十分です。
「もし、私たちが抜かれるような事があれば、主様のお手を煩わせる事になってしまう。気を引き締めて参りましょう」
アモンの言葉にトリシアたちも同意するように頷いた。
「我は盾じゃから真ん中を陣取るとしようかのう」
「左後方は私が位置しよう。ハリスはどうする?」
「開幕の……一撃を……俺に……任せろ……後は……いつも通りに……遊撃に出る……」
「では、左前衛は私が出るぞ。腕が鳴るな! コラクス! お前は右だ!」
「了解しましたアナベル。フラちゃんは……」
「我は眷属を召喚して事に当たろう」
俺は仲間たちの作戦会議を後方で眺めていた。
俺がサポートする隙はないかな? 一応、トリエンの第三ゴーレム部隊が待機任務中なので、いざという時は
それに召喚なら、ケルベロスとヘルハウンド部隊を召喚してもいいし、
「なにはともあれ、みんな、怪我のないようにな」
俺たちの様子を見ていた衛兵隊長とケリング将軍は、仲間たちの態度に顔を青くしたり白くしたり忙しいみたい。
四〇〇〇人の軍隊を前にして余裕綽々で作戦会議を開いている様を目の当たりにしては当然の反応かもな。
正午の鐘が鳴り響き、悪徳貴族六名とその軍隊四〇〇〇人と対峙する俺たち「ガーディアン・オブ・オーダー」の面々。
貴族たちはニヤニヤと笑っているが、兵士たちは俺たちを覚えているのだろう、緊張した面持ちで隊列を組んでいる。
「さてと……ラリュースだったっけ?
軍隊だからって勝てると思っているようだが、世の中には触れてはならないものがある事を教えてやるよ」
「世直し隠密様は、軍隊相手でも勝てるとお思いのようで」
「前にも言ったが、俺は世直し隠密なんてのじゃないし、そういう存在に会った記憶もない」
宣戦布告は終わったので、俺は仲間たちの後ろに移動する。
ラリュースは不快そうな表情を浮かべたが、何も言わずに自軍の兵士たちに振り返って声を上げた。
「我らの名誉を傷つけたフソウの冒険者など我らトラリア正規軍の敵ではない!
此度の決闘に諸君らの参加を認めて下さった国王陛下に感謝を!
我らトラリアに勝利を! 敵に血の雨と敗北を!
軍神ウルドよ! 我らに加護を与え給え!」
ラリュースが、そうぶち上げるのが背中に聞こえたが、ウルドの加護は諦めた方がいいと思うよ……
それと……
軍隊の参加を認めたのが、女王の隣に座っていた無能国王だという情報は心に留めておく事にする。
粛清リストに国王を記載するかどうかは女王にお伺いを立てなければなるまい。
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