第22章 ── 第40話
翌日、屋敷の地下に掘り抜かれた地下室をシルヴィアに見せてもらった。
そこは、彼女に教えた石鹸の製造工房だった。
まだ、そんなに時間は経っていないが、マツナエの街で相当な評判になっていて、バカ売れらしい。
お城に石鹸を納品しているってのが大きい。「御用達」って肩書は江戸に似たこの街では効果絶大だよな。
スレイプニルに乗ってオエド城の城門の前に立つ。
久々に来た感じ。フソウ出てから色々あったからなぁ。
スレイプニルから降りて厩に移動させていると、ドドドドドドと後ろから足音が。
「クサナギ様~~~!」
む?
振り返ると、怒涛のごとく走ってくるタケイさんの姿が。
「あ、タケイさん。久方ぶりです」
「し、城の窓から城下を眺めておりましたら……銀の馬が見えましたので!」
相当荒く肩で息してるよ。老体にムチを打ちすぎですぞ?
「依頼のご報告に伺いました」
「おお、では!?」
「ええ」
俺はニッコリと笑う。
「さすがは当代の救世主様ですな!」
「救世主、救世主と言いますけどね。俺はそこまで聖人君子じゃないですよ? トラリアですけど、ありゃ駄目な国ですよ。貴族が腐ってやがります」
俺はトラリアのことを思い出して毒を吐く。
「トラリアで何かありましたか……?」
「ああ、三日後だったな。トラリアの貴族どもと決闘することになってるんですよ」
「は?」
報告の続きはタケイの執務室へと移して行う。
「そ、そんな事が……」
魔族の暗躍、ヤマタノオロチとシンノスケの密約、トラリアの首都セティスでの出来事などを聞くに連れ、タケイの表情はどんどんと険しくなっていく。
「トラリアの女王は、まだ救いようがあったかな……将軍閣下と近衛隊も。
しかし、半数以上の貴族どもは駄目でしょうね。このままだとトラリアは内部から崩壊しますよ」
「しかし……我が国としても手を出して良いものか……」
ま、そうだわな。筆頭老中が応えを出せるものでもないだろうし。
「まあ、そうですよね……
タケイさん。フソウは後始末に動いて貰えれば良いんですよ。後は俺がやります」
「な、何をするつもりですか……?」
「女王に恭順しない貴族は始末しますよ。膿は全部出しておかないと、後々禍根を残しますよ?」
タケイは冷や汗を流しっぱなしになっている。
神にも匹敵する当代の救世主を敵に回す事は、国が滅亡するのと一緒だと考えているのだろう。
清廉潔白な先代の救世主とは違い、俺は善でも悪でもない。ただの人間だ。
悪は嫌いだし、庶民の味方だとは思うが。
冒険者ギルドに所属する者として、ノブレス・オブリージュの精神も理解できない貴族など、百害あって一利なし。
学のない庶民には支配者は必要だと思うが、私腹を肥やすだけの支配者はいらん。
「始末が終わった後、行政官の数が足りなくなるでしょう。それこそ国家的混乱が始まります。そこでフソウの力が必要になってくるはずです」
「我が国の役人を送り込めと……?」
「他の国の役人に入られるよりマシでしょう?」
ま、他の国の貴族たちも自領土の庶民に酷いことをする者も多いけどな。
しかし、全ての庶民に等しくやりたい放題することはない。そんな事をすれば、自分の生活基盤が破壊されてしまうからだ。
その程度の事が解らない支配者は自然淘汰される。
トラリアの貴族は、それが解らないんだ。
放っておけば自然淘汰されるだろうが、それまで庶民にどれほどの被害が出るのか……
俺はそれを看過することはできない。やはり患部は早急に切除するべきだ。
「大手術となるでしょうけどね。早急にやらねば、庶民に要らぬ犠牲がでるのですよ。
人は城、人は石垣、人は堀り……俺の国の古い武将が残した言葉です」
この後に「情けは味方、仇は敵なり」なんて言葉が本当なら続くが、あの貴族に情けを掛けても意味はないだろう。逆恨みするのが常だ。
「庶民がいなくなってしまえば、王様や貴族なんてものは意味をなさなくなりますからね。病巣である貴族は排除しておくべきです」
「解り申した……後詰めは我らフソウにおまかせください。上様に申し上げ、手はずを整えます」
タケイの返答に俺は頷いて応える。
よし、とりあえず全ての用事は済んだ。
後はトラリアで根回ししておくか。
不正に手を染めていない貴族ってのもいるし、そういう勢力は糾合しておくに越したことはない。
オエド城の庭を借りて、
タケイとトクヤマ少年が立ち会ったが、タケイはポカーンとし、トクヤマ少年は目をキラキラさせている。
「クサナギ殿、話はタケイから伺いました。後の事はお任せください!」
「トクヤマ様、よろしくお願いします」
「我が叔母の国だからな。当然のことだ」
俺はトクヤマ少年に頷いてから
「お帰りなのじゃ!」
たった一日留守にしただけだけど、寂しかったのかな?
よじよじと俺の肩まで登るマリスを放置して、周囲を見回す。
ソファ・テーブルの上にトランプが散乱している。
トランプの遊び方を教えてから、ウチのパーティ内ではトランプ遊びが流行っている。
ちょうどその時、トイレからアナベルが出てきた。
「あ、ケントさん! お帰りですね!」
アナベルも嬉しげに俺に近づいてきた。
「トリシアたちは?」
「トリシアさんとハリスさんは情報収集とか言ってましたよ? ケントさんが帰ってきた時に必要になるとかなんとか」
流石はトリシアとハリスだな。
「フラちゃんとコラクスは?」
「散歩じゃないですか?」
あの二人は魔族だからなぁ。まだ良くわからん。悪いやつらじゃないとは思うんだが。
アラクネイアは自分の作った種族と交流があったせいか、非常に温厚だし必要のない闘いはしないタイプだから放って置いても問題ない。
フラウロスとアモンは俺の部下になったので、無闇に人を襲ったりはしないだろうけど少々不安。
昼飯に中華を作ってやったら、マリスとアナベルが感激の涙を流して食ってた。
食後にトランプで遊んでいたら、トリシアとハリスが帰ってきた。
「よう。帰ってきたな。用事は終わったか?」
「ああ、抜かりはないよ」
「ハリスと協力して、ケントが欲しがりそうな情報を集めている。まだ途中だが見るか?」
トリシアに紙の束を渡されたので目を通す。
不正や汚職などに手を染めた貴族たちの名前と罪状が列記されている。
貴族本人だけでなく、その家族や親類なども書かれている。
やれやれ……途中とか言ってたが、このリストだけで四〇〇人以上も名前があるぞ。
あと二日半でどれだけの名前がリスト・アップされるのか……
それら全員を処分を考えると気が重くなる。だが、これをやらねばトラリアは荒廃の一途をたどるだろう。
心を鬼にして迅速に処理していくとしよう。
まず、決闘をその
血の粛清となるな。シンノスケとやることは一緒だ……トラリアの貴族にとって、俺は大陸東方の魔神と変わりない存在になるなぁ。
恨まれるだろうなぁ……
帰ってきたトリシアとハリスを交え、マリスとアナベルがトランプに興じ始める。
俺は渡されたリストを使って大マップ画面の検索機能で該当貴族たちにピンを立てる作業をする。
「トリシアたちは昼ご飯はどうしたのじゃ?」
「屋台で済ませた」
「ずるいのです! 屋台戦士の私を誘ってくれないと!」
どんな戦士だよ……
「ま、屋台も良いが、我らはケントの新作料理じゃったからのう。アナベルは屋台の方が良かったのかや?」
「あー、ケントさんの料理の方が上ですね! 屋台は大味が多いですし!」
トリシアの目がギラリと光る。
「ケントの新作だと……アナベル、ずるいという言葉は、お前たちに向けられるべき言葉だな」
トリシアがグイッとアナベルの首に腕を絡めた。
「ひえっ?」
「で? どんな料理だ!?」
「フソウの豆腐が……オレンジだったのです!」
「何だそれは?」
「それと肉と野菜を炒めたやつです! コリコリシャキシャキだったのですよ?」
アナベルが白状した情報から俺の料理を想像するのは至難の技だと思う。
しかし……トリシアが頭を抱えているなぁ。結構珍しい姿だ。
「オレンジ? コリコリシャキシャキ? アナベルの頭脳で処理されると、そうなるのか? さっぱり解らぬ」
「煩いぞ……夜に……作ってもらえば……いい……」
「あれは垂涎の三皿であったのじゃ。夜も食いたいのう」
「マリス、それはカツ丼よりも美味いのか?」
「天丼なみじゃったぞ?」
「イクラ丼に匹敵しましたね!」
「なん……だと……?」
煩いとか言ってたハリスまで会話にしっかり巻き込まれてしまった。
「ケント! 解ってるんだろうな!」
トリシアがにじり寄ってくる。
「そうじゃ! あれを再び作るのじゃ!」
「もう一回食べたいのです! オレンジの豆腐!」
マリスとアナベルがまた食べたがるのも解る。
確かに後を引く美味さだよね、麻婆豆腐。俺も大好き。
しかし、ハリスが光を放つような目で俺を凝視してくるのが異様に怖いです。後ろにゴゴゴゴゴって文字が浮かんでる気がする。
「解ったよ。夕飯はまた、中華にしてやるから、静かにしろ」
「チュウカというものなのか? 和食とは別の類の新作らしいな! 楽しみだ!」
トリシアが大興奮して部屋を歩き回って煩い。
トランプに興じてもらってた方が静かでいいなぁ。
早めに夕食を作ってやるか。
「解ったから静かにしろ!」
やはり食欲ってのは怖いですな。絶世の美女がこのザマですよ。
食い物の恨みは恐ろしいって言葉もあるしな。
使い所を間違えると怖いので、新作は少し控えるかな?
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