第22章 ── 第39話

 駐屯地内にある騎士団本部にアルバッハと共にやってきた。


 建物の中央にある非常に高い塔の周辺に、以前よりも飛んでいるグリフォンが多い気がする。


「グリフォン、増えました?」


 俺の前を歩いているアルバッハに声をかけると、彼は足を止めて振り向いた。


「いくらか増えています。グリフォニア東部の森林地帯にいた逸れグリフォンがいなくなりましたから、別の地域からグリフォンの群れが流入したのが要因です。

 その結果、捕獲されるグリフォンが増えているんです」


 イーグル・ウィンドがいなくなったからか……


 時々、大マップ画面で確認しているのだが、イーグル・ウィンドは人生初の長旅を楽しんでいるという感じだね。今は、大陸中央の大森林あたりを移動している。


「参りましょう。本日は、騎士団長、副騎士団長も居られるはずですので」


 アルバッハが本部の扉を開けて中に入っていったので、俺もその後を追う。


 中に入ると、受付が目に入る。以前に対応を頼んだ事のある受付嬢が俺を見て椅子から慌てて立ち上がる。


「クサナギ辺境伯様!?」

「おひさー」


 俺は軽く手を挙げる。

 その様子を見たアルバッハが少しビックリした顔になる。

 ちょっと気安い態度だったな……申し訳ない。


「副団長をお呼びいたします! 少々お待ち下さい!」


 受付嬢が副団長の執務室に繋がる廊下に飛び込んでいく。


「騒がしい受付で申し訳ありません……」


 アルバッハが申し訳無さそうに謝罪する姿に俺は両の手を振る。


「いやいや、構いませんよ。俺も冒険者上がりの成り上がりですからね。あまり畏まられても、居心地が悪いんで……」

「そうなのですか……?」


 意外だという感じでアルバッハは俺を見る。


 グリフォン騎士団の団長や副騎士団長も、相当ざっくばらんな人物な気もするんですが。


 アルバッハは良いところのお坊ちゃんなのかもしれない。

 俺に対する物腰は丁寧だけど、下々に対しては少し尊大なところがあるからな。


 ドタドタと足音と共に、副騎士団長のアーサー・ゲーマルクが受付ロビーまでやってきた。


「ケント! 久しぶりだな!」


 酔っていないと爽やかイケメンのゲーマルクが、ガシッと俺を包容してくる。


 むう。そこまで親密ではなかったはずなのだが。


「ああ、ゲーマルク副団長もお元気そうですね」

「他人行儀だな。酒飲み友だちだろう?」


 確かに何度か酒盛りはしたけども……


「今日はどうした? そう言えば、レリオンから報告が届いていたな。例の件か?」

「それもありますけど、今日は近くまで来たのでご挨拶に寄っただけです」

「そうなのか? よし、話は団長の執務室で聞くことにしよう。アルバッハ、案内、ご苦労だった」


 ゲーマルクがそう言うと、唖然としていたアルバッハは敬礼をして廊下の奥に歩いていった。

 ゲーマルクは俺の肩を抱いたまま、その姿を視線で追っていた。


「あいつ、失礼なことを言ったりしなかっただろうな?」

「え? アルバッハ殿ですか? 丁寧に対応して頂きましたけど……」

「そうか……」


 ゲーマルクはホッと息を吐いた。


「少し、頭の固いヤツでな。

 最近、ルクセイドに増えてきた冒険者に良い顔をしていないんだ。

 ケントは見た目、ただの冒険者だからなぁ……勘違いして失礼な態度を取ったかもしれんと思ってな」


 あれだけ盛大に送り出してもらったからなぁ。俺の事を覚えている衛士も騎士も多かったし、俺に失礼な態度に出るなんて出来なかっただろう。


「ということは、グリフォニアにもギルドの支部ができたんですか?」

「いや、まだだ。レリオン支部のギルド・マスターは、まだレリオンだけで手一杯だ」


 さすがに有能なサブリナ女史でも手一杯か。


 ゲーマルクが団長室に向かって歩き出したので付いていく。


「トンネルが開通した報告は受けていますが、使節団をオーファンラントに送る段取りなんですよね?」

「ああ。今、準備中で大忙しだ。レリオン産の魔法道具程度では手土産にならんし……少々手間取っているんだ」


 確かに五年で消えちゃう魔法道具だからなぁ……


「ルクセイドの特産品だけで問題ないですよ。魔法道具はウチの工房でいくらでも作れますからね」

「いくらでもか……」


 ガックリとゲーマルクは肩を落とす。


「ケントの……貴国と同盟を結べなければ、大変なことになる。粗末な物は送れんのだ。特産品と言われてもなぁ……」


 ルクセイドの特産品と呼べそうな物はそれほどない。グリフォニア付近は比較的自然が豊かだが、他の地域は荒れ放題だからな。


 団長の執務室までやってくるとゲーマルクはノックもせずに扉を開ける。


「ケストレル団長、ケント・クサナギ辺境伯殿が来てますよ」


 執務室で帆船模型に興じていたケストレルがガバッと立ち上がる。


「おおお、クサナギ殿!」


 ドシドシと歩いてきたケストレルが、ゲーマルクと同じ様にガッシリと包容をかましてくる。


 暑苦しい!


 グイと腕に力を入れてケストレルを引き離す。


「そういうのはソフィアさんにしてやれよ!」


 ソフィアの名を聞いてケストレルが慌てて直立不動の姿勢になる。


「バ、バーネット殿にこのような破廉恥なことなど!」

「破廉恥って認識はあるんですね」


 男同士ならもっと破廉恥な気もするけどね。


「あー、団長。そのくらいで。ケントに失礼です」

「む……そ、そうだな。クサナギ殿、失礼した」


 ケストレルはガンと胸のアーマーを叩いて、騎士団特有の敬礼をする。


「して、本日のご来訪、如何なされた? 火急の要件であろうか?」

「いや、近くに来ましたのでご挨拶に」

「ふむ。西へ旅立ったのは去年のハパの月だったか?」

「そうですねぇ……もう半年以上ですかね。今は、トラリアって国まで行きましたよ」


 ソファをおすすめされたので、座りながら応える。


「トラリアか。バルネットの向こう……フソウの北であったかな」

「そうです。農耕が盛んな国ですよ」

「その国で何を?」

「色々と冒険してきましたよ。古代竜と戦ったり……」

「ぶほっ!」


 ケストレルが口をつけていたお茶を盛大に吹き出した。


「ゲホゲホ……古代竜!?」

「マジかよ……」


 ゲーマルクも唖然とした顔になっている。


「ま、まさか……獣人の森の古代竜は……」

「あ、それは別の古代竜ですよ。そっちはエンセランスですね」

「ご、ご存知なのか!?」

「ええ、知り合いですよ。ウチの……マリスの幼馴染ですから」


 ケストレルがあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


「獣人の森を古代竜の名の元に平定したのはケントなのか!?」


 ゲーマルクがケストレルの後を継いで俺へ質問をしてくる。


「一応、そうなりますかね。それ以降はノー・タッチですけど」

「おかげで獣人の森からの被害が減った……しかし……よもやエンセランス自治領と関係があったとはな……」


 ここんところ英語交じりの言葉を使っているのに、ちゃんと言葉が通じている。トリシアたちが言っていた神界の言葉を使っているって事かもしれないな……


「獣人たちには森から出ないように命じてありますし、ルクセイドには迷惑は掛けないですよ」

「そうらしいな。実は数ヶ月前、森から獣人が何人も出てきたんだ。ルクセイドの領内を通り抜けたいと申し出て来てな」

「そうなんですか? そいつらは森にはもう戻らないとか言ってませんでしたか?」

「ああ、ルクセイドの東の獣人の国に行くと言っていた。森には戻れないと」


 入る者は拒むが、去る者は拒まず。これがエンセランス自治領の掟だ。

 その獣人たちは、覚悟の上で森を出たはずだ。


「ウェスデルフに向かったのか……どんな獣人でした?」

「土竜人族と言っていたよ」

「あー、それでか!」


 納得した。トンネルが予想以上に早く開通したのは、それが理由だろう。

 そうか、ジョルジョの血族がウェスデルフに向かったんだな。


「それでとは?」

「その土竜人族がトンネル開通に尽力したんだと思いますよ」

「ふむ。なるほど……」


 ゲーマルクは何となく納得したような顔をしたが、ケストレルは唖然とした顔のままだね。


 その後、周辺諸国の情報などを交換しておいた。


 バルネット魔導王国が魔族の巣窟らしいという情報は、同盟を結ぶ事になるルクセイドとは共有しておいた方がいいだろう。


 フソウやトラリアについては大した情報はないけどな。

 現実世界を知らない人間に、江戸時代とか社会主義とか話しても仕方ないし。


 騎士団本部を出た頃には陽が傾いてきたので、フソウのマツナエに魔法門マジック・ゲートを開く。


 潜り抜ければ、林の中の俺の館だ。

 転移門ゲートの前にはハイエルフたちのお出迎えだ。


「お館さま、お帰りなさいませ!」


 シルサリアが跪きつつ嬉しげに言う。


「お疲れ。みんな元気そうだね」

「はい。お館さまもお変わりなく」

「明日、お城に行く予定なんで泊めてもらうよ」


 シルサリアは更に頭を深く下げた。


「ごゆるりとご逗留頂けますよう、お饗しさせていただきます。エルヴィラ! お食事の用意は!?」

「これからです! グートさんの獲物待ちです!」

「メリオン! お風呂の準備を!」


 シルサリアがテキパキと部下に指示を出していく。


「あ、お構いなく。俺は俺で好きに過ごすよ。エルヴィラ、飯の用意なら俺も手伝うぞ」

「お館さま自ら!?」


 シルサリアがアワアワする。

 いつも俺が作ってたじゃん。エルヴィラに教えるって名目もあったけどね。


 その日の夕食は、色々と新作料理を試しに作ってハイエルフに試食させた。

 ハイエルフたちの狂乱ぶりを見ると大成功。自分で食べても美味いと思ったし。


 やっぱり中華はすげぇ。

 麻婆豆腐、青椒肉絲、回鍋肉……現実世界の日本人には餃子と同じくらい馴染み深い中華料理だが、ティエルローゼでは相当な料理革命みたいだね。


 その夜、腕試しのハイエルフ忍者たち、メリアド、メリオン、レオーネの三人に寝込みを襲われたが、ハリスに比べるとまだまだだ。


 しかし、ハイエルフ忍者は、やっぱりハリスの弟子ですなぁ。アースラに打ち込んでふっ飛ばされたハリスを思い出してしまったよ。

 ちなみに、ハイエルフは全員無事だよ。腕の一本二本の骨折くらいで許してやったよ。


 シルサリアが畳に額をこすりつけて詫びをしてきたが、そのくらいで怒るほどじゃないしね。命を奪いに来てたら別だけど。

 シルヴィアが魔法で傷の治療してたから、後遺症は残らないだろう。

 あの無口なはずのカストゥルが「技量のほどを弁えろ」と青筋立てて怒ってたのが印象的だったなぁ。


 毎回こうだと困るんで、次からは部屋に結界でも張っておくかな。

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