第22章 ── 第38話
各々に新しい仲間を任せて執務室へ戻り、クリスやフォフマイアーを念話会議に呼び出すが、少し話しているうちに執務室へ飛んできた。
「うぉ。別に念話だけで良かったのに」
「そうはいかない。領主が帰ってきたというのに、顔を合わせないわけにはいかないぞ」
クリストファは相変わらず真面目くんでした。
その言葉に「然り然り」と頷く元冒険者の貴族様であるフォフマイアーも似たようなものだが。
「それで、ケント。当分、腰を落ち着けられるんだろうな?」
「いやー……まだ、冒険の途中だ」
「陛下への新年の挨拶にも帰ってきてなかったじゃないか……」
「まあ、西方諸国で色々あってね。聞かせると長くなるから省くが」
聞きたそうにしていたフォフマイアーが絶望した顔になる。元冒険者だけに冒険譚が聞きたいのだろう。
「でだ、これからルクセイドに向かうつもりだけど、ルクセイドとは何か進展があったかな?」
「ああ、ウェスデルフから使者が来たな。例の山脈を貫いたトンネルが開通したそうだ。そのうちルクセイド領王国から使者が来るだろうと言っていた」
早いな。たった一人で掘り抜いたのか? 土竜人族すげぇ。
「軍事面での報告は?」
「二ヶ月前、ファルエンケールの使者がやってまいりまして、ファルエンケール評議会が組織しております遊撃兵団との演習を森との境界付近の平野で行いました」
え? ファルエンケールは秘密の国家だったと思うんだが?
「既に、妖精国ファルエンケールは、秘密の存在ではありません」
俺の顔色から察したのかニヤリとフォフマイアーが笑いながら報告した。
「マジで!?」
「既に秘密にしておく必要はないだろうと、妖精族の女王陛下が判断したようで、この旨、密約に参加していた近隣諸国もご存知です」
なんと、数ヶ月ほど前に、このトリエンの街で国王リカルドと女王ケセルシルヴァの両王が会談をしていたらしい。
俺のいない内に、時代は動いているようだな……なかなか興味深いね。
「勝敗は?」
「我が軍の勝利です」
当然か……遊撃兵団は優秀だが、平均レベル二〇くらいだろう。ゴーレム部隊に太刀打ちできるとは思えない。
「しかし、ゴーレムに相当の被害が出まして……マクスウェル閣下に大変こっぴどく叱られましたが……」
「そんなに?」
「はい。新しい兵団長と斥候隊長という肩書のエルフ二人が二〇体以上のゴーレムを破壊しまして……」
マジか……新兵団長っていうと、マルレニシアじゃんか。そんなにレベル高かったか?
ちょっと大マップ画面で調べてみたら、マルレニシア・スヴァルツァのレベルは三九に上がっていた。
マルレニシア……どんだけ努力したんだよ。凄いな!
もう一人は、あれか……名前何だっけ? シャリア・メルアレスだな。こっちはレベル三五か。
うーむ。それでも二人で二〇体か。さすがはエルフ族だな。エルフは人間より基本能力高いからねぇ。
その後、その他諸々の報告や指示を出してから、俺はルクセイドの首都であるグリフォニアの城門付近に
「それじゃ二人とも、もう少しだけトリエンを任せるね」
「早くみんなを連れて帰ってこいよ」
「ああ、あと数ヶ月の予定だ。帰るのは世界樹ってヤツを見てからだよ」
クリスがヤレヤレというポーズで見送ってくれる。フォフマイアーは微妙に羨ましそうな顔だったが。
「やぁ、どうもご苦労さまです」
俺の気の抜けたような挨拶に衛士たちがポカーンとした顔になってしまった。
その中の幾人がハッとした顔になった。
「こ、これは!! オーファンラント王国のケント・クサナギ辺境伯閣下ではありませんか!?」
その悲鳴にも似た言葉に、周囲の衛士たちが驚愕の表情と共に敬礼を始める。
その声が聞こえたのか、グリフォン騎士の一騎が素早く地上に降り立った。
ちなみに、もう一騎は城壁を飛び越えて都市の中に入っていったよ。
前回のルクセイドを訪れた時に名を馳せたためだろうか、こう仰々しいと少し恥ずかしい。
「閣下。グリフォニアへの突然の訪問、有り難く存じますが……火急の来訪、何かあったのでしょうか?」
グリフォン騎士がやってきて、俺の前に跪いて口を開いた。
どうやら、何かとんでもない事でも起きて、オーファンラントの使者としてやってきたと勘違いしているようだ。
「いや、今日はジョイス商会の会長レオナルド・ジョイス氏に会いに来たんだ。ついでで申し訳ないが、グリフォン騎士団長にもご挨拶しておきたいと思ってね」
騎士団との繋がりが強いとはいえ、何で一商会の会長に会いに来たのかとグリフォン騎士は首を傾げている。
「頼まれた品物の納品だよ」
俺がそういうとグリフォン騎士は納得の顔をした。
「なるほど……例のカイロという物ですな。あれは閣下の発明品だと伺っております。カイロの導入から、我々騎士も仕事が楽になりました」
俺は手を差し伸べてグリフォン騎士を立ち上がらせる。
「ああ、お役に立っているようで嬉しいな。あれは便利だろう?」
「はい。巡回飛行中の疲労が少なくなりました。閣下の発明は本当に凄い」
ウンウン、カイロは寒いときに必須だよね。魔法道具ならもっと簡単だけど、単価が高くなりすぎるからな。あの手の非魔法道具の方が軍隊とかだと重宝するだろうね。
「それで、グリフォニアに入ってもいいかな? 魔法で来ちゃったから不法入国かな……罰金なら払うけど」
俺がそういうとグリフォン騎士は慌てたように手を振った。
「か、閣下にそのような事はさせませんよ! これから同盟を結ぶ国のお方ですから!」
「申し訳ない。まだ通商条約も結べていないのに」
俺の腰の低い態度に、周囲の衛士たちも恐縮しっぱなしだった。
俺はグリフォン騎士と共に門を潜ったので、簡単にグリフォニアに入ることが出来た。
城塞都市カルネでルクセンドルフ伯爵に貰った通行証は使う必要もなかったな。
ジョイス商会までやってくると、前に見た店員たちがいた。
今回、俺は護衛という名目で付いてきたグリフォン騎士と一緒だったので、誰何もされずに商会長の執務室へと通された。
「こ、これは! クサナギ辺境伯閣下! それと、アルバッハ七等勲爵士様!」
「お久しぶりです、レオナルドさん。今日は納品に伺いましたよ」
挨拶もそこそこに切り出すと、レオナルドの目がギラリと輝いた。
「おお……もう完成したのですか……素晴らしい……」
「素晴らしいは見てから言って頂きたい所ですけどねー」
俺はニヤリと笑う。
アルバッハは、カイロの話だと思っていたせいで、レオナルドの反応に訝しげな顔だ。
「早速、拝見させていただいても……」
レオナルドは
「ああ、いいですよ。少し広い所はありますか?」
「中庭でよろしいでしょうか?」
「良いですね。案内してください」
レオナルドに連れられ、俺とアルバッハは中庭に出た。
「この広さで大丈夫でしょうか?」
「十分ですよ」
俺はインベントリ・バッグを開き、飛行自動車三号を
「おおおお……!!」
レオナルドは感動に打ち震えた。
「こ、これは……馬車ですか? にしては小さい気もしますが……」
アルバッハも驚いた表情ながら、興味深げに見ている。
「これは飛行自動車です。レオナルド氏に依頼されましてね」
「飛行……? この馬車が飛ぶのですか? 天馬の守護者様の馬車のようなものですか?」
「いや、ペガサスは要らないんですよ。これ単体で飛びます」
俺の言葉にアルバッハは懐疑的な表情だ。
「レオナルドさん。一応、注文通りに動くか俺が操縦して見せますね。練習も無しに乗ったら墜落するかもしれませんし」
レオナルドは俺の脅し文句に言葉もなくコクコクと頷いた。
「では」
俺は飛行自動車三号のドアを開け座席に乗り込む。
エンジンを始動させると、レオナルドもアルバッハも少し後ろに下った。
「凄い唸り声だ……」
アルバッハはブルルルと回る魔導エンジンの音に少し警戒している。
「これは魔導エンジンの音ですから、獣の唸り声じゃないですよ」
「ま、魔導エンジン!?」
苦笑交じりの俺の言葉に、アルバッハは呆気にとられた。
俺はアクセルを吹かしつつスライド・レバーを上昇へ滑らせる。
アダマンチウム製の車体がフワリと浮き上がる。
「う、浮いた!?」
「おおおお!」
アルバッハとレオナルドの声が聞こえてくる。どこの国の人でも同じ反応ですな。
二〇メートルほど高度を取り、シフト・レバーをドライブにいれてアクセルを踏んでいくと、飛行自動車は静かに前進する。
五分ほど、ジョイス商会の上を旋回飛行してみてから、車体を元の位置に着陸させる。
アルバッハは呆然とした顔で飛行自動車を見ていたが、レオナルドは弾けんばかりの喜びに満ちた表情だ。
「閣下! 素晴らしい発明品をありがとうございます!」
レオナルドは涙をボロボロと流しながら、満面の笑顔という器用な真似をする。
「喜んでいただいて、こちらも嬉しいですよ」
客の喜ぶ顔が見られて俺も満足です。
その後、レオナルドの執務室へ戻り、代金と引き渡し証の交換をする。
パンパンの革袋を五〇袋も積まれた時は焦ったけど、一袋金貨一〇〇〇〇枚、合計で五〇万枚……だ。
ジョイス商会の将来が心配になるほどの金貨だが、この世界ではそれだけの価値はあるだろう。
俺はレオナルドに飛行自動車三号の取扱説明書を渡して、使用上の注意や危険性などをしっかりと伝えておく。
日本で良く見る『注意一秒、怪我一生』っていう標語のステッカーを操縦席付近に貼っておいたから気をつけるようにね。
ジョイス商会を後にして、俺はアルバッハと騎士団の駐屯地へ向かった。
その道中、アルバッハがずっと難しい顔をしていたのが少し気になる。
ま、あの自動車は国家機密の塊みたいなもんだし、軍用にも転用できるものだ。
グリフォン騎士には容易に価値が判断できるだろうしなぁ。
納品が終わった今は、既に所有権はレオナルドだが、騎士団がレオナルドにアレの所有を認めるかどうかは俺の考える事ではない。
接収される可能性はあるだろうな。
でも、それを跳ね除けられるかどうかは、レオナルド・ジョイスの手腕次第だろう。
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