第22章 ── 第37話

 翌朝、アリーゼとアラクネイアを送る為にトリエンの屋敷に魔法門マジック・ゲートを開く。

 水面のようなゲート面が虹色にキラキラと輝く。


「な、何ですか、コレ!?」


 アリーゼは魔力で出来た魔法門マジック・ゲートの枠を指先でツンツンと突きまくっている。


「いいから入れ」


 膝でアリーゼの尻を押すように魔法門マジック・ゲートへと放り込む。


「いくぞ、アラクネイア」

「はい、主様」


 魔法門マジック・ゲートを潜ると「ここはどこですかー!?」と及び腰ながら、あたりを見回していた。


 館の前に勢揃いしているリヒャルトさんとメイドたちも、そんなアリーゼを見ながら困惑していた。

 俺の姿を認め、リヒャルトが安心した表情になった。


「おかえりなさいませ、旦那様」


 リヒャルトが頭を下げると、メイドたちも揃って頭を下げる。


「おつかれさん。何か変わったことは?」


 俺がそういうと、リヒャルトが少し片眉を上げる。


「ここでは何ですので……」


 この場では口にできないような事が起きたっぽいな……


「解った、執務室へ行こう。アラネア、アリーゼ、付いてこい」


 興奮気味のアリーゼの首根っこをアラクネイアが抑え込みつつ付いてくる。


「主様の体面に関わります。静かになさい」


 アラクネイアは頼もしいですな。



 アラクネイアとアリーゼにはソファを勧めて、俺は執務椅子に座る。執務机の向こう側にはリヒャルトさんだ。


 メイドがお茶を淹れて退室するとリヒャルトが口を開く。


「何度か国王陛下が当屋敷にご訪問なさりました」

「マジか……」


 俺は頭を抱えた。フンボルト閣下の苦虫を噛み殺した表情が頭に浮かんでくるよ。


「確かに、元日のご挨拶に向えなかったが……」

「国王陛下がご搭乗なさっていた……乗り物というのでしょうか……」


 ああ、飛行自動車に乗ってきたのか……


「さぞや街の者がビックリしただろうね」

「真に……見物人が押しへしあい……少々怪我人も出ました」

「死人は!?」

「ご心配には及びません。エマ様の指示で工房のゴーレム隊が繰り出しまして、救助と人員整理を行っていただきました。問題は恙なく処理いたしました」


 相変わらず、うちの手の者は有能ですな。


「さて、今回の帰国についてだけど、一時的なものでね」

「そうおっしゃると思っておりました。国王陛下にも旦那様の事情を話し、屋敷にご逗留いただきまして料理などで饗し、満足していただきました」


 陛下が満足したなら良かったよ。ご挨拶をしにこない臣下だというのに、心配してここまで来たんだろうし、不良領主には過分な配慮だよ。


「今日、帰ってきた理由だが……」

「こちらのお二人の件でございますね?」

「察しが良いな。そうだよ。その二人はアリーゼとアラネア。アリーゼには工房でエマの下に付ける予定だ。アラネアについては……」


──コンコン


 その時、扉がノックされてレベッカが書類を抱えて入ってきた。


「ケント様が帰ってきたって聞いたんだけど……」


 レベッカは俺の姿を見てニッコリと笑った。次いでアラクネイアとアリーゼに視線を移して少しだけ顔を曇らせる。


「ケント様、そちらの二人は……」

「ああ、レベッカ。ちょうど良かった。アラクネイアを紹介しようと思っていたんだよ」


 俺がそういうとアラクネイアがソファから優雅に立ち上がり、レベッカに少し頭を下げた。


「お初にお目にかかります。レベッカ・ポートランド様ですね?」

「え? ああ、そうですけど……」

「レベッカ。彼女は君の情報局の支援をしてもらうアラネアだ」

「私の……情報局の支援ですか……?」

「そうだ。彼女の力量は君の技能の数倍に匹敵するだろう。

 本当なら君の上に付けるほどなんだけど、彼女には別の任務がある。なので支援だ」


 レベッカが目を見開き、信じられないという顔になる。

 彼女の反応は当然で、このオーファンラント王国において、レベッカの暗殺者アサシンとしての技量はトップクラスだからね。


「アラネアには大陸中央にアラクネーという配下の種族が多数生息していたりするんで、そのうちトリエンにも姿を表すかもしれない」


 リヒャルトも大きく目を瞠った。


「一種族が配下ですか……凄い方なのですね?」

「当然だよ。彼女は亜神レベルの存在だからね。ここだけの話だぞ?」


 俺がそういうとリヒャルトもレベッカも呆然とした顔になるが、直ぐに深い溜息を吐いた。


「流石はケント様というべきでしょうか……」


 有能執事リヒャルトさんに感心されて少し嬉しいかも。


「相変わらず凄い男だよ……流石はアタイが見込んだ……」


 レベッカの呟きも少し聞き取れた。素だと一人称が「アタイ」なのか。外見に似合わず少し可愛いかも。


「それで、そっちは?」

「ああ、こっちはアリーゼだ。工房でエマの下で働くことになるな」


 自分の名前が出てきてアリーゼが俺の方を見た。

 俺は東方語で話してたんだろうか、アリーゼだけに言葉が解らなかったみたいだ。


「リヒャルト、こっちのアリーゼは西方語しか使えない。マタハチ同様に東方語を教え込んでくれ」

「賜りました。彼と同じ学習計画でお教えしましょう」


 リヒャルトはアリーゼに向き直り口を開く。


「アリーゼ様、私は旦那様の執事、リヒャルトと申します」

「あ、はい。はじめまして。ケントさんって凄いお金持ちなんですね?」


 アリーゼも豪商の娘じゃん。


「左様でございますね。旦那様は多分、大陸一のお金持ちかもしれませんよ」

「マジですか!?」

「はい。本当にございます」


 確かに魔法道具の流通で信じられない金額がトリエンと俺に集まっているだろう。都市や街を作る上で、投資額も国家予算レベルだからなぁ……


「リヒャルトさん、エマは?」

「本日は工房に詰めております。ソフィア様がいらっしゃっておりますので」


 おお、ソフィアが来ているのか。


「リヒャルト、アラネアとアリーゼの部屋を用意してやってくれ。アラネアはトリシアたちと同じ扱いだ。アリーゼはマタハチと同じで良いだろう」

「畏まりました」

「レベッカ、その報告書は机の上に置いておいてくれ。後で目を通す。別に緊急を要する報告はないんだろう?」

「はい。重大な情報をありませんので、急ぎません」


 俺はレベッカの返事に頷く。


「よし、アラネア、アリーゼ付いてこい。今度は工房に行くぞ」


 俺は二人を連れて工房へと転送する。

 転送先には、勿論フロルが待ち構えていますね。


「おかえりなさいませ、ご主人さま」

「フロル、工房使用者の登録を頼む。アラネアとアリーゼだ」

「スキャン終了、登録を完了しました」


 フロルに案内させ、エマとソフィアがいる研究室に。


「おや、ケントじゃないかね?」

「あ、ケント! 貴方はいつも突然帰ってくるわね!?」

「俺は色々あって、忙しいんだよ。どうもソフィアさん。ご訪問嬉しく思いますよ」

「他人行儀だね。それで、そちらの二人は?」


 キラリとソフィアの目が光る。もちろん目の色がいつもと違うので、NPC特有のPCのステータスを見抜く能力だ。


「この世界では面白い能力の持ち主を連れてきたね。『リペアラー』かい?」

「そうなんだよ。ティエルローゼでは初めて見たよ」

「工房には有力なユニークだろうね」


 ウンウンとソフィアは頷いているが、エマが疑いそうな目でジロジロと二人を見ている。


「で、その二人は何者なの?」

「ああ、エマ。こっちのアリーゼは、君の部下だ。魔法は使えないが、どんな品物でも修理可能なスキル持ちだ。便利に使ってくれ」

「それは良いわね。ちょうど杖の修理が必要だったのよ。ちょっと貴方、これを直して頂戴」


 エマがアリーゼに話しかけるも、アリーゼには言葉が通じない。


「え? あの? 何なんです?」

「あー……エマ、彼女は西方語しか喋れないんだよ」

「え? マタハチと同じなの? 面倒ね……」


 言葉は通じないながら、エマに突き出された杖を興味深げに見ていたアリーゼが口を開いた。


「えーと、この杖を直せばいいんです?」


 アリーゼはエマから杖を受け取ると「フンフン」と鼻を鳴らし、杖を入念に調べ始めた。


 腰のツール・ポーチから工具を取り出し、木の軸や魔石の調整を行っているようだ。


 ソフィアとアラクネイアは、どうやら情報交換を始めた。


 どちらもティエルローゼの有り様を根本からひっくり返す情報の持ち主だからなぁ……気が合うというか相性がいい取り合わせかもしれん。



 アリーゼは杖を完璧に調整を終えてエマを感心させた。


「完璧だわ……やるわね貴女」

「え? これでいいんです?」


 言葉は通じてないのだが、アリーゼはエマの満足そうな顔から自分の調整が上手くいったのを判断できたようだ。


 こっちも上手く行きそうだな。


「アラネア、アリーゼ、基本的に君たちには、この工房で働いてもらう事になる。解らない事はフロルに聞け」

「畏まりました」

「うん、わかった!」


 俺はソフィアに話しかけた。


「ソフィアさん、時々、工房の様子を見に来てくれませんか? 貴女の知識がトリエンには必要です」

「ふ。言われなくても来るさね。あの魔族は絹を作る元締めだろう? 私は絹織物が好きだからね。それに魔界の知識にも興味がある」


 流石はNPCだな。アラクネイアが魔族だという事も見抜いたか。


「ま、その魔族ってのは他言無用で。周囲の人間がパニックに陥る」

「心得てるよ。しかし、お前さんは相変わらず規格外だね。もう九八レベルかい?」

「とっとと一〇〇レベルまで上げて、魔軍の頭領を排除したい所だけどな」

「できるのかい?」

「今でも無理をすれば可能だと思う。勿論、同レベル帯の仲間は必須だけどな。一応、一〇〇レベルの古代竜をぶっ飛ばせたし、もう少しだな」


 ディアブロという魔族は、多分、ドーンヴァースでいう所のメイン・シナリオのボスに当たるんじゃないかと思う。

 基本的にドーンヴァースのメイン・シナリオのボスは、フル・レイドで挑まなければ倒し得ないと言われていので、仲間たちをレベルアップさせれば行けそうな気がする。


 なにせ、ウチの仲間は優秀だからな。この世界の生物を基準とすれば、俺以上に規格外な奴らだよねぇ。

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