第22章 ── 第36話
アリーゼとアーネスト・リステリーノのゴリ押しに屈し、俺はアリーゼを伴うことにした。
この世界では貴重なユニーク・スキル持ちを確保したのだと割り切る。
「アリーゼ。俺の弟子にしてくれと言うが、君は魔法を使えないようだから教えられる事は殆どない」
宿に戻る道すがら、アリーゼに色々と言っておく。
「魔法道具を色々見てケントさんの技術を盗みます!」
職人みたいなことを言いだしたよ……
「まあ、良いけど……君を冒険に連れ歩く事はできない。戦闘系クラスじゃないからあっけなく死なせてしまうかもしれないからね」
「では、私はどうすればいいんですか?」
「そうだなぁ……」
やはりシャーリーの工房でエマやフロルの助手をさせるのが得策じゃないかな。
工房の各種魔法道具の保全任務を与えておけば、俺の不在の時にそれら装置が故障してもアリーゼで何とかできるかも知れない。
それら保守全般をフロルだけにやらせてきたのが実情で、大規模な損傷を直すほどの技術はフロルにはない。
今まで事故が起きてないだけで、フル稼働を始めた今の工房で今後起きないとは限らないからな。
「俺の魔法工房に詰めて貰って、各種魔法道具の整備や維持をやってもらうのがいいかもしれないな」
「魔法工房!!」
魔法工房と聞いて、アリーゼの目の輝きが尋常でないものになる。
「落ち着け。俺の屋敷がある最東端の国に君を送ることにする。そこに俺は魔法工房を構えている」
「私はそこで働けるんですか!?」
「ああ、魔法担当官のエマとナビゲート・ゴーレムのフロルの助手になってもらう」
「ゴーレム!」
この子、いちいち煩いな。街中で叫ぶ事じゃねぇだろ。
一応、工房には他に魔法薬の開発主任フィル、鍛冶工房にはマストールとマタハチの師弟がいるので、彼らの事も説明しておく。
アリーゼはリペアラーなので、通常のアイテムから魔法のアイテムまで、何でも修理する事ができる。
鍛冶部屋の鍛冶道具などの整備・保全もやれるはずだ。
宿に戻り、部屋の扉を開けると、マリスがトコトコと走ってきた。
「ケント! 帰って早々悪いのじゃが……むっ!? その女は誰じゃ!?」
アリーゼの姿を認めたマリスがジロリと彼女を見つめる。
「わわ!? お人形さんみたいな美少女が!?」
「む!? 美少女じゃと? 見どころのある女じゃな?」
単純に褒められてマリスはニヨニヨと身体をくねらせる。
「ああ、彼女はアリーゼ・リステリーノだ。工房で働いてもらう事にした」
「工房でか? 見どころのある
「いや、アリーゼは魔法が使えない」
マリスは怪訝な顔になる。
「魔法が使えないのにか?」
「どうした、マリス? ケントが戻ってきたんじゃないのか?」
入り口から声が聞こえるのに奥に来ない俺たちの様子を確認しに、トリシアもやってきた。
「何だケント。また女を拾ってきたのか?」
「またとは何だ! 人聞きの悪い」
「今度は美女がっ!!」
アリーゼに美女と言われ、トリシアがニッと笑う。
「こんな所ではなんだから、早く入れ。客が待ってる」
「客? 誰だ?」
「近衛兵だな。ケントは居間に行け。私はこの娘に寝床を用意してやろう」
トリシアがアリーゼの腕を取り、寝室の一つに連れていく。
「ああ、お師匠様!」
「トリシアに面倒みてもらえ。話は後だ」
「ケント、客は居間じゃぞ」
「あ、ああ……」
近衛兵の客らしいが、王族からの呼び出しかもしれんな。何か問題だろうか?
マリスと共に居間に行くと、近衛兵の鎧を着た人物が跪いた姿勢で待ち構えていた。
「ケント・クサナギ様、エドワード・ケリング将軍から書状をお届けするように下命され、参上仕りました」
近衛兵は跪いたまま手紙を差し出してきたので、受け取って中身を確認する。
そこには、例のオットミルで出会った包囲軍の指揮官たちが俺に名誉を傷つけられた旨を訴えた事、その者たちが俺たちとの決闘を申し出た事が書かれている。
「やっぱりなぁ……来ると思ったよ。で、ただの冒険者に決闘をふっかけるのは王国の法では問題ないのか?」
俺がそういうと、近衛兵は顔を上げる。
「通常ではあり得ない話ではありますが……」
「だよな? 通常、貴族による決闘は、同じ貴族階級に対して行うものだろ?」
「左様です……ですが、クサナギ様は救世主様でいらっしゃいます。階級としては貴族の上に立つと解釈されています」
それならもっと問題だろう。貴族の上は王族だ。貴族が王族に決闘を申し込むことは不可能だ。
「この国の貴族は王族にも決闘を吹っかけられるのか?」
近衛兵は首をブンブンと横に降った。
普通はそうだよな? なのに、それが罷り通る理由は……王国軍において、あの六人は大きな勢力って事だな。
そんな奴らが軍部の上層に占めているとなると、ケリング将軍が押し切られるのも仕方ないか。
その勢力が王家に牙を向いたら彼と近衛隊だけでは、どうにもできないだろうしな。
俺は書状の先を読む。
決闘については、今日から五日後に王宮の一画で行われる事などが書かれている。
それと最後の方に、ケリングから俺への詫びの文章が長々と書かれている。
承知の上でのお願いって所だな。
折角なのでトラリアの膿を排除してやるとするか。
書状を読む俺をそわそわと見上げる近衛兵に視線を戻す。
「ケリング将軍閣下の要請は了承した。この決闘に仲間たちを連れて行っていいのか?」
「は、全く問題ありません」
ふむ。となるとアラクネイア以外の魔族も連れて行って問題ないないな。
アラクネイアは駄目だ。魔軍の主として認識されているからな。
フラウロスは基本的に影に潜んでいたし問題はないだろう。
「了解した。書状通り、五日後の午前中に伺うと将軍閣下にお伝えしてくれ」
「はっ! 賜りました!」
「ご苦労さま」
近衛兵は機敏に立ち上がると仰々しい敬礼をして退室していく。
「決闘かや? 我も戦って良いのか?」
「ああ、今回は徹底的にやらせてもらうとしよう。ただし、人間モードでだぞ?」
「解っておるわ。本来の姿では王都ごと消してしまいかねんからのう」
「新しいスキルの……実験をさせて……もらう……」
壁の花となっていたハリスが怖いことを呟く。
「ま、お手柔らかにな。つーか、ハリスいたのか」
俺がそう言うとハリスはニヤッとする。
本当に気配を感じさせなくなってきたなぁ……
普通なら「いたのか」なんて影の薄いやつに言うイジメの一言なんだが、ハリスにとっては褒め言葉に聞こえているようだ。
夕ご飯の後、仲間たちを居間に集める。
「ということで、オットミルで会った貴族どもが決闘を申し込んできたそうだ。
ケリングの頭痛の種を排除してやろうと思うんだが、意見は?」
「腕がなるなぁ!!」
既にダイアナ・モードのアナベルが拳を打ち付けて喜ぶ。戦闘狂め……
「私には異論はない」
政治に関わる事には口煩いはずのトリシアが言う。
「政治問題だと思うんだが?」
「いや、これは私怨だ。政治ではない」
ふむ。俺の視点では政治問題なんだが、決闘は私怨に分類されるのか。
「私たちも参加させていただけるんでしょうか?」
アモンがソワソワしている。武の化身として創造されたヤツだから参加したいって事だな
「コラクスとフラちゃんは参加していい」
一人だけ呼ばれなかったアラクネイアが挙動不審に前に出た。
「主様、妾は……」
「留守番……」
「そ、そんな……」
アラクネイアがハラハラと泣き始める。
主に仕える事を至上の喜びとする魔族だけに、一人だけのけ者にされた気分なんだろう。
「いや、留守番というより、アラネアにはトリエンに行ってもらう」
「トリエン……?」
「ああ、俺の領地だ。そこで俺は諜報機関を組織している」
「諜報機関……それは何でしょう?」
「情報を集めて俺の役に立つ事だよ。それと工房でも働いてもらうつもりだ」
アラクネイアには、レベッカ率いる「トリエン地方情報局」の参謀になってもらうつもりだ。
何故かって?
アラクネイアの詳しいステータスやスキル構成をチェックしたら、彼女には暗殺者系の固有スキルがいくつもあったからだ。
アラクネイアはクモ系の魔族を作り出しただけあって、隠密系スキルが充実していたってわけだ。
これを利用しない手はない。
それと、もう一つ……彼女こそが魔軍で使役されていた合成魔獣を作り出していた人物だからだ。
合成魔獣といえばキマイラが直ぐに思いつくだろう。俺たちも一度戦った事があるしな。
彼女はアラクネーすら作っている。アラクネーは魔族や魔獣ではなかったが、こういった他の生物たちを合成する技術をアラクネイアは持っているのだ。
シャーリーも研究していたある分野における第一人者と言える存在なんだよな。
なので、神々との約束を果たす時にも役に立つはずだ。
アラクネイアには、その時に全力で頑張ってもらわなくちゃならん。
「それと……アラクネーを何人か連れて行ってもらって、トリエン地方で養蚕の技術を伝えてほしいと思っている」
「養蚕ですか」
アラクネイアは「養蚕」と聞いてキラリと目を輝かせる。
「ああ。大陸中央の森林地帯でアラクネーに蚕を飼育させていたと聞いている。その技術は、アラクネーしか持っていないんだろ?」
「そうですね。人族には伝えておりません」
「それを俺の領地に広めてもらえないかと思っている」
「主のお望みとあらば即座に」
アラクネイアが跪く。
「俺が大陸西側に来た理由の一つが絹織物だったんだよ」
自分と眷属の技術が主の目的だったと知って、アラクネイアは頬に両の手のひらを添えて恍惚の表情で顔を火照らせる。
その表情、物凄いエロいんですけど。
俺たちの会議を何の話だという顔でオロオロしていた。
「アリーゼ、君もアラネアと一緒にトリエンの街に行ってもらう。大陸東方で言葉も通じない所だが、大丈夫だよな?」
「あ……えーと……だ、大丈夫かと……思います?」
何で疑問形なんだよ。
「一応、西方語が使える人間に君を預ける予定だし、東方語を教えてもらうといいよ」
「はい! それなら大丈夫かなー?」
だから何で疑問形。
まあ、ステータスを確認した時、知力度はそれなりに高そうなので大丈夫だろう。
彼女たちをトリエンに送るついでに、ルクセイドとフソウにも寄って行くとしよう。
フソウでタケイさんへの報告するのが基本的な目的だが、もう一つやることがあるんだよ。ルクセイドで飛行自動車三号機を引き渡すのだ。
一応、二号機の運用で何の問題もなかったし、とっとと引き渡して金貨五〇万枚を頂いてしまいたい。
ついでにルクセイドでオーファンラントとの条約締結がどう進んでいるのか確認するのもいいかもね。
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