第22章 ── 幕間 ── エドワード・ケリング

 トラリア軍の総大将であるエドワード・ケリングは、部下のマッフェン近衛隊長から上がってきた報告書を前に、苦虫を噛み潰したように眉間に皺を刻み、歯を食いしばっていた。


「これは本当の事だろうな?」

「はっ! ケント様からご提供された資料とリステリーノ商会への事情聴取によって裏取りも出来ております。罪状は明らかでしょう」

「うーむ」


 当代の救世主様であるケント・クサナギが今回の貴族社会の腐敗を暴露した一端に、軍部所属の貴族たちの不正が含まれていたのを聞いたケリングは、近衛隊長に調査を命じていたのだ。


 この不正はオットミルの町を包囲していた貴族たちが行ったもので、アラクネーたちを撤退させ魔族たちが残していった物資の横流しに関することだ。


 貴族たちから上がってきた報告書はケリングも目を通している。

 その報告書では「フソウの冒険者に協力してもらい、オットミルの魔軍を我がトラリア軍が撃退した」というものだった。

 死傷者はゼロで、フソウ冒険者が密かに町に侵入し門を開けてくれたので成功したという話だったのだ。


 しかし、昨日のケントとの謁見で出てきた情報は全く別のものだった。

 ケント一行が密かに侵入した所までは一緒だったのだが……その後は全く別の話になっていた。


 ケントは魔軍の指揮官である魔族と交渉し、魔軍を撤退せしめた。

 救世主様の言葉に嘘があろうはずもないのだが、ケリング自身は懐疑的ではあったため、ケントに提出された闇市に関係する貴族一覧に名のあった包囲軍の指揮官たちに関わりのあるリステリーノ商会に事情聴取を行ったのだ。


 ケントの情報によれば、リステリーノが違法闇市を組織していた理由は、清廉なモノであったので処罰するつもりはないが、賠償物資を横流ししていた貴族はそうもいかない。


「マッフェン、どうすれば良いと思うか?」

「やはり指揮官たちを呼び出して事情をお聞きになるべきでは……」


 やはり、それが良いか……


 ケリングとしても自分の部下が不正や汚職を理由もなくしていたなどと思いたくはない。

 罪状自体は明らかだが、何か拠無い事情があったと思いたい。


「よし、六人を至急呼び出せ」

「はっ!」


 マッフェンは近衛隊に相応しい仰々しい敬礼をしてケリングの執務室から退室した。


「それにしても……」


 ケリングはケントから詳細に報告された話を脳内で反芻して目を閉じた。


「当代の救世主様も凄まじいお方だな……」


 ヤマタノオロチと戦い、その武勇を認めさせたなど神の所業だし、魔族を撤退させた手腕においては、人間がどうやったらそんな事ができるのか全く理解できない。


 とても人間業とは思えない。


 ケリングは世界中の英雄譚を集めるのが趣味だったが、集めた英雄譚と比べてともケントは飛び抜けていると思う。


 先代の救世主様も桁違いではあった。しかし、古代竜様と交友関係を持つ程度だ。古代竜様を配下に置くなど救世主様伝説にすらない。


 挙げ句に、大戦において神々に加担した古代竜であるヤマタノオロチ様と武勇を結ぶなど普通なら狂気の沙汰だ。オロチ様は西方に伝わる幾人かの竜神様の一人なのだ。


 それができるからこそ……新たなる救世主という事なのかもしれない。



 しばらくして、六人の指揮官がマッフェンと共に現れた。


「至急のお呼びと伺いましたので参上致しました」


 それぞれの指揮官が敬礼したので、ケリングも敬礼をする。


「呼び出したのは他でもない。貴公たちが成し遂げた事について詮議するためである」

「何か不明な点がございましたでしょうか? 報告書に詳しく記載しておいたのですが」


 ラリュース伯爵が他の五人の代わりに返答をする。オットミル包囲軍の総司令官として派遣していたのだから当たり前だが。


「貴公たちの報告書に嘘偽りは本当にないのだな?」

「はぁ……何か疑わしい点でもございましたか……?」


 ジロリと六人に厳しい視線を送ると、ラリュース伯爵とシロット伯爵、コーゼイ伯爵以外の男爵三人が、居心地が悪そうに身じろぎをしたのをケリングは見逃さなかった。


「三男爵には何か気になる点があるようだが?」

「し、心外です! 我々が不正など行うはずが!」


 コーゼイが声を荒げるが、トムス男爵は目が泳ぎ、ジルマール男爵は下を向き、キンバース男爵は顔を真っ青にしている。


「では、ケント・クサナギという名前に記憶はないか?」

「は……? ケント・クサナギですか……?」

「はて? どちらの方でしょうか?」


 ケリングはグッと顎に力を入れて怒鳴りそうになるのを堪えた。


「貴公らが協力を仰いだフソウの冒険者ではないのか?」

「あっ!」


 そこまで言われて流石のコーゼイ伯爵も声を上げた。


「コーゼイ伯爵、思い当たる人物がいたかね?」


 コーゼイがワタワタしはじめると、ラリュースが涼しい顔で口を開く。


「ああ、協力してくれた冒険者の一人がそのような名前でした。確かにフソウからやってきた冒険者だと。我らは世直し隠密ではと問いただしましたが、きっぱり否定されました」


 狸が……!


 ケリングは空々しいラリュースの言い訳に反吐が出そうだと感じていた。


「そのケント・クサナギ殿がセティスの違法闇市で、オットミルで我が国が勝ち取ったはずの物資の一部を発見したそうだぞ?」

「閣下はそれに我々が関与しているというのですか?」

「断言はしておらん。だが、我々が手に入れた情報と突き合わせると疑わしい部分が多い」

「その者が嘘を言っているとは思われないのですか?」

「だがら詮議のために呼びつけたのであろうが」


 怒鳴りそうになるのをケリングは必死に堪える。こいつらは間違いなく嘘を言っている。


「閣下、心外です。我々の名誉はその者に傷つけられたという事ですな……」

「全くです。我々の女王陛下への忠義と献身を疑われるとは思いませんでした」


 心底傷ついた風を装うラリュース伯爵と腰巾着のシロット子爵を抜き打ちでぶった切りたい所だ。

 六人の反応からも救世主様の報告が真であり、指揮官たちの罪状に間違いなさそうだとケリングも判断できた。


「全くもって心外です。我らの汚名を雪ぐ機会をお与えください!」

「機会だと……?」


 ラリュースの芝居がかったような大声にケリングは片眉を上げた。


「はっ! 汚名を被せられた我々は、そのケント・クサナギなる者に武を持って汚名返上したく存じます」


 やはりそう来るか……しかし、ラリュースは全く解っていない。救世主様と戦って勝てる者など神以外に居られるはずもないではないか。


「よかろう。ケント殿には私の方で書状を出しておく。貴公らは決闘の場を整えるが良い。場所はこのセティス宮殿の一画とする」

「はっ!」


 ラリュースとシロットはキビキビと敬礼したが、残りの四人は全く覇気が感じられない敬礼だ。


 たった六人でどうこうできるならやってみるが良い!


 心の中でそう叫んだケリングだったが、救世主様たるケントのお手を煩わす事になってしまい罪悪感でいっぱいになってしまう。


 あのお方には後でお詫びせねばなるまい……しかし、金銭や品物を送ったとして喜ばれるだろうか……


 先代の救世主様は「疾風のように現れて電光石火で去っていく」という伝説が残っており、誰一人お礼を言わせぬ人物だと伝わっていたのだった。


 ケリングは六人が立ち去った執務室で首を振るしか無かった。

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