第22章 ── 第35話

 王族への報告会は無事に終了した。


 財務関係の大臣が軒並み捕縛されてしまったのだから仕方ないのだが、経済システムの是正と改善については、女王たちにとって後日の課題となった。


 もっとも、問題解決は独自にやってもらうつもりだ。政治などが関わるんだから俺がどうこう言っていい問題じゃないだろう。


 俺たちもいつまでもトラリアに関わっているつもりはないしなぁ。


 それに、今回のは経済関連だけにはとどまらない。例の押収物資の件などでも解るように、軍事、外交、人事管理など多岐にわたる。

 トラリアという国家全体に関わると言っていい。


 そんなものの改善には一介の冒険者が関わっていい話じゃない。トラリアという国の為政者と国民が一丸となって当たるべき問題だ。


 少々関わってしまった以上は多少のアドバイスくらいはするつもりだ。

 国王のフェリペ・メルトゥス・トラリアは、婿養子という立場で、かつ能力的に役に立たないのが判明してしまい、女王のマツエ・トラリウス・トラリアが一人で苦労することになりそうだったので、後で小型通信機を一つ渡しておこうかな?

 彼女が自分一人で対処不可能な問題には答えてやろうと思う。


 今回の件でトラリアは財政破綻寸前だったので、早急に対処するための経済システム改善案は既に教えてある。


 闇市関連の組織で最も清廉だと思われるリステリーノの商会を軸にした商業ギルドの立ち上げを提案したのだ。

 この商業ギルドを元に、各町に連携の取れるギルドを設置させ、自由経済システムを構築させるという方向だ。



 女王から今回の事件の解決に対する報奨を打診されたが、トラリアにそんな余裕はなかろうと思われるので丁寧に辞退しておく。

 フソウからのクエスト依頼であるので、クリア報酬はフソウから頂くつもりだからだ。

 報酬についてはタケイさんと全く話し合ってないんだけどね……



 宿に帰り着いたのは次の日の早朝だったので、宿の者には心配されていた。

 銀の馬に乗って王宮へ行っていたので、衛兵や近衛に捕まったのではと言われていたようだ。


 部屋に戻って魔族三人衆と情報を一通り共有してから寝ておく。


 セティスに何日か滞在して、その後の成り行きを見てからトラリアを後にしたいと思う。


 午後にリステリーノの人間が俺を探しているという事で、例の闇市に隣接するリステリーノの邸宅へと足を運んだ。


「お待ちしておりました」


 執事っぽいリステリーノの手の者に迎えられ、応接室へと通されるとボスのアーネスト、そしてアリーゼが待っていた。


「わざわざ足を運んでもらって申し訳ありやせん」


 なんかボスのアーネストは緊張気味っぽいな。さっきから滲み出る汗を頻繁に拭いている。


「いや、それは構わんけど。何か用?」

「実は王宮からの使いが来まして……」


 汗を拭きつつ言いよどむアーネストの言いたい事は解った。


「ああ、今の経済システムの変更と商業ギルドの話かな?」

「左様で……何やらウチがやらされることになったのは……」

「ああ、俺が提案しておいたんだが、迷惑だったかな?」

「い、いえ、そんな事は……」


 アーネスト的には王宮からの要請は願ったり叶ったりの話だというが、早急に改革を進めるように言われて四苦八苦しているという。


「俺たちは闇市と言っているけど、裏市だっけ? それを正式なものにしようって話だと思えばいいよ。ただし、そこから上がる利益からちゃんと税金は国に収める事だ。

 他の闇市は取り締まられることになるから、セティスの商圏はリステリーノ系列の組織で掌握してもらうことになるだろね」


 そう俺が言っても、アーネストの顔色は優れない。


「そう言われましても、ワシの手の者だけでは全ての品を管理しきれやせん」


 俺は「ハァ……」と少し残念そうに溜息を吐く。


「何のために遺物アーティファクトの整備をしてやったんだよ」

「は?」


 アーネストの頭の上にハテナマークの幻視が見えそうだよ。


「この前、アリーゼの発掘品の一つを修理して動くようにしてやったろう?」

「はい! 快調に動いてますよ!」


 アリーゼは嬉しげに応える。


「アレを使えばいい。情報処理機材としては非常に優秀な魔法道具だ。商品管理のデータベースを作ってやったよな?」

「そ、そういうモノだったんで?」

「アリーゼから報告されてないの?」

「私はしましたよ? お父さんはあまり興味がないみたいで……」


 それでも商人かよ。あのパソコンの有用性に気付けないとは……


 俺は少々ガッカリしたが、こういう世界の住人にそれを理解させるのは困難なのかもしれない。


 俺はアーネストの側近の中でも頭の回転の良いと思われる人間を選出してもらい、例のパソコンの操作を叩き込んだ。


 アリーゼは教える気が全く無いんでね……


 操作自体は非常に簡単なのと本当に優秀な側近だったので、二時間程度の説明で完璧にマスターさせる事ができた。


 取引帳簿を入力させてみると、このエクセルシオールのデータベースの使い勝手と有用性を側近は理解したようだ。


「これ、凄いですね。仕入れと販売を一元管理できます!」

「そうだろう? 取引件数が大量に増えても、利益が瞬時に計算されるしな」


 アーネストも後ろからAR拡張現実モニターを覗き込んでいるが、さっぱり理解できてないようだ。


「ボス、これがあれば、セティスに入ってくる品物の管理も簡単です」

「そ、そうなのか?」


 側近が「酒類」とかのジャンル検索などをして見せて、商品種別ごとの情報を表示させたりして丁寧に説明して、アーネストも何となくだが便利なのが解ってきたらしい。


 それまで紙や羊皮紙による帳簿しかなかったわけだからな。


「こいつはスゲェな。こんな魔法道具は見たこと無い。アリーゼの道楽もまんざら無駄じゃねぇってことか」

「何か、私、酷いこと言われてる?」


 アリーゼが不満そうに頬をふくらませている。

 その、アリーゼが、不意に俺の方に向いてニンマリと笑う。


「そうそう。ケントさん。お願いがあったんですよ」

「ん? また何か修理してほしいのか?」

「違いますよ。ケントさんの弟子にしてほしいんです!」

「は?」


 俺はアリーゼの申し出に間抜けな声を出してしまう。


「何いってんの?」

「私が発掘ばかりしていると父が言っているのはご承知でしょう?」

「まあね」

「私は魔法道具の研究をしたいんです。だから古代遺跡の発掘なんかをしているんですよ」


 言っている事は解る。基本的にティエルローゼの魔法道具は遺跡やダンジョンなどからしか見つからない。


 魔法道具を作り出す事ができるのは、ごくごく一部の人物だけとなる。

 俺とエマ・マクスウェルとソフィア・バーネットだけだろう。

 もしかすると俺がまだ行ったことのないところにもいるかもしれないけどな。


「ケントさんは魔法道具を作れるんですよね? その技術を研究したいんです!」


 そう言われてもなぁ……魔法道具の開発は国防にも関わる重要事項だ。

 頼まれたから、はいそうですかと了承できるもんでもない。


「無理だよ。俺の所属する国の機密事項だからな。一~二度しか会ったこともない他人を国家機密に触れさせる事はできない相談だ」


 アリーゼが目にも留まらぬ素早さで俺の腰にしがみついてきた。


「お願いします! 私を妾にでも奴隷にでもしていいので! 何でもしますから!」


 何言ってんだ、コイツは。


 俺はアーネストに視線を向ける。

 アーネストの愛娘だったはずだから、彼が止めるだろうと思ったからだ。


「ケントさん、ワシからもお願いします」

「え?」


 アーネストはアリーゼの奇行を咎めるでもなく、俺に頭を下げてきた。


「親としてアリーゼを外に出すのは辛い事ですが、娘がやりたい事をやらせてやるのも親の責務だと思っております」

「いやいやいや! 妾だの奴隷だの言ってるだろ!?」

「娘の選ぶ道ですから、ワシからどうこう言うつもりはありません」

「お父さんありがとう!」


 満面の笑みを浮かべるアリーゼ。


 俺は困って一緒に来たハリスに目をやる。ハリスは肩を竦めるばかりだ。


「ぐぬぬ。いいから離せ。一度落ち着け」

「逃しませんよ!」


 またそれか。


 俺はズルズルとアリーゼを引きずりつつ、近くのソファに腰を下ろした。


「まあ、落ち着け。まずは座れ」


 俺が逃げ出すつもりはないと感じてか、アリーゼは渋々手を離して俺の横に座った。


「魔法道具を研究したいというが、魔法は使えるのか?」


 魔法道具の開発には魔法の行使が必須となる。それが出来ないものに魔法道具研究ができるはずはない。


「いえ、私には魔法使いスペル・キャスターの才能は無いみたいです」


 アリーゼは素直にそう応えた。


「魔法が使えないのに、どうやって研究するつもりなんだ?」

「頑張って!」


 頑張ってどうにかなるものではないんだが?


「こ、これを見てください!」


 アリーゼは腰のバッグから何やら取り出した。

 その物品を受け取って、俺はしげしげと見つめる。


 その物品は何やら黒い箱のようなものだが、表面に魔法術式のパターンが彫り込まれていた。


「む。魔法回路だな?」

「はい。私が発掘したものの一つです」


 俺は物品鑑定アイテンディファイ・オブジェクトの魔法を唱えて、その物品の正体を調べる。


音楽箱ミュージック・ボックス

 古代アーネンエルベ魔導文明において開発された音楽を奏でる魔法道具。

 内蔵曲数は二〇〇曲にも及ぶ』


 なんだと……


 この魔法道具は三〇〇〇年前の魔導文明期に開発されたものらしい。

 調べて見た限り破損もなく動きそうだ。


 俺は箱の側面にある幾つかあるボタンを押してみた。


 表面に記載がないので当てずっぽうの操作だが、何処からともなく陽気な音楽が流れてきた。


「おお、コイツは面白いな」

「そうでしょ? 私が修理しました!」


 アリーゼから又もや衝撃発言が飛び出した。


 魔法も使えないのに修理しただと!?

 そいつはあり得ないだろ?

 もし壊れていたとしたら、一体全体どうやって修理したというのか?


 俺は大マップ画面でアリーゼのステータスを呼び出した。


『アリーゼ・リステリーノ

 職業:発掘者エクスカベーター レベル:二一

 脅威度:なし

 稀代の遺物発掘人。古代の遺物を探し求めることに情熱を発揮する少女』


 さらに詳しいステータスを呼び出したが、俺はその画面を凝視して固まってしまった。


 彼女は「リペアラー」というユニーク・スキル持ちだった。


 リペアラーは、完全に壊れたモノですら修理ができるというユニークであり、レイド・ギルドやクラフト・ギルドに一人は必ず所持者がいる

 非常に便利なユニーク・スキルなのだ。

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