第22章 ── 第34話
大臣と帳簿が到着するまでの間、俺たちは女王と将軍にタケイさんから受けていた依頼の報告を行った。
収集した情報から水路の水が止まったことにオットミルの町での事件が関係している可能性を考え、調査、そして開放を行った事、デナリアの町が無人化していた事、これら事件に魔族が関わっていた事、ヤマタノオロチが水路の水を止めた理由、そして、ヤマタノオロチとの約束と水路の水の維持の保証を取り付けた話などなどだ。
俺たちが報告した内容のうち、オットミルの開放、水路の水の復活だけは女王も把握していたが、それぞれがどのように関わっているのかは全く知らなかったようだ。
ついでに、オットミルの開放は貴族たちの手柄となっており、俺たちの事は一つも報告されていなかったよ。
もちろん、オットミルの倉庫から押収したアラクネーたちからの賠償物資についてもね。
女王は俺たちからの情報と貴族から上がってきた情報を照らし合わせて、食い違いが発覚するたびに顔を青くしたり白くしたり赤くしたり……
将軍はオットミルの事を聞いてからずっと顔をどす黒く染めて無言のままだ。
ちなみに、国王はというと、世事の事はとんと疎いようで、興味なさげに近侍の者とおしゃべりをしている始末だ。
一通りの報告を終えたあたりで、トラリアの現状について女王からの事情聴取をした。
現在の経済システムを採用したのは四代前の国王の権勢の時らしく、今から八〇年ほど前の話らしい。
当時の国王にフソウから王女が嫁いできて、彼女が嫁ぎ先に持参した書物に感銘を受けて国王が制定したという。
その書物は「救世主列伝」とかいうシンノスケの寓話や逸話、名言などを集めたものらしい。
昔々の王族や助けて貰った人々の証言などが集められているそれに、人々が平等に平和に暮らせる理想的な国の体制としてシンノスケが語った国家像が記載されていた。
救世主ですら実現することもできなかった楽園のような社会構造について書かれていた事を当時のトラリア国王は実行に移した。
敵対していたバルネットとは既に関係改善が成されていたし、比較的平和な世界情勢だったというのもあるのだろう。
実行に移した当初は平時でもあり、生産物資も十分で上手く社会主義体制が回っていたらしい。
最初は良いんだよね。でも段々と可怪しくなるんだよ。段々と全員で貧乏になって行くって体制だからな。
それにしても良く八〇年も続いたもんだなぁ……考え出した本家より体制維持出来てたって事だよ?
といっても、それを押し付けた権力側には何の支障も無かったはずだけどね。搾取される側の国民は苦労してたと俺は推測する。
良いのは中央政府ばかりで、他の町には全く旨味は無かったんじゃないかな?
大マップ画面を見てもそこは解るよ。だって、セティスは世界に誇る巨大都市なのに、トラリアの他の場所はというと、本当に町しかないからね。
都市と言えそうな大きいところは皆無です。
俺の認識としては、順に集落、村、町、街、都市と大きくなって行くと定義している。
本来の意味では町と街にはあまり違いはないと思う。表現方法の違いなだけでね。
集落が集まっただけの町だと商業活動が活発でない気が俺にはしている。
ティエルローゼでは大抵そういう感じだ。トリエンの町を考えると解りやすいね。
トリエンは人々が住む町だったが、商業活動は殆ど手つかずだったよ。それなりに豪商などはいたが、それは選ばれた特権階級であって前男爵と手を組んでいるような奴らだった。
商業ギルドや組合という枠組みも存在しなかったからね。
そういった町にそこそこ外部との流通を管理する商業機能を持ったのを俺は「街」と呼びたい。
今のトリエンは「街」だと思う。俺が色々やったお陰でそういう側面が強くなったからね。
で、その規模が敷地的にも経済的にも大きく育ったところが「都市」だろう?
俺はそういう感じで認識している。
なので、トラリア王国セティス以外のところは全部「町」だ。
基本、物資は通り過ぎるだけなんだよなぁ……
物資をセティスに一度集積してから送り出すシステムの所為だよ。
これ、マジで害悪だから。日本でも戦国時代に実行した為政者がいたからね。
経費ばかり掛かって無駄が多くなるのは考えれば解りそうなもんだけどねぇ……
それに不正や汚職、既得権益の温床だろ。
二時間ほど報告、そして経済学の講義をしてやると、女王のマツエは理解し始めた感じです。
いかに今までやってきた経済体制が薄氷の上で運営されていたかを。
トラリアはフソウに比べて国土も広いし水事情も良かった。
だから何とか運営できていただけだ。
問題が起こった途端、その歪が一挙に吹き出ているのが現在の状況だ。
水が止まったたった二年でセティスがこんな状況になるほどにね。
そんな話をしていると、漸く大臣らしき人間がチラホラと集まってきた。
やってきた偉そうな貴族が女王と国王に跪いて挨拶をしている様を俺たちはじっくりと観察しておく。
それぞれの大臣は俺たちを見て「誰だ?」という顔つきをするが、女王の前で誰何などできず、順に並んで整列している。
全部で五人ほどの貴族が集まったところで女王が口を開いた。
「其方ら、帳簿を妾に見せなさい。そして現在の我が国の状況を正確に報告しなさい。嘘、偽りは許しません」
女王の命令に五人の大臣が顔を見合わせた。
「恐れながら女王陛下。陛下が何をお疑いなのか我ら一同、皆目見当がつきませんが……」
口を開いたのは財務を総括する大臣、エスピオノーラ侯爵だ。
彼を女王はジロリと睨んだ。エスピオノーラは笑顔は崩さなかったが、冷や汗を流し始めている。それと、心拍数の急激な上昇のおまけ付きだ。
俺の聞き耳スキルは心音すら聞こえるんだよ。こういう反応は図星を突かれた人間の反応だよねぇ。
そして俺の後ろにいるハリスから分身が何人か出て影に沈んでいく気配を俺は感じていた。分身が大臣の言うことの裏取りか何かに出たっぽいな。
大臣たちは各々が持参した帳簿を女王マツエに見せ、滞りなく国が運営されている事を一人ひとり説明している。
俺が玉座の隣まで行って、その説明を帳簿の中身を覗き込みながら聞いている。
大臣たちはその状況に困惑しているが、女王が俺の行動を咎めもしないので俺を追い払うこともできない。
俺は所々でツッコミを入れるので、大臣たちから敵意の目を向けられる事となる。
そのうちハリスの分身がやって来ては、後ろ手に書物を渡して消えていくようになった。
ハリスの分身が完全に気配断ちをしているので、大臣だけでなく周囲が全く気付いていないけどね。
「可怪しいな。俺の情報だと、ここの数値は全く違うんだが?」
「そ、そんな事はありません。これが前年度の……」
俺はハリスが持ってきた財務台帳を広げて確認する。
「この帳簿を見ると全く違う事が書かれているけどね?」
俺はハリスが持ち込んだ帳簿の内容を大臣に見せ、動かぬ証拠として突きつける。
「こ、これは!? いや、一体どこから!?」
「何を焦っているのかな? これは君たちの執務室から出てきたヤツだけど?」
俺の手元にはハリスが集めてきた本当の帳簿が全部集まってるんだよ。
「ケント様、それは何なのです?」
女王が大臣たちの蒼白の表情と帳簿を不思議そうに見ている。
「ああ、これですか。これは大臣たちが隠し持っていた裏帳簿ですね。こっちが真実の数字だと思いますよ」
俺は裏帳簿を女王に見せ、大臣の持参した偽帳簿を引ったくり照合させる。
言うまでも無く、大臣たちは恐慌状態に陥った。
「ね、捏造に御座います!」
「そ、そ、そうです! それは何者かの陰謀にて!」
口々に叫ぶが、分身ハリスによってどんどんと証拠が集まってくるのだ。
「この裏帳簿とこっちの帳簿の差額は金貨二四三二一枚だ。凄い金額だな」
で、また違う帳簿を俺は取り出す。
その帳簿は羊皮紙が束ねられ、金のレリーフや宝石が散りばめられた豪華な装丁のものだ。
「あ! それは我が家の!」
大臣の一人が悲鳴にも似た声を上げた。
俺はその帳簿を開いて前年度の部分を参照する。
「女王陛下、こちらを御覧ください。この数字に聞き覚えはありますか?」
「先程、ケント様が言われたものですね?」
「ですよね?」
エスピオノーラが真っ青になりガタガタと震える。
「これは貴方の屋敷から回収されたエスピオノーラ家の帳簿ですねぇ。先程の台詞からも解りますよ」
エスピオノーラは膝から崩れ落ちた。
言い逃れができない証拠を突きつけられて、観念したという事だろうか。
「そ、そんな……これは一体……何が起きているんだ……」
エスピオノーラ侯爵は、王族の前だというのにブツブツと呟きながら床のカーペットに視線を落としている。
その刹那、ブーツの中に隠していたであろうナイフを一瞬で抜いたエスピオノーラが女王マツエに飛びかかるように向かってきた。
至近距離で突然の豹変だったため、ケリング将軍も反応しきれていない。
だが、俺には想定済みの状況です。
マントの後ろから
「自分の行動で国への不誠実を証明したなぁ……エスピオノーラ侯爵殿?」
俺はニヤリと笑いながらそう言ったが、その言葉はエスピオノーラの耳には届かない。既に彼は白目を剥いて気絶していた。
「ケント様、ありがとうございます」
女王が目を伏して俺に礼を言ったが、俺は首を振った。
「いや、気にする必要はないよ。さて、続きを……」
その途端、他の四人の大臣が土下座を始めた。
そして、俺に暴かれる前に自分たちのしてきた不正などを自供しはじめてしまう。
何だよ。もう恐れ入っちゃったのかよ。あっけねぇなぁ……
その後、ケリング将軍率いる近衛隊が招集され、五人の大臣の捕縛、彼らの邸宅の強制捜査などが夜の内に始まった。
夥しい不正の証拠や財産が押収され、それら押収物から様々な悪事の証拠が露見していく。
ハリスが集めてきた帳簿や証拠もケリング将軍に提出したよ。
朝になる頃には五人の大臣の邸宅の捜査も終わっていたし、彼らの家族や親類なども捕らえられたようだ。
近衛隊の対応力が高ぇなと思ったが、近衛隊だけで一万人もいるそうなので当たり前かも。その戦力全部出したらしいからね。
「王族の護衛はどうするんだよ?」
ケリングに俺がそう言うと、彼は豪快に笑った。
「私が一人いれば陛下たちを害するものなど一捻りです。第一、救世主様たちが陛下と共におられるのに、危険もありますまい」
まあ、言いたいことは解る。確かに、俺たちがいれば、神界の神々でもなければ女王マツエが殺されることはないだろうね。
だが、俺は一言だけケリングに言っておきたい。
「間違うな。俺たちは救世主じゃねぇ。ただの冒険者だ」
俺がジロリと見ると、ケリングは無言で「またまた、何を言い出すのやら」といった仕草をやっている。
まったく……
世直し隠密とか言ったり、救世主に祭り上げようとしたり……
都合が良ければ何でも良いのかよ。
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