第22章 ── 第33話
待合室を出て宮殿の裏口に案内されると、そこにはまた馬車が用意してあった。
「また馬車ですか」
ケリング将軍は何のことだという顔をする。
「だって宮殿から出て別の場所に行くんですよね。何か回りくどいですね」
「宮殿? いや、これは宮殿ではありませんな」
は? どうみても宮殿じゃんか。
「ここは正面宮。お客人をお待たせする場合に使われるものです」
ケリングが言うには、まだ王族が住まう本当の宮殿はこの先にあるそうだ。
「どんだけ広いんだよ……」
トリシアも呆れ顔だ。
ここまで広いと警備も維持にも金が掛かりすぎ、非効率以外の何物でもないだろう。
縦に広いなら全体像の把握は簡単だが、平屋で広いと面倒ですなぁ。
そこから二〇分ほど、また馬車で揺られもっと巨大な宮殿に到着する。
「こちらが王族の住まう宮殿、王宮となります」
もう広大さに驚くのは辞めよう。既に夜の帳が降りて一時間近く経っている。
こんなに広いと連絡などに時間を取られるのは仕方ないね。
待ち時間の半分以上が、そういった報告や連絡等に費やされていたに違いない。
宮殿に入ってから一五分も歩かされ、ようやく謁見の間という場所に到着する。
巨大な扉を近衛兵が4人掛かりで押し開けた。
謁見の間は総大理石、ローマにあるコロッセオや東京にあるドーム数個分の広さがある。
一キロ近く向こうに人影らしきものが幾つか見えている。
遠すぎ……
既に俺と仲間たちは呆れて口を開く気分でもないので、ケリング将軍に付いていくだけだ。
一キロ近く歩いて、やっと王座の前まで到着した。
俺自身は既にこの国の王や女王とやらに何の敬意も払いたくない気分になっている。
「両陛下、こちらがフソウからお越しくださいました特使殿一行でございます」
ケリング将軍は王座の前で跪いて恭しくお辞儀をした。
「ケリング、特使殿の護衛、大儀であった」
王と思しき人物がケリングに労いの言葉を掛ける。そして、女王らしき美しい人物が立ち上がると俺たちの方に一歩進み出た。
「此度、ヤマタノオロチ様と交渉にあたったのは其方たちでありましょうな?」
「ええ。話は付けました。以前と同じ様に酒の奉納を忘れるなと言付かっている。もし次に同じ失敗を繰り返すようであれば二度目は無いと」
俺は跪きもせずに口上を述べる。
「フソウの特使殿は随分と不遜な態度なのですな」
王らしき男が不満げな声を上げる。
俺は一つ溜息を吐いた。
「王としての責務を一生懸命果たしている者を相手にするなら多少の敬意も払いたい所だがね。
何ら王族らしき事をしていないあんたらに払う敬意の持ち合わせはないな」
跪いたままのケリング将軍から殺気を孕む気を感じた。
「余が敬意を受ける価値もないと申すか!?」
「ああ、全く無い」
「余が婿だとて侮るな!」
猛烈に怒っているが、近くにいるケリングの武力を頼みにした感じしか受けないな。
当のケリング将軍は殺気は孕んでいるが動く気配もないけど。
「黙りなさい。見苦しいですよ」
女王が王座にフワリと座りつつ、王を窘める。
「むぐぐ……」
王は女王に促されて王座に付いた。
「妾たちは救世主様の意向に沿った伝統をして国を運営しております。
それを世直し隠密である特使殿に否定されては、立つ瀬がないと申すもの」
俺はさっきよりも深く溜息を吐いた。
「トラリアに入国して以来、何度も何度も言っている事だが、俺たちはそんな存在じゃない。ただの冒険者だ。間違ってもらっては困る」
インベントリ・バッグからタケイさんから預かった書状を取り出して俺たちの近くに立っている侍従らしき男に渡した。
その男は書状を女王の元へと素早く運んだ。
「これは?」
「フソウ龍王国筆頭老中タケイ殿からの親書か何かでは? あんたたちに渡すように言われたのでね」
女王は手紙を開いて読み始める。
その様子を見ているとどんどんと眉間に皺を寄せ、そして目が見開かれていく。
まさか……とか、そんな……とか所々で呟いてるようだが、俺も内容は読んでいないので何が書かれているのか解らんけどね。
親書を読み終わり、パサリと膝の上に手紙を置いた女王の目に迷いを感じる。
「この書状が本物なのは間違いない……しかし、内容は信じられぬ……」
「何が書かれているのかは俺は知らない。しかし、一言だけ言いたい事がある」
俺はギロリと女王に視線を向ける。
「王族として、国の運営を掌握できないなら、トラリアをフソウの管轄に置くべきだ。
詳しい事情は解ってないんだろうけど、この国の状況は既に末期症状だ。いつ瓦解しても可怪しくない状態だぞ?」
俺がそう言うと、女王が困惑の表情を浮かべる。王らしき男は女王に不安そうな視線を向けた。
「其方は一体、何の話をしているのですか?」
やっぱり、何の危機感も持っていないようだ。手紙の内容の事を聞きたかったんだろうけど、中身を知らない俺には答えようはないし、そんな事より経済状態が可怪しくなっている事を認識してもらいたい。
「今、この国の政治と経済システムが庶民を苦しめているのは知っているか?」
「多少、今は食糧難になっているのは承知していますよ。アニアスやイルゼバードより食料の輸入をさせているはずです」
そういう事じゃねぇんだよ……
「庶民に餓死者が出ている事も知らんらしいな。貴族どもが物流を我が物顔で動かして私腹を肥やしている。
貧しい庶民たちには食料など回っていない。
ついでに言えば、この国が今使っている理想論でしか成功しない経済システムによって、国民の生活はどんどん悪くなっている」
一体何の話をしているのか、全く解っていないのは女王の顔色を見れば明白だ。
「そ、そんな馬鹿な……妾は大臣たちに良きに計らえと……」
「誰に対して良く計らっているのか考えるべきだろう。
国……じゃないな。利権を持っている貴族たちの便宜だけを考えて運営されているのは明白だ。
それと……王族に対してかな?
こんな無意味に豪奢な宮殿を充てがい、煙に巻かれて見えていないんだろうけど」
王や女王の目には、国は豊かに堅実に運営されていると見えているんだろう。この宮殿だけを見れば、そう見えても不思議じゃない。
「大臣たちを呼べ! 運営について記載してある帳簿を持ってくるようにいうのです!」
女王が近侍の一人に鋭い声で命令を下し、その近侍は深々と頭を下げてから歩み去った。
「其方の話が本当かどうかは、これから大臣たちが持参する帳簿で判明するでしょう。もし、其方の言葉が嘘であった場合、問題になりますよ?」
まだ、俺をフソウの手の者だと思っているのか……住民台帳には載っているけど、フソウの国民じゃないんだがね。
「それはそうと、タケイ殿からの書状によれば、其方らはフソウの南の亜人族の地を平定したとある。事実ですか?」
「ああ、一応四つの大種族は全てまとめたよ。今頃必死に運営しているだろうね」
ま、フソウに滞在してた頃に自治領を立ち上げたという話は伝わってきたしね。
「あの地は救世主様に立ち入ることを禁じられていた地。フソウの者が手を出してはバルネットに睨まれる事になるではないか!」
「何か勘違いしているようだけど、俺も仲間たちもフソウとは全く関係のない人間たちなんだよ」
「ど、どういう事です? 確かに其方以外はフソウの人間には見えませんが」
「いや、俺もフソウの人間ではないよ。俺たち全員が大陸東方から来た冒険者だ」
さすがに俺だけはフソウの人間と思っていたらしいケリングも顔を上げて俺を見上げた。
「俺はオーファンラント王国、冒険者ギルド・トリエン支部所属、オリハルコン・ランク冒険者、ケント・クサナギだ」
「同じく、トリエン支部所属、トリシア・アリ・エンティル」
「我もトリエン支部所属のマリス・ニールズヘルグじゃ!」
「えーと、トリエン支部とマリオン教会に所属しているアナベル・エレンなのです」
「トリエン支部所属……ハリス・クリンガム」
「冒険者ギルド……? 将軍、そういう情報は持っていますか?」
「はっ! 何十年か前に手に入れた東方の書物に、トリエンという地方とそこに所属する最高ランクの冒険者の冒険譚があります。
その書物によれば、今から数十年前、そこに居られる、トリシア・アリ・エンティル……通称トリ・エンティルと申される御仁がドラゴンと戦った者だと……」
物凄い速さで王と女王がトリシアに視線を向けた。
「ば、馬鹿な……下級竜であろう!?」
「いや、違うのじゃ。グランドーラは多少若いとは申せ、れっきとしたエンシェント・ドラゴンじゃぞ?」
マリスがニヤリと笑いながら口を挟んだ。
「な、なぜ其方が、それを知っておる……」
「我もエンシェント・ドラゴンじゃからのう。フソウのトクヤマも知っておる事じゃぞ?」
女王や王、ケリングだけでなく、周囲にいる近侍も、マリスに驚愕の視線を向けガタガタと振るえ始める。
「我の真の名はマリソリア・ニーズヘッグ。彼の世界樹に住まいし黒竜の一族なり。そしてケントの盾じゃ」
マリスは得意げに胸を反らした。
女王は震える身体で立ち上がると、王座のある壇上からゆっくりと降りてくる。
そして、マリスの前に土下座……いや、五体投地した。
「古代竜様に失礼な物言いをしてしまいました。平に容赦願いますよう、伏してお願い申し上げます」
「今は冒険者として行動しているのじゃ。許すぞ」
女王は安堵で身体の力が抜けてへにゃりとなった。対照的に王や近侍、将軍は全く身動きが取れないようだ。
「名乗りが遅れた事を謝罪いたします。
名前からすると、やっぱりフソウ家系の女王陛下だね。血によって同盟を結んでいると言っていたしなぁ。
そして女王マツエは俺に視線を向けた。
「古代竜様に東方の竜と戦うエルフ様すら従えている……そなた様はいったい……」
「俺はただの冒険者さ」
俺がそう言うと、女王は目を納得の色で染めた。
「なるほど……タケイ殿の書状は誠なのですね……とうとう救世主様がお戻りになられたと……」
あの親書ってそんな事が書かれてたのか?
なんという迷惑な事だろうか。俺は救世主だ何だと崇め祀られる為に西方まで来たんじゃないんだが。
しかし、「ただの冒険者」と言っているのに、何で救世主認定するんだよ。
本当に理解に苦しむ。
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