第22章 ── 第32話

 宮殿に入ってから待合室とやらに案内された。

 そして、本当に長い時間待たされた。


 俺たちは朝方に宮殿に入ったわけだが、今は既に正午を回っており、ここに昼食が運ばれてくる始末だ。

 メシを食べ終わって、味にも量にも満足できない仲間たちが騒ぎ出した。


「女王と王とやらは、まだなのかや?」

「待ちくたびれたのですよ!?」


 メイドや給仕の者にマリスやアナベルが仁王立ちで抗議している。


「誠に申し訳ありません。もう少々お待ち頂けますよう……」


 本当に申し訳無さそうな召使いの男性がペコペコと頭を下げている。


「マリス、そのくらいにしておけよ。彼ら給仕や召使いに主人たちの都合なんて解るわけないだろ」

「しかしじゃな。ここまで待たされるのものう……」

「そうなのですよ。折角、報告をしに来たケントさんを待たせるなんて神への冒涜です!」


 じっとしているのが苦手なマリスの言いたいこともワカランでもない。

 しかし、俺を待たせるのが神への冒涜というのがいかんとも……

 俺は神ではありませんよ、アナベルさん。


 勘違いにしろ、フソウの特使をここまで待たせているんだ。何か宮中で起こっているのかもしれないと、さっきからマップ画面で調べているのだが、個人名を知らないと検索ができないんだよね。


 王族という括りでやってみたけどヒットしなかったし。

 種族とかなら検索できるんだが、人間という括りでは周辺全部にピンが立ってしまう。

 王族というクエリが使えないのはマップ画面検索でのジャンルとして認識されないからだろう。


 仕方ない。マリスたちを黙らせて、かつ暇つぶしができる方法を考えるしかない。


 俺は少し思案する。ティエルローゼに来てから、暇つぶしをする人々を思い出す。


 うーん……あっ! あった!


「よし、みんな集まれ。暇つぶしのゲームをしよう」

「ゲームだと?」


 トリシアが寝転んでいるソファから起き上がる。


「ああ、俺は以前、ハリスたちがたむろしていた宿屋でカードのようなものを見たんだが……」

「ああ……ナイツの事……だな……」

「ナイツ?」


 ハリスによるとトランプのようなカードを使ったゲームのようだが、将棋やチェスみたいなルールでよく判らない内容だった。

 手持ちのカード山から何枚かカードを引いて、場に出して戦いあうらしい。


 俺はトランプだと思っていたが全く別モノのようだな。


 仕方ないので俺はインベントリ・バッグからトランプのカードを取り出す。

 これもドーンヴァース製アイテムだが、トランプ遊びをする事しかできないアイテムなので、ティエルローゼに何の脅威もない。


「それは何です?」

「また、新しい魔法道具かや?」


 アナベルとマリスが興味津々でテーブルにやって来る。


「これはトランプというゲーム用のカードだ」


 俺は学生時代にギャンブル系のアニメで見た、非常にかっこいいシャッフル・テクニックを独学で覚えたので、それを披露してやる。


「おおー、華麗な手捌きなのです」


 ツイッとカードを流れるようにテーブルの上に扇状に広げる。


「これには一三枚のカードが色や記号を変えて四組、そしてジョーカーを加えて合計五三枚ある」


 俺はトランプの説明をする。

 スペード、ダイヤ、ハート、クラブ、それぞれに数字の一~一〇、J、Q、Kの存在を一枚ずつ見せていく。


「ナイツのカードよりも簡単でいいな。これでどうやって遊ぶんだ?」


 ナイツのカードには騎士や剣士など様々あって、数字や記号という簡単なものではないそうだ。


 そのナイツとかいうカード、今度仕入れてみよう。ちょっと興味ある。


「このトランプを使って遊びたいと思います」


 さすがに初めて見るカードをどう使って遊ぶのか仲間たちは興味津々だ。


「どうやって遊ぶのじゃ!?」

「面白そうなのです!」

「こんな簡単なカードで遊べるのか?」

「ケントの……世界の……遊びか……興味深い……」


 俺は一番簡単そうなババ抜きのルールを教える。


「いいか、俺はジャッジとして見ているから、まずは四人で遊んでみよう。今からこのカードの山を全員にシャッフルしてから配る。配られたカードの枚数を数えて、一人だけ一四枚になるはずだ。そいつの右隣のやつが、そいつから一枚カードを引くんだ。

 あ、それと最初から二枚揃ってるのがあったら場に捨てていいからね」

「三枚あったらどうするのじゃ?」

「二枚で一組として考えるから偶数枚捨てるんだ。四枚あったら四枚捨てるわけだ」


 俺は全員にカードを一枚ずつ配っていく。

 みんなが配られたカードを数え、一四枚だったアナベルの右隣にいたトリシアがアナベルのカードから一枚引き抜いた。


「そしたらどうする?」

「同じ数字のカードがあったら、その二枚を場に捨ててくれ。そしたら、今度はまた右隣のやつがカードを引く」


 トリシアの隣のハリスが一枚引き抜き、眉間にシワを寄せた。

 ハリスの後ろに回ってみると、トリシアからジョーカーを引き当てていたようだ。


「捨てられなかったら、次の人に回すんだ」

「次だ……マリス……」

「ふむ。ハリスは捨てられぬか。今度は我がハリスから一枚取るのじゃな!?」


 遊びに関してマリスは飲み込みが非常に早いですな。


「そうだ。今度はマリスが引くんだ」

「では、これじゃ」


 マリスはハリスのカードの真ん中から一枚抜き、スペードのエースとハートのエースを組にして場に捨てた。


「で、今度はアナベルが引くのじゃ」

「そうそう。簡単だろう?」

「簡単だが、勝敗はどうやって決める」

「さっき説明したジョーカーが最後に残るだろ? そいつを最後まで持っていた奴が負けだ」


 ババ抜きは非常にルールは簡単だから、あっという間にルールは理解される。


 それにしても、アラビア数字や英字記号などはティエルローゼには無い代物なのだが、一度の説明で理解する仲間たちの理解力の速さに驚かされるね。

 レベルが上がって知力度が非常に高いってのが要因だろうけど。西方語も数日でほぼ完璧に覚えてたしな。


 一回戦目、敗者はハリスだった。完璧素敵超人忍者でも負ける事があるのがいいね。


「このゲーム、ルールは非常に簡単だが……」


 トリシアが少々考え込むように言い淀んだが、ハリスが頷いた。


「ああ……奥が……深いぞ……」


 当然ですな。

 誰がババであるジョーカーを持っているか、どこにジョーカーを置いてあるかを相手の顔色や仕草などから洞察して勝負をするゲームだ。

 簡単なルールで子供の遊びと思われがちだが、そういう戦術的要因で簡単にはいかないものさ。


 しばらく四人で遊ばせていると、勝負の要領を掴んだのかトリシアとハリスから負けが出なくなる。逆にマリスとアナベルに負けが集まり始める。


「ふぇぇん。また、ジョーカーってのを引かされたのです」

「段々と勝てぬようになってきたのじゃ。アナベルがジョーカーを引いたのじゃが、まだ油断はできぬのじゃ」


 アナベルはプレイに虚実がまるで無いからだよ。

 トリシアがババを選びそうになったらパァッと太陽のような笑顔になるんだから一発でバレるだろうが。

 マリスはババを引くとムッスリとふくれっ面になるから、どこにババがあるか丸わかりなんですよ。


 そのあたりをいち早く理解したトリシアとハリスが負ける事はないだろうね。


 しばらくババ抜きをやってマリスが癇癪を起こしたあたりで終了させる。


「我を勝たせないゲームじゃ! 卑怯なのじゃ!」

「いや、感情丸出しだから勝てないんだよ」

「ジョーカー引かされたら嫌な気分になるのは当たり前じゃろうが!」

「それ、全部顔に出てるだろ? そしたら、そのカードの位置を覚えておけば、まあ引かないよな?」


 俺がそうマリスの欠点を言うと、マリスはポンと手を打った。


「あー、なるほど! そうすればいいのですね!」


 アナベルが嬉しげに笑顔になった。


「いや、アナベル。君もジョーカーを引きそうになると大変良い笑顔になるよ。笑顔にならないカードを引いていけばジョーカーを引くことはないだろ」


 俺がそう言うとアナベルはポカンとした顔をする。


「笑顔だったのです?」

「ああ、満面のな」


 トリシアがニヤリと笑い、アナベルはガーンと音を発しそうな驚愕と悲壮感を漂わせた表情になる。


「このトランプには他にも色々な遊び方があるんだけど……大抵の場合、顔色や仕草なんかの読み合いが勝負における駆け引きに使われるんだ。

 あるゲームのルールをポーカーと言うんだが、このポーカーを語源とした単語が生まれるほどだよ」

「どんな単語じゃ?」

「ポーカー・フェイス。直訳するとポーカーの顔という意味だが、無表情とか感情を顔に出さないという意味で使われるんだ」


 ふんふんと鼻を鳴らしながらマリスは地球の言葉を覚えようしている。


「ハリスさんみたいな顔です?」

「ハリスはポーカー・フェイスは上手そうだね。ジョーカーを引いてもおくびにも出さないもんなぁ」


 俺がそう言うとハリスは、少し得意げな顔をした。表情の変化が解りにくいハリスだが、ちゃんと表情はあるんだよ。


「トリシアもジョーカー引かれて嬉しそうな顔を全くしなかったから、トリシアも上手いな」

「最初はゲームの意味が解らなかったからな。でも、最初のプレイで気付いた」


 俺の言葉にトリシアは得意げにニヤリと笑った。


「今のがババ抜きだ。面白いだろう?」

「単純だが、中々興味深いな」

「ああ……面白い……」

「我は勝てなくなってしまってつまらぬ!」

「私も勝てるゲームにして欲しいのです……」


 勝てるトリシアとハリスはそうだろうが、マリスとアナベルは不満そうだ。


「うーむ。もっと公平なゲームか。ババ抜きも表情って意味では実践にも応用できる遊びなんだがなぁ……」

「確かにな。苦しい局面でもやせ我慢をできるようにする訓練には使えそうだ」

「ああ……自分の考えを……表情から読ませない……訓練に使えそうだ……」


 ま、ババ抜き以外でも訓練はできるだろうから、色々トランプのルールを教えてみるかな。

 暇な時、トランプを渡しておけば静かにしてくれるかもしれないしな。


 その後、七並べ、大富豪、ポーカー、ブラックジャックなどのルールを教えたところ、非常に熱い戦いを四人は繰り広げていた。


 表情の読み合いはマリスとアナベルに不利だったが、七並べはマリスが得意っぽい。

 他の人が出したい数を鉄壁に守っていくさまは守護騎士ガーディアン・ナイトの本領発揮というところだろうか。


 アナベルはというと、彼女は引きという観点だけが異様に強い。

 神の御加護の所為かもしれないが、ブラックジャックで鬼のような強さを発揮した。ディーラーを俺がやったが、全く太刀打ちできなかった。

 さすがは神託の巫女オラクル・ミディアムというべきか……


 謁見の準備が整ったとケリング将軍が迎えに来たのは、カードゲームに六時間も興じた後だった事は明記しておく。

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