第22章 ── 第31話

 翌日の朝、王宮へと向かう準備をする。


 もう正体を隠す必要もないので、武装に身を包みゴーレムホースで向かうつもりだ。


 俺はいつもの草臥れたブレストプレート、背中には攻性防壁球ガードスィファを背中に装備してマントを羽織る。

 みんなは俺のお手製のアダマンチウム装備だ。


「準備が出来たら出発だ。お前たちは留守を頼むよ」

「お任せを」


 フラウロスが仰々しくお辞儀をする。

 俺は頷いて仲間と共に部屋を出る。


「お出かけですか?」


 宿の受付に軽く手を上げる。


「ああ、ちょっと王宮へ」

「王宮見物ですか。辻馬車をお使いになるといいですよ。王宮はちょっと遠いですからね」

「みたいだね。でも俺たちは馬があるんで大丈夫だ」


 受付の従業員は俺たちが徒歩で来ていたのを覚えていたらしく首を傾げる。


 俺は入り口から出るとインベントリ・バッグからゴーレム・ホースを取り出す。

 当然ながら見送りに来た従業員が驚いている。


「ぎ、銀の騎馬……!?」


 これは見慣れた反応なので俺たちには今更感があるが、初めて見る者には驚天動地の出来事だろうね。

 無限鞄ホールディング・バッグがあっても、これだけの体積を中に入れる事はできないし、一般人は無限鞄ホールディング・バッグすら見ることはまずあり得ない事だろう。


 俺たちはひらりとゴーレム・ホースに跨る。


「フェンリルに乗るのも久しぶりじゃな。行くかの?」

「ウォン」

「モノちゃんも行くのですよ~」


 モノケロスだっての。モノちゃんって少し間抜けな気がするんだがなぁ。


「無駄口を叩くな。行くぞ」


 トリシアがそう言ってダルク・エンティルで走り出す。


「ず、ずるいのですよ!」


 アナベルが急いで追いはじめた。


「せっかちじゃのう」

「あいつら……場所が……判るのか?」

「判らんだろうな。マップ画面の共有で教えてやるか」


 俺はスレイプニルを歩かせつつ、マップ画面をドラッグ&ドロップで仲間たちにデータを送る。


「いいか、ここからだと直線距離でも一〇キロ近くある。集合場所は正門前の広場だ」


 パーティ・チャットもオンにしてトリシアとアナベルにも伝えておく。


「解った。私は偵察がてら先に行くぞ」

「神殿はどこにあるんですかね~。行ってみたいですね!」


 トリシアからは返事があったが、アナベルはトンチンカンな事を言っている。

 やっぱり、久しぶりのモノケロスに興奮してんのかな?


「モノケロス、アナベルが間違ったところに行かないように、トリシアについて行け」


 小型翻訳機でモノケロスに指示を出しておく。

 ゴーレムホースは基本的に使用者の命令に忠実に従うが、バックドアを仕掛けてあるので製作者の俺の命令にも従う。ちなみに、命令者の優先順位は俺が上位にあたる。


「ハリス、マリス。俺たちも急ぐぞ」

「解った……」

「了解じゃ!」

「スレイプニル、駈歩キャンター


 俺が走り出すと、白銀もフェンリルもそれに倣う。


 セティスの町並みは綺麗だし、大通りの石畳もしっかり整備されている。

 とても餓死者が出ているような経済危機に陥りつつあるような都市には見えない。

 大抵の場合、金回りが悪くなった国はインフラから疎かになるものだが。


 トラリアは王国の体面が傷つくことを嫌う国柄だという。首都がインフラ整備もできないなどという事が知れ渡る方が名誉が傷つくのかもしれないな。

 まるでハリボテのビルとかを作って栄えているように見せてる某国のようだ。


 となると地方都市が酷い状態なのだろうか。テネットの街は普通に見えたのだが。

 観光とか全くしていないからなぁ。庶民の現状は確認できなかったし。

 貧民街やスラムは大通りから隔離された区域にあるようだ。


 一五分も走ると段々と建物が豪華になっていく。貴族たちが住む区域に入ったことが判る。

 通行人も身なりが良いし、馬車も多くなってきた。


 俺たちの姿を見た通行人も馬車の御者も慌てたように動きを止めている。


 王宮前広場に到着するとトリシアとアナベルを取り囲む衛兵の輪が見えた。


 ゴーレムホースは目立つからなぁ……


 俺たちがその輪に近づいていくと、衛兵の何人かが振り返ってギョッとした顔になる。


「た、隊長! また現れました! 今度は三騎です!」

「な、何だと!?」


 輪が自然と開き、俺たちは無事にトリシア、アナベルと合流を果たす。


「き、貴様ら何者だ!?」

「だからさっきからフソウに依頼された冒険者だと言っているだろう」


 トリシアがウンザリしたように言い返している。


「ケントさん~、兵士の方たちが話を聞いてくれないんです~」


 アナベルが少々涙目になってる。


「まあまあ、兵士の皆さんも落ち着いて」

「落ち着け!? こんな妙てけれんな騎馬に乗った者を王宮に近づけるわけにはいかぬ!」

「仕方ないな。これを見てくれないか?」


 俺はインベントリ・バッグからフソウの通行手形を取り出して見せた。

 それを疑いの目で見ていた隊長らしい男の顔が、見る見る変わっていく。


「金の修飾……!? トクヤマ様の署名と花押!? と、特使様!!」


 隊長がワナワナと震え始め姿勢を正し大声を張り上げた。


「全隊整列!」


 その号令に衛兵たちが直ちに整列した。


「特使様たちに敬礼!」


 衛兵たちは非常に練度が高そうだなぁ……


「フソウ龍王国の筆頭老中タケイ殿からの依頼で水路の水の復旧にあたった冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』だ。俺はケント・クサナギ。女王、国王両陛下に今回の件でご報告したく思う。お目通り願いたい。取り次いでほしいのだが」


 隊長は敬礼の姿勢を崩さずに頷く。


「はっ! 直ちに! ケンレス! 近衛隊長マッフェン殿に伝令! フソウ特使様御一行が到着された! 両陛下へご報告を!」

「了解しました!」


 ケンレスと呼ばれた衛兵が正門の横の扉へ飛び込んでいく。


 俺たちは王宮正門前に案内されて待機するように請われ、その指示に従う。


 ふう。何とか中に入れてもらえそうだね。それにしても貰った通行手形の威力は凄いな。


 しばらく待たされたが、王宮の巨大な門が開き、金装飾が施されたピカピカの鎧の一団が現れた。


「セティス王宮近衛隊隊長マッフェン子爵です!


 先頭の騎乗している装飾がより一層派手な人物が敬礼しつつ名乗りを上げる。


「冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の冒険者ケント・クサナギと申す。ヤマタノオロチ殿との約定を果たしに参上つかまつった。女王、国王両陛下にお目通りを願いたい」


 俺はあえてフソウっぽい言い回しを使う。フソウの特使だと思わせておきたいからだが。

 しかし、すでにこの場にいる衛兵、近衛兵にそれを疑う眼差しを持つものは誰一人いなさそうだ。


 こういう光景も馴染みが出てきたなぁ。茶番にしか見えないが。


「では、こちらへ!」


 マッフェン子爵が踵を返し俺たちに付いてくるように促してきたので、それに従う。


 近衛兵の一団は俺たちを取り囲むようにして宮中へ入る。


 セティスの宮殿、通称「多頭龍宮ハイドラ・パラスト」は広大な芝生が広がっており、林や花畑もあり、地上の楽園的な雰囲気を醸し出している。


 俺の第一印象は「金が掛かってる」だ。

 この世界で、人工的な芝生というものを初めて見たのだが、ここまで広大に整備するとなると、どれだけの人員と金が必要になるのだろうか。


 一時間近く敷地内の参道を進むと漸く宮殿らしき巨大な石造りの建物が見えてきた。

 今までティエルローゼで見てきたどの城よりも巨大で壮大だ。

 ただ、横には広いが縦はない。幾分普通の建物よりは高いと思う。しかし、部分的に二階建てのところもあるけど殆どが一階建てだ。


 日本においても平屋ってのは金持ちの住居ってイメージがあるが、それは土地の無い東京付近だけかな?


 宮殿前には俺たちに付いてきている近衛兵と同じ兵隊がズラリと並んでいる。それぞれが王旗を高く掲げている。


「フソウ龍王国特使殿に敬礼!」


 宮殿入り口にひと目見て「将軍」と判る人物が立っていて声を上げた。

 近衛隊長マッフェンが馬から降りて、その人物に跪いた。


「ケリング将軍閣下、特使様をお連れいたしました」

「ご苦労、マッフェン近衛隊長。ここからはワシが特使殿を伴い女王の元へ参ろう」

「はっ! お任せ致します!」


 ケリング将軍とやらは、ゆっくりと頷いてから俺に視線を移す。


「特使殿ですな。ワシはトラリア王国の軍を指揮・統括するエドワード・ケリングと申す。お初にお目にかかる」

「冒険者のケント・クサナギです。よろしく」


 将軍は次に仲間たちに視線を移す。


「同じく『ガーディアン・オブ・オーダー』のマリス・ニールズヘルグじゃ」

「ハリス……クリンガム……」

「アナベル・エレンなのですよ!」


 マリスもハリスも落ち着いているが、アナベルは妙に鼻息が荒い。

 地上の楽園みたいな場所に興奮しているのだろうか。


「トリシア・アリ・エンティルだ」


 最後にトリシアが名乗ると、ケリング将軍が僅かに目を見開いた。


「東方に伝わる伝説の冒険者エルフ殿と同じ名前ではないか……?」


 俺の聞き耳スキルが、将軍の微かな囁きを拾ってきた。


「トリシアの事をご存知で?」

「いや……私は書物でしか知らぬ。魔軍と戦い、龍とすら武勇を結ぶ屈強なエルフと言う伝説だ」

「ああ、彼女がその人本人ですね」


 俺がそう言うと将軍は、今度こそ大きく目を瞠った。


「フソウの特使殿は東方の伝説をも従えておりましたか……フソウ龍王国はそこまで手を広げておいでだったとは……」


 いえ、俺たち全員大陸東方出身だけどね。


 俺はフソウ風の名前と風貌だし、仲間は西洋風の顔つきだから、勘違いしていて貰っておいた方が得策か。


 それにしても、トリ・エンティル伝説は西方でも有名なのかな?

 確かにトリシアの逸話は、ティエルローゼでは伝説になる程の内容だからな。


 トリシアの存在がこれからの報告でプラス材料になればいいね。

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