第22章 ── 第30話

 晩飯を部屋にある簡易キッチンで作りアースラと仲間たちに振る舞った。


 この手の宿の部屋にキッチンが付いているのは珍しいと思っていたが、トラリアの高級宿屋なら当たり前らしい。


 トラリアでは貴族間の暗闘が結構あり、食事への毒の混入による暗殺が結構あるらしい。

 平面上は平和そのものだが、腐敗の進んだ官僚世界では良くある話だ。

 現実世界の頃に謎の死を遂げたり、行方不明になったりした俺の先輩もいる。

 利権や金が絡むと、人間は平気でそういう事をするものだ。そういう事をさせない為には、圧倒的な力を相手に見せつけ、こちらの意に沿う様に行動させるのが肝要だ。

 相手をいかに屈服させるか。


 それが自分の力であっても、巨額の金でも、自分のコネクションが持つ力でもいい。

 利用できるモノは何でも使うのだ。


 今回、俺らが相手をするのはトラリアの国体である王族たちだ。

 彼らはフソウの武力を背景にバルネットと対抗して、今の平和を手に入れたと聞く。

 ならば、俺のバックにはフソウの力があると思わせればいい。


 今までの旅で、フソウのタケイさんから貰った通行手形が想像以上に効果を発揮してきたのは実感してきたので、明日はこれを使って女王と対面できると思う。

 フソウの特使を示す物と同じ効力を持っているようだしな。


 明日のことを考えながら食事をしていたので、アースラに眉間あたりを指先で強かに突かれた。


「随分、難しい顔をしているな。いつものケントらしくないぞ」


 突かれて痛むおでこを押さえて周囲を見回すと仲間たちが心配そうな顔をしていた。


「そうなのじゃ。いつものケントなら、食事の時は幸せそうな顔になっておるのにのう」

「見ていて……ハラハラする……」


 マリスとハリスの言葉に、トリシアもアナベルもコクコクと頷いている。


「そ、そんなに深刻そうな顔になってた?」

「そうなのです。私が子供の頃に神殿にいた、ハセット巡回司教のようでした!」


 誰だよ、それ。


「ま、いつものケントなら途轍もない事を簡単にこなして平気な顔をしているものなのだがな」


 トリシアがやれやれといった感じでフォークで突き刺した唐揚げを口に運ぶ。


「ケントが湿気た顔では上手い料理が台無しだ」

「すまん。現実世界で起きた過去の事を思い出しててね」


 俺がそういうとアースラが酒を飲みつつ呆れた顔をする。


「ここはティエルローゼだ。地球の事など全く関係ない。折角来た異世界だ。過去のことは忘れるんだな。どんなに足掻いても地球には戻れないんだから」


 そういうアースラさん、残してきた妻と子供の事を前に思い出してましたよね?

 自分のことは棚に上げてますな。

 まあ、彼も転生してから数万年、現実世界に戻ろうと努力したんだろうしな……


 それに俺は現実に戻りたい訳じゃない。クソみたいな家族などに会いたいと思うかよ。


「すまん。今回、王族と話した後の事を考えると一筋縄ではいかない気がしてね」

「どういう事なのじゃ?」


 理解できてないマリスに俺は話してやる。


「トラリアの現状は、シンノスケか何かが残した記録や口伝などが原因だろうと思うけど、それを間違いだと王族に認識させて改善を促す。これが俺たちの目的だ」

「そうだな。それ以上はギルド憲章に反する」


 トリシアが当然だと頷く。


「で、王族が翻意して昔の社会システムに戻したとしよう。そうすると何が起こると思う?」


 アースラが面倒な話が始まったと酒をさらに呷った。


「王族が俺の言葉に従うにしろ、現状のまま放置を決め込むにしろ、自分の悪事をバラされた貴族たちは一体どう行動するだろうか?

 ロスリングの事を思い出すといいと思う」


 その名前を口にした途端マリスの瞳孔が縦に細くなる。


「あやつめは我の手で滅ぼしたかったのじゃが?」

「当然だ……機会があったら……俺も手を貸すつもりだった……」


 マリスの言葉にハリスまで目に怒りの炎がチラついてしまう。トリシアも同様だ。

 当時、まだ出会ってもいなかったアナベルだけがキョトンとした顔をしていた。


「あー、すまん。ヤツの名前は適当じゃなかったかな」


 未だにあの事件の事を仲間たちは許せていないのだろう。

 ロスリングに対してというよりも、俺を守れなかった自分たちに対しての怒りと言った方が解りやすいかも知れない。


「自分たちの名誉や潰されかねない利権が絡むと貴族や官僚ってのは何をしてくるか解ったもんじゃないと言いたいのさ」


 俺はヤレヤレポーズを作って戯けて見せることで、場の空気を元に戻そうとする。


「そんなヤツらには……影の中で……消えてもらう……」


 ハリスの冷ややかな殺気が放たれ、俺の背中にヒヤリとしたものが走る。


 今のハリスの実力だと、本当に密殺とか暗殺なんて簡単にできるからな。言葉選びに気をつけないと、俺の意を歪に察したら無言でやりかねない。


「ま、俺を暗殺したところで貴族の名誉は回復しないから、そういう手段は今回使ってこないだろう。

 正々堂々と正面から挑んでくると思うよ」


 傷ついた名誉を回復するには、自分の名誉を傷つけた相手を決闘で打ち負かすのが中世期には良くあった話だ。

 今回もそうなると俺は思う。


「なので戦う準備をした方がいいね」


 罪が明白なのに、決闘で勝つと何故か名誉が回復するってシステムがよく判らないんだけどね。死人に口なしってヤツなのかも。


 中世期行われていた決闘というシステムは、基本的に同じ階級に所属するもの同士が行うのがルールだ。

 俺を他国の貴族だとは知らないヤツらが、決闘の場に俺を引きずり出す事はないと思いたいが、フソウの特使……殊更「世直し隠密」とか思われている俺たちは同階級だと判断される可能性が非常に高い。

 俺たちがいくら否定しても無駄だろう。


 実際のところ、俺の身分が貴族なのは本当だしな……


「そうなっても負ける事はないと言いたいが……油断はしない事。仲間が攫われて人質に使われたら、俺も戦いに躊躇する」


 一度攫われた事があるマリスがショボンとしてしまう。

 俺は手を伸ばしてマリスの頭をワシワシと撫で回す。


「ま、あの時と比べて俺たちは想像以上にレベルが上がった。油断していなければ全く問題にならないよ」


 アニアスでの反乱の解決、ヤマタノオロチ戦と色々クエストを成功させた所為だろうか、今の俺のレベルは九八。

 トリシアは八四、ハリスは七八と七五、マリスは八二、アナベルが八一だ。


「腕が鳴りますな」

「私も全力で主様を守ります」

「戦いに関しては私も助力を惜しみません」


 魔族のフラウロスは七一に、アラクネイアは七七だ。アモンは最近入ったばかりで九五のままだけど。


「今回は魔族の三人はお留守番で。前にも言ったけど、一部貴族に顔を知られているからね。魔族だと解ったら困る」


 当然、魔族三人衆はガッカリ顔だ。


 そんなやり取りをアースラが興味深そうに見ている。


「魔族を仲間にしたのか。ケントは相変わらず突飛だな」

「そういう神々も魔族を手下にしたヤツがいるだろう?」

「ああ、そういえばいたな……ま、そいつらをコントロールできるなら俺たち神は口を出さないよ」


 俺が帰ってきた時、魔族たちが誰だコイツはという顔をしていた。

 仲間たちが普通に相手をしていたので別働隊として活動していた仲間と思っていたようだったが、「神」と聞いて目を剥いた。


「神界の神なのですか!?」


 神と知って魔族三人衆は警戒の色に染まる。


「あ、紹介してなかったよね。彼はアースラ・ベルセリオス。元は人間だが、今は神様らしいよ」


 名前を聞いた瞬間に三人が三人とも武器に手を掛けた。


「よもや先の主様の宿敵が我の目前に現れようとは……」

「カリス様のかたき……!」

「人族の英雄か……」


 三人から向けられた殺気を感じ取れないはずはないのだが、アースラは歯牙にも掛けていない様子で酒を飲み続けている。


 三人が激高するのはよく理解できる。

 だが、ここで高レベル同士の戦闘など御免こうむる。


 酒場で酔っぱらいたちが喧嘩するレベルではない。神と亜神が激突したら、都市が……いや国が滅んでも可笑しくないレベルの戦いになる。

 はた迷惑を遥かに通り越して天災レベルの災害と一緒だ!


「ま、待て! アースラは俺の協力者だ。攻撃するのは駄目だ!」


 俺の悲鳴にも似た声を聞いた三人はピタリと動きを止める。


「主様の御心のままに」

「ご命令とあれば即座に」

「御意」


 一瞬で場の空気が何事も無かったように凪いでしまう。


 俺の切羽詰まった声を命令と捉えてくれたようで助かった。


 魔族たちは命令に非常に敏感だ。

 主に仕える事が至極当然の彼らには当たり前のようだが、俺にはどうもピンと来ないけどね。


 その様子をジロリと見たアースラがニヤリと笑った。


「ちゃんと手綱を掴んでいるようだな。それなら安心だ。

 魔族たち。今、ケントは神々の注目の的だ。お前たちがケントを疎かにするようだと……」


 アースラはパチンと指を鳴らす。


「一瞬で全ての神々が動く事になる。あの大戦時に動いた全ての神々がだ。心して全力でケントにつかえろ」


 アースラの眼光が三人を捉えた途端、物凄い気を発した。

 その気は閃光にも似た雰囲気を持っており、それを見た者に畏怖や崇敬の念を抱かせるような性質を持っていた。

 通常の高レベルキャラクターが持つプレッシャーとは、全く異質な気だ。


──神力


 俺の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。


「言われるまでもない」


 神力など物ともせずといった感じでアモンが応える。

 だが、彼の手がギュッと握られ、震えようとするのを拒絶しているのだけは判別できた。

 他の二人も、無意識に身体を強張らせつつも頷いた。


「いいか、俺たち神は絶えず見ているぞ」


 そう言った瞬間、アースラを中心として光の柱が現れ、瞬く間に消える。

 アースラ自身もいなくなっていた。


「あれが彼の英雄か……」


 フラウロスが強張った身体から力を抜いてへにゃっとなる。


「我らの作りぬし様を屠った者だけはあります……」


 アラクネイアも今更ながらに寒さに震える様に小刻みに身体を揺らしている。


「カリス様のかたきは、ディアブロなどてきではなさそうだな……神界の神々が魔軍を放置しているのも、いつでも対処できると思っての事だろうな」


 アモンがそう言って椅子に座り直した。


 でも、実際はそうでもなかったよね。アルコーンの時なんかは手助けに来たし。


 ま、下界には極力手を出さないのが神の掟らしいけどさ。

 あの時は、この地上で対処可能なのが俺だけだったっぽいし、そうじゃなきゃ神界の勢力的に色々問題あったからなぁ。

 イルシスの神官長が協力してたしね。

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