第22章 ── 第27話

「お前のそれは動いてるようだな。娘が興味も持つのも仕方ねぇか」


 アリーゼの様子を見てリステリーノは、諦めの籠もる溜息を吐いた。


「娘さんの発掘品は動かないのか?」

「何百年も前の道具が動くわけねぇな。動きもしねぇガラクタに現を抜かす娘にも困ったものだ」


 リステリーノの言葉にアリーゼが非難めいた視線を向ける。


「何百年じゃないよ! 何千年!」


 動かないんじゃ五十歩百歩ですなぁ。


「アリーゼ、君の発掘品とやらを見せてもらってもいいか?」

「ふふん。お父さん聞いた? 見る目のある人の反応はこうなのよ」


 リステリーノが「処置なし」といった感じで肩を竦める。


「ケント。娘の発掘品を見るのはいいが、手下は付けさせてもらうぜ?」

「当然だな。年頃の娘さんをどこの馬の骨だか解らん男と二人にはできないよな」


 俺がククと笑うとリステリーノも笑う。


「よく解ってるじゃねぇか」



 アリーゼの発掘品倉庫は、館の地下の一室にあった。

 娘の護衛のためと四人ほどリステリーノの手下を付いてくる。


 アリーゼは状態の良い発掘品をこの倉庫にコレクションしており、それ以外は露店で投げ売りしているのだそうだ。


「地下のは売ってないのか?」

「売りませんよ! 私の可愛い子たちですから!」


 変わってるなぁ……リステリーノの言葉通りなら動きもしないガラクタばかりのはずだが。


 発掘した物が魔法道具かどうかは、どう判断しているのだろう?

 鑑定魔法とか使えないと、どんな魔力が籠もってるのも解らないと思うんだけどね。


「ここですよー」


 アリーゼが扉をあけ、地下倉庫の中に入る。

 そこには数百点にも及ぶ物品が収められていた。


「おー。これがそうかぁ。年代的にはどのあたりの魔法道具だ?」

「二〇〇〇年くらい前ですね。トラリア近辺は地中深くに魔導文明の遺跡が結構埋まってるんです」


 例の魔導文明のことかね? ハイエルフのシルヴィアが何か言ってたよな。二三〇〇年くらい前に栄えてたとか何とか。


 大陸東側でも遺跡などから魔法道具が発見されるそうだが、魔導文明についての情報は西側に来てから聞くようになった。

 やはり東側は滅亡寸前まで追い詰められた為か、古い歴史についての話が少ないのかも知れない。


 そんな状況で古代の魔法文明を復活させたシャーリー・エイジェルステットの天才ぶりが伺えますな。師匠のソフィア・バーネットの影響も大きいけどね。


 アリーゼに案内されて倉庫の中の物品を見て回る。


 一番奥の棚まで行った時に、非常に既視感のある物品に目が止まった。


「おい、これは?」


 俺がその物品を指差してアリーゼに問いかけると、彼女は嬉しげにその物品の説明を始める。


「あー、これですね! 珍しいでしょ? ただの箱にしか見えないんですけど、分解も鑑定もできないんです。明らかに遺物アーティファクトなんですよ!」


 アリーゼは俺が興味を示したので興奮気味だ。


 その物品は、縦五〇センチ、横二〇センチ、奥行き一メートルほどの箱状の物品だ。

 裏面には、何か差し込むようなソケット、拡張スロットのようなスリットが付いている。


「これ、どう見てもパソコンだよなぁ……」


 現実世界によくあるパソコンにしか見えないんだ。

 俺の囁きにアリーゼが目を輝かせながら物凄い速度で振り向いた。


「これの正体を知ってるんですか!?」

「知ってるも何も……解りやすく説明すると、計算機か?」

「計算機……? フソウのパチパチ弾くと計算できるアレです? 計算するのにこの大きさ……ぷふーーっ!」


 ツボに入ったのか、アリーゼが吹き出している。


「可笑しいか?」

「だって、計算するだけですよ! なのに、この大きさ! アハハハハ!」


 いや、計算機ってのは解りやすくいっただけだが、もっと色々できるんだけどね。


「ちょっと、これ調べさせてもらっていいか?」

「アハハハ! 良いですよ! だって計算機……ぶふー!」


 笑いすぎだよ、この娘。


「では、遠慮なく……」


 俺はそのパソコンにしか見えない物品を棚から下ろし、カバーが外れるかどうか確認する。


 うーむ。プラスドライバーで開けられそうだな。ますますパソコンです。


 俺はインベントリ・バッグからプラスドライバーを出してネジを外そうとする。

 すると、ピリッとした電撃がドライバーを介して俺に襲いかかってくる。


「ほわっ!?」


 大した電撃ではないので俺は気にもならなかったが、アリーゼはビクッと身体を揺らした。


「ふむ。分解防止用の罠かな?」


 ダメージ的には五〇ポイントくらいか? 

 俺は電撃耐性を持っているので、五ポイントほどのダメージだった。

 一般人がやったら確実に死ぬね。


 俺は二つネジを外して、外装カバーの片側を外す。


 中を覗いて見ると、間違いなくパソコンであることを確信する。


 マザーボード、メモリ、CPU、グラフィックボード、電源ユニット、ストレージ……構成も配置もそのまんまだ。


 ただ現実世界のパソコンと違うのは、それらが魔法技術によって作られている代物という事だ。

 導線にはミスリルが使われているのは俺の魔法道具と一緒だ。

 フレームはアダマンチウムだろう。

 面白いのはCPUの部分の一部にオリハルコンが使われているところだろうか。


 外装と違って、中身の腐食は全くないのだが、電源ユニット部分が焼き付いているようだ。

 俺の作る魔導バッテリーによく似ているので修理は可能だろう。


 刻印などを色々調べてみて解った事は、西方、東方のどっちの文字でもない。

 シャーリー図書館で見た神代文字について解説していた文献の文字に似ている。


 これら情報から推察すると、二三〇〇年前の魔導文明の遺物ではない。これは間違いなく人魔対戦期の遺物アーティファクトだ。


 神々……いや、アースラが作った物だろう。

 神界の神々がパソコンなどという物を知っているはずがないからな。

 プレイヤーであるアースラが関わっていない訳がない。


 俺は少々こめかみを拳でグリグリと刺激しつつ深い溜息を吐いた。


「ね!? ね!? コレ中身凄い! 本当に計算機!?」


 アリーゼが俺の作業を鼻息を荒げながら見て、大騒ぎしている。


「これ……所持しているとマズイ物だな……神殿とかに知られたら、間違いなく没収される案件」

「え!?」


 アリーゼが絶望の表情で青ざめる。


「これは人魔大戦時に神々が作った神器だよ」

「神器……」


 この世界において神器というのは、神々が使う武器や防具、道具全般の呼称だ。

 そういった物は、基本地上にはない。あった場合は神殿勢力が間違いなく回収に走る物となる。

 ヘパさんの例のミスリル・ダガー程度ですら、大騒ぎになるのだ。


「ちょっと、責任者に連絡取ってみる」

「え!? 責任者!?」


 アリーゼと周囲の護衛たちの動揺を他所に、俺は念話スキルを使う。


「よう! ケント!」


 呼び出し音が一回鳴り終わる前に、アースラの声が俺の耳に飛び込んできた。


「おい、アースラ。お前が作ったパソコン魔法道具が地上にあるんだが」

「ん? どれの事だ? 工房のサーバの事か?」


 シャーリーの魔法工房のサーバって、アースラが作ったんかよ……


 アースラの言葉から、工房のサーバの正体に俺は漸く気付いた。


「それとは別だよ!」

「結構作ったからなぁ。どれくらいの大きさだ?」

「縦五〇センチ、横二〇センチ、奥行き一メートルってところか」


 アースラは「ふむふむ」と聞いている。


「正面にはBRディスクのスロットはない。ツルッとしているな。裏面はいくつかソケットや拡張スロットがあるな」


 そこまで言うとアースラは、この物体の正体が解ったようだ。


「ああ、いくつか作ったパソコンの一つだな。今から行く。待ってろ」


 アースラは俺の返事も待たずに念話を切った。


 来るのか……


 周囲のアリーゼや護衛たちに目をやりつつ、また大騒ぎになりそうだと俺は溜息を吐く。


「な、何をブツブツ言ってるんですか……?」


 アリーゼたちは不気味なものを見るような目を俺に向けている。


「ああ、これの作り主に連絡を取ってたんだ。今から来るそうだ」

「え……? これは二〇〇〇年以上前の遺物アーティファクトで……」


 アリーゼがそう言うやいなや、地下室の一画に光の柱が出現した。

 俺はともかく、アリーゼと護衛は腰を抜かしたように尻もちを付き、目を瞬かせた。


「な、何事!?」

「うわっ!」


 光の柱が消えると、そこにはアースラが立っている。

 光に眩んだ視力が回復した護衛たちが、アースラを見て慌てて立ち上がり、武器に手をかけた。


「な、何者だ!?」


 アースラはそれを無視して、俺の方に歩いてくる。


「よう。来たぜ」

「相変わらず唐突に降臨するよな」

「神とはそういうものだ」


 俺たちがそんな会話をしていると、護衛たちはアリーゼを下がらせて腰の武器を抜いた。


「曲者め!」


 護衛の一人がアースラを攻撃しようと前に出た瞬間、アースラの眼光がその護衛を貫いた。


 おいおい。手加減しておけよ。神なんだから眼光だけで死にかねないぞ……


 護衛はピタリと動きを止め、白目を向いて気絶してしまった。

 立ったまま気絶するとは結構器用だな。


 他の護衛も気絶した護衛に向けられた眼光の余波でも受けたのか、身動き一つできずに固まっている。


「メガネ~……どこぉ~?」


 アリーゼは両手で床の上に落ちたメガネを探していた。

 こいつもアナベル系の天然素材だった……。


 俺は混沌とした地下室で、少々途方に暮れてしまう。

 さて、この責任をどうアースラに取らせようかね……

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