第22章 ── 第26話

 アーネスト・リステリーノは、マルクの言葉に「フンッ」と鼻を鳴らしながら身を反らせる。


「なるほどね。あんたがリステリーノのボスか。ちょうど会いたいと思ってたんだ」

「ほう。ワシにか?」

「そうだよ。んで、このマルクに会わせてくれと言ったら、こいつが飛びかかってきたわけだ」


 俺はそう言って、アリーゼを親指で示す。


「ふむ。そこの繋がりがサッパリだが概ね解った。大方、魔法道具の類について、ダーセンの子分と話していたんだろう」


 リステリーノが深い溜息を吐いた。


「そ、そうなんですよボス……あっ!」


 マルクがリステリーノの言葉を肯定しているときに、思い出したように大きい声になり、俺の方に振り向いた。


「そ、そうだった! テメェ! なんでこの裏市の仕切りをウチだと知っていたんだ!?」

「だから言ったろう。遺物アーティファクトだよ」

「だから、そいつは何だと言ってるんだ!」


 マルクが俺の横で猛烈な剣幕で捲し立てるので、俺は人差し指を耳に突っ込む。


「まあ、見せてやるから騒ぐなよ」


 俺は大マップ画面をリステリーノ、マルクに見えるモードに切り替えた。


「な、何だこれ……」

「ん? これは……?」


 マルクとリステリーノは、俺が表示させている大マップ画面を目を見開いて覗き込んでいる。


「いいか、今、俺はここにいる」


 俺を示す光点を拡大しながら指差す。


「で、こっちのこの光ってる点が、マルクだな」


 俺はマルクの光点をクリックする。


『マルク・ポッツ

 職業:盗賊 レベル:一二

 脅威度:なし

 闇組織リステリーノに所属する盗賊。種族特有の俊敏さでリステリーノの中でも評価は高い』


「何か出てきたぞ?」


 マルクは文字が読めないらしく、表示されたステータス・ダイアログの意味は理解できていない。


「ほう。これは凄い。ダーセンの子分はマルク・ポッツというのか。ふむ。素早さが長所……」


 リステリーノがそれを読み、マルクが唖然とした顔になる。


「ボ、ボスが……ど、どうしてオレの名字を知ってるんです……? ダーセンの兄貴……いや、この街のモノで知ってるヤツはいないはずなのに……」

「ここに書いてあるからな。お前、読めないのか?」


 そう言われたマルクは、ダイアログをじっと見つめた。


「こいつで調べたから、ここがリステリーノの管理する闇市だと解ったんだよ。理解できたか?」


 俺はマルクにそういうが、マルクは大マップ画面のダイアログを見たまま動かなくなってしまった。


「おい、ケントとか言ったか。それをワシに売る気はないか?」

「無理だな。これは俺に紐付けられていて、体から外す事もできない」

「残念だ」


 リステリーノと俺がそんなやり取りをしていると、俺を掴んで離さないアリーゼが俺とリステリーノを交互に見ながら頬を膨らませた。


「もう! お父さん! この人と何を話しているのよ! 私はこの人に遺物アーティファクトを見せてもらうんだから邪魔しないで!」


 アリーゼはプンプンと怒りながら、俺に抱きつく腕の力を強めた。


「だから、今、それを見せてもらってるじゃねぇか! 早くその男から離れろ!」

「え!? どこどこ!?」


 アリーゼはキョロキョロとソファ・テーブル付近を見回す。


「見えるわけない。君に見られるように設定しなかったからな」

「え!? どういう仕組み!?」


 仕組みは俺も解らん……


能力石ステータス・ストーンと同じ仕組みだろう。自分が指定した人間以外には通常は見えない」


 実際、能力石ステータス・ストーンの拡張機能みたいなもんだしな。それを遺物アーティファクトと言って誤魔化しているだけだし。


 アリーゼは俺の腕を取り、ゴーレム用小型翻訳機をジロジロと眺めている。


「なるほど。これが……」


 それはただの魔法道具なんだが。

 ま、知らないヤツが見たら、何の道具だか解かりゃしないから勘違いさせておくか。

「でも、これ……そんなに古くありませんね」


 え? そんな事判るのか?


「この腕輪の表面には古代の発掘品特有のソリッドが見られません」


 ソリッドって何? 個体って意味だよな?


「それで?」

「ソリッドを綺麗に取り除いても、その痕跡は表面に残ります。ソリッドが付着していない遺物アーティファクトは、今まで見つかっていないハズなんですよ」


 ブツブツ言いながら、しきりにあちこち翻訳機を撫で回しているアリーゼをリステリーノが何か諦めたような顔をしながら見ていた。そして大きな溜息を吐く。


「すまねぇ……アリーゼは発掘狂いでな……客人を誤解して手数をかけたようだ」


 リステリーノは本当に申し訳無さそうに俺に謝ってきた。


「いや、俺は別に構わないよ。あんたに会いたいと思っていたしね」

「そうだったな。ワシに会いたいとダーセンの子分が言っていたが、何か用なのか?」「ああ、色々聞きたいと思ってな」


 俺はこの国、トラリアの経済体制や状況、そして、闇市で売られていた絹織物の売り主についての情報提供を求めた。


「売り主については喋れねぇ。それは仕入先とワシらの信頼関係にヒビを入れる。それ以外は教えてやってもいい。だが、高く付くぜ?」


 情報提供は有料か。ま、商人としては悪くない。

 いつも言っているが、情報は力だ。その情報がタダだったら、信憑性を疑いたくなるからね。


「いくらだ?」

「そうだな。金貨二枚くらいは貰いたいものだ。ケント、お前は外国の人間だろう?」「ああ、そうだ。名前で判るだろ」


 俺の名前はフソウっぽい響きだからな。


「情報料は払う。だが、その情報に本当に価値があったらだ。価値のないものに払う金は一鉄貨も持ち合わせてない」

「ふふ。良い目をしているな。名うての商人と見た」


 ジロリと俺が見たら、勝手に商人だとか言い出したよ。


 俺はリステリーノから、トラリアの経済体制や状況の詳しい説明を聞く。


 この経済体制はそれほど古い時代に導入されたものではないようだ。先々代の国王が、フソウからきさきを迎えた頃に突然実施されたのだそうだ。そして、大きな問題は今まで起きていなかったらしい。


 ただ、水路の水が止まってから、食料品が圧倒的に足りなくなり、人々の生活は困窮を始める。貧民街では餓死者が出るようになる。

 それなりに金を動かせる小売店などでも商品の枯渇が目立ち始めてしまった。


 それまでは普通の商人だったリステリーノだが、苦しむ貧民や知り合いの商人を見捨てることができなかったようだ。

 彼は様々な手を使って物資の収集を始め、裏では闇市家業に手を出した。


 贅沢品などを貴族から安く買いたたき、それを望外な金額で他の貴族に売る。

 手に入れた金で食料品を生産地から高値で買い、利益度外視で闇市で売っているらしい。

 通常の二倍~四倍の価格だが、他の闇市に比べれば非常に良心的な値段だと、リステリーノは言う。

 古くなったものは表の市場に流して、赤字をできるだけ少なくしているようだ。


 確かに食料品の品質は悪くなかったな。


 もっとも、食料品関係で出る赤字は、贅沢品や魔法道具などの取引で出る利益に比べれば雀の涙程度らしく、いつの間にかリステリーノ裏家業はセティスでも大きい力を持っているらしい。


 おまけ情報として教えてもらえたが、闇市を仕切っている組織はリステリーノ以外にも多数存在し、そういった他の組織とリステリーノは張り合っている最中だそうだ。


「何の理念も持たねぇ奴らにワシは負けるわけにはいかないんだ」


 トラリア人の気質なのかねぇ。この経済体制を始めたヤツも理想に燃えての事だろうし、リステリーノも理念というより信念や理想を以て今の裏稼業を始めたようだし。


「大体は解った。俺の知らない情報もいくつかあったし、約束通り情報料を払うよ」


 俺は金貨二枚をテーブルにおいた。


「話は付いたんで?」


 ずっと押し黙っていたマルクが、ボソリと言った。


「ああ、案内助かった。俺の知りたい情報も手に入ったよ」

「おい、ダーセンのところのマルクとか言ったな。良い客を連れてきてくれた。良い商売ができたぜ」

「へい」


 静かに返事をするマルクをリステリーノがジッと見つめる。


「お前……草原の民か?」


 リステリーノの言葉にマルクがビクリと体を震わせた。


「深くは聞かねぇ。俺のところで働くなら、精進することだ」

「ありがとうごぜぇやす」


 と、その時だ。アリーゼが大きな声を上げた。


「あはは!! なんか出た! 凄い! これ凄いよ!」


 見れば、翻訳機のゴーレムの起動ログ画面が表示されている。


「うわ! 何やってんだ!?」


 俺は左腕に取り付いたアリーゼをぺいっと放り投げ、ゴーレムログを非表示にする。


「あーん。もっと見せてくれたって良いじゃない」


 不満そうな声を上げるアリーゼだが、そんな事は俺の知ったことではない。


「でも、なんか見たことがある記号が並んでたわね。どこで見たのかしら?」


 何いってんだ? 俺の自動翻訳機の文字は大陸東の文字だぞ。こんな西側には伝わってないだろう。

 もし、見たというならどこで見たというのだろうか。


「どこで見た?」

「どこだったか……発掘品のどれかだったような?」


 そういえば、発掘マニアだとかリステリーノが言っていたっけ?

 古代遺跡から発掘された何かに東方語が書かれていたのかもしれないな。ちょっと見てみたいな。


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