第22章 ── 第25話

 通された闇市は周りをかなり立派な家々に囲まれた広い空間だった。

 地下水路に繋がっているので半地下のような感じだが、俺の屋敷の敷地分くらいあるよ。


 じっくり観察して気付いたが、四つの豪邸が四方を囲む形で出来た空間のようだ。行きあたりばったりの都市開発の所為で出来てしまった放置空間だったのだろう。頭上には青い空が広がっている。


 そして、その各豪邸に新しくスロープが作られて、闇市と繋がっているというわけだ。

 この四つの豪邸は大マップ画面の情報から解ったのだが、闇組織リステリーノ系列の豪商が持ち主のようだ。


 ちなみに、俺が入ってきた入り口は、平民の商人など、少々金を持っている者が使う出入り口で、四つのスロープを使えるのは、貴族や有力者らしい。

 俺は銅のメダルだったが、そういう奴らは銀や金のメダルだと案内してくれたホービットが教えてくれた。


 それと、この闇市で品物を購入する際にも、この銅のメダルを提示するようにと指示された。

 メダルの素材によって買える商品を限定しているという。


 俺は闇市を見て回る。

 ふむ。確かにさっきの市場の商品よりも品数も豊富だし、品質も良い。値段は二倍~四倍といったところだ。


 食料品は大方そんなものだし、銅メダルで買えるものばかりだった。


 それ以外が問題だ。何が問題だって? それはある露店が売り出している布が目に入ったからだよ。


 その布は俺がオットミルで見た絹織物だったんだ。

 国への賠償に当てられて収めるはずの商品が並んでいるんだぞ?

 驚かないはずもない。


「おい、店員。この布はどこから手に入れた?」


 俺がそういうとメダルを提示しろと店員は身振りで示したので見せた。


「銅のやつに売る品物じゃねぇ。あっちへ行け」


 答える気はさらさらないという態度を見せてきた。

 一瞬カチンと来たが、ここで騒ぎを起こしては闇市の全容を知ることはできそうもないので堪える。


「そうか……」


 俺はここで考える。さてと……そういう情報を手に入れるにはどうしたらいいかね?


 俺は歩きながらしばらく思案する。


 誰かを魔法で縛るか? いやいや、一応禁呪扱いだからな。無闇に使えない。

 それにこの闇市は値段は高いと思うが、品質などは良心的だと思える。

 セキュリティ・システムも悪くない。資本主義なら当たり前のラインで構築されたものだ。会員制の高級デパートといった感じだろうか。


 問題は仕入れルートだが。

 さっきの絹織物はフソウやトラリアでは非常に珍しい部類の商品だ。品質あきらかにオットミルの倉庫に積み上がっていた物資と同等だった。

 間違いなくあそこにいた貴族の誰かが横流ししたものだ。


 俺としてはその関係性を知っておきたい。


 俺は後ろをついて回っているホービットのマルクに振りかえる。


「マルクだっけ? ちょっと聞きたいのだが」

「ん? なんだい?」

「ここを取り仕切っているボスに会いたいんだが」


 俺がそういうと一瞬何を言っているのか理解できなかったマルクがホービット特有の可愛さを伴って首を傾げる。


「なんだって?」

「だから、ボスと話をしたい。ここはリステリーノの管轄だろう?」


 俺がそういうとマルクは警戒した色を覗かせる。


「旦那。どこでそれを知ったんだい?」


 腰元に手が伸びているのは抜き打ちで切りつけられるようにだろう。


「そうだな。言っておかないと信じてもらえないだろう。遺物アーティファクトだよ」


 俺がそういうとマルクは「何を言ってるんだ?」という怪訝な顔になる。


遺物アーティファクトって何だ?」


 マルクがそう言うやいなや、俺は横からの衝撃に身体をふっ飛ばされそうになった。


 何事かとそちらを見ると、俺の腰に誰かがしがみついてる。


「だ、誰?」


 びっくりしてそう聞くと、俺の腰にしがみついた人物が顔を上げた。


「い、今、遺物アーティファクトって言わなかった!?」


 顔を上げた人物は、明るい茶髪にメガネを掛けたソバカスだらけの女の子だった。

 ちょうど真横にあった露店の店員だな、こりゃ。


「離れろ。俺はマルクと話している」


 俺がぐいぐいと頭を押して引き剥がそうとするのだが、この女店員は必死にしがみついて離れようとしない。


「離しませんよ~。話を聞くまでは離しませんよ~」


 その光景を見ていたマルクはポカーンとした顔だ。

 周囲の店員や客たちも何事かと俺たちの方に注目している。


「ちょ、ちょっと待てや。こら、離れろ」


 さすがのマルクもそんな事態に我に返り、女店員を俺から引き剥がそうと行動を開始。


「い~や~で~す~! 離れません~!」


 なんとも強情な女である。

 俺の高ステータスで簡単に引き剥がすことも可能なのだが、ひ弱な女性に発揮したら骨折などの怪我をさせかねない。

 下手をすると「もげる」。何がもげるかは口をつぐんでおくが。


「何事だ!!」


 俺たちがてんやわんやの大騒ぎになっているところに、複数の護衛を連れた貫禄のある男がやってきた。


 それを見たホービットのマルクは、女の引き剥がし作業を中断して、男にペコペコしはじめる。


「お騒がせしてすいません! この店員が客にいきなり抱きつきまして……」


 そういって、女店員を指差している。

 貫禄のある男はギロリと鋭い視線で女店員を見た。


「アリーゼ!?」


 しがみつくのを辞めようとしない女定員が、名前を呼んだ男に顔だけを向けた。


「ああ、お父さん」


 は? お父さん?


 俺は引き剥がそうとしていた対象に目を向ける。それはマルクも同様だったようで、アリーゼと呼ばれた女を目を剥いて凝視した。


「お、お、お嬢さんなんですか……!?」


 マルクの言葉に一瞬、貫禄のある男は怯む。


「お、おい。お前とそこの男、それからアリーゼを連れてこい!」

「畏まりました」


 護衛らしき五人の男たちが、俺とマルク、そしてアリーゼを担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと! 何をするの!?」


 アリーゼは俺にしがみついたまま持ち上げられてしまったので文句を言う。

 しかし、男たちは、有無を言わさず無言だ。

 俺も抗議しようかと思ったんだが、何か面白そうなので無抵抗で運ばれることにした。

 マルクも同様だ。彼も何の抵抗もしないことを選択した。


 俺の予想通りなら、この偉そうな男は闇市の元締めか、それに準ずるリステリーノ幹部だ。アリーゼはその娘なのだろう。


 情報を仕入れるチャンスと言えそうだ。


 しかし……なんで闇市のお偉様の娘が売り子なんてやってんの?

 俺はそっちの方が理解できないんですけどね。



 俺が通されたのは西側のスロープに繋がった豪邸だ。その豪邸の一画の豪奢な部屋で……応接間なのだろうか?

 一応、貴族などの高貴な人物を接待するための部屋なのではないかと思うが。


 ソファには俺、左にマルク、右にアリーゼという感じで男たちに座らされている。アリーゼは俺に抱きついたままだが。


 俺の目の前には「お父さん」と呼ばれた偉そうな男だ。


 その男が、アリーゼに抱きつかれたままの俺を物凄い怖い目で睨んでいる。


「で、アリーゼ。こちらの方は誰だ?」

「この人は逃しません!」


 会話になってません!


 聞いても無駄だと思ったのか、偉そうな男はマルクにその視線を移した。


「お前は……どいつの下の者だ?」


 睨まれたマルクは縮み上がっている。


「ダ、ダーセンの子分です……」

「ダーセンか。おい、ダーセンを呼んでこい」


 護衛の一人が部屋を出ていく。


「ダーセンが来る前に名前を聞きたいものだ」


 と男は俺に問いかける。別に秘密じゃないからいいよ。


「俺はケント。ケント・クサナギと言う」

「ふむ……ケントか。俺の娘とはどういう関係だ?」

「関係も何も、さっきいきなり飛びついてきたんだが……?」

「逃しません!」


 この娘は全く意味解りません。


「というか、俺も全く事情が解らないんだが、説明してくれ」


 俺がそういうと偉そうな男が目を見開く。


「説明してほしいのはこちらだ! 大事な娘が公衆の面前で男に抱きついているんだぞ! 親として知りたいのは当然だろうが!」


 物凄い大声にマルクが「ひぃ」と小さな悲鳴を上げた。


 ああ、そっち方面?


「俺とコイツは全くもって無関係だ。飛びかかられて迷惑している。名前を知ったのも、あんたがコイツの名前を呼んだから解ったくらいだ。というか、俺も聞きたいんだが、あんた誰?」


 俺がそういった途端、マルクは慌てたように俺を抑え込もうとする。ちっちゃい身体だし、腕力もないので抑え込めるはずもないが。


「ば、バカ……こちらはボスのアーネスト・リステリーノ様だよ!」


 躍起になってマルクは俺の頭を下げさせようとする。


 なるほど。こいつがボスか。闇組織リステリーノってくらいだ。案の定、こいつが元締めというわけか。


 マルクの言葉にリステリーノがニヤリと笑う。

 だが、たかが闇市のボスだろ? 俺が頭を下げるほどの脅威ではない。


 ま、俺の欲しい情報をくれそうな男だから、少しは友好的に接してもいいかも。

 俺の扱い方次第ですけどね。

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