第22章 ── 第24話

 翌日、仲間と共に街へ情報収集へと出かける。


 単独で動くと何が起こるか解らないマリスとアナベルはペアで行動するように言っておく。

 ハリスとトリシアはソロで別行動しても何ら問題もないだろう。俺のチームのツートップだからな。


「我なら一人でも何の問題もないはずなのじゃが……」


 腑に落ちないと首をかしげるマリスの耳にそっと囁いておく。


「アナベルが一人で行っても、あそこの屋台は安いとか、美味しいとか……そんな情報しか集まらないだろう?」

「あー」


 マリスはアナベルを見つめながら得心がいったという顔だ。


「何です?」


 アナベルが可愛く首を傾けて問いかけてくる。


「いや、なんでもないよ。なぁ、マリス?」

「うむ。なんでもないのじゃ。気にするでない」


 まあ、マリスにはそう言ったが、マリスも一人で彷徨かせると、何が起こるかわからないんだよね。

 見た目はただの幼女なのに装備しているのは高そうなモノばかりだから、人さらいに目を付けられやすいと思う。冒険と給料で稼いでるだけあって、平服ですら貴族並の値段だからなぁ。

 そんな何も知らない人さらいの運命は、良くて大怪我、悪くすれば即死だ。レベルが神が観察した現地人基準を遥かに超えているんだ仕方ない。ドラゴン恐るべしなのだ。


 二人が一緒なら、そうそうちょっかいを掛けられることはないだろう。


「主様、妾たちはどのように致しましょう?」


 アラクネイアがフラウロスとアモンの三人でやってきて問いかけてくる。


「三人は留守番……と言いたいところだが、街が広すぎる。君たちにも情報収集に出てもらいたい。

 ただ、君たちは……」


 目立つんだよな……アラクネイアは絶世の美女だ。それも黒いシルクのドレスのような出で立ち。

 アモンはどう見てもお金持ちの家の執事だ。

 フラウロスは……ニャンコですね。うん、ニャンコ人。


「三人で行動してくれ。アモンはともかく、アラネアとフラちゃんに関しては、少し注意が必要だ」

「注意ですか、我が主?」

「ああ、気をつけてもらわないとならんね」


 なぜなら、アラクネイアとフラウロスは、オットミルで町の者と貴族に姿を見られている。もし、彼らのことを覚えている人間に見られたら、大変なことになるだろう。


 フラウロスは俺の仲間としてだから、救世主がやってきているなんて噂になりかねないし、アラクネイアならもっと大変だ。魔族が攻めてきたとか大パニックを引き起こしかねない。


「君たちは貴族や庶民に見られたことがあるからな。覚えている者にでも出会ったら大変だ」


 そう言われてアラクネイアは首をかしげる。


「そうでしょうか?」

「そうなんだよ。君は美女過ぎて人の心に残りやすい」


 トリシアの上を行くからな。エルフの女王陛下ががどっこいレベルだぞ?


「我もですか?」


 なぜかフラウロスが嬉しげに自分を指差して笑顔だ。


「いや、君は西側では珍しい猫人族……豹人族? どっちでもいいが、獣人族風だからな」

「ふむ……では別の形態を……」


 ウニョウニョとフラウロスがトランスフォームして、豹の姿になる。


「これならば、問題ありますまい」


 俺は眉間に手を当てて目を瞑る。


「もっと目立つと思うんだけどな……」


 俺たちのやり取りを見て、アモンがポンと手を叩く。


「では、今朝の設定で行けば違和感はないのではないでしょうか?」

「今朝の設定?」

「そうです。貴族の奥方という」


 ふむ。貴族の奥方とその側付きの執事がペットの豹を連れて街にお忍びで来ている。そういう事か?


「なるほど。トラリアには奇抜な行動をする貴族が時々いるっぽいしな。悪くないかもしれない」

「奇抜なのでしょうか?」


 アラクネイアが困ったような顔をする。


「よし、それで行こう。ただし、人間に危害を与えたり、街を破壊するような行動はするな。何かあったら撤退しろ」

「仰せのままに」


 アモンが手を胸に当て頭を下げた。

 フラウロスとアラクネイアは首をかしげて見つめ合っている。


「では、行動を開始してくれ。俺もソロで街を回ってみる」



 俺が最初に向かったのは市場だ。

 普通の市場を先に周り、情報を収集する。



 宿の近くの市場は食料品をメインに扱う場所で、付近の食堂や宿で消費されるものを売っている。


 やはり大都市にしては品物の量が少ない。種類はそれなりにあるのだが、それぞれの量はないし少々古かったりと、価格の割に満足できそうなものはない。


 情報収集のため店員に話しかけてみるか……


「おい。聞きたいんだけど」

「何です?」


 売り子の男は、じっと商品を見つめていた俺に話しかけられ、購入してもらえるのかと嬉しげに返事をする。


「この鮮度でこの値段は少々高くないか?」

「そう言われましても……値段は国によって定められていますので」


 それは知っている。だが、俺の今まで収集した話では、生鮮物は古さで値段が少々変動できると聞いた。


「これ、六日前のモノだよな? 食べごろを三日も過ぎている。それで正規の価格では売れないだろ?」


 俺は『値踏み』スキルで収穫時期や賞味期限、適正価格がおおよそ見て取れるのだよ。


 俺の言葉に店員の顔が引きつる。


「よ、よくお判りで……」


 店員は俺の姿やなりをジロリと確認する。


 少々土埃に塗れているただの平服に見えるこの服は、ドーンヴァース製で耐久度というパラメータはなく非破壊属性が付いている防具と変わりないアイテムなのだ。


「なるほど。旅のお方でしたか。それなら知らないのも無理はありません」


 俺の服から何かを読み取ったのだろうか、店員は少し改まった態度になって周囲を確認してから小声になる。


「お耳をお貸しください」

「ん? 何かな?」


 俺は店員の口元に耳を近づける。


「今、セティスでは、こういう真っ当な市場ではまともな商品は手に入りません」

「ほう。なんでかな?」

「水路の水が止まっていたのはご存知でしょうか?」

「ああ、聞いているし、見てきた。でも何日か前に水は戻っただろう?」


 俺がそういうと店員はさらに小声になる。


「そうなのですが、食料は一気に不足してしまいました。なので、まともな物を手に入れるなら、裏に回らねばならないのですよ」

「ほうほう。裏か」

「ええ。もし、お客様がご利用なさりたいのであれば、紹介する事も可能です」


 ふむ。闇市を調べるのなら紹介してもらうべきかもしれないな。


「いくらだ?」


 俺がそういうと、店員がニッコリとした顔になる。


「目利きの腕も素晴らしいですが、さすがです」


 どうやら、店員は俺の『値踏み』スキルと姿なりから、旅の豪商だと当たりをつけたようだ。


 確かに、継ぎ当ても補強も何もしていない平服は、一般庶民にはありえないだろうからなぁ……


 豪商と言われる金持ちでさえ、旅装束の膝や肘には革の補強がしてあるものだ。俺の平服にはそんなものはない。破壊は絶対にできない。汚れや埃はつくんだけどね。


 ちなみに、戦闘中は破れて見えるエフェクトが現れるが、戦闘が終わると何事もなかったように元に戻るんだけど。

 それは所謂、ただのエフェクトであって服というアイテムのデータに何の影響も与えないのだと俺は考察している。


 女性キャラが服が壊れて素っ裸になったらゲーム的にマズイだろう?

 だから、肝心な部分は絶対に見えないようになっているんだよ。ゲームが一八禁になると運営会社が困るからね。


「銀貨二枚になります」


 俺は素直に銀貨を二枚出して店員に握らせた。

 店員は銀貨を確かめてから、屋台の下の引き出しから少々大ぶりな一枚の銅メダルを渡してきた。あまり周りに見られないように手で隠しながらだが。


「これは?」


 俺も受け取ってから直ぐにメダルを鞄に仕舞い込む。


「裏市に入るのに必要な物です。裏市の場所は他の者に案内させますので……」


 セティスでは闇市ではなく裏市というらしいが、ブラックマーケットに違いはない。


 案内人を呼んでくるというので待っていると、店員は小さい子供を連れて戻ってきた。


 よく見れば子供っぽいフリをしているが、ホービットの大人だ。


「旦那、こちらです」


 ホービットは俺の手を握ってニッコリと子供のように笑う。


 どうやら、子供連れを装うことで官憲の目を誤魔化すという事らしい。

 俺は素直に従って案内人に連れて行かれる。


 大マップ画面で確認すると、この市場から一番近い闇市に連れて行かれるような気がする。


 まっすぐ向かわず、あちこち曲がったりしているが、マップが確認できる俺には関係ない。


 闇市は裏路地から下へ向かう階段の先だった。

 階段で一段低くなった敷地があり、そこはセティスの地下水路に行くためのものだ。


 なるほど……闇市は地下水路にあるって事だな。


 セティスの地下水路は都市全体に張り巡らされており、地下水路で汚水を集めるというシステムのようだ。


 地下水路は汚水が集まる場所なので非常に臭い。ブレンダ帝国の皇城の地下を思い出して眉をひそめてしまう。


 ただ、あそこみたいに汚水の中を歩くわけではなく、地下水路の横に足場があるので服を汚すことはない。


 地下水路を少し進むと、壁に丈夫そうな鉄の扉が取り付けてあった。

 その扉の前には屈強で人相の悪げな男が四人いた。


「マルクさん。そいつは?」

「お客だよ。見て解るだろ」


 ホービットが男たちに怒鳴る。


 このホービットは男たちの上司なのか? さん付けだし、態度からもそう判断するしかない。


「旦那、一応決まりなので、あいつらにメダルを見せてやってください」


 言われた通りにさっき受け取ったメダルを見せる。


「確認しました。どうぞ中へ」


 男の一人が重そうな鉄の扉を押し開けた。


「ああ、ありがとう」

「さ、旦那。こちらです」


 マルクと呼ばれたホービットが先に中に入っていく。

 俺もそれに続いた。


 ホービットと男たちのステータスを確認してみると、全員が「闇商会リステリーノ」という組織の人間である事が解った。


 リステリーノか。よく解らんが、こういう闇組織が裏で物流を操っているとなると大分厄介ですな。

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