第22章 ── 第23話
使い勝手の良さそうな宿屋を探しつつ、セティスの中心街へと進んでいく。
もちろん、市場や露店などを覗き、情報収集をしながらだ。
入ってきた東門付近にも多数宿屋が存在するのだが、セティスがあまりにも広すぎて俺たちの目的地である王城には遠すぎる。なので、もっと中心地に近い場所に宿屋を確保したいのだ。
大通りを西へ向かいながら、お店などで売っているものなどをチェックしながら進む。
やはり食料品を中心に品薄状態になりつつあると感じる。
普通なら埋められているはずの店の棚などに空きスペースが目立つのだ。
それと、これだけ大きい都市だというのに、出回っている品の種類が随分と少ない。
フソウなどと比べると品質なども見劣りする。
粗悪品を表に出し、良質なものは闇市で売ったりしているのではないだろうか?
ついでに言えば、小売店や露店がそういう流通操作をするには広範囲すぎる。
問屋や流通業者が手を回している感が半端ない。
益々厄介だ……
俺がこの世界に転生してきて思ったことは、小売業者や購買層には大きな力などないのだ。
そんな流通を操作できるところは、大きな商会か貴族が関わっているのが大部分だったからだ。
そう既得権益というやつだ。
そもそも、小売業者は利用者と密接に関わっているため、客の懐具合も良く心得ている。
なので無茶な値段の釣り上げや売りしぶりなどしない。そういった客層に売らねば、自分が立ち行かないのだからね。
だが、商品の仕入れなどを行う大店は、末端の小売業者など鼻にも掛けない。平気で売り渋るし、価格も自由自在なのだ。
そんな大店の富豪には大抵の場合、貴族が絡んでくる。そういった富豪の儲けの内から、便宜を図ってもらった口利き量などが流れ込むのが普通だ。
そしてそのしわ寄せは、庶民たちに降りかかる。
資本主義として、需要の多いものは高く売るという理念はまさに正義であるのだが、それは健全な市場があっての話である。
流通に関するしっかりした国内法、関税などの各国間の取り決め。そういった諸々のベースがなければ、ただの混沌とした世界となるだろう。
このトラリアにおいては、価格を公正に扱うために国が価格を決めているそうだが、上手く機能しているとは思えないね。
理想としては間違いはないのだが……
社会主義に近い理想国家を目指したのではないか。俺はそう思う。
ただ、文明が進んだ現代社会においても、成功した社会主義国家は存在しない。
大抵の場合、不正、腐敗が蔓延し貧困国家に陥っている。
人間の心は弱いのだ。
全てを平等に、富の再配分を行うには、人間という生物は成熟しきっていない。
性善説が否定できる理由の一つだと言える。
人間という生き物は、楽できるならそっちに流れるものだろう? 俺もそうだし。
楽して稼げるなら、不正に走るよなぁ……
実際、この国に来て見た貴族ですら、あの体たらくだったんだもんなぁ……
中央集権化が進んでいて、王権を高めるのが貴族の至上の喜びだとか聞いたけど、俺の目にはそう見えないからな。
確かにこのセティスという都市を見る限り、威容はバッチリだろう。凄い立派だし成功しているように見える。
だが、その屋台骨……腐ってないか……?
セティスを歩き回り、中心部に近づくにつれ、建物や人々の質がどんどん良くなって行く。
夕方頃、ようやく中心部近くで宿屋街を発見したのだが、軒並み高級宿ばかりだった。
どうしたもんかと思ったが、戦力分散の愚を犯したくもないので、そんな高級宿屋の中でも中級と思われる宿屋を選んだ。
一番広い部屋を頼んだが、そういう部屋はやっぱり一番高い部屋なんだよね。
一晩で銀貨二枚という目も飛び出さんばかりの価格設定にクラクラしてしまう。
オーファンラント金貨で払うなら金貨一枚だ。
トリエンで最も高級なトマソン爺さんの宿屋の何倍だ? それだけの価値あるのだろうか?
受付カウンターでチェックインし、数日泊まるので前金で半分ほど払っておく。
誰も紹介もない、馬車にも馬にも乗っていないという理由から、懐具合を心配されての事だ。
理由はもっともなので、俺もその処置に否は唱えない。
問題が簡単に解決できるのか解らないし、八日ほど宿泊する予定したので、金貨四枚ほどの料金になる。
俺が鞄からフソウ金貨を二枚出したら、受付はようやく相好を崩した。
魔族三人衆の服装は見た目は非常に高価そうだし、従者に見えるであろう俺が何の躊躇もなく金を出したからだろう。
ちなみに、フソウの金貨はオーファンラント金貨の二倍の価値だ。
西側の金貨はどこの国も、この大きさだから解りやすいよね。
通された部屋は、貴族一行が泊まるのを想定して作られた部屋らしい。
案内の従業員が部屋のセールストークをしていったので間違いない。
八つの部屋があり、風呂トイレも完備、暖炉付きの大きなリビングに、来客をもてなすための応接室まである。
荷物を解いて、鎧を脱いで普段着に着替える。
リビングへ行くと、すでに皆がそれぞれ寛いでいる。
「さてと……
王城に向かうのは明後日にしたいんだが」
俺がそう言うと、仲間たちの視線が俺に集まる。
「なんじゃ? 明日は何か予定でもあるのかや?」
「情報収集をしてもらいたい」
「情報……?」
ハリスの目がキラリと輝く。
「ああ、今日、歩いてみて思ったんだけど、やはりこの国は何か可笑しい事になってるね」
「そうなんです?」
アナベルが可愛く首を傾げる。
「うん。見た感じは解りにくいんだけど、流通経済が健全じゃない」
「何だそれは?」
トリシアが眉間に皺を寄せる。
俺は初歩的な経済の仕組みを、小さい黒板を取り出して表などを交えて手短に説明する。
聞き慣れない単語や表、図などを食い入るように見ている仲間たち。
「というように、健全な社会ではお金と物が常に動いています」
「なるほどのう。我らドラゴンにはそのようなモノはないが、人間はそういう仕組みがあるから群れておるのじゃな」
その通りです。一人の人間では何も出来ませんが、人間は群れを作ることで社会やコミュニティを形成する。
その中でそれぞれが分業することで一つの生物として機能しているとも言える。
「ドラゴンなど、力の強い生物は一匹でも生きていけるでしょうが、人間は脆弱な生き物です。
こうやって社会を形成することで、生きているわけですね。
それを円滑に進めるのがお金です。元々は物々交換でしたが、物流が活発化することで貨幣経済も発展してきました」
もっと発展することで、ルクセイドのように約束手形や証書が幅を利かせるようになるだろう。切手などもそうだ。
それがさらに発展して紙幣が発明される事になる。
「さて、この国の問題ですが……」
経済が発展する事で、人々の中に富の格差が生まれ始める。そして、その格差は日増しに大きくなる。
「はい。こうなってくると何が問題でしょうか?」
全員が首をかしげる。
「さっぱり解らん」
トリシアがお手上げといったポーズになる。
「ちゃんと話して下さいませ」
アラクネイアも解らないようで、色っぽい目でせがむ。
「えーと。貧乏な人は金持ちを僻むよね?」
「いくら僻んだところで、稼げないんだから仕方あるまい」
トリシアが身も蓋もない事をいう。
まあ、実際はそうなんだけど。
「でだ。貧乏人がどんどん貧乏になると、社会は不安定化する。スラム街が増え、犯罪が激増」
「衛兵で取り締まるのじゃ」
「その衛兵は誰が組織するの?」
「金持ちじゃろう?」
「そうだね。支配者層がそういうのを組織する。要は政府や行政というものだ」
「そういう政府や行政は金や力を持ったものが組織するわけだが、ただ貧乏人から搾取するだけで維持できるのかな?」
トリシアがポンと手を叩いた。
「なるほど。富の再配分か」
俺はニッコリと笑う。
「その通り。政府や行政は金を徴収するだけじゃないんだ。その金を使ってそういう民衆に還元するのが本来の役割なんだ。
だから法律を作り、人々を守り、街や国という単位を維持するんだ。
人間は脆弱なんだから、誰かがそういう管理をしなければ、あっという間に絶滅するだろう。
これも先程話したように分業に含まれる行為だね」
と、ここまでは世界の仕組みだ。
「でも、このシステムを突き進めると……
やはり不満が出てくる。税金を払っているのに庶民の生活が良くならない」
「もっと均等に再配分すればよろしいのでは?」
アモンが手を上げて言う。なんかイケメンなのに可愛げな仕草ですな。
「そうです。それが社会主義です。
人々に、より平等で公正な社会を。と考えるものが出てくるのは自明の理。ただ、俺のいた世界において、この社会主義が実現した世界はない」
「どういうことですの?」
アラクネイアも首を傾げる。
「そこが人間の弱いところさ」
俺は社会主義や共産主義について、少々突っ込んだところまで説明する。
多分、自由資本主義社会で育った俺には、少々偏見があるのかもしれないが。
「理想でしかないんだよな。理想を追ったところで、それを実現できる強さを人類は持ってないんだろう」
仲間には少々落胆して見せておく。
「トラリアの国はそれをやろうとして失敗してるんだよねぇ。
全ての人間が公正で平等な高潔人間なんてことはありえない。絶対に不正するものは出てくるし、腐敗していくものだ」
「取り締まればいい」
「もちろん、取り締まるだろう。だが、どんどん腐敗していくんだぜ? 全員が全員強い高潔な人間じゃない。取り締まる側にもそういう腐敗が始まったら……?」
ハリスは額に手を当ててなにもない空間を仰ぎ見る。
「困ったもの……だ」
「困るのは庶民だ!」
ハリスの一言にトリシアが少々大きな声を上げる。
「その通り。この国は、今それが起きつつある。物流に歪みが起き、停滞しつつあるわけだな。
あの貴族たちを見ただろう? あれが国を動かしている支配者たちだ。自ずと不正腐敗の蔓延が目に見える」
俺がそういうと「あー」と貴族たちを見たことがある仲間は納得する。
「今、表に出ている経済状況は、国の法律で定められた事なので目に見えて影響が出ている感じではないね。でも……」
俺は大マップを表示して仲間たちにも見せる。
「見てくれ」
「この赤いのはなんじゃ?」
「闇市だ」
闇市で検索したところ、大マップには無数の闇市がヒットした。
数えようと思ったが途中でやめたほどに、本当に数え切れない数なのだ。
「これが実情ね。この闇市は全て不正経済だ。これが進むと庶民は食料を手に入れることは不可能なほど物価の上昇がおこるだろう。
店や露店からは商品が無くなり、金を持った者だけが生き残る」
「そんな事になったら、そいつら金持ちも生きてはいけないだろう」
「眼の前に人参をぶら下げられた馬は、どこまでも貪欲に突き進むものだ。気付いたときには手遅れさ」
「国が……崩壊……するぞ……」
仲間全員が衝撃を受けたようにハリスに視線を向けた。
ようやく仲間にもトラリア王国が水路以前の問題で、危機的状況にある事が飲み込めたようだ。
これを是正するって、至難の技だよなぁ……
まず、明日はこの闇市の実態調査を手分けして行いたいところだね。
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