第22章 ── 第22話
セティスの東門に到着し、入門町の行列に並んでいると巡回警備をしている衛兵が門の方からやって来た。
セティスにも門外街があるようで、そこを警邏する衛兵たちだろう。
その衛兵たちが俺たちの方をチラリと見て驚いたような顔をする。
「貴族の方は並ぶ必要はありません。どうぞ先にお進み下さい」
その衛兵はアラクネイアとアモン、フラウロスの三人に敬礼しながら言い放った。
「では護衛も一緒に連れていきますよ」
その衛兵に無言で頷いてからアモンは付け加えた。
「勿論です、執事殿。では、お気をつけて」
衛兵たち全員が魔族三人に敬礼をしてから俺たちから離れていく。
「うーむ。ここの衛兵は怠慢だなぁ……」
「そうだな」
俺がそう囁くと、トリシアが頷いた。他の面々はよく解らないという感じだが。
そもそも、姿かたちが貴族風というだけで、魔族三人は貴族ではない。
見た目で判断して書類を確認しない、誰何しないというのは如何なものか。
これは工作員やスパイなどが簡単に入り込めるということだ。
盗賊など、変装に長けた者も同様だろう。
服装や装飾品は値が張るため、貧乏な者がそう簡単に真似できるものではないのだが。
まあ、護衛を連れた者が貴族でないとも思えないのも事実だが。
豪商などの金持ちであった場合も同様だろう。
そういう金持ちは、政府筋にコネを持つことも多いし、下手な事をして睨まれては出世に響くだろうし……
なので貴族のように扱うのが衛兵隊にとっては無難なのだろう。
ただ、安全保障という観点で考えれば、危険極まりない。
フソウの「オニワバン」やトリエンの「トリエン地方情報局」ように諜報機関があれば別だが。
人口八〇万を抱えるセティスでは、こういう慣例は頭の痛い事だろうなぁ。
防衛費が一体どれだけ掛かるのだろう。考えるだけでも身震いするね。
今までトラリアを見てきて思ったのだが、首都セティスは確かに世界最大の都市だけど、他の都市がトラリアには見当たらないんだ。
オーファンラントであれば都市と呼べる大きな街は首都も含めれば五つほどあった。
ドラケン、モーリシャス、ピッツガルト、アルバラン、そして王都デーアヘルト。
このトラリアには、そういった大都市と呼べるところが王都セティスのみだ。
他は大きくてもトリエンの二倍程度だろうか。なので都市ではなく町なんだよね。
オットミルも大きめではあったけど、再開発前のトリエンに毛が生えた程度だったしね。
どうやら中央集権が進んでいるだけでなく、経済自体もセティスに一極集中しているのだろう。
それが健全かといえば、俺はそうは思わない。
このセティスは消費都市なのだ。
消費と生産が釣り合っているうちは良いが、今回のような地方の生産力が落ちるような事態に陥った時、こういう都市行政は破綻しかねないだろう。
リスクの分散化がまるで出来ていない。
平時においては非常に安定した経済を維持できるとは思うのだが……
東門をくぐったが、やはり衛兵に誰何されることはなかった。
安保体制に不備がありまくりだな。
しばらくメイン・ストリートを進む。
大通りの遥か先に高台のような小山が見える。その上に立派な城壁を持つ大きな城が見える。
「あれがトラリアの王城だろう」
俺が遠くを見つつ言うと、すれ違った街の住人が「プッ」と吹き出すのが聞こえた。
俺が振り返ると、その住人の男も振り返った。
「お上りさんなのかい?」
その住人は可笑しげに笑いながら足を止めた。
「あれは貴族が参集するサテュス城だよ。王城はもっと向こう。ここからじゃ見えないよ」
なんと。あれは王城ではないのか。オーファンラントの王城より立派なんだが……
大マップ画面を確認してみる。
確かにあの城は都市の中心にはなかった。都市の東門寄りにあるようだ。
街の中心付近には、あの城の三倍以上の敷地面積を持つ巨大な建築物群が存在するのが確認できた。
そこが王城のようだ。いや……城というより宮殿?
いわゆる城とは戦闘などの為に築かれる建築物だが、セティスにあるコレはティエルローゼでは珍しい様式だと言える。
戦闘よりも居住性や王の権威を示すためのもののようだ。
戦闘は他の者に任せますと言わんばかりですなぁ。
しかし……セティスは広すぎる。
縮尺などをいじって全体を把握できるようにマップを見ているのだが、宮殿を中心に東西南北に盛大に広がっている。
門外街を入れた状態だと一五キロメートル四方……入れずとも一〇キロメートル四方はあろうか。
全盛期の江戸の街より大きいかも。
中世ヨーロッパ時代と同じようなティエルローゼと比べては何なのだが、それでもこの大きさは凄い。
言葉で聞いたのと実感するのでは、まるで印象が違うな。
縦横無尽に走る大通り……少路地なども含めると、蜘蛛の巣どころの話ではない。
今、遠くに見えるサテュス城なる貴族諸侯が集まる城は、ロマネスク様式に似た感じで、遠目で見ても大陸東側諸国の城にはない優雅な雰囲気が見て取れる。
窓にはアーチがふんだんに使われているようだし、戦闘城ではないだろう。
「お上りさんなら案内人を雇うと良いよ。ほら、ご覧よ。あの看板が目印だよ」
そう言って住人が指差した方向には、丸に四本の対角線が引かれたマークが書いてある。
「あれは?」
「あそこはセティスの観光案内所だよ。名所の案内もしてくれるし、街を移動する馬車も貸してくれるんだ。
ただし、お金は掛かるけどね」
それだけ言うと住人の男は去っていった。
観光案内所か。至れり尽くせりってヤツですか。
「どうするのじゃ? その案内所とやらに行くのかや?」
「いや、俺たちの目的は王城に行くことだ。観光はその後だろう」
マリスは観光したそうだが、俺は目的をとっとと片付けたい。
「食べ歩きをしたいのです!」
アナベルはそればっかりですな。解らんでもないけど。
「いいか、二人とも。オロチの約束をケントは優先したいと考えているんだ」
トリシアが諌めるように二人に言う。
「王城に向かいつつ、屋台等で買い食いを実行する!」
買い食いはするんかいっ!?
時々、トリシアは訳わからない。
ハリスは無言で肩を竦めた。
まあ、街を歩きながら情報収集などを行うつもりなので、悪くはないけどね。
まず、現在のセティスの状況。水路の水が止まっていた所為で、どうなっていたのかは知っておきたい。
そして水が戻った今は、どう変わったのか。
一応、自分がやった事によって、その地域にどんな影響を与えたのかは知っておくべきだ。
そういう意味で、露店や屋台を利用して話を聞くのは有効な手段と言えそうだ。
しばらくメイン・ストリートを進み、屋台などで情報収集を行ってみる。
「おじさん! その肉串八本!」
「お、神官さま。景気がいいですな!」
屋台のおっちゃんが嬉しげに肉串を紙袋に詰めて渡してくる。
「八本で黄銅貨八枚だ」
安い──そのやり取りを見ていて思ったのがそれだ。
「随分安いな。水路の水が止まっていたんだし、そんな値段じゃやっていけないだろ」
俺は屋台のおっちゃんに話しかけてみる。
「そう言われましてもねぇ。外の国の人ですかい?
売り物の値段は国に決められてますのでね。勝手に値段を変えたら捕まっちまいますよ」
何だと……値段の変動を国が抑制しているのか?
それから、いくつか屋台や露店だけでなく、商店、雑貨屋などを回って話を聞いてみて、トラリアの経済体勢が解ってきた。
トラリアでは、物品の価格は厳正に決められており、勝手に価格を変動させることができないという事が解った。
例えば、肉串は一本黄銅貨一枚。オーファンラントでの価値は黄銅貨二枚程度。肉の質を見ても少々安いと言わざるを得ない。
水路の水が止まって、主食である米などの収穫が壊滅しているとした場合、食料品の価格は高騰するのが普通だ。需要が他の食料品に流れるからだ。
しかし、この国では商品の価格は事細かに決められている。
それ以外にも不可思議なルールがあった。
まず、物資は全てセティスに集めてから、適正な価格で各地に送られるという。
まるで豊臣秀吉時代の経済体制みたいだな。
これが俺のトラリア経済の感想だ。
非常に不健全化しそうな体制と言える。
まず、食料品は品薄のはずだ。
さっきの屋台は良心的だったが、他の屋台ではクズのような材料で作った料理ばかりだった。
非常に安いので余り気にはならないかもしれないが、それはそういう問題ではない。
これは既に大きな問題が起きているという前兆だろう。
一体何が問題なのか。
物資流通が健全ではないのだから、裏で様々な事が起こっているはずだ。
まず、それでなくても少ない物資に低価格を強要されるとすれば、売りしぶりが出てくる。
そして、高い価格で売れるところに物資が集まる。
──闇市
そう。ブラックマーケットが横行する土壌が出来上がる。
そもそも、庶民にブラックマーケットを利用できるほどの財力はない。
庶民は借金をしてでも必要物資を手に入れねばならなくなってしまう。
そうなっては庶民は生きてはいけなくなるだろう。
今のトラリアの経済体制は、まさにそういう危険性が潜んでいるのだ。
水路の水が止まってから二年。
既にその土壌は大きく育っていると俺は考える。
これを是正しなければトラリア経済は崩壊するだろう。
また面倒臭い問題が俺の目の前に現れたな……
しかし、どこから手を付ければ良いのか、まるで解らないな。
何にしても、今、トラリアでのツテが全く無いのが問題だ。
王城に出向いて、そのツテができれば良いのだが。
国王や女王が、このシステムを作り上げたのならば説得は難しい。
一応、説得はしてみるつもりだが。
これを、どうにかしないと庶民に要らぬ犠牲が出ることになる。
冒険者として放っておいていい問題ではないだろうと思うのだが……
そういう判断基準はトリシアに意見を聞いてみるしか無いな。
ともあれ、まずは王城を目指すとしようか。
フソウの通行手形が、王城でどこまで役に立つか解らないけども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます