第22章 ── 第21話
夜遅くなり、街道は人々の往来は全くない。
夜の一〇時近くまで馬車が走っていたが、それも無くなった。
他の国だとあまり夜遅く馬車が走っていることはないのだが、トラリアには駅馬車のような定期便が夜も走っている。
今までは首都などの中心部へ向かう街道を使っていなかったので知らなかったが、地方の町と首都を円滑に繋ぐため、トラリアによって街道と駅馬車が整備されているのだという。
夜まで運行しているというのは、それだけトラリアに自然の脅威が少ないということだ。
もちろん魔獣も。
実際のところ、魔獣は人々が足を踏み入れない森や山岳、沼地、廃墟などに住んでいるのが普通だが。
確かにトラリアはだだっ広い平地ばかりで国境に近い付近が山岳や海に囲まれている。
もちろん今、野営しているような小さな森は点在しているし、大きな森林も山岳付近にある。エルフの集落や都市はないようだ。
「よーし。そろそろ出発しようか」
「了解じゃ!」
「あ! マリスちゃん! それはまだ片付けちゃだめなのです!」
テーブルの上にあった手鏡を仕舞おうとしたマリスをアナベルが慌てて静止する。
「女の子はちゃんと身だしなみを整えてからですよ!」
そういうアナベルも大して身だしなみに気を使っている気がしないんだが……
実際、時々盛大な寝癖があったりしますが。
「はい。いいですかー? こうです!」
「朝の慣例を今もするのかや? 面倒じゃのう」
アナベルが手鏡を顔の前にお移動させ、ニカッと太陽のような笑顔を作った。
「はい! 次はマリスちゃん!」
「にーーっ!」
マリスのぎこちない笑顔が吹き出しそうになるほど滑稽です。
なんだこれは……怪人百面相の練習ですか!?
「違うのです! こう!」
「もう朝やったのじゃ。続きはトリシアとやればいいのじゃぞ」
マリスはそういいつつテーブルを俺のところまで運んできた。
「あれ、毎日やってるの?」
「んー。毎朝強制されておるのう……」
アナベルはトリシアと笑顔の練習を開始していた。
見れば、トリシアが手鏡を手にニヤリと不敵な笑顔を浮かべる。
「はいっ! それです!」
え? 合格なの? いつもの悪ガキ笑顔でしたけど?
「まぁまぁなのです。ケントさんのは、もっとこう……」
アナベルが太陽のような笑顔。
「いや、ケントのはこうだ」
トリシアが今度は別の笑顔を作る。
あ。黒そうな笑顔だ。
「う、上手い! さすがトリシアさんですね!」
え!? 俺の笑い顔の真似なんですか!?
俺、そんな笑顔ですか!?
今見てきた中では俺の笑顔はイメージ的に、アナベルが一番遠かったような気がしないまでもない。
俺も時々努めて黒い笑顔を作ることがありますしな。
実のところ、あのニヤリはトリシアを真似しているんですけどねー。
自動車を出して乗り込む。
魔導エンジンを更かし空へと飛び上がる。
満月に近いシエラトの光がキラリと緑色の飛行自動車二号のボディを怪しく照らした。
高度を高くとり、高速で王都セティスへと向かう。
三時間ほどでセティス付近まで到達できるはずだ。
一応、大マップ画面で確認したセティス近辺にある森と決めている。
そこから二時間も歩けばセティスを囲む城壁に到達できる。
さらに一時間ほど城壁を回れば東側の城門にたどり着く。
森へ降りてから、少し休憩して出発すればいいだろう。
飛行自動車二号が矢のような速さでトラリアの夜空を一直線に進んでいく。
この日、トラリアの星見の術者の間で新たなる緑の箒星が観測され、話題となった。
その正体が飛行自動車二号だと知るものは搭乗者たち以外には誰もいない。
飛行自動車から降り一時間ほど休憩してから出発。
森を掻き分けてセティス外周を巡る街道に到達する。
まだ朝の五時ほどで、道行く人々は少ない。
ちょうど森から出た時に森から出てきた俺たちを見て驚いていた。
「ああビックリした! 野盗かと思った!」
に
斧を持ったその人物は一瞬身構えたが、俺たちを見て何故か安心したように斧を下ろした。
「あまり驚かせないで下さいよ。こんな朝っぱらから森へ入るなど物好きですな」
男はやはり何故か俺に話しかけてくる。
「ああ、驚かせて申し訳ない」
「いいってことよ。貴族の奥方の護衛は大変だなぁ」
そう言って男はチラリとアラクネイアを見た。
あー、そういう事。アラクネイアは豪華な黒いドレス服だからねぇ。一般的な庶民からすると貴族か富豪の奥方にしか見えないだろう。
森に入る服じゃないわな。
どこをどうしているのか知らないが、アラクネイアは森を歩いても枝に引っ掛けたりガサガサ音を立てたりしない。
前に大マップ画面でステータス確認した限りクラス特性というより種族特性なのだろう。これは本来の姿の時の話だ。
人型のときは……
『アラクネイア
職業:婦人 レベル七五
世を忍ぶ仮の姿。本来は魔族である。非常に温厚で、彼女の配下には女神のように崇められている。趣味は刺繍』
職業が婦人って何だよ!?
後で聞いて見ようと思って忘れてたな。
「あー、そうですかね?」
「こんな朝早くは珍しいがなぁ」
俺の男の勘違いを利用して話を合わせておこう。
それにしても、その奥方とやらに聞こえる声で失礼な言い草ですなぁ。
「聞こえますよ」
「大丈夫。貴族様に庶民の声など聞こえませんや」
トラリアではそういう事になっているのかね?
でも、それは寛容ではあるね。貴族に失礼な言動をしたとしても、いきなり手打ちにはならんということだ。
「ケント、行きますよ」
アモンがそう言い、アラクネイアとアモン、フラウロスが東門へ向けてあるき出した。
トリシアたち仲間もそれに続いた。
どうやら全員、俺のアドリブに合わせる事にしたようだ。
「それじゃ俺たちはこれで」
「ああ、護衛頑張れよ」
男は斧を担いで道を俺たちと反対方向に歩いていく。
俺もアラクネイアたちの方へ小走りに戻った。
「先程は失礼な言葉を使いました。申し訳ありません」
しばらく歩いてから、立ち止まったアモンが膝を突いて頭を下げた。
「え? 失礼な言葉? 何のこと?」
「主様を呼び捨てにしました。申し訳ありません」
「は? そんな事? 俺は別に何も気にならんのだが?」
仲間もそう呼んでるしね。
「そこはケジメと申しましょうか。何か罰を与えていただかないと」
アモンは真面目ですなぁ。生真面目なのは悪いことではないけどさ。
「いや、許すよ。というか、俺の呼び名はケントでいいんだ」
「はっ、有難き幸せ」
アモンはスクッと華麗に颯爽と立ち上がる。
イケメンめ。何をしても良い絵になるのがイケメンのメリットですなぁ。
「粗忽者は罰すべきだと思いますが」
アラクネイアが微笑みながら俺にそう進言してきたが、目は笑ってないのが非常に怖い。
「まあまあ、アラネア殿。主の寛容さは今に始まったことではありませぬぞ。甘いとお思いかもしれませぬがね」
「主様は無限にお優しゅうございますね。これに甘えて付け上がるようなら、コラクスは妾たちで折檻いたしましょう」
「ひどい言われようだ……」
アモンが悲壮な表情を浮かべで項垂れる。
良いトリオですなぁ。漫才に近い気もするけど。
とりあえず、これから彼らの名前は本名じゃない「フラ」、「アラネア」、「コラクス」と呼ぶことにしようか。仲間にも周知しておこう。
これからセティスに入るのに、魔族の名前では支障がある。
現に今さっきの会話からもフラウロスはアラクネイアを「アラネア」と呼ぶ事にしたのは気付いたし。
一応、これからセティスに入るわけで……
身分証明書になるものを彼ら三人は持っていない。
どうやって入ろうか悩んでいるんだよねぇ。まあ、俺たちと一緒なら何とかなると思うんだけど。あの通行手形は絶大な威力を発揮するからなぁ。
とりあえず、城門が見えてくる前に色々と取り決めをしておくことにする。
俺とトリシア、ハリス、マリス、アナベルの四人は、アラクネイアの護衛ということにする。
アモンは執事みたいな役割。
フラウロスはペットだな。猫人族だけど。
貴族婦人を守って旅をしているという設定だ。
ちょいちょいと俺の名前と押印を使ってアラクネイアを某国の下級貴族としての身分証明書をでっち上げる。
公文書偽造なのだが、一応オーファンラントの地方貴族が作る書類なので本物と同じなんだけどね……
カバーストーリーは考えた。後は門に行って対処しよう。
身分を隠して旅をするのも楽じゃないね。
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