第22章 ── 第20話

 報告が終了し、ちょっとした晩餐会が開かれ、伯爵一家と食事をともにした。


 やはり冒険譚をせがまれることになったが、当たり障りのない部分を話してみた。

 それでも伯爵たちは大げさに驚いたり興奮したりだった。

 伯爵の奥方が「行儀が悪いですよ」と伯爵と子供たちをたしなめるのが印象的だったかな。

 やはり貴族としての立ち居振る舞いは気をつけないといけませんかね。


「ごちそう様でした」

「お気に召していただけたらなら幸いです」


 まあ、やはり一味足りないとは思ったが、それを言うのは失礼なので口には出さない。


「ええ。大変美味しくいただきました。ところで、宿を取りたいのですが、良い所はありますか?」


 俺がそう聞くと、伯爵は少し驚いた顔をする。


「当家にご滞在していただけるのでは? 我が家には部屋はいくらでもありますが……」

「いえ、そこまでお世話になっては……」

「我が国の救世主を宿屋などにお泊めしては、私が陛下から叱られます!

 ぜひ当家にご滞在ください!」


 叱られるのかよ。

 この国は王家の威信が傷つくのを何より嫌うんだっけ?

 となると、国を救った……ってほどじゃないと思うが、英雄を歓待しなかったという事は大変に不名誉なことになるのか……?

 うーむ……かなり面倒臭い。


「判りました。滞在させていただきますよ。

 ただ、女王陛下への報告を迅速に行わねばなりませんので、明朝早くに出立いたします」


 俺がそういうとヘッセン伯爵はホーッと息を吐いた。


「なるほど……承りました。大きな仕事を成し遂げたのですから、少々ゆっくりと休まれても誰も咎めはしますまいに……」


 そう悠長にはしてられませんよ。

 トラリア王国としては新年早々、問題が解決して嬉しいかも知れませんが、俺としてはオーファンラントの貴族としての義務、リカルド国王への新年の挨拶すらブッチして冒険の旅に出ているんだからね。

 一応、宰相のフンボルト侯爵には通信機で謝罪や報告をしておいたけどさ。


 ただ、そういう事情は、ただの冒険者として旅をしている以上、説明するわけにはいかないので、苦笑で誤魔化しておく。



 夜八時くらいに各自部屋へ引き上げた。

 仲間たちは自分たちの部屋に一度落ち着いてから、俺の部屋へと集まってくる。

 今後の予定を話し合うためだ。


「今日みたいな歓迎が毎度続くと面倒だよね」


 俺がそういうとマリスが首を傾げた。


「そうかや? 我は人間どものああいう反応を見るのが面白いのじゃが?」

「ま、冒険者として名が上がると、そういう事が多くなる。慣れておくのも必要だろう」


 トリシアもマリスの言葉に頷きつつ、そう言う反応だ。


「俺は……静かな方が……いい」

「偉い人たちに囲まれていると、町で食べ歩きが出来ませんのですよ」


 ハリスは俺の意見に同意か。アナベルも普通が良さそうだね。


「妾は主様のしたいようになさるのがよろしいと思います」

「我もそう思いますね」

「私はどちらでも良いんですが……アラクネイアやフラウロスの言うようにケント様がやりたいようにするべきでしょう。

 ケント様にはそれだけの力がお有りなのだから」


 魔族が俺にそういうのは判りきっている。彼ら魔族は主に対して完全にイエスマンなんだよね。あまり主体性がないんだよなぁ。


「アモンはそう言うけどね。力のある者には、それと同じだけの責任があるというのが俺の考えだ。

 自分の思いつきを全て実行していては、ただの暴君に過ぎない。

 必要最低限の事はしておかねばならないと思う。

 ただ、町ごとに今日みたいな歓待を受けていては、効率は悪いね」


 俺がそう言うと、魔族の三人は無言で頷く。


「んでだ。途中あと二つほど町はあるんだけど、身分を隠して行動するか、町を迂回して王都まで一気に行ってしまうか、選択肢は二つほどあると思うんだけど」

「空を飛んでいってしまえば早いのじゃ」


 確かに飛行自動車二号で移動してしまうのは早いし楽だ。


「しかし、空を飛んでいるのが目撃されたら大騒ぎになるぞ?」


 その通りです。トリシアが問題点を上げてくれた。


「夜に移動すれば良いのではないでしょうか?」


 アナベルが、その問題の解決案を出す。

 でも、その案にも一つ問題がある。


「このティエルローゼの夜は結構明るいんだよな。月が二つもあるからねぇ」

「ケントの世界には月は無いのか?」

「あるよ。一個だけだが」


 ティエルローゼにはザバラスとシエラトという月が二つ存在する。

 どちらも空に光っていると夜もかなり明るいのだ。


 俺は窓から夜空を見てみる。


「大きい方の月が新月だな」


 幸い、ザバラスが夜空に見えない。


「双子の一人、ザバラスは大地の向こうでお休みなのです」


 アナベルも俺の横に来て夜空を眺めながらそう言う。


「ふむ。シエラトだけなら、それほど明るくないか……」


 シエラトは地球の月よりも小さい。よって光度もそれほどではない。ただ、シエラトは明後日か明々後日には満月だろう。

 小さいといっても満月なら、そこそこの明るさになる。

 夜に移動するなら、明日までということだ。


「よし、明日の夜、車で一気に王都へと向かうか」


 自分の意見を採択されてマリスとアナベルが自慢げだ。


「夜に飛ぶのは初めてじゃなー」

「お星さまが目の前に来ますよ!」


 いえ、星は何光年も向こうにあります。

 天文学がそれほど発達していないティエルローゼの住民には理解できてないんだろうけどね。



 朝になり、朝食をご馳走になった。


 昨日の夕食はフソウから来たということで白米が炊かれたのだが、朝食は一味違った。


 トラリアは普通に西洋風の国なのでパンが朝食に並んだのだが、このパンは小麦粉ではなく米で作られた米粉パンだ。

 完全に米粉だけで作られているわけじゃないがが、ほぼ米粉でパンを焼いているようだ。


 聞いてみればトラリアはパン食が普通で、これと同じような米粉パンが主流なのだそうだ。

 トラリアに来てからも、宿や食堂で普通にご飯を頼んでいたので気づかなったよ。

 大抵の場所でご飯が用意してあるのが、米処らしい感じもするけどね。


 小麦粉のパンと違った風味で少々面白い。

 今度、米を挽いてパンや麺を作ってみようかな。


 郷に入りては郷に従えという諺もあるし、今後トラリアでは米粉パンも頼むようにしよう。


 朝にヘッセン伯爵邸を後にしたが、すぐに町から出ずに市場やお店などを回って食材などを仕入れたりして時間を潰し、昼食を取ってから町を後にした。


 西側の門から町を出て、街道に沿って西に進む。


 しばらく行くと少し大きめの森があり、そこに到着した頃に夕方となった。


 森の端で野営の準備をしつつ夜の移動に備える。


 夜になったら野営を直ぐに畳む予定なので夕食は簡単に済ませることにします。


 そば粉をボウルにあけて塩コショウをふります。水と卵を加えて混ぜ合わせます。

 オリーブオイルを敷いてフライパンに生地を薄く伸ばして弱火で焼きつつ、その生地の上にハムやキノコを載せ生卵を割り入れる。生地の四隅を折返して完成。

 はい、フランスの簡単クレープ風料理、ガレットです。


 そば粉を使うのは日本人だけじゃないぜ。お手軽なのでいいでしょ。


 そのまま食べても美味しいがケチャップを掛けてもいいかも。

 二枚目はチーズなどを主体としてみるか。


 皿に載せて仲間たちに渡してやる。


「簡単料理で悪いが、味は申し分ないぞ」

「ケントの料理がマズイわけないのじゃ!」

「早く私にもよこせ」


 マリスが一番最初に手に取る。

 以前のマリスとトリシアなら誰か食べるまでジッと見ていたはずだが、変われば変わるものです。


「前に食べたクレープに似ていますね!」


 興味深そうにアナベルが見ている。


「これは、そのクレープの元になった料理だと言われているね。クレープはお菓子だけどな」


 どんどん焼きつつ俺も食べる。

 八人の大所帯になってしまったので、気を抜くと食べ逃すんだよね。


「主様の料理は大変美味しゅうございます」

「しかりしかり。主の下僕になってからというもの、食事の時が楽しみでなりませぬ」

「酒が欲しくなりますね。オロチ殿の所に置いてきた物を少し持ってくれば良かったですね」


 魔族三人衆もご満悦です。

 ハリスは相変わらず無言で食べていますが、食べ終わったお皿を直ぐに突き出してきたのでお代わりのようです。


 二枚目はチーズ、ハム、卵を載せて焼いてみます。



 最終的に全員が一〇枚近く食べて夕食は終了、夜の移動に備えます。

 あんまりお腹いっぱいだと眠くなっちゃうからね。


 食後のお茶を楽しみつつ、夜空を見上げる。

 満月に近いシエラトが空にポッカリと浮いている。


 綺麗な夜空だ。少し明るいが、これなら空を飛んでも目撃者は出ないだろう。

 もっとも、この世界の住人は、都会でもなければ大抵深夜よりも前に寝てしまうけども。

 明かり用の油やロウソクは高いし、裕福でない者は常用できないからね。


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