第22章 ── 第19話

 デナリアの町に戻った俺達は馬車に乗り換えて、トラリアの首都である大都市セティスへと向かう。


 トラリア王国は王権が非常に強く、中央集権化が進んでいる。

 貴族は王と女王を支えることが至上の命題と捉え、日々その権威を高めることに勤しんでいる。

 首都セティスは人口八〇万人を抱える大陸西側最大の都市だ。


 フソウ竜王国の筆頭家老のタケイさんにはそう聞いていた。


 今回の水路の水が消えた事、及びオットミルへのアラクネー襲撃は、トラリア政府にとってその王権に深く傷つけた出来事だったらしいのだが……


 それにしては、あの指揮官貴族どもは怠惰だったよなぁ。

 もっとも、町を取り返そうと攻め込んでも、簡単に撃退される程度の戦力だったし、逃げ帰ったら王権はさらに傷ついただろうし、あそこで無為に時間を過ごすしかなかったんだろうとは思うけどね。


 アラクネーは非常に温厚な種族だったから、死屍累々とはならなかったのだけが不幸中の幸いといえる。


 アラクネイアも占拠を続ける事に消極的だったしね。


 セティスまでの道のりは馬車でおよそ五日。徒歩だと八日くらい掛かるだろう。

 途中、三つほど町を経由する。


 最初の町はテネットの町で、ここはオットミルへ行く時に一度立ち寄ったところでもある。

 情報が錯綜していたにしろ、デナリアの町が無人になっていたのは事実で、偶然ながらも言い当てていたのが面白い。

 前に立ち寄った頃は、まだデナリアの町は無人になってなかったからね。


 初めて立ち寄った時は徒歩だったので、人に見られない場所で徒歩に切り替える。

 デナリアが無人の町と化した事が知れたのか、デナリアとテネットの町を繋ぐ街道には、行き来する旅人も、田んぼや畑で働く人も見えない。


 夕方にテネットの町に到着した。


 門のところで、衛兵に誰何された。

 俺たちが辿り着いた門は、デナリアからの街道だし、すでに無人と化したデナリアの現状が伝わっているのだから当たり前だろう。


「すると貴方たちはデナリアからやって来たということですか!?」

「そうです」


 衛兵は信じられないと言った顔で俺の返事を聞いている。


「ぼ、冒険者の方々だとの事ですが……」

「はい。こちらが身分を証明すると思います」


 俺はインベントリ・バッグからフソウの通行手形を取り出して見せる。

 それを見た衛兵は頭を仰け反らせた。


「しょ、少々お待ちを! 今、上官を呼んで参りますので!」


 町に入りたいだけなのに、何故か待たされる事になった。

 二〇分も衛兵詰め所で待たされたが、犯罪者や不審者を足止めしておくような対応ではなく、英雄を迎えるような待遇だった。


 衛兵たちは少なからず俺たちの冒険譚を聞きたがり、サインや握手を求めてくるものばかりだ。


「騒がしいぞ! それがフソウの冒険者殿たちを出迎える態度か!」


 入り口から髭面のガッチリ系の衛兵が入ってきた。


「はっ! 申し訳ありません! マクソン隊長!」


 その人物を衛兵たちは直立不動と敬礼で出迎えた。


「フソウの冒険者の方々に失礼な対応、誠に申し訳ありません」


 マクソンと呼ばれた人物は深々と頭を下げてきた。


「いや、別に構わないんだけども。町に入れてもらえないなら、俺たちは先を急ぐけど……」

「いえ! そういう訳ではありません。初期対応に誤りがありました事は謝罪致します。何分、こういった事は初めてでございまして……」


 隊長からの丁寧な謝罪をされたが、あまり畏まられても居心地が悪い。


「フソウの特使様はこちらか!?」


 そうこうしていると、入り口から豪華な貴族服の人物が供付きの者を連れて入ってきた。

 その人物は長椅子に座っている俺たちに気づくと、晴れやかな笑顔で近づいてきた。


「お初にお目にかかります特使様!」


 その人物は何故かアモンのところに言って手を取った。


「此度の働き、誠に天晴でございました。ありがとうございます!」


 アモンが何のことだという顔をして、困ったような表情を俺に向けた。


 確かに一番服装が整ってるしなぁ。執事みたいな黒服なので、正装しているように見えるし。


「失礼ですが、それは妾たちの主ではありませんよ」


 アラクネイアが堪りかねたのか口を開いた。


「いかにも。我らが主様はこちらに御わしますぞ」


 猫人族のフリをしたフラウロスが俺を手で指し示す。

 貴族らしい男はキョトンとして俺の方を見た。


 彼には、何処にでもいそうな平凡な顔立ちに草臥れた緑色のブレスト・プレートの冴えない男が見えているのだろうね。

 ヘパさんに作ってもらったオリハルコンの鎧は、あまりにも目立つので死蔵したままだしね。


「いや、どうも」


 フラウロスに紹介されて俺はそう言って片手を上げた。


「ぶっ! ケントは……もう少し……服装に……気をつけた方が……いいな……」

「全くだ。我らのリーダーだというのに、いつも他の者に埋もれてしまう」

「皆さん個性的ですからね!」

「そうかや? ケントも十分に個性的じゃと我は思うておるのじゃが?」


 仲間たちもいつにも増して言いたい放題です。

 ハリスの兄貴は吹き出してるし……

 トリシアはエルフだから否応無しに目立つし、アナベルも相当変わり者で個性的ですが。

 マリスだけが擁護してくれたが、マリスもちびロリ鎧娘で非常に目立つからな。

 目立たないのは自覚があるので文句も言えないな。


「ま、誠に失礼を。馬車を用意しております。今晩は当家にて歓待させていただきたいく思います」


 慌てたように貴族風の男が頭を下げた。


「ささ、こちらへ!」


 俺たちは詰め所から外に案内され、用意された三つの箱馬車に分乗する。

 先頭の箱馬車に俺と貴族が、仲間たちは後ろの二台に分かれて乗り込んだ。


「先程は誠に失礼致しました。私は女王陛下よりテネットの町を預かっております、テネット領主、ミハエル・ヘッセン伯爵と申します」

「ああ、冒険者のケント・クサナギです」


 町中を進む馬車の中で、ようやく貴族と自己紹介を交わすことができた。


 フソウと違って西洋風なんですなぁ。同盟国で王族が縁戚なのに全く違うのが面白い。


「数日前から水路に水が戻ってまいりました。既に王都に報告の遣いを出しております」

「そうでしたか。フソウのタケイさんからの依頼は、これで完了となりますね」


 俺がそういうと、ヘッセン伯爵は嬉しそうに頷く。


「実のところ、数週間前からフソウの隠密冒険者様が我が国に入国したという不確かな知らせが参っておりましたが、誰も行方を知りませんで……」

「俺たちは隠密ではありませんよ。ただの冒険者です。タケイさんから依頼されたので、トラリアにやってきたに過ぎません」

「はい。そうでしょうとも。解っております」


 したり顔で貴族は頷く。


 これだよ。

 どうもトラリアに来てからというもの、世直し隠密だと誤解され続けている。

 明確に否定しているのに誰もが納得顔をするんだよねぇ。

 その世直し隠密というのがどんな存在か、俺は全く理解してないんだけど。


 話によるとフソウ政府直轄の世直しの旅をする冒険者らしいんだが、正体は不明らしい。

 噂ばかりで実体が全く掴めないのだから忍者みたいな奴らだよね。

 だからといってモギさん率いる御庭番に所属しているわけでもないらしい。

 フソウに報告に行く時にタケイさんに聞いてみようかね?


 一〇分ほど馬車に揺られると町の中心部にあるヘッセン伯爵の邸宅に到着する。

 比較的質素な感じも受けるが、町の規模からすると豪華といえるかもしれない。トリエンの俺の屋敷よりも大きいしね。


 仲間たちと共に豪華だけど品のいい家具や調度品に飾られた応接間に案内されてヘッセン家一同の歓待を受ける。


 ヘッセン伯爵は子沢山みたいで、六人もの子供たちがズラリと勢揃いしている。

 奥さんも小柄ながら可愛らしい人だ。六人も生んだとは思えない。


「我が国の危機を救っていただき、女王陛下の家臣として改めてお礼申し上げます」


 ヘッセン伯爵が深く頭を下げると、彼の家族もそれに従った。


「依頼を完遂できて俺も嬉しく思います」


 社交辞令が終わると、家族たちは退場し、伯爵と俺たちでの報告会となった。

 一応、当事国の貴族に請われては報告しないわけにもいかないからね。


 なのでフソウで依頼されてトラリアに入国した事やオットミルを占拠していた魔族は撤退した事、デナリアの人々の行方、ヤマタノオロチとの約束など、一通り報告をする。


 聞いている最中、ヘッセン伯爵は顔を赤くしたり青くしたりと、割と忙しく表情を変える。


「まさに驚天動地。縦横無尽のお働き……」

「仲間たちが手伝ってくれましたので」

「お仲間様たちもご紹介いただけますか?」


 伯爵がトリシアたちに目を向ける。


「んじゃ、皆。自己紹介」


 俺に言われてトリシアが立ち上がる。


「ケントの冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の後方支援をやっている魔法野伏マジック・レンジャーのトリシア・アリ・エンティルだ」


 エルフ式の略式敬礼でトリシアが挨拶をする。


「マリストリア・ニールズヘルグじゃ。我はケントの盾じゃからの。守護騎士ガーディアン・ナイトじゃぞ」


 マリスはトリエンの衛兵ちっくに可愛らしく敬礼する。


「アナベル・エレンです! マリオン神様の神官戦士プリースト・ウォリアーなのです!」


 アナベルが何故か魔法道具を前にしたフィルのように手をワキワキさせているのが謎です。


「ハリス・クリンガム……野伏レンジャーだ……」


 今は二つ目の職業の方がメインくさいハリスだが、表向きは野伏レンジャーなんだよね。


「そして『ガーディアン・オブ・オーダー』のリーダーをやらせてもらってる魔法剣士マジック・ソードマスターのケント・クサナギです」


 俺はそう言って締めくくる。


 伯爵は魔族の三人に視線を移す。


「こちらの方々は……」


 あー……打ち合わせしておくのを忘れた……

 魔族だとか言い出しちゃったら、伯爵がパニックを起こしかねないぞ。


「我はフラちゃん。我が主、ケント様の第一の下僕ですぞ」

「妾は……え? フラちゃん? 何です、その名乗りは?」


 フラウロスに続いて名乗り掛けたアラクネイアがビックリした顔になる。


「アナベル殿にそう呼ばれております故」

「そうなのですか。なるほど……妾はアラネアと申します。ケント様のお付きです」


 どうやらフラウロスに続いてアラクネイアも空気を読んだらしい。助かります。


「私はコラクス。ケント様のお仲間の武術顧問と申しましょうか?」


 実力で言えば、俺と拮抗するレベルだからなぁ。

 悪魔アモンはワタリガラスの姿で現れるというから、名前はそこから来ているのだろう。確か学名はコルヴス・コラクスだったっけ?


 魔族三人衆は空気を読む事を知ってて良かったよ。

 この自己紹介で伯爵も納得したようだしな。

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