第22章 ── 第18話
ヤマタノオロチが水の精霊石に魔力を注ぐと、石の表面からみるみる水が噴き出てきた。
その水は、台座を中心にすり鉢状になった精霊石の部屋をどんどん満たしていく。
「見ろ。あの奥の壁に穴があるだろう。あそこから水は水路に流れていく」
見れば、奥の壁に人間が一人通れそうなほどの通路がある。
手彫りの穴のように見える。あれをシンノスケが掘ったんだろうか。
溢れ出ている水がその穴の高さまで来ると、水面の上昇が治まる。
「これでケント、お前との約束は果たした」
「了解だ。今度は俺がシンノスケとの誓約を守らせる番ということだね」
「そういうことだ」
ヤマタノオロチは俺の返事に機嫌が良さそうだ。
精霊石の間(勝手に命名)から戦闘の間に戻る間に、ちょっと気になっていた事をヤマタノオロチに聞いてみた。
「ところで、戦闘前と戦闘後で口調が変わったよね?」
「そうだ。今は人語で話しているが、戦闘前は竜語を使っているんだよ。
冒険者の夢を壊しては可哀想だからな」
エンセランスと同じように演出なんですね。
実際のヤマタノオロチは偉そうな口調はあまりしないそうだ。
俺のイメージを壊したくないので、努めて威厳ありそうな口調を使っていると。
「言葉の端々に素の口調が出てるよ?」
俺がそういうとヤマタノオロチは少しショックを受けたような表情をした。
「そうだったか? 俺らとしては上手くやったと思うんだけどな」
首を傾げるヤマタノオロチだが、バレバレですよ。
次の日、トリシアとアナベル、ハリスは痛む頭を押さえて身体を起こした。
「少々飲みすぎたな」
「あー、頭痛いのです」
ハリスは無言で水袋の水をガブガブと飲んでいる。
「飲みすぎじゃな。身の程を知ると良い」
酒に強いドラゴンであるマリスはしれっとした顔で仲間たちに言い放つ。
魔族連も元気がなさげなので二日酔いかもしれない。
「申し訳ありません。主様の前で少々ハメを外してしまいました」
少し精彩のないアラクネイアが済まなそうに頭を下げた。
「いや、別にいいよ。旧友のアモンと会えたんだから良いんじゃないか?」
「友ではありません」
プイッと少々頬を膨らまして顔を背けるアラクネイアが何となく可愛らしい。
「そうですよ。同僚ではありましたがね……
何はともあれ、今後、よろしくお願いします」
アモンが苦笑いで起き上がるなり、そう言った。
「うーむ。俺の仲間になったんなら仲良くしろよ。ギスギスした感じは嫌だからね」
そう言うと、アラクネイアが少し眉間に皺を寄せつつアモンを見た。
「主様がそういうなら……」
不満げだが了承する。
「やれやれ……先が思いやられます」
困ったように首を振るアモン。
そんな光景をフラウロスが面白げに見ていた。
「以前はそんな不仲ではなかったと記憶しているのですがね」
そう言いつつも、やれやれポーズをする。
どうやらカリスが討ち取られた後あたりから、こんな感じなんだという。
大方、カリスを守りきれなかったアモンに、アラクネイアは思うところがあるのだろうなぁ。
武の体現者として生み出された存在なのだから、その武を以てカリスを守るべきだったのだと考えていると推測する。
崇拝する対象を無くしたアラクネイアは、仕事に打ち込むこともできなかったようだしね。
彼女はカリスの衣服を作る事が仕事だったわけだし、仕事もなくなり感情のやり場に困ったに違いない。
それをアモンにぶつけたのだろうね。
その日の昼頃、ヤマタノオロチの住処を後にする。
帰り際、ヤマタノオロチから剣を一本プレゼントされる。
「これは?」
「俺らと面白い戦いをしたものに渡すことにしているんだよ。
以前は尻尾に突き刺して持ち歩いていたんだが……
アースラに悪趣味と言われてからは、刺すのを止めたんだ」
あの伝承は本当だったらしい。
M気質なのだろうけど、あの再生力だからなぁ……
既に吹き飛ばした五本の首はもとに戻ってるしね。
「そうなんだ。確かに尻尾に突き刺しておくのは悪趣味かな」
俺も苦笑してしまう。
「とにかく受け取るといい」
「そいつは嬉しいな」
俺がそういって受け取るとヤマタノオロチは嬉しげに頷く。
「その剣はアースラに渡したものと同じ職人の手による剣だ。切れ味も申し分ないだろう」
へぇ……例の草薙の剣と異名を持つ物と一緒なのか……
そいつは有り難い。
「ありがとう。大切にするよ」
「ではな。時々は遊びに来いよ」
「うん。でも、戦闘は勘弁ね。酒盛りなら大歓迎だけど」
次に来る時はアースラも連れてくるべきかもしれん。戦闘するならヤツに任すよ。
他のドラゴンとの交流も殆どないヤマタノオロチは、暇を持て余しているのだろうな。
俺は飛行自動車二号と共に仲間たちと乗り込んだ。
一人仲間が増えたけど、一〇人程度乗れるように設計しておいたので、まだまだ余裕があるね。
麓のデナリアの町まで飛んで地上に車を下ろす。
「そうだ。聞いておかないとな……」
インベントリ・バッグに飛行自動車二号を戻しつつアモンに向き直る。
「私に何か?」
「この町の人はどうしたんだ?」
「ああ……今頃、ディアブロのところでしょうね
アモンはディアブロに命令され、デナリアの住人を操って他の魔族が作り出した転送門へ人々を送り込むように命令を受けただけらしい。
後の事は知らないという。
実行犯の主犯ではないらしく、計画の全容は知らないようだ。
「ふむ……まあ、その計画はアルコーンが立てたんだろうけど、酒の供給を止めてから町の住人を攫うまでに随分と間隔が開いたみたいだね? 何か理由でもあったの?」
アモンも首を傾げる。
「私も把握しておりません。アルコーンからの連絡が最近無いというのは聞いていましたので、その所為では?」
アルコーンが死んだのは一年ちょい前だ。
それまでは、計画の実行時期などはアルコーンに指示されてから行われていたんだろう。
アルコーン亡き後、計画をどの時期に実行するのかが解らず、時間がずれ込んだのかもしれない。
「住人をどうするつもりなんだ?」
「さあ……私も解りません。ただ……」
「ただ?」
「ディアブロは崇拝されるのが好きですから、信徒とするために精神操作を行うのではないでしょうか?」
なんとまぁ……あまり好きになれそうにない存在だな。
自分の魅力によってではなく、魔法によって崇拝させるなんてな。
「そのうち……バルネットに行かなきゃならないな……」
俺が不機嫌そうに言うと仲間たち全員が力強く頷いた。
「そうだな。連れ去られた人々を助ける必要がある」
「そうじゃな。魔族最強の存在とやらを見るのも悪くないのじゃ」
「人々に
「その時は……俺も……行こう……」
トリシアにマリスも同意し、アナベルは鼻息が荒くなる。ハリスは俺が行くところならどこでも付いてきそうですが。
大陸西側に来てから仲間になった魔族たちも頷いた。
「主様の行くところなら、我もお供致しましょう」
フラウロスが二人の魔族に声を掛ける。
「当然です。カリス様の御心も知らず暴れまわるだけの粗忽者を主様が退治なさるなら、妾も微力ながらお手伝い致しとうございます」
アラクネイアもそれに同意し、俺に眩しい微笑みを向けてきた。
「私は、最近までヤツの部下でしたが……
住人の拉致などという気分の悪くなる任務をさせられたので、魔軍に未練もありません。私もお供致します」
戦闘特化型で武人肌のアモンは、最近の魔族の卑怯な計画にほとほと嫌気がさしていたようで、魔軍を抜ける時期を見計らっていたのかも。
拉致計画後にヤマタノオロチの所に行ったのも、そういう心づもりがあったのだろうか。
「よろしくね。ディアブロはレベル一〇〇だって言うし、そっちは俺が何とかするけど、その周囲……他の魔族とか、操られた人なんかの相手はみんなに任せたい」
俺がそういうと、トリシアがニヤリと笑い。マリスが手をバシンと打ち付け合う。ブンブンと首を縦に振るアナベルとは対象的に、ハリスは静かに頷いた。
魔族たちも俺の前に膝を突いた。
そんな仲間たちを見て俺は思った。
ドラゴンを除いて、ここにいる六人が世界最強の戦力だろう。
悪用しないようにしないと。
人は得てして弱いものだ。強大な力を持った時、性格が変わるなんてことが歴史上でもよく見られる事だ。
俺はそんな事にならないようにしないとな……
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