第22章 ── 第17話

 ヤマタノオロチの住処の奥は、エンセランスの住処と比べると自然洞窟をほぼそのまま利用しているっぽい。


 家具など、文明の利器的なものは殆どなく、必要なものは積み上げて保存しているようですな。

 肉などの食料は冷凍ブレスで凍らせていたりの工夫はしているようだが。


 しばらく洞窟を奥に進むと、戦闘の間くらい広い空間に辿り着いた。

 その空間の真中に巨大な丸い水晶が台座のような形になっている自然岩の上に鎮座していた。


「あれだ」

「アレは何!?」

「あれが水を生み出す精霊石だ」


 精霊石とは精霊の力が凝縮して結晶化した物だとヤマタノオロチは言う。


「ほー。そんな物がティエルローゼにはあるのか」

「俺たちもコレ以外に見たことはないが……話によるとコレを含めて四つあるらしいな」


 四つというと地水火風だろうな。

 世界を構成する要素が分化する以前、この世界には四つの元素によって成り立っていたと、神々自身が言っているしな。


 水は目の前にあるとして……

 ところで火って結晶化するんか? 同様に風も……マジで理解不能。

 土が……結晶化しても岩か何かなんじゃないかと邪推してしまうね。


 俺が何を考えているのか見抜いたのかヤマタノオロチが笑い出す。


「ははは。火は精霊石と言っても、コレのような形ではないという。俺らは火山の奥にあるんじゃないかと思っている」


 なるほど。火の精霊石後からでマグマが地下から吹き出すってわけか。


「風は俺らも良く分からんな」

「土の精霊石ってティエルローゼという惑星自身だったりしてね」


 俺もヤマタノオロチと笑い合う。


「さすがは青い世界の人間だ。このティエルローゼが球体であることを知っているとは。アースラもそんな事を言っていた」


 ティエルローゼが丸いという事は、空を飛ぶエンシェント・ドラゴンによって発見された事実だとヤマタノオロチが応える。


 この世界の文明レベルから考えたら、そらドラゴンが最初にその事実に気づくだろうねぇ。

 人間の魔力では空を飛んだとしても世界を一周できるほどのMPを確保できまい。


 そもそも、水平線や地平線をじっくりと観測すれば、世界が丸いことは判りそうな気もするが、そういうことを研究している人物に出会ったことがないので、ティエルローゼの人々はそんな事を考えもしないのかもしれない。


 神が実在する世界だけに「神がこう言った」と伝われば、そのまんま受け入れちゃうだろうしな。


 あらゆる可能性を試行錯誤して四六億年も掛けて進化してきた地球の生物と違って、神々という絶対的な力を行使する者によって生まれてきた存在は、神々を疑うことはないだろうし。


 科学の発展は事象や物事を疑う事からスタートするとか何とか聞いた記憶がある。

 それが真理だとすれば、ティエルローゼで科学文明が起こり得るかは謎だ。


 実際、俺が飛行自動車を作った時、アースラが視察名目できてたな。

 過度な科学文明の発達を神は望んでいないのかもしれない。


 俺も必要以上に科学的な物を作らないように注意しておこう。神々の怒りを買っては後々面倒になるだろうからな。

 魔法で再現できる部分は大丈夫だろうけど。


 この世界の魔法はかなり便利に使えるので、魔法を使った文明なら問題なさそうだ。

 エンセランスもハイエルフの長老のシルヴィアも昔、魔族に滅ぼされた魔導文明があった事を明言しているし、シャーリーがやったトリエンの魔法道具による魔法文化とやらも神には容認されてたし。


 ふと、シャーリーの暗殺事件の裏に魔族がいたのではないかと脳裏に過ぎったが、今はそういう問題を考えても仕方ないので思考の隅に追いやっておく。


「ところで、コレってどうやって使うの?」

「ああ、それは簡単だ。魔力を絶えず注ぎ込めばどんどん水が溢れてくるのだ」


 ほう。それは面白い。


「魔力の消費量は?」

「大したことはない。一日に自然回復する魔力よりも少ない」


 おー。なんという効率。さすがは精霊力の結晶というべきか。

 実際、シャーリーの魔法の蛇口も自然界に漂う魔力のみで、人間が使用しても余りある水量を確保できるくらいだ。


 だからあの魔法道具は本当にスゴイんだよ。俺も設計図や魔法術式をデータベースで調べてみたけど、なかなか美しい魔法術式で、シャーリーの天才ぶりをよく理解できましたからね。


「私の力を使っているのですから当然ですよ」


 不意に俺の横からそんな声が聞こえてきたので、慌ててそちらに顔を向けると、水色のローブを着た、肌が青い女性が立っていた。


「なんと! 水の精霊ウンディーネではないか!?」


 その声に一瞬赤い目をギラリと輝かせ身構えたヤマタノオロチだったが、すぐに驚嘆の声を上げた。


「や、やぁ。う、海で一度助けてもらって助かりました。ありがとうございます」


 ニンフや人魚と同じように絶世の美女だったので、俺は一瞬思考が停止仕掛けたが、なんとか海の時のお礼を言うことができた。


「主様のご命令でしたので」


 ウンディーネは俺から水の精霊石に視線を移してから続ける。


「この精霊石は最初の神に命じられて私が作り出した物の一つです。世界を作り出すために私たち四精霊がそれぞれ八つ作りました」


 世界創造の真理に今、俺は接しているのだろう。


「俺らがこの精霊石を使うのは問題ないのだろうか?」


 ヤマタノオロチが少し神妙な感じでウンディーネに語りかける。


「構いません。これは精霊核ではありませんので。それにここは貴方の住処ですからお好きになさっていいのですよ」


 精霊核? それは何でしょう?


 俺が質問しようとする前にウンディーネがニッコリ笑ってから口を開いた。


「精霊核とはこの世界を構成する中心に位置するものです。

 私たち精霊が、このような姿を維持し、思考する事ができるのも精霊核のお陰です。

 最初の神が作り出した物なのです」


 最初の神……って姿を消した創造神の事かね?


「それはどこにあるの?」

「このティエルローゼとは位相が違う世界にあります」

「それは精霊界ってやつ?」


 ウンディーネがニッコリ笑って頷いた。


 ふむ……となるとアストラル・プレーンとゲームでは言われる別の世界が存在するわけか。

 そこから精霊を呼び出すのが召喚術と言えそうだね。


 カリスたち神々がやってきた世界も別の位相だったのではと、前に推測したことがあるが、現実味を帯びてきたな。


 名もなき創造神は、その位相に穴を開けたり閉じたりするのが上手い存在だったんだろうな。

 その位相の綻びの一つが現実世界の地球と繋がっている可能性が非常に高いね。


「それでは主様、またお会いしましょう」


 そういうとウンディーネはバシャリと水になって地面に落ちた。


「あ、はい。またね」


 俺が物思いに耽っているうちに消えてしまいました。精霊は相変わらず神出鬼没ですなぁ。


「うーむ。ケントは精霊すら自由に使役するのか……俺らが簡単にやられたはずだな」


 ヤマタノオロチの各首が顔を見合わせて頷きあっている。


「あー。どうも精霊たちと誓約したらしくて。俺もよく解らないけどね……

 そんなんだから、不用意な発言は控える事にしはじめたくらいだよ」


 厨二技とか呪文とか、当たり障りのない単語選びをしなくてはならなくなったくらいですよ。


「話の腰を折っちゃったけど、元に戻そう。絶えずここで魔力を注ぎ込んでないと水が止まると思うんだけど、面倒そうだね?」

「いや、どうも俺らの身体は、この精霊石と繋がってしまったようなのだ。

 一度使うと考えるだけで、俺らの身体から自然と魔力が消費され、水が溢れ出す。止めようと考えれば消費はされなくなるのだ」


 脳内にオン/オフのスイッチ完備ですか。

 随分と楽ちんな機能ですな。


「俺らの魔力だけで毎年酒を貰えるのだから、我らながら美味しい役割といえる」


 そう言ってヤマタノオロチはグルグルと喉を鳴らす。


 そりゃ、魔力を絶えず提供しているのなら、そのくらいは当然でしょう。

 その魔力を自由に使ったり、引き出したりするのは魔法使いスペル・キャスターですら難しいのですからな。


 なので巷の魔法使いスペル・キャスターたちは、冒険者にしろ、魔法店を営む者にしろ、お金を稼ぐのが比較的楽らしいですよ。


 冒険者チームでは引く手数多ですからなー。なんでダレルは、ウスラのチームにいたんですかね?


 それはハリスも同様ですけどね。あれだけ有能な人物が在野に埋もれてるなんて理解不能です。


 もしかすると、そういう自分の才能とか能力に気付いていない人々が、まだまだ存在するのかもしれない。


 こいつは先々、よく吟味する必要があるな。

 トリエンをさらに発展させていくには、そういった在野の天才たちがもっと必要になると思うし。


 能力と才能を発掘し、そして選別して互いに補い合えば、面白い街に発展していくに違いない。

 トリエン開発はクリスに丸投げして冒険の旅に出てきちゃってるけど、俺はシムトリエンを終わらせたつもりはないからね。

 まだまだ発展させていきますよ!

 やるならやるで、世界に誇れるスゴイ街にしたいからね。

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