第22章 ── 第16話

 数分間、睨み合いが続いた。


 だが、その均衡を崩したのはアモンからだ。

 ジリッとつま先を滑らせるようにアモンが前進を開始する。

 それに釣られるようにマリスも似たように前に出る。


 アモンが半身なのに対し、マリスは左足を少し前にして両脚を左右に脚を広げている感じだ。

 どのような攻撃にも臨機応変に動けるようにだろうか。


「いきますよ」


 アモンはグイッと剣を持つ右手引いた。

 一瞬でアモンの右手が猛烈に太くなったように見えた。


「ふんっ!!」


 目にも留まらぬ突きがマリスに向けて繰り出されるが、距離が遠すぎる……と思いきや、俺の「魔刃剣」よろしく猛烈な空を引き裂く剣撃波がマリスに襲いかかった。


「パーフェクト・シールド!」


 マリスが防御技を繰り出し、その剣撃波を大盾の表面で受け流そうとする。


 パーフェクト・シールドのスキルは、行使者の前面を完全にガードする障壁を展開するので、マリスの前面を完全に防御が可能になる。

 それでも正面切って防御しきれるかはアモンの技の強度次第だ。


 剣撃波がマリスの盾にまともにぶち当たり、マリスをその威力で後退させる。

 マリスの盾は先程と同じように少しだけ傾けてあったので、衝撃波がマリスの左上方へといくらか受け流された。


「ふむ……思わぬ邪魔が入りましたね……」


 ギロリとアモンが自分の足元へ視線を落とす。

 そこには影からニョキリと生えた手が左足を掴んでいた。


 影からハリスが顔を出してニヤリと笑った。


「ちょこざいな!」


 アモンが影から出てきたハリスを苛立たしげに剣で突く。

 ハリスから鮮血が迸るかに見えたが……剣が突き刺さるやいなや、フッと消えてしまう。


「どこを……見ている……」


 ハリスがいつの間にかアモンの左腕を押さえていた。


「何だと……!?」

「バカめ……こっちだ……」


 なんと右手は別のハリスが。


「甘いな……」


 突きで消えたはずのハリスが地面から再び顔を出し、アモンの両足を掴む。


「終わりだ……」


 アモンの背後から、またもやハリスが左手を回して首を取る。


「四人!?」


 その時、背後のハリスが手に持った苦無がアモンの右肩の後ろにブスリと刺さった。


「隙だらけじゃな! ソード・スティンガー!」


 その隙を逃さず、マリスの突き系スキルがアモンに炸裂した。


 アモンはマリスに左肩口を突き刺された痛みに表情を歪めた。



 こうして、仲間たちとアモンの戦闘は終わった。


 既に俺の仲間になることを表明していたアモンの命を仲間たちは取らなかった。


 攻撃は急所から外した部分を狙っていたし、アモンの命に別状はない。


「さすがはケント様のお仲間ですね。自分たちの不足気味な力量を補い合い、私に勝利しました」


 何故かアモンが大いに満足げです。

 両肩に傷を負わされた割に元気だし。


「当然じゃろ。もう一年以上ケントと行動を共にしておるんじゃぞ。ケントの技も良く見てたしのう」


 俺の魔法からヒントを得て覚えたガトリング・ソード・ランチャーを成功させマリスも満足げだ。


「ほえー」


 ダイアナは戦闘が終わるとすぐに引っ込んでしまったので、アナベルが訳もわからないままアモンの傷の手当をしている。


「まさか私のスキルを回避するとは思わなかったのだがな」

「あれは直線的だったし、ピカッと光った瞬間に回避行動を取れば避けるのは難しくはないですな」


 トリシアのあの技は一撃必殺だと思ってたが、聞いてみれば電撃性の空弾ブロー・バレットで、相手をスタンさせる技なのだそうだ。


「ところで、こちらの御仁のあの技は一体……全て実体のようでしたが?」


 アモンの興味はハリスの影分身に移った。


「あれは……分身だ……」


 ハリスは少し眉間に皺を寄せて難しい顔をしているが、彼の後ろからヒョコヒョコと何人かのハリスが顔を出した。


 それを見たアモンが首を仰け反らせるようにして驚いた。


「五つ子!?」

「いや、さっきも言ったように分身だよ。ハリスは一人だけだ。あとは全部スキルで出しているんだよ」


 俺が解説するも、アモンは懐疑的な視線だ。


「そんな馬鹿な……」

「そんな馬鹿なと言われてもな……」


 俺が困ったような顔をしてハリスを見たら、ハリスが堪えられず吹き出した。


「ははは……これも……ケントの……生まれ故郷の……秘術だ……」


 ポカーンとしたアモンが信じられない事を聞いたとばかりに俺とハリスの顔を見比べている。


 まあ、あれはゲームとか映画とかで出てくる超絶スーパー忍者の技であって、現実世界にはない技なんだけどね……


 俺には説明のしようがないので黙って笑っておくだけにしておこう。


「いやはや、今日は本当に楽しい戦いの宴が出来た! ケント、それにその仲間たち、そしてアモン。本当に感謝するぞ! では、ケントとやら、例の物を出してくれ! 宴はこれからが本番だぞ!」


 ドシンドシンとヤマタノオロチが催促の足踏みをしはじめたので、俺はフソウでタケイさんから託された酒樽を次々に出していく。


 それを見たヤマタノオロチは更に機嫌良さげに喉を鳴らす。


「これだけの量があれば、一ヶ月は全員で飲みあかせるぞ!」


 いや、そんなに宴会するつもりはありませんが……


 こうして、ヤマタノオロチとの宴会が始まったが、俺が大量に酒の肴を作らされたのは言うまでもない。



 一晩飲み明かしたら、仲間たちは酔いつぶれたのは言うまでもない。もちろん魔族の面々もぐっすり眠ってしまっている。


「ケント、お前は酒に強いな」


 ヤマタノオロチの首の一つが大樽の一つに首を突っ込みガブガブと飲んでいるが、残りの首がこっちを見ながら喋る。


 ヒドラ系は便利な身体ですなぁ。


「ああ、酔いもするし味も解るけど、あまり酔いつぶれたりするほどにはならないんだよね」

「アースラも中々強かったが、お前はもっと強いようだ」


 そういや、ヤマタノオロチは太古の昔にアースラと戦ったんだっけね?


「アースラと昔戦ったんだよね?」

「うむ。どれほど昔かは忘れてしまったが……カリスと神々が全面衝突するより前の話だ」


 ヤマタノオロチは遠い過去を懐かしむように虚空を見つめる。


「そういや、ヤマタノオロチ伝説は俺の故郷にもあったんだが……」


 俺がそういうとヤマタノオロチが俺を見つめてくる。


「アースラも同じような事を言っておったな。

 俺らヒドラ族だけでなくエンシェント・ドラゴンはカリスがティエルローゼで作り出した種族だ。

 魔族たちがいう青い世界とは無関係……

 なぜそなたの故郷に同じような伝説があるのか知らんのだ」


 ふむう。何でなんだろうな?

 ニーズヘッグにしろ、ファフニールにしろ、なんで現実世界には存在しないはずの名前や生物が神話や言い伝えに存在するのか。


 前に仮説を立てた時には、カリスたちがまた行き来していた時に持ち込んだ怪物たちが言い伝えなどに残ったというものだったんだが。

 もっとも、魔族たちの言い分によると魔族は悪魔としてソロモン王に召喚されたりしていたらしいので、そっち方面から伝わったとも考えられるが。


 ただ、俺たち転生者は、人間としてではなく、ドーンヴァースのプレイヤー・キャラクターとして転生してきている。

 ゲームと現実が混ぜ込まれたような存在なんだよな。そこが全くワケワカラン。


 いくら考えても解らないので、俺はそっち側のことは頭の隅に追いやる事にした。


「ところで、これで水路の水を元に戻してくれるんだよね?」


 俺は話の矛先を変え、本来の目的に立ち返る事にする。


「おお、そうであったな。うむ。俺らの言葉に二言はない。この先三〇年は水を保証してやるよ。もちろん毎年の奉納も欠かさない事が条件だ」


 俺はその言葉に頷く。


「それにしても、湧いてくる水を止めたりしたら、溢れちゃったりしないの?」


 俺がそういうと、何の話だという顔をヤマタノオロチはする。


「いやさ。湧いて出てくる水を止めたら、溢れちゃうでしょ? どっかに溜めておいたりしたとしても、どんどん水かさが増えるじゃない?」


 俺がそういうとヤマタノオロチは可笑しげに喉を鳴らす。


「あの水路の水は湧き水ではないぞ、ケント」

「え? そうなの?」

「うむ。では見せてやろうかな。付いてこい」


 仲間たちみんなが寝ているので、ヤマタノオロチは足を忍ばせてそーっと奥の洞窟に入っていく。


 俺もその後に続いた。


 この洞窟の奥に一体何があるんだろう?

 湧き水ではないというなら、一体どうやって水を確保して水路に流していたんだろう?


 なんとも不思議な水源をヤマタノオロチが見せてくれるというので、俺はすでにワクワクが止まらなくなってきていた。

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