第22章 ── 第14話

 ヤマタノオロチとの戦闘が終わり、場のピリピリした雰囲気が霧散する。


「少々短かったので不満は残るが、実に面白い戦いだった」


 ヤマタノオロチは無くなった五本の首を気にもとめていない。

 それなりに満足したようで、口調もかなり優しげになった。


「ところで、ケントといったか。俺たちへ手土産があると言っていたな」

「ああ、そうだ。水路の水を戻してもらうために、フソウの老中から預かってきたものがあるんだ」


 俺はインベントリ・バッグから例の巨大な酒樽を一つ取り出して地面に置いた。


 それを見たヤマタノオロチが目を細める。


「ほほう。三年分には少し足りぬが、今回の戦いを貸しの代わりとして受け取っておこうかね」

「あー、いや……これがあと八個あるんだ」

「なんと!」


 さすがにヤマタノオロチの目が大きく見開かれ、機嫌の良さそうなグルルという喉の音が聞こえてきた。


「しかし、それは貸しにしては多すぎるな。

 一度にそれだけ用意した人族の心意気を買っておく。此度より三〇年の間、水路を使えるようにしてやろうか。

 ただし! 毎年しっかり酒を奉納する事を約束させよ。シンノスケとの約束をたがえるなとな」


 ヤマタノオロチの要求は当然だ。ちゃんと約束させないとな。契約を勝手に破られたんだから今回の措置は当然だ。


「解った。トラリア王国には何があっても約束を守らせるようにするよ。

 もし、トラリアが約束を果たせそうにないならフソウに支援するよう言っておく」

「うむ。それでいいよ」


 ヤマタノオロチが納得するように頷く。


「それで……こちらの人を紹介してもらえるかな?」


 俺は黒服の男にチラリと視線を向けてからヤマタノオロチに聞いてみる。

 ヤマタノオロチが口を開く前に、黒服の男はこちらに歩いてきた。


「お初にお目にかかります。ケント殿と申されましたな。私はアモンと申します」


 げっ! 麓の町を無人にした魔族だな!?


「アモンというと魔族……」

「左様」


 アモンはそう言うとマジマジと俺の顔を見てくる。


「人類種にしては魔族を恐れぬとは珍しい。さすがは……いや、どうだろうか……」


 アモンと名乗った男は、考え込むように腕を組んで虚空を見つめている。


「さすがは?」

「いや、こちらの事。貴殿は少々珍しい技をお使いのようだったので」

「珍しい技……?」


 俺の厨二病技の事だろうか……あまり突っ込まれると恥ずかしいんだが……


「ええ。攻撃が当たったように見えなかったのにオロチ殿を吹き飛ばしていらっしゃった」


 そっちかい!


「あー、アレって何だろうね? 俺も理解できてないんだが、感情が高ぶった時に無意識にやってる感じっていうかな……」

「ふふふ。あの技は普通の技……スキルというものとは違うものだよ。アモン」


 ヤマタノオロチが笑いながら会話に割って入ってきた。


「ふむ。昔の我が主が使っていた物によく似ているのですよ」

「それはそうだ。あれは、我らドラゴンたちが今現在言う所の原初魔法と同じものだ。厳密には魔法ではないがな」

「原初魔法……神々が使う魔法ですな」

「そうだ。我らの創造主カリスたちが使った技術体系の一つだ。魔法というよりも無から有を作り出す。

 目には見えぬが、ケントとやらが使った技には実体の無い拳や脚があったのだ」


 原初魔法なんですか……俺の触媒魔法もちょっとした触媒で無から有を生み出すけど、それと似た原理?


「どうやらあっという間に終わったようじゃが……」


 マリスが盾を構えつつも大岩の影から出てきてこちらにやってきた。


「おお、ニーズヘッグの血族の者よ。この者はそなたの言葉通り強者であった」

「うむ。そうじゃろう? 我もケントには勝てぬ。人の身でこれほどの強者、我もケントが初めてじゃ」


 マリスがそういうとヤマタノオロチが笑い出す。


「ははは、それはそうだろう。

 この者はアースラやシンノスケと同じ世界から来た者だろう。彼の世界、ドーンヴァースの者は本気になったらティエルローゼの神々よりも強いぞ」


 そうなんですか?


 確かにアースラやシンノスケ、タクヤたちレベル一〇〇のプレイヤーならそうかもしれないが、俺はどうだろうか?


 まだレベル一〇〇に至っていない俺には、彼らに比べられるのは少し恥ずかしい。

 レベル一〇〇にはレベル一〇〇の戦い方のようなものがあるのだろうし、最強系スキルはレベル一〇〇にならないと使えないからな。


 というか、ドーンヴァースから転生してきてしまったあたりから、スキルやレベルアップなどのキャラクター周りのシステムが根本的に別物になっている気がしないでもない。

 スキルツリー画面がないから確認のしようもない。


「ケントは日本という所から来たのじゃ。魔族やカリスの間では青い世界と呼ばれていたそうじゃが?」

「ほう。ドーンヴァースと青い世界は同じ場所だというのか?」


 いや、別物でしょう。というか、そこが本当によく判らないんだよな。


「青い世界は、ここと同じような世界ですよ。私も何度か召喚されて行った事がありますからね。そのドーンヴァースとは別物でしょう。

 青い世界の人々は、ケント殿ほど強靭な肉体は持っておりません」


 アモンがフラウロスと同じように不穏な事を言い出す。やはりソロモンの七二の悪魔の一人がお前さんでしたか。


「そうなのか?」


 ヤマタノオロチは不思議そうに首を傾げる。


「いや、そこの考察は全く出来てないんだが……多分、同じ世界。

 現実世界とヴァーチャル世界の違いってだけでね」


 そんな会話をしていると、他の仲間たちも大岩の影から出て、こちらに恐る恐る近づいてくる。


「ケ、ケント、もう私たちは退避していなくても大丈夫なのか……?」

「何か楽しそうにお話しているので出てきました~」


 トリシアと無言のハリスはかなり警戒している。アナベルは天然なのでいつも通り。


「ああ、もう大丈夫だ。戦闘は終わったよ」


 俺は頷くと、トリシアとハリスはやっとホッとしたような顔をした。


「そちらに隠れている者は出て来ぬのか?」


 ヤマタノオロチの頭の一つが別の大岩に向いて言った。


「ああ……そっちはアモンの知り合いたちですね」

「私の? 誰ですか?」


 アモンもフラウロスとアラクネイアが隠れている大岩に視線を向ける。


「どうしたんだ? 二人とも出てこないのか?」


 俺がそう声を掛けるとようやく二人が岩陰から出てくる。

 それを見たアモンが驚きつつも少し嬉しげな声を上げた。


「おお、フラウロス! アラクネイア殿も!」

「お久ぶりですな、アモン殿」

「主の命がなければ顔は合わせたくありませんでしたのに」


 フラウロスは少し恭しげに頭を下げ、アラクネイアは少し不機嫌そうだ。


「ほう。主? こちらのケント殿が主と申されたか?」


 何か興味深げにアモンが俺と二人を交互に見る。


「いかにも。主様は我をいとも簡単にねじ伏せ、屈服させ申した故、我はケント様を主と心に決め申した」

「主様はカリス様が言っておられた青い世界のお方。カリス様の言により、妾は主様に尽くす所存」


 口々に俺を主人とした理由を二人が述べ、興味深そうにアモンも聞く。


「カリス四天王の一人のお前がねぇ……」


 アモンがそう言い、アラクネイアが眉間にシワを寄せる。


「貴方もその一人でしょう、アモン? 魔軍の軍門に下った貴方たちに言われる筋合いはありません」

「ははは、そいつは手厳しいね、アラクネイア。

 だが、私はカリス様にご下命頂き、魔軍に所属したに過ぎない。一応、四天王の武を体現するものとしてね」


 何やらカリス四天王などという者たちがいたらしい。そのうちの半分が今ここにいるというわけだ。あと二人は誰ですか?


 なんとも恐ろしい話だが、どちらも極悪非道な魔族という感じではない。


「アラクネイアは何を体現しているんだ?」

「妾は……美を」


 四天王はそれぞれ、武、智、技、美の四つを体現した者だという。

 全てを併せ持つ者がカリスであり、それら力の一端を宿して生まれた者たちが四天王と呼ばれ、カリスの周囲にはべっていたのだそうだ。


 「武」はアモン。「美」がアラクネイアか。


「質問なのだが……」


 トリシアが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「何だい? そちらの君はエルフだね?」

「ああ、そうだ。トリ・エンティルという」

「で、質問とは?」

「残りの四天王とは?」


 ああ、それ。俺も聞きたかった。


「智はアルコーン。技はマルバスだが、それが何か?」


 げ……アルコーンってカリス四天王だったのかよ……サクッと殺しちゃったやんけ。

 そんな事なら生かしておくべき案件だったかなぁ……

 しかし、あそこで話を聞くようなヤツじゃなかったし、周囲の人々も魔族は滅すべしという雰囲気だったしなぁ……

 神もそういう反応だったよねぇ……


 色々判明したあたりを再構築して見れば、魔族によるティエルローゼ破壊活動のほぼ全部の計画はアルコーンの手によって成されてきた。

 それは神々がアルコーンや魔族を目の敵にする理由になるし、ティエルローゼの人々が魔族が危険だと認識するようになった理由の一つだろう。


「アルコーンなら主様に誅されました。もう魔軍に妾が協力する理由はありません」

「それは本当か!? あのアルコーンだぞ? ケント殿は智謀においてもアルコーンを超えた存在ということか?」


 驚きを隠せないアモンがアラクネイアを問いただす。


「あー、うん。もう一年以上前になるね。大陸東のブレンダ帝国で暗躍していたのを倒したよ」


 俺が頭を掻きながらそういうと、アモンが爆笑しはじめる。


「わははは! あの鼻持ちならないアルコーンがいとも簡単にか! さすがの俺もそれは見通せないな!」


 いきなり口調が砕けたな! それが地か?

 いや、でもそれほど簡単じゃなかったですよ。アルコーンはレベル八五もありましたからね。

 ていうか……四天王の仲間が倒されたというのに笑う所なんですか?


 魔族アモンは何とも掴みどころがない。


「もしかすると私が感じた事は、間違いないかもしれない。よし。私もケント殿……いや、様に仕えるとしよう!」


 またですか君たち。

 そう、ポンポンと主を変更していいのですかね?

 もっとも、その元の主は既にこの世にいないんだが。

 彼らは何万年も主がないまま、最後にカリスに与えられた命令を忠実に守ってきた者たちだ。

 それが俺という存在と出会って、簡単に元の主から乗り換えるのが少々不可解だが。

 それだけ『主』という仕える者に飢えていたのかもな。


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