第22章 ── 第13話

「とにかく! 俺に任せておけ!」


 いつになく強い口調の俺にマリスが微妙に怯んだ。


「いつものケントと違うのじゃ……怖いのう。ならば我は見ておるとしようかのう……」


 それを静かに見ていたヤマタノオロチがグルグルと笑い声を上げた。


『どうした? 何故戦わぬ。いち冒険者として我らの前に出てきたのであろう。ニーズヘッグの血族よ』

「いや、チームのリーダーは俺だ。仲間は俺の言葉に従ってくれる。だから、あんたとは俺が戦うよ」


 一つの頭がこちらに向き、ギロリと赤い目で俺を睨む。


『人族風情が我らの会話に割って入るとは死にたいらしい』


 途端にアースラと初めて対峙した時と同じような重圧が俺にのしかかる。

 氷の針が全身を貫いていくような異様な感覚だ。

 その重圧に何とか絶えつつ、俺は虚勢を張る。


「そうは言ってもな。あんたはレベル一〇〇のエルダー・ドラゴンだろう?

 マリスたちは八〇レベルにも満たない。

 それじゃ、一ラウンドも満足に相手にできるとは思えないね」


 睨んでいたヤマタノオロチの凝視の力が一瞬緩み、ほぼ同時に残りの七つの頭がこちらに向く。


『ほほう。貴様、懐かしき言葉を使うな』

「素敵用語じゃ」


 ヤマタノオロチとマリスが、ほぼ同時に口を開いた。


『素敵用語とな?』

「そうじゃぞ、オロチよ。ケントの故郷の言葉じゃ。我も最近使うてみておるが、なかなか難しいのじゃ」

『そうか。素敵用語のう』


 ヤマタノオロチが少し考え込むような、遠くを見るような顔つきになったが、すぐに強烈な睨みに戻る。


『素敵用語とやらはともかく……よかろう。懐かしき言葉を使う者よ。我らの相手をしてみるか!?』


 ヤマタノオロチの口がクワッと開き、今にもブレスを吐くかのような体勢を取る。


「よし。俺とあんたのバーサス・マッチだ。俺も本気を出させてもらう」

『心地よい覚悟の色だ。では、行こうぞ!』


 ヤマタノオロチがドシンドシンと足踏みをした。

 それが俺にとっては試合開始のゴングのように感じた。


 刹那、ヤマタノオロチの一つの頭が火炎の業火を吐き出した。


 その炎が俺を包まんが矢先、一瞬だけイフリートが俺の前に現れたように見えた。

 ヤマタノオロチの火炎は俺を避けるように周囲に撒き散らされる。


 仲間たちは無事かと慌てて周囲を見回してみたが、マリスも仲間たちも無事だった。

 それを見た仲間たちは慌てるように岩陰に走っていった。


 ヤマタノオロチは仲間たちを巻き込まないようにブレスを吐く角度を考えて吐いてくれたみたいだ。


 随分と優しいドラゴンだな。


「戦闘中に何だが、一つだけ言わせてくれ。仲間への配慮、痛み入る」

『グルル……一瞬で全てを片付けては面白くないのでな』


 俺は剣を構えると足に力を込める。


「では、こちらのターンだ!」


 込めた力を開放し、ヤマタノオロチの胸元へ突進する。

 一瞬で音速の壁を超え、固体のような空気をかき分けるように進む。


 周囲には一瞬でヤマタノオロチの胸元へ移動したように見えたかもしれないが、俺の体感速度では周りがゆっくりになる。ヤマタノオロチの動きすら遅く見える。


──ガキーーン!


 金属と金属がぶつかりあうような猛烈な音が洞窟の広間に響き渡る。

 俺の手には金属の棒で岩でも殴りつけたかのような痺れた感覚が伝わってきた。


 おいおい。オリハルコンの剣だぞ? 普通に切りつけて切れない物なんてないはずなんだが……


 それでもヤマタノオロチのHPバーが微妙ながら減った。


『ほほう。ただ斬りつけるだけで我らが肉体に傷をつけるか』


 確かに俺の切りつけた部分の鱗に少々傷が付いていた。


「やれやれ……通常攻撃でダメージがこれだけか……」


 しかし、その傷もHPもみるみる元に戻っていく。

 現実世界の伝承通りの再生能力だ。

 普通に戦っては絶対に勝てる相手ではないかもしれない。


 オロチは俺が足元まで来たため、足による踏みつけ攻撃を仕掛けてきた。


 既に戦闘感覚がフル覚醒している俺にはスローモーションでしかないので、華麗にバク転で避ける。


「一〇連撃……紫電・乱舞!」


 俺はスキル「紫電」一〇レベル技を繰り出す。

 オリハルコンの刀身に紫の電光が走り、目にも留まらぬ一〇連の突きが繰り出される。


 紫電乱舞の攻撃がヤマタノオロチの堅固な分厚い胸元の鱗を貫いた。

 鮮烈な赤い飛沫と砕けた鱗が周囲に撒き散らされる。


『ぐぬう……我らが鱗を貫くか!? ならば!』


 八つの頭が俺に強烈な噛み攻撃に打って出る。

 普通の人間にこの攻撃を避ける事などできようもない。

 俺も六つまでの噛み攻撃を回避したが、二つの攻撃は躱しきれなかった。

 かすった程度だというのに、俺のHPが二〇〇ポイントも持っていかれてしまう。


 左腕に鋭い牙による裂傷、鼻面が右脇腹にぶち当たり、体ごとふっ飛ばされる。


 あまりの衝撃にモロに大岩にふっ飛ばされてぶち当たってしまう。

 このラウンドのヤマタノオロチの攻撃で俺は意識が刈り取られそうになったが、何とか気絶は免れた。


 チラリと別の大岩の後ろから仲間たちが心配そうな顔を覗かせているのが見えた。


 勝てないにしても……負けられねぇ。


 仲間に俺の無様な姿を見せつけることになって、頭の中でブチッと何かが切れた気がした。


「うおおおお! でけぇ図体で必殺攻撃してくるんじゃねぇ!」


 ふっ飛ばされて剣をどこかに落としてしまった俺は、大振りのパンチをぶちかまそうとする。

 ふっ飛ばされたんだから、届くはずもない。


『ぬお!?』


 しかし、何故かヤマタノオロチの巨体が横にぶれるように揺らぐ。


 空を切るテレフォンパンチの反動を利用して、身体を回しながら左足を振り回す。


『ぐあ!?』


 揺らいだ身体が今度はふっ飛ばされ、ヤマタノオロチが壁に激突した。


──ズズーン……


 壁にぶちあたり、洞窟全体が地震が起きたように揺れる。

 振動で洞窟の天井から氷柱のような岩が折れて何本も降り注ぐ。


「盾よ!」


 仲間たちの上にも氷柱岩が降り注いだようで、マリスのコマンドワードの声が俺の耳に聞こえてくる。


 くそったれめ!


「雷神の右腕! 風神の左腕!」


 激高した俺は考えておいた厨二技を無意識に繰り出す。


 右腕にバリバリと雷光の刃が、左腕には逆巻くような風の渦が現れる。


「迅雷の一撃! 雷轟風滅掌!」


 左右の腕を突き出すと、雷光と渦が混じり合い、帯電した風の渦がヤマタノオロチに飛んでいく。

 そしてカチリと頭の中で音がした。


 その風の渦は起き上がろうとして鎌首をもたげたヤマタノオロチの首を五本ほど巻き込んで吹き飛ばした。


『ぐおおおおおぉぉおぉぉぉ……』


 ヤマタノオロチの絶叫が洞窟に響き渡る。

 吹き飛ばされたヤマタノオロチの首は雷光輝く風の刃に切り刻まれて四散する。

 その首の切り口はミキサーに巻き込まれたような無残なありさまで、血を猛烈に吹き出していた。


「そこまで!!」


 大きな声が洞窟の奥から響き渡った。

 その大声には、有無を言わせず戦いを止めるような雰囲気があった。


 俺は次の技を出すようなポーズでピタリと身体を止めた。


「次の攻撃を繰り出したらオロチ殿が死んでしまう。そこまでだ」


 洞窟の奥から黒服に身を包んだ若い男が現れた。


 誰ですか?


 突然の事に、俺はポカーンとしてしまって間抜けな疑問が頭を回転していた。


「ぬう。俺らがここまでの損傷を受けるとは……あのアースラ以来だな……」


 五本を頭を吹き飛ばされているのに、ヤマタノオロチは結構ケロッとした感じで身体を起こしてきた。


 既に傷口からの出血は止まり、肉が盛り上がってきている。


 再生能力パネェ……


 ふと我に返り、俺は少し顔を赤らめる。


 怒りに任せて戦っていたので、思い返すと厨二病全開の技を繰り出してしまった。まさか出るとは思わなかったが……


「なかなかやるな。ケントと言ったかな」


 先程のような強大な破壊の権化とはうって変わった雰囲気のヤマタノオロチの発言に、俺もいささか戸惑う。


「ああ、そりゃどうも……って、あっちの人はどちら様?」


 俺は少々混乱したまま、ヤマタノオロチに頭に回っている疑問をぶつける。


「アレは俺らの最近できた友人だ。アレもなかなかやるのだよ」


 友人? ヤマタノオロチに友人が?


 一体全体誰なのかサッパリだが、俺の知るティエルローゼの歴史上、ヤマタノオロチと知り合いといえば、アースラとシンノスケくらいしか知らないのだが。


 黒い服だからシンノスケなのかもって思ったけど、幻影戦士エインヘリヤルで現れたシンノスケとは型位も雰囲気も別人なんですが?


 黒服の男は貴族っぽい優雅な感じで頭を下げてくる。


「これはどうもご丁寧に」


 俺もコミュ障よろしく、ペコペコと頭を下げ返してしまう。


 この人、本当に誰なんだろうね?

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