第22章 ── 第12話
マリスが巨大な門に入っていく。
俺のマップ画面からマリスの光点が消える。
やはり、別マップ扱いのようだ。次元の門とか言ってたし別次元なのだろうか。
「よし、みんな。マリスに続け。慎重に行けよ。最初から敵対的に振る舞うなよ」
俺の言葉に、仲間たちが頷く。
「カリス様がお創りになられたエンシェント・ドラゴンに出会えるとは望外の喜び」
フラウロスは嬉しげですなぁ。
それに比べて、アラクネイアは少々青くなってるね。
「妾はフラウロスほど楽観的にはなれませんが……」
「大丈夫であろう。マリス殿は『訪問に応えた』と言われた。歓迎されていないとは思えぬ」
フラウロスがとっとと次元の門とやらに入っていく。
俺もフラウロスに続いて突入した。
一瞬、酩酊するような感覚と共に、俺は巨大な──エンセランスの住処の比じゃないほどの──洞窟の中にいた。
今のは
エンセランスの住処の時には感じなかったが、ここでは感じた。
エンセランスの住処は実際にある洞窟を隠遁術で隠しているだけなので、どこかに移動したりしないからな。
他にもこれと似たような感覚を覚えたのはルクセイドの迷宮の一六階に移動した時だ。
神が造った迷宮にあった通路と同じ系統の術ということだろう。
「これは……」
俺の後から入ってきたアラクネイアが洞窟の大きさを見て驚きの声を上げた。
驚くのも無理はない。洞窟の幅は一〇〇メートル近いし、高さもそんなもんだ。
この通路を使うとしたら、相当巨大なドラゴンということになる。
アラクネイアに続いてトリシア、アナベル、ハリスが洞窟に入ってきた。
「でか……い……」
ハリスも洞窟の様子を見て、驚きを隠せない。
アナベルは、右の壁面から左の壁面まで全力疾走している。
「凄いのです! あっちからあっちへ一五秒も掛かってしまいます!」
そういう距離の図り方は初めてみました。
トリシアは周囲を警戒するように見回している。
「ケント……この洞窟の大きさから判断するに、ヤマタノオロチという古代竜はエンセランスより遥かにデカイぞ。
アルシュア山のドラゴンなど子供みたいなものかもしれん」
唯一エンシェント・ドラゴンと戦ったことがあるトリシアの言葉に現実味がある。
「トリシアの言う通りじゃ。ドラゴンは成長にするにつれ、身体の大きさに合わせた住処に身を移すのじゃ。この洞窟の大きさがドラゴンの身体の大きさにピッタリじゃということじゃ」
彼女はエンセランス、グランドーラと若い古代竜を二匹見ているからな。
トリシアが、巣に繋がる洞窟の大きさを見てそう言うんだから、その大きさは間違いはないだろう。マリスもお墨付きを与えているしな。
「アキャアキャ」
奥からミニ・ドラゴンが戻ってきてマリスの耳元で何か話している。
さすがにミニ・ドラゴンの言葉までは俺にも解らない。
確か
あの『アキャアキャ』いう鳴き声はイメージでしかないのだろう。
「ヤマタノオロチが歓迎するそうじゃ。奥に進もうぞ」
ミニ・ドラゴンはマリスがそう言うと満足そうに頷いて消えた。
「ふむ。歓迎してくれるなら心配ないかな?」
「それと、人族ではない何かがいるようじゃ。我はそっちの方が気になるのう」
マリスが不可解な事を言う。
「何か? 誰かではなく?」
「そうじゃ。異形の姿らしいのう。我も形状までは解らぬが、人類種ではないのは確かじゃな」
異形か……となると魔族だろうか……
アラクネイアも本来の姿は異形と言えるし、そういう存在がいるとしたら警戒するに越したことはない。
フラウロスもここに入る前に魔族の臭いがするとか言ってたし。
「よし、進もう。まずはヤマタノオロチに会うのが先決だ。もし、その異形が何であるにしても、オロチが歓迎しているなら問題はないはずだ」
「判った。マーチング・オーダーはどうする? 二人増えてるぞ」
トリシアに言われて、隊列を組み直す。
前衛はいつも通り俺とマリス。
前衛のすぐ後ろにフラウロスを配置する。前衛が何かあったときのサポートを担当させる。剣と魔法が使えるフラウロスが最適だろう。
中衛はアナベルとアラクネイア、そしてトリシアの三人だ。アナベルとアラクネイアの後ろにトリシアが付く。
後衛にはハリスだ。彼は影渡りで移動できるし、分身によって戦場で臨機応変に対応できるので後衛にいる方がいいだろう。
長い洞窟を奥へ奥へと進む。
洞窟は光源もないのに何故か明るい。魔法によるものなのか、壁が光っているのかも解らない。
それと洞窟の外のように寒さも感じない。程よい気温に調整されている気がする。
三〇分ほど進むと、だだっ広い部屋のような洞窟に行き着いた。
ここはエンセランスの住処にもあった例の場所だろう。
ただ、ここは自然洞のような感じであり、天井から氷柱のような鍾乳石がずらりと並んでいて、針天井みたいに見える。
地面の方も所々に尖って苔むした大きな岩が突き出しているし、足場は非常に悪い。
それに地面の岩は濡れているし足を滑らしてしまいそうだ。
広間の奥の影がゆらりと揺れ、赤く光る水晶のような物が複数こちらを見ていた。
その数は一六個。
影からヌッと超巨大なトカゲの頭のような物が現れた。口から二股に別れた舌がチロチロと見える。
そして似たような頭がいくつも影から現れた。
一つ、二つ……全部で八つだ……
「で……かい……」
ハリスの声が後ろから聞こえる。洞窟の入り口でも同じセリフを吐いてたじゃないか。
ま、そう言いたいのも解るよ。俺もそう思ってるし。
アナベルもトリシアも魔族の二人も口を開くことができないようで、無言のままだ。
「おぬしがヤマタノオロチじゃな!?」
マリスが恐れもせずに巨大な頭たちに呼びかけた。
『ニーズヘッグの一族の者か……他種族のエンシェント・ドラゴンが訪ねてくるのは久しい。外の話を聞かせてもらいたいものだ』
ゴロゴロといった音に似たヤマタノオロチの声は、俺にはやはり日本語に聞こえる。
「今日、我は冒険者として参ったのじゃ。水路の水のことじゃ」
『ほう……水路とな。人間どもは約束を
グルグルとオロチの喉が鳴る。八本の首が同じように鳴るので、まるでドラムロールの洪水みたいだ。
「あー、申し訳ない。そこは誤解だよ」
俺がそういうと、一本の首がこちらに向いてギラリとした赤い目を向けてくる。
『我々の話に口を挟むとは命知らずの人族よな』
「いや、口を挟むつもりはなかったんだが、誤解があるようなんで訂正させてもらおう」
俺はトラリアで起きていたオットミルの占拠事件を説明する。
それには魔族が関わっており、トラリアの人々が意図して約束を破ったわけじゃない事などを伝える。
『我々とシンノスケの約束を守るのが人間の役目。思わぬ事が起きようと、我々には関わりのないこと。それを
確かにそうなんだけど……
「もちろん、そうだと思う。だが、そこを何とか理解してもらえないだろうか?
この大陸の西側はシンノスケという偉大な男がいた所為で、自ら問題を解決する意思が弱い。
そこに魔族がつけ込んだのが今回の件だ。
この三年、酒が奉納されなかった事に腹ただしいのは理解しているつもりだ。
なので、俺たちは酒を大量に持ってきた。これで人間たちを許してくれないか?」
一六個の赤い目が俺をジッと見ている。
『酒を持ってきたか。では、それを味わう前に、一つ我々の願いも聞いてもらうとしようぞ』
ヤマタノオロチがグルグルと喉を鳴らす。
「願い……?」
『そうだ。我々は退屈している。我々を楽しませてもらいたい』
嫌な展開だな。ドラゴンを楽しませるのって……アレだよな……?
「何をすればいいんだ?」
『決まっておるだろう。太古の昔からドラゴンが欲する事はいつも同じだ』
──ズズン……ズズン……
巨大な地響きと共にヤマタノオロチが前に進み出てきた。
その巨体は俺がティエルローゼに来てから見た生物など、比べ物にならない大きさだった。
あのエンセランスを二倍に成長させても足りない。
さっきまでは首だけしか見えてなかったから実感はなかったが、ここまで生物が大きくなるものかと俺は驚愕する。
千年杉よりも太い足は地面を砕きそうだ。
身体に至っては、何百トンもありそうだ……
『さあ、始めようではないか。戦いの宴を!』
──シャシャァー!
オロチの八本の頭がヘビが威嚇するような音を立てる。しかし、ヘビの威嚇など可愛いものだ。
オロチの威嚇は轟音のように俺たちに襲いかかる。
「待て! 戦うなら俺だけだ! 他の者には荷が重すぎる!」
俺がそういうとオロチがキョトンとした目を向けてきた。
『人族の若者よ。我々に一人で抗えると思うてか。
それでは一瞬でも我々を楽しませることなどできようはずもない。
ニーズヘッグの一族がおるのであろう。
ニーズヘッグの者に手助けしてもらえば良い』
「そうじゃな。我も戦うのじゃ」
俺は、マリスに横に首を振ってみせる。
「いや、マリスがドラゴンになっても勝つのは無理だ」
「なんじゃ! 我の力を侮るでないぞ!?」
「いや……ヤマタノオロチはレベル一〇〇だ……」
さっき、マップ画面でオロチの光点をクリックしたんだが、レベル表示が一〇〇なんだよ。
マリスはドラゴン形態でもレベルは一〇〇に遠く及ばない。
一〇レベル以上の差があっては勝負にはならない。
俺は今、九五だから、なんとか五レベル差なので、辛うじて戦えるかも知れないんだよ。
神の加護も三つ付いてるしな。
ここで仲間たちを参戦させたら確実に何人か死ぬ。
そんな事、俺が許せるわけはないじゃないか。
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