第22章 ── 第11話

 デナリアの町を抜け、神殿の裏手の門から山脈に進む。


 二時間ほど山道を進むとすっかり身体が冷えてしまい、身体が無意識にブルブルと震えるようになる。


 いくつかのカイロに火を入れ、服や装備の各所のポケットに入れておく。仲間たちも俺と同様にカイロを使い始めた。


「このカイロという器具は非常に温かいですな」


 フラウロスがカイロを手に握りながら嬉しそうに言う。


「ま、温かいのは四時間くらいだ。冷たくなったら炭を入れ直すんだ」

「そういたします」


 アラクネイアは余り寒さに弱くないのか、カイロも二つ程度しか使わないようだ。


 このローデーツ山脈はデルフェリア山脈よりは低いが、山頂辺りには雪が残っているので、冬に入るような山ではない。


 ここを三日も進むのは大変だな……



 夕方まで歩いて結構な高さまで登ったが、仲間たちがとうとう音を上げ始める。


「さ、さ、さ、寒すぎる……」


 八寒地獄さながらの寒さに、トリシアの喋る言葉が面白いことになってきた。歯の根も合わずを地で行っている。


 俺はインベントリ・バッグから飛行自動車二号を取り出して、山道においた。


「今日はもう野営にするけど、明日からコイツを使って進もう」


 俺も寒すぎてそろそろ我慢ならないのだ。

 今まで人目に触れないように使わなかったが、既に人里など遥か彼方となったし、目撃されることもないと判断する。


「これは目立つから今まで出さなかったけど……もう人目もなさそうだし良いよね。何より寒すぎるからね」

「これだと寒くないのかや?」


 マリスが興味津々だ。


「ああ、冷暖房完備だからな。今日はここで野営だ。みんな少し待ってろ」


 俺は飛行自動車の中に入ってエンジンを掛け、エアコンを暖房に切り替える。


「貴殿、唸り声が煩いですな」


 フラウロスも車に興味があるようだが、話しかけても答えてくれないと思います。


「よし、みんな中に入っていいぞ。少ししたら暖かくなるはずだ」


 俺の号令でマリスが最初に乗り込んでくる。


「うむ。これに乗るのは初めてじゃ。馬車に比べると乗り心地が良いのう」

「この椅子には綿が入っているな。これだけ入れてあるとかなり贅沢だな」


 トリシアが助手席に乗り込み、椅子の状態を確かめている。

 クッション部分はガラスと同じようにドーンヴァースの材料なので、どっちかというと発泡ウレタンに似た感触だと思うよ。


「これは何です?」


 天井の真ん中に銃座の開口部がある。それを見上げてアナベルが不思議そうな顔をしている。


「ああ、それは銃座だな。そのうちマシンガンでも付けようかと思ってるんだが」

「素敵用語かや?」

「いや、トリシアの武器みたいなヤツを付けられるようにするんだよ」

「私のコレか?」

「ああ、それよりも大型で強力なヤツになるけどね」


 トリシアの武器は狙撃用のバトルライフルだから連射も可能だけど、六ミリくらいの弾丸だから威力は限定的だ。

 銃架に乗せるならの一二ミリ以上の弾を撃つ重機関銃にしたいところだよ。


 ハリスが後部座席に乗り、フラウロスとアラクネイアを引っ張り上げて後部の扉を閉じた。


「広いな……」

「このような馬車は見たことありませんが、どこに馬を繋ぐのでしょう?」


 アラクネイアも自動で動くとは思ってないようだ。


 飛行自動車二号は、一号と三号に比べて非常に大きいので、中はゆったりです。前に二人、真ん中に二人、後ろに三人で乗っても、まだ余裕がある。

 トランクスペースを活用すると一〇人ほど乗れるように設計したからね。


 なので、フラウロス、アラクネイアが仲間になっても何ら問題なく乗れるのですよ。


 その日の夕食は簡単に済ませ、車中で夜を明かした。


 暖房で寒さは凌げたが、車中泊はやはり狭いか。寝返りが若干難しいな。



 朝になり車の中から外を見ると雪が積もっていた。どうやら深夜に少し降ったようだ。


「雪か。昨日、寒かったはずだ」


 俺が起き出した音で目が覚めたのか、トリシアも倒した座席から身を起こした。


「そのようだ。外で寝てたら凍死してたかもな」


 こいつを出して正解だったよ。


「このまま、祭儀場まで向かうぞ」


 まだ他の仲間は寝ているが、先を急ぐことにする。

 朝飯はサンドイッチでも摘んでもらおう。

 インベントリ・バッグからサンドイッチを出して、運転席の後ろにある簡易テーブルを出して置いておく。


 俺はハンドルを握って、スライドスイッチを上昇に入れる。


 二〇メートルほど車を上昇させてから、シフトレバーをドライブに入れてアクセルを踏み込んだ。


 車は振動もなく空中を進む。

 トリシアが物珍しそうに窓の外を眺めている。


 時速六〇キロほどで空中を滑るように車は進んでいく。地形に影響されないので、二時間ほどで祭儀場まで飛んでいけるだろう。



 能力石ステータス・ストーンの大マップ機能をカーナビのように使って、目的地に向かっているが、経路検索などはできないので下部カメラの映像を見ながら山道を辿っていく。

 時折、渡り鳥などが空を行くのが見える。


 ドライブ気分で空を飛んでいると、後ろの仲間たちが起き出した。


「おお。飛んでます! 私、飛んでますよ!」


 アナベルは眠い目を擦りつつ窓の外を眺めたのだが、空を飛んでいるのに気付いて一瞬で眠気が吹っ飛んだようだ。


「おー、飛んでおるのじゃ。じゃが、風を感じぬから何ら情緒がないのう」


 マリスも感心した声を出すが、いささか不満げだ。


 ドラゴンとしては空を飛ぶ時は風を感じるべきとか思ってるのかもしれないな。

 飛行バイクとかを作れば解決できる事だけど、車に比べて危険度が高いよね。


「凄いな……」


 ハリスは眼下に見える山肌を眺めている。

 フラウロスとアラクネイアは、驚きの余り無言だ。


 二人とも飛行能力はないので、怖がっているのかもしれない。



 一時間半ほどで祭儀場らしき場所に辿り着いた。


 祭儀場の真ん中にある広場らしき場所に慎重に飛行自動車を下ろした。

 車から出て油断なく周囲を観察する。


 円形広場の西側に弧を描くように祭壇が設けられており、そこには八つの大きな丸い穴が開いている。

 丸い穴の大きさは直径三メートル、深さは四メートルもあろうか。


「ここに酒を注ぐんじゃね?」


 穴を覗き込んで見るが、酒などの液体は入っていない。昨晩の雪が少々底の方に積もっているだけだ。


 雨とか雪とかが溜まっていない所を見ると、定期的に手入れをされていたようだ。


 仲間たちも穴の中を覗き込んで、俺の意見に同意する。


「やはり八つ首か……ケントの推測通りだな」

「そうじゃのう。ハイドラの一族で八本首だとすると相当強力なヤツじゃろな」

「そうなのです?」

「ハイドラの始祖は九つの首があったと伝わっておる。八つ首じゃとすると、エンシェント・ドラゴンの中でも最古参じゃろうな……」


 さすがのマリスも苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「世代で首の数が変わるのか?」


 トリシアの質問にマリスが頷く。


「そうじゃ。長く生きれば生きるほど首が増えると言われておる。始祖が九本じゃとすると八本はエルダーもエルダーじゃな」


 エルダー・エンシェント・ドラゴンとか冗談でもやめてほしい存在なんですが……


 俺たちが祭壇を調べている後ろで、フラウロスが周囲をクンクンと嗅ぎまわっていた。


「どうした、フラウロス?」

「いえ、どうも魔族の臭いがする気がしまして」


 マジか……まさかアモンじゃあるまいな……


 俺は無意識に口と鼻を手で覆った。

 それを見てフラウロスが少し笑う。


「いえ、主様。アモンが空気に変異していたら、火山の火口付近の臭いがしますので」


 それって硫黄の臭いってやつ? 悪魔が現れた後には硫黄が残るとかいう伝説があったっけな。


「我の鼻は特別でしてね。カリス様配下の魔族がいた場合、臭いという形で存在を感じることができるのです」


 クンクンと周囲を嗅いでいるフラウロスが、ある一点に向っていく。


「こっちですかね……」


 そこは広間を造る時に削った岩肌の部分だ。


「ここの辺りに何かあるような……」

「お待ちなさい。妾が調べてみましょう」


 アラクネイアがフラウロスが調べている岩肌に向かう。


「アラクネイアは何か感じるの?」

「いえ、臭いは感じませんが……妾は機織り以外にもいくつか能力があるのです」


 アラクネイアが岩肌をあちこち触っている。


「ここ……ここに何かあります。多分、隠し通路のようなものが……」


 マップ画面を確認するが、そういう物は表示されていない。

 となると、マップ機能をも欺く何かがあるという事か。


「マリス。ドラゴンの隠形術を使って隠してあるかもしれない。ちょっと調べてくれるか?」

「ガッテンなのじゃ! 少々待っておれ」


 マリスが胸の前で腕を組んで、目を閉じて何かを念じるように眉間にシワを寄せる。


 マリスの頭の後ろから前に見たミニ・ドラゴンが顔を出した。


「アキャ!」


 ミニドラゴンがパタパタと小さな翼を羽ばたかせて、岩肌に飛んでいく。


「アキャアキャ!」

「ふむ。そこに洞窟が隠されておるようじゃ!」


 マリスが岩肌の前まで行き腰に手を当てる。


『古き竜の力が命ずる。次元の門を開き我らを招き入れよ! 我はニーズヘッグ族なり! 我の訪問に応えよ!』


 マリスの大きな声に反応したのか、一瞬だけ岩肌が残像のように揺らぎ、巨大な門が現れて音もなく開いた。


「アキャー!」


 ミニ・ドラゴンが岩肌に突撃し、そして消えた。


「うむ。我の訪問に応えたようじゃな。もう入れるのじゃ」


 トリシアが苦笑いを浮かべた。


「毎度、ドラゴン語は咆哮にしか聞こえぬな」

「エンセランスちゃんの山でもそうだったのです。こう、お腹の底でゾクッとした物が走り回る感じなのです」

「それが……マリスの……ユニーク……『恐怖』……なのだろう……な」


 なるほど、皆にはドラゴン語で聞こえるんだな。ユニーク・スキルの『恐怖』というより、生物の本能的な部分に訴えかける声って感じだと俺は思うよ。


 ただ、日本語に聞こえるので、俺は恐怖は感じないんだよな。


 さて、ヤマタノオロチの住処への扉は開いた。

 後はオロチ本人とご対面だな。


 俺はそっちの方が怖いんだけど……

 エルダー・エンシェント・ドラゴンと初対面だからな。

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