第22章 ── 第10話

 デナリアの町を探索しながら奥へと進む。


「やはり、どの建物もおよそ五日ほど前から使われていないようだな」


 トリシアが不機嫌そうに言う。


「五日前に何かあったのは間違いないようだが、魔族に襲われたにしては周囲が綺麗すぎるな」


 俺はトリシアの言葉に頷きながらも、町の人々がどこに連れ去られたのか思考する。


 町の状況から殺戮があったとは思えない。だとすると連れ去られたのは間違いないだろう。しかし、一体どこへ連れ去ったのか。

 それと、連れ去ったとしても、魔族一人の仕業とは思えない。二〇〇〇人からの人間を捕まえるとしたら相当な数の勢力が動いたはずだ。

 抵抗した痕跡はないので、暗示や催眠術、魅了などで一瞬で住人たちの自由を奪う必要があっただろう。


「フラウロス、アモンがやったとさっき言ってたが、この状況をアモンの能力が引き起こしたのか?」

「そうですね。アモンは非常に強力な能力を持っています。空気に溶け込み、簡単に生物の体内に入り込むことができますので、一度に大勢操る事ができますね」


 むむう。厄介な能力だな……


 地球の伝承におけるアモンは、エジプト神話においてはアムンと同一視することもある。

 アムンはテーベ地方における大気の神だという。このアムンとラーが一体となり、アメン・ラーと呼ばれるようになったなんて話もあったっけな。

 トゥト・アンク・アメン、日本ではツタンカーメンで知られる少年王の名前にも入ってるので有名だな。



 町の最奥には立派な神殿があり、どうやらこれがヤマタノオロチを信奉する教団の建物らしい。

 神殿の倉庫が異様に広いのは酒を備蓄するためだろう。小さな空樽がいくつも並んでいるところを見ると、酒の供給が絶たれて久しいのだろう。


 神殿の本殿の後ろ側に巨大な門があり、山脈へと道が続いている。

 この裏手の門の周囲に大きな荷車が大量にあるのを見ると、酒を運ぶための荷車じゃないかと思われる。


 マップ画面で道の先を見てみれば、およそ三日ほどの距離に例の祭儀場があるのが確認できる。

 この道はかなり険しいようなので馬車で酒を運ぶのは大変だったろうな。



 色々と町の内部を調べたが、やはり何の手がかりも得ることは出来なかった。

 住民の救出をと思っていたが、手掛かりが無いのではどうしようもない。


 その日は宿っぽい建物の中で夜を明かす事にする。


 仲間たちの夕食を作っていると、腕の小型翻訳機に通信が入ってきた。


「主様……」


 少々遠慮がちに綺麗な女性の声が聞こえてくる。


「その声はアラクネイアだな?」

「左様です。アラクネーたちが山脈を抜けましたので、主様に合流いたします。今、どちらでしょうか?」

「今、デナリアの町にいる。明日の朝から東の山脈への道に入る予定だよ」

「畏まりました。明日の朝までにデナリアの町へ到着するようにいたします」


 アラクネイアはそういって通信を切った。


 明日の朝って……オットミルからでも普通は二日掛かるんだが……

 さすがにレベル七五の魔族だと、どんな移動手段を持っているのかも判らんからなぁ。


 夕食はご飯と味噌汁、ハンバーグ、サラダを作りました。


 フラウロスがいるので肉系のおかずが良いかと思ったからだけど、仲間も種類を問わず肉が好きなので大好評です。

 明日の朝はハンバーガーにでもしますかね?



 次の日の朝、ハンバーガーを食卓に並べていると、聞き耳スキルが微かにカサカサという音を拾ってくる。


 マップ画面を確認すると、仲間を示す光点が結構なスピードで近づいてくるのが見えた。

 地形を無視したような動きに空を飛んでいるのではと考えたが、窓の外を見ると、巨大なアラクネーが屋根を飛び越えてやってくるのが見えた。


 アラクネーにしては一回りデカイな……


 窓を開けて俺が顔を出すと、その巨大なアラクネーが壁を垂直に降りて来た。


「主様、おはようございます」


 声からアラクネイアと解るが……デカイな!


「それが本来の姿なんだね?」

「左様です。お気に召しませんでしょうか?」


 確かに体長三メートル以上もあるのだが、上半身は人間なので別に嫌悪感はない。棘っぽいものが身体の色々な所から飛び出しているし下半身は蜘蛛だけど……


 顔は女性ですごい美人だし、おっぱいがデカイので無問題です!

 などと考えたが口には出さない。軽蔑されそうだからね。


「いや、問題ないよ。ただ、人前に出たら逃げ出すヤツが続出するだろうな……」

「では、人族のように装います」


 アラクネイアが目を閉じて魔法を唱える。


肉体変化ボディ・メタモルフォーシス


 アラクネイアの魔族本来の姿が見る見るうちに変化し、例の妖艶な黒いドレス姿に変わっていく。


「おおー。あれは変身魔法だったのか」


 変身すると従来のアラクネイアとして認識されなくなるという事か。この姿だとマップ機能の検索に引っかからなかったしな。

 どう検索すると検索できるんだろうか? 後で実験してみるかな。


「この姿なら人の前で恐れられることもありませんでしょうか?」

「うん。どっちかと言うと注目の的ですな」


 俺はニヤリと笑いながらアラクネイアを建物の中に入れてやる。


「おはようございまーす。あら? アラクネイアさん、来ましたね!」


 珍しく朝寝坊しないでアナベルが起きてきた。


「はい。主様の元に急いでやってまいりました」


 トコトコとマリスも階段を降りてきた。


「うぬ? アラクネイアなのじゃ」

「おはようございます、マリス様」

「マリスじゃ! 様はいらんのじゃぞ? 仲間になったのじゃからな!」


 ハリスとトリシアが外から入ってきた。


「やはりアラクネイアだったか。巨大なアラクネーが凄い速度で北からやってきたのが見えたしな」


 トリシアがそう言うと、ハリスも頷く。


「あれ? 二人ともどこに行ってたんだ?」

「どこに……? 見張り……だ……」

「さすがに、この町の状況から考えても夜番は必須だろ? 私とハリス、フラウロスで宿の周りを見張ってたのさ」


 どうやら三人で夜番に立っていたらしい。


「フラウロスは?」


 俺がそういうやいなや、俺の影からフラウロスが現れる。


「主様、御身の前に」


 にゃんこモードで恭しく頭を下げるフラウロス。


「お疲れだったね。朝飯の支度は出来てるよ。遠慮なく食ってくれ」


 テーブルの上に山と置かれたハンバーガーの包みに魔族以外の仲間たちはニンマリ顔になる。


「あれじゃな! ハンバガーとかいう丸いサンドイッチじゃ!」

「昨日の夜がアレだったからな。今朝はこれが出るんじゃないかと期待していた」


 マリスとトリシアが嬉しげにテーブルに付く。


「ハンバガーってなんです?」


 アナベルが不思議そうにハンバーガーの包みを見ている。


 そういや、以前ハンバーガーを作ったのはアナベルと出会う前だったっけ?


「ハンバーガーな。今回のハンバーガーは前のと違うぞ。俺の世界本来のハンバーガーだからな」


 その内、てりやきチキンバーガーとかコロッケバーガーとか定番バーガーも作ろう。


 フラウロスとアラクネイアも興味津々のようだ。

 フラウロスは人型モードに切り替えたのに、クンクンとバーガーの包みの匂いを嗅いでいる。


「いい匂いですな」

「私も頂いてよろしいのですか?」


 フラウロスは嬉しげに、アラクネイアは遠慮がちという所が対照的だ。


「ああ、好きなだけ食え。遠慮はいらないよ」


 俺もバーガーに手を出す。


 既にマリスとトリシアは包みから出してがっつき始めている。

 アナベルも慌てて席に付いてバーガーに手を延ばした。


「むむ!! 今回のハンバガーは前のより美味いのじゃ!」

「戦闘力が格段に上がっているな。中の野菜のシャキシャキ感といい、赤いヤツの酸味が思わぬ伏兵として舌を襲ってくるぞ!」


 そりゃそうですな。前回と違ってキャベツをレタスにしてあるし、トマトの輪切りスライスも挟みましたからね。


「新食感なのですー! 昨日の夜のヤツより薄いのが少し残念なのですけど」


 アナベルもうまそうに食べているが、肉がハンバーグより薄いと不満げではある。

 あまり厚いパテだとバランスが悪くなるからな。齧りついたらハミ出したりするじゃん。

 バンズにゴマを振って焼いたりして、今回は結構凝ってるんだけどな。


 ハリスは黙々と食べており、既に二個めに手を出している。


 仲間たちの食べ方を見て、フラウロスも真似をして食べ始める。彼の口は大きいので一口で半分くらい齧り取っている。


「美味い! 主様の料理は毎回、我を幸せにしてくれますな」


 アラクネイアは優雅に齧る。


「このような料理は初めて頂きます。パンに肉、野菜をいっぺんに摂取できるようにしたものですね」


 アラクネイアは感心したような顔になりながら食べ続けている。


「そうだね。手軽に食べられるから携行食としても便利なんだよ」


 これから三日ほど山の中を歩くし、この建物の調理場がかなり広くて便利に使えたので、ハンバーガーやサンドイッチなどの材料も大量に作ったんだよ。

 野外で料理する場合だと、ハンバーグとか手の込んだ料理は面倒だからね。



 朝食を終え、出発の準備を整える。


「これから山に入る。一応、真冬の山だ。天候の急激な変化に注意だよ。カイロと炭を渡しておくから、寒くなったら使ってくれ」


 俺は仲間たちにカイロと圧縮炭ボードを何枚か渡しておく。


「フラウロスとアラクネイアも使ってくれ」


 魔族二人には無限鞄ホールディング・バッグと一緒に渡す。


「この鞄は……無限鞄ホールディング・バッグですね!?」


 フラウロスが感嘆の声を上げる。


「ああ、そうだ。ティエルローゼだと結構貴重らしいし、二人共持ってないだろ?」


 実際、二人は荷物らしいものは全く持ってないからな。


「頂いてよろしいのですか?」

「構わない。仲間たちは全員持っているからね。君たちも持っておいてくれ」


 アラクネイアも嬉しそうだ。


 俺は二人の腰のベルトに取り付けてやる。


「よし、これで良いかな。一応、下級の無限鞄ホールディング・バッグだから、容量はそんなでもないけど無いよりマシだろう」


 下級無限鞄ホールディング・バッグは在庫が結構あるので、仲間には惜しげもなく与えておく。

 下級だとしても三〇〇キロほど入るからね。


 アラクネイアの本来の姿なら余裕で運べる量だろうけど、コンパクトにまとまるから、これを使う方が便利だろう。

 ドレスにバッグを釣るってのも少々違和感があるけどな。


 後で二人の装備なんかも考えた方が良いかも知れないな。


 フラウロスは魔法を使うけど、剣も使えるらしい。俺と同じ魔法剣士マジック・ソードマスターのような職業クラスなのかも。

 アラクネイアは何の職業クラスなんだろうか。


 蜘蛛モードと人型モードで武装を変える必要もありそうかな?

 そういや、フラウロスもにゃんこモードと人型モードがあるな。


 何種類か作った方がいいかもしれない。

 後で寸法とか測らしてもらった方がいいかなぁ……

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