第22章 ── 第8話

 包囲軍を連れて俺たちはオットミル西の大門から町へと戻った。

 門の中に入ると、アラクネイアと整列したアラクネーたちが待っている。


「お待ちしておりました。トラリア軍の方々」


 アラクネイアが静かな、それでいてよく通る声でトラリア包囲軍の指揮官たちに話しかける。


 アラクネイアの美しさにトラリアの指揮官たちは度肝を抜かれ、頷くことしかできないようだ。


「我が娘たちよ。戦いは禁じます。妾たちの話し合いが終わるまで、静かに待機するように」


 アラクネイアの言葉に、アラクネーたちが武器を掲げて敬礼のような仕草をする。


「では、参りましょう。あちらの陣幕にて席を設けております」


 アラクネイアが手で示す方向、門の近くに大きな陣幕テントが設置されている。

 大型の陣幕テントは俺が貸したものだ。ブレンダ帝国の軍事物資の一部だよ。


 アラクネイアに促され、トラリア軍の貴族たち六名と俺たちは陣幕テントに入る。

 陣幕テントの中にはアラクネイアがいた屋敷で見たメイドが何人か控えており、テント内に設置されたテーブルと席に俺たちが座ると、お茶などを入れて持ってきてくれる。


「ありがとう」


 目の前にティーカップが置かれたので礼を言うと、メイドはニッコリと笑って頭を下げた。

 中々可愛いですな。ホワイトブリムがいい感じ。光沢からすると……あれもシルクだなぁ。


 一人、メイド姿に和んでいると、咳払いが聞こえてきた。


 おっと、申し訳ない。つい、メイド服の魔力にやられていたよ。


「では、トラリア及びアラクネーの和平交渉を始めさせて頂きます」


 俺はお誕生日席から、左右に解れて座る両陣営に会談開始の宣言をする。


 最初に口を開いたのはトラリア軍の指揮官の一人、ターミット・ラリュース伯爵だ。例のボードゲームに興じていた人だ。


「オットミルの町から撤退なさるとお伺いしましたが……」


 その問いにアラクネイアが静かに頷く。


「はい。こちらのケント・クサナギ様に勧められましたので。

 トラリアの国では水が手に入らず大変お困りのご様子。

 妾たちが原因ではないかとお聞きしています」


 ネイター・シロット子爵がそれを肯定する。


「左様。この町の酒が手に入らず、デナリアの町が水源を管理されている方に、奉納できずにいるのだ」


 さすがに敵対する魔族にヤマタノオロチの事は話せないという事だろう。随分と曖昧に言ってるね。


「そうお聞きしましたので、妾と子供たちはこの町より撤退致します」


 指揮官の貴族たちは驚いて顔を見合わせている。


「随分と素直に撤退するんですな。我が国の水源を枯れさせるのが、魔軍の目的なのでは?」


 ラッセル・キンバース男爵がアラクネイアを問いただす。


「魔軍には協力しておりましたが、魔軍参謀アルコーンが死んだ今、もう協力するつもりはありません」

「ア、アルコーンですと……この計画は、アルコーンが立案したものだというのか!?」


 ゼーマン・トムス男爵が立ち上がる。


「左様です。昔の義理がありましたので協力しておりましたが、もうその義理もなくなりました」

「ちょっと、待って頂きたい」


 セムス・コーゼイ伯爵が手を上げた。


「ア、アルコーンが死んだというのは……」

「それは俺から説明させて頂きます。

 魔軍参謀アルコーンは、このトラリアより遥か東、ティエルローゼの大陸東側で討伐されました」


 俺がそう伝えると、トラリアの貴族たちがザワザワとしだした。


「魔軍参謀が討伐ということは……」

「魔軍の戦力は半分以下に落ちることに」

「どこの英雄が討伐したのだろうか?」

「この情報は真実なのか?」


 まあ、言いたいことも解るけど……


「アルコーンが討伐された事は事実です」


 俺がそういうと貴族たちは俺の方に顔を向けた。


「その情報はどこから?」


 ラリュース伯爵に聞かれて俺は答える。


「俺たちが倒したからですよ」


 貴族たちの目が見開かれる。


「魔族の中でも最悪の亜神ですぞ? いかなフソウの世直し隠密殿たちでも……」

「いや、俺達は世直し隠密じゃないですからね。

 俺たちは大陸東側で組織された冒険者ギルド所属の冒険者チームです。一応、冒険者でも最高ランクのオリハルコンを頂いています」


 貴族たちに怪訝な空気が広がる。


「冒険者ギルド? オリハルコン?」

「大陸の東と交流などあったかね?」

「大陸の東側は、蛮族が蔓延る野蛮な地では?」

「西側諸国を蹂躙した報いを受けて救世主様によって消滅したと聞いた事があるが?」


 歴史談義をするつもりで会談を開いたわけじゃないんだが。


「その辺りは、詳しく説明するつもりはありません。今はアラクネイアたちと包囲軍の話し合いですから」


 俺は一応釘を刺す。


「ま、まあ、そうであったな。後で詳しく聞かせて頂きたいものだが……」


 セムス・コーゼイ伯爵がアラクネイアに視線を戻して苦笑いを浮かべる。


「妾たちは撤退します。町はそちらの思うように支配権を回復されれば良いでしょう」


 アラクネイアがお茶を飲みながら静かに言い放つ。


「ふむ……で、あるならば、我々にも異存はない。町の住人たちはどのようになっておる?」

「最初に抵抗した衛兵隊は殺傷してしまいましたが、住人たちには手を出しておりません」


 ラリュース伯爵の問いにアラクネイアは素直に答える。


「では、町に損害はないのだな?」

「ないでしょう。建物や施設なども破壊しておりませんし」


 ラリュース伯爵は安堵のため息を吐いた。


「では、破壊による賠償などは請求できないか……衛兵隊の分くらいは償って頂きたいものだが」

「妾の子供たちが東の断崖を伝って外から物資を運んできておりましたので、その物資をお渡ししましょう」


 あの倉庫にうず高く積まれた物資全部をか……?

 金貨にして数万枚規模の価値があると思うんだが。気前がいいというか何というか……


「その物資とは……?」


 コーゼイ伯爵が聞いてきたので俺が答えるとしよう。


「先日、その物資とやらを視察してきましたが、金貨にして数万枚ほどの価値はあるかと思われます。後で貴方たちも視察すると良いのでは?」


 コーゼイだけでなく、他の貴族も驚きつつも頷く。


「もちろん、そうさせて頂こう。我が国の被った損害を補填するためにもな」


 ま、あれだけの物資だ。補填して余りあると思うよ。


「し、失礼致します!」


 入り口から声がして、垂れ幕から入ってきた人物が一人いた。それはオットミルの町長だった。


「誰だね?」


 一番近くにいたキンバース男爵が声を掛けた。


「はっ! オットミル町長のジース・フレネーズでございます!」


 町長は名乗ると、片膝を突いて挨拶をした。


「ふむ。それでフレネーズ殿、何用かな?」


 ラリュース伯爵が町長に用件を尋ねると、フレネーズ町長が頭を上げた。


「はっ! アラクネーの件につきましてご提案させて頂きたく参上しました」

「提案とは?」

「アラクネーたちが撤退するとお伺いしました。それは少し待って頂きたいのです!」


 町長の言葉にトムス男爵が不機嫌そうな顔になる。


「何を言うか! せっかく町を返してもらえるというのに、何故に待たなくてはならない!?」

「はっ! 町の経済活動におきまして、アラクネーの存在が必要不可欠だからであります!」


 町長は、オットミルの町に如何にアラクネーが必要かを説明しはじめた。


 アラクネーたちが持ち込む物資は、非常に品質がよく安価であり、これら物資をトラリア王国の他の都市や町、村などに運べれば、トラリアに多大な利益をもたらせるはずだと町長は言う。


 ま、確かに、絹織物一つ取っても、相当な金額で取引できるだろうね。

 アラクネーがいなくなったら、絹は手に入らないだろうしなぁ。


 それ以外においても、主食である小麦、野菜や肉類などの食料品、材木などの建材など、様々な物資を運んできている。

 それもトラリアの他の町から商人が運んでくるものよりも品質がいい。


「こういった事情により、アラクネーたちとの商取引はトラリアの国に必須であると愚考する次第です!」


 町長は力説するが、貴族たちの顔は曇ったままだ。


「魔軍の手の者だぞ?」

「そうだ。魔族が率いる者を我が国に出入りさせることなど女王陛下が許すまい」


 六人の貴族たちは全員が否定的だ。


「しかし……」


 町長が食い下がるが、ラリュース伯爵が首を振る。


「いや、貴殿の話はよく解った。だが、女王陛下の御裁断なくして、それを許すわけにはいかぬ。下がりなさい」


 町長は、伯爵にそう言われて、意気消沈してテントを出ていった。


 気持ちは解るよ。あれだけのお宝だからなぁ。俺なら許してたかもしれないな。


 でも、魔族が率いる者との取引に拒否反応を示すのも理解できる。

 俺もフラウロスやアラクネイアと出会うまでは、魔族へのイメージは悪かったからな。

 メフィストフェレスは例外的な存在で、彼は神が従えているので人間には関係ない存在だったし。


 人間、固定観念を壊すのは容易じゃない。貴族たちがこういう反応をするのは仕方ないんじゃないかな。

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