第22章 ── 第7話
アラクネイアやフラウロスが仲間になったので、これまでの話を少し整理してみる。
まず、人魔大戦以降、異界から魔族は呼び出されておらず、現在の残党は二〇人程度だとフラウロスは言っていた。
そのうち、アルコーン、オノケリス、ラウムは俺たちが倒してしまった。
現在、残ってる魔族は一七~八人らしい。これは魔軍所属の魔族の数だ。
アラクネイアのように魔軍に所属していない魔族というのも存在するので、正確な数は特定できない。
それでも一〇〇人もいないのではないかとアラクネイアは言う。
魔軍に所属していない魔族は、基本的に人類種の社会に溶け込んでいたり、人里離れた山奥などで静かに暮らしているという。
このような存在は怪物として恐れられている魔族もいたりするが、このティエルローゼを終生の地として生きている。
カリスが倒されてしまったので、異界に帰ることもできないのだから仕方ない。
カリス以外の異界の神は、青い世界「地球」に思いを馳せてはいたが、自らの命を捧げるほどに拘ってはなかったようで、ティエルローゼには既に存在しないらしい。
大戦で劣勢になるにつれ、カリスを見捨てて異界に帰ってしまったのだ。
これを聞いた俺はティエルローゼに残ったカリスや配下の魔族に少々同情をしてしまう。
裏切られるのは本当に辛いことだからな。
掌返しされたカリスがティエルローゼで神々と死ぬまで戦った理由は、仲間たちの裏切りに対する怒りがあったのではないだろうか?
一対多でどうやって勝とうとしたのか……ある意味、自殺に近い無謀な行いだ。
だが、残された魔族や魔獣は、カリスの行動に殉じた。自分たちの創造主が世界から消滅してもなお、その決定に従い続けている。
何とも悲しい者たちだ。対峙した時、恭順を誓うなら助けてやってもいいかもしれないなぁ。
ま、アラクネイアのように戦うこともせずに恭順してくれるのが望ましいんだが。
しかし、そう簡単には行かないだろう。
魔軍の残党は生粋の軍人たちだ。フラウロスのような存在は比較的珍しいと考えるのが順当だ。
俺の短い人生の中で、軍人という者に何人か出会ったが、強固な忠誠心と実直な人柄を感じさせる者が多かった。
カリスに殉じた者たちが、そういう現実世界の軍人たちと違うとは思えない。
戦争においては殺し合うのが軍人であり、一方の正義だけで片方を断じる事はできないのが世の常だ。
アルコーンのように同族には優しい存在だったりすることもあるかもしれないが、人類種には冷酷残虐だったりするだろう。
なんとも頭が痛い問題だな。
ともあれ、魔族が中心的に暗躍している地域は確定した。
──バルネット魔導王国。
この国が魔族の活動する中心地なのは二人の魔族の証言で間違いない。
そのうち何とかしなければならないだろう。
俺は心の行動計画リストの片隅に、この事をしっかりと書いておく。
二日ほどオットミルの町で情報収集などをして過ごした。
この町にいる人類種たちは、アラクネーたちが現れた当初は恐怖を感じたようだ。
しかし、町の生活で人々が必要な物資を、垂直に近い崖の上からアラクネーたちが背負って降りてくるのを見て、アラクネーたちに敵意などが殆どないことはすぐに知れ渡った。
町から出る事は許されなかったし酒造区画も厳重に封鎖されたが、人々の生活には何の制限も設けられなかった。
それで街の人々はアラクネーを相手に共生生活を始めた。
一緒に生活してみると街の人々には中々具合が良かった。
アラクネーは占領しているものの、彼女らが持ち込んでくる物資は質がよく、そして安価だった。
米は手に入らなくなったが、上質な小麦をアラクネーたちは大量に運んでくる。
衣服などを仕立てるための布も、絹織物など貴族ですら手に入らない最高級品が、木綿の布地などと同程度の値段で卸されるのだ。
アラクネーの物資輸送能力は非常に高く、一人で二〇〇キロほどの荷物を軽々と運ぶ。
なので、オットミル程度の大きさの町では消化しきれないほどの物資が、町の倉庫には集まっているわけだ。
俺も少し倉庫を覗かせてもらったが、現在活況を呈するトリエンの倉庫ですら見劣りするほどの物資量に羨ましさすら感じた。
今日はオットミルの町長という人物に会う事になった。
彼はアラクネイアが拠点にしていた屋敷に住んでいた人物だが、今は別の屋敷に住んでいるそうだ。
元の屋敷よりは小さいし見劣りするが、アラクネイアたちに恐れをなして明け渡し、今の屋敷に移り住んだらしい。
町長の屋敷は、小さいといってもトリエンにある俺の屋敷ほどの大きさがあった。
俺たちとアラクネイアが訪ねていくと、快く迎え入れてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、アラクネイア様。今日はどのような御用でございましょう?」
「我が主が、貴方とお話をしたいと仰せです」
「アラクネイア様の主……ですと?」
町長はアラクネイアの隣に立つ風采が上がらない俺にジロジロと視線を向けてくる。
まあ、アラクネイアは美女だしなぁ……俺も実際に会ってみて驚いたからな。フラウロスは怪物とか言っていたのにね。
多分、アルコーンと同じように人間に憑依しているんだろうけど、このままでいいのかな?
元の姿に戻る方が、彼女的には良いんじゃないのだろうか? あとで提案してみよう。
「無遠慮ですよ。そのように見ては主様に失礼です」
アラクネイアが少し不機嫌な声を出すと、町長はハッとして頭を下げた。
「も、申し訳ありません! つ、つい……」
ま、気持ちは解るよ。俺は相当没個性だからな。自覚はあります。
「ま、気にしなくて結構だよ。今日伺ったのは、アラクネーたちについてだ」
「な、何か町で問題でも発生しましたでしょうか?」
「いや、何の問題もないよ。
今回のアラクネーの侵攻は本日を以て終了する。町の支配権は侵攻前の者へと返還される。という事を伝えに俺は来ただけだよ」
俺がそういうと町長は驚き、そしてたじろいだ。
「す、少し待って頂きたいのですが!? アラクネーたちが居なくなるという意味ですか!?」
「そうです。アラクネイア、できるな?」
俺は町長に頷き、アラクネイアに確認する。
「はい。主様のご命令あれば、即座にそのように致します」
俺はその答えに満足し、町長に顔を戻す。
「いや……アラクネーが居なくなっては……」
「何か不都合でも?」
俺がそう言うと、町長は吹き出した汗をハンカチで拭い始めた。
「アラクネイア様はご存知だと思いますが……既にオットミルにおいてアラクネーたちは必要不可欠な存在です。今更、居なくなると言われてもですね……」
なるほど……アラクネーの経済活動は、このオットミルの町において無くてはならないほどになっているのか。
確かにあの良心的な値段と品質ではなぁ……
トラリアがどの程度の国力や技術力を持っているか知らないけど、アラクネーたちの持ってくる物には太刀打ちできないのかもしれない。
高品質に一度慣れてしまった者たちは、元の低品質に戻ることはできないだろう。
「だけど、アラクネーが要る限り、町の外のトラリア軍は包囲を解かないんじゃないかなぁ」
「そ、それは主様のお力で何とかしていただけないでしょうか!?」
それって俺にトラリア軍を追っ払えって言ってるの?
俺は少し不機嫌な顔になる。
「確かに、アラクネイアはが俺の配下になったけど、そこまで俺は責任を負わなくちゃならないのか?」
俺の不機嫌な顔に気づいたのか町長の顔が青くなる。
「俺は一介の冒険者だし、トラリアには何の責任もない。
アラクネイアがやった事は、俺の配下になる前だ。それが引き起こした問題を俺が負うってのもどうかと思うんだが?」
「え? 冒険者? どういう事でしょうか?」
町長は困惑した青い顔をハンカチでしきりに拭く。
「まあ、事の経緯を説明しておくか」
俺はフソウから依頼を受けてやってきた事やアラクネイアが俺の配下になった経緯を手短に説明した。
「ヤマタノオロチ様が……た、確かにオットミルの酒はオロチ様への献上品として何百年も前から作られておりますが……」
推測通りですな。
「で、この町の酒が納められてこないから、ヤマタノオロチが怒っちゃったんだろうね」
「オットミルの酒はデナリアの町に卸されておりましたが、デナリアは他から酒を調達しなかったんでしょうか?」
「そうみたいだね。ところでデナリアの町ってのはどこにあるの?」
俺はデナリアって町の名前は知らなかったので、一応確認のために聞いておく。
「オットミルから街道を南に下るとある町です。オロチ様への酒の献上を受け持った町なのですが」
うーむ。トラリア王国の情報は殆ど知らないからなぁ。
ヤマタノオロチとトラリアがどういう約束をしているのか。
包囲軍の貴族たちは知っているのかな?
「解った。では、その辺りは後で調べてみよう。
なにはともあれ、町の支配権の返還はやるからね。午後一番に包囲軍を町に入れたいと思う。
そこでアラクネイアと俺、町長、包囲軍の指揮官たちで話し合おうじゃないか」
俺の提案を町長は飲まざるを得なかった。
アラクネイアが全く反対しないんだから、俺の提案に否とは言えなかったんだろうけどね。
午後、俺と仲間たちは町の門を開け、包囲軍の陣地へと向かった。
俺たちが平然とやってくるのを見て、包囲軍の兵士たちが全員度肝を抜かれたような顔だったのが笑えた。
何年も包囲していたのに、簡単に門を開けてしまった俺たちに驚くのは当たり前か。
俺たちが来るのを聞いた包囲軍の指揮官の貴族たちが集まってきた。
「特使様! ご無事で!」
例の貴族が嬉しげに出迎えてくれた。
「やあ、どうも。アラクネーたちとは話が付いたよ。町から撤退するそうだ」
「おお、流石は特使様です」
「いや、特使というか……ただの冒険者だよ」
「これほどの手並み、ただの冒険者ではありますまい。やはり世直し隠密様たちに違いない」
出たよ、世直し隠密。シンノスケの残していった悪習だよなぁ。
西側諸国は「
「で、だ! 貴方たち指揮官には、これからアラクネーの指導者と会って頂きたい。そこで、色々と話し合ってもらいたいんだ」
俺がそう言い放つと、貴族たちは顔を強張らせた。
「アラクネーの指導者……ですと……?」
「そうだ。その指導者はアラクネイアと言う。アラクネーを創造した神とも言える存在だが、彼女は俺に言われて、オットミルから撤退するそうだ」
「か、神ですと……?」
一気に貴族たちは顔を青くする。
神が実在する世界において、生物を創造したものは神以外に考えられない。そんな存在と話し合えと言われて、尻込みするのは理解できる。
「まあ、アラクネーには神だけどさ。人間には魔族として知られる存在だ。恐れることはない」
「やはり魔族が……」
俺は頷く。
「町の支配権は君たちトラリア軍へと引き渡すとの事だ。なので、包囲軍を町に入れても構わない」
「魔族は退治されないので?」
はい、退治しません。
「アラクネイアは魔族だが、人間を害するつもりはないそうだ。なので、俺としては退治するつもりはないよ」
「しかし……魔族ですぞ? 我ら人間……いや、全人類の敵です!」
やれやれ……
「害意のないものを殺すほど、俺は血に飢えてないよ。というか、退治したいなら包囲軍でやればいい。できるならね」
俺は少し呆れた感じで言う。
「アラクネイアはレベル七五。一人でも君たちを殲滅できるほどの力を持ってるだろう。もちろん、彼女にはアラクネーたちも従うはずだ。包囲軍とアラクネーの総力戦になるだろうね」
そう言われて、貴族たちは困惑する。
「せ、選択の余地もありませんな……承知致しました。その魔族と話し合う事に同意致します」
よし。これで無駄な血を流すことはないだろう。
魔軍には所属しないとしても、魔軍の作戦の一端を担った存在だけに、貴族たちの不安や言い分も判らんでもない。
しかし、アラクネイアやアラクネーはティエルローゼに害をなす存在ではない事は確認済みだ。
共に生きていけるなら、互いにその道を探すべきだろう。
神々がメフィストフェレスを配下に置いた事でも判明している事実だしね。
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