第22章 ── 第6話

 屋敷の扉をノックすると、直ぐに開いた。


 中からはメイド姿の人間の女性が顔を出す。


「アラクネイア様との面会をご希望の方ですね?」

「はい。パリオネアさんに連れてきてもらったんですが」

「こちらへどうぞ」


 メイドに案内されて応接間へと通された。


 応接間には黒いドレス姿の女性が待っていた。


「ようこそ、人間の訪問者よ。妾がアラクネイアである」


 非常に美しい女性で、アラクネーのように異形の姿ではない。

 黒いドレスはシルク独特の光沢に輝いていて、彼女の美しさを引き立てている。


「ど、どうも。ケント・クサナギと申します」


 女性がヒラリと手を振り、俺たちに座るように促す。


「町の事で話があるとか?」

「そうです。この町がトラリア軍に包囲されているのはご存知でしょう?」

「もちろんです。それが何か?」


 なのにも関わらず、平然としていられる神経に感心する。


「率直に聞きます。このオットミルの町を制圧している理由はなんでしょう?」

「お酒を外に出さない為ですよ」

「それは……ディアブロに言われてやっているということですか?」

「ほう。ディアブロの名を知っているのですね。只の人間ではないということですね。アルコーンの遣いですか?」


 お、こいつはディアブロに敬称つけなかったな。よく思っていないのかもしれん。


「いや、アルコーンは俺が倒した。だから俺は魔族の敵になるかもしれないね」

「アルコーンを……!?」


 さすがのアラクネイアも驚愕の表情になる。


「かれこれ一年くらい前になるかな。大陸東の国で暗躍していたヤツと対峙したのでね」

「そうですか。それで理解しました。妾もこんなつまらない計画を実行する必要がなくなったということです」

「というと……」


 アラクネイアはテーブルの上に乗っていたティーカップを手に取り口に持っていく。


「妾の任務はこの町のお酒を外に出さないこと。先程言った通りです。それがどんな理由かは知りません。ただ、出すなと言われただけです」


 やはり計画の詳しい内容は知らなかったわけか……


「俺の考え……というより勝手な想像なんだが、アルコーンの計画はオットミルの酒を押さえて、ヤマタノオロチとトラリアに不和をもたらす事だったんじゃないかと思っている」

「不和を?」

「今、トラリアは山脈からの水を絶たれている。その為に大干ばつ状態で、食糧難に陥りかけているんだ」

「それが何か?」

「その水源の管理協力をしているのがヤマタノオロチという古代竜なんだよ」


 アラクネイアは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「ドラゴン種は例外なく酒精を好むと聞いたことが……」

「その通り、このオットミルの町の酒は、多分ヤマタノオロチへの奉納の為に作られている」

「なるほど……」


 さすがにそこまで説明すれば理解できるだろう。


「では、妾たちがしている事は、人間たちに甚大な被害をもたらしているという事になりますね」

「そうなるね」

「では、止めましょう。アルコーンがいなくなった以上、ディアブロに従うつもりもありません」


 そうなの? ディアブロが一番偉いんじゃないの?


「ディアブロがラスボスなんじゃないのか?」

「そうですね。カリス様がお亡くなりになったので、魔将軍ディアブロが指揮系統で一番上……なのでしょう。

 ですが、妾は魔軍に所属しておりませんので、ディアブロの命令に従う義務はありません」


 アラクネイアはカリスに作られた魔族ではあるが、魔軍の編成外の存在なのだそうだ。

 彼女はカリスの着る物を織るのが仕事だったのだという。


「カリス様亡き後、途方に暮れていた妾にアルコーンが色々としてくれたので、アルコーンには協力しておりましたが、ディアブロに義理はないのです」

「では、人間と争う気はないと?」

「当然です。この世界にいる人類種は妾の子どもたちの取引相手。むやみに傷つけるなど子どもたちの生活に支障がでます」


 随分と変わった魔族だな。人間と協調するのが当然だと思っているようだ。

 自分が作り出した種族の繁栄が大事って事だとは思う。

 神界の神々が人間を見守っている感覚に似ているのかもな。


 ま、アラクネイアはアラクネーにとっては現人神なんだろうし、種族への責任を全うしているに過ぎないのかもしれないが。


「なるほどなぁ。神々が貴女を普通に放置している理由が解った気がするよ」


 アルコーンに対処するに当たり、神々は人間に干渉した。俺個人にだけどね。

 その所為で他の魔族とも戦う事になった。オノケリス、ラウム、そしてフラウロス……


 基本的に魔族は敵だと認識したから俺はそう行動したが、神々はそれを予見していたのかな? 運命の女神とかが占いとかしてたりして。


「俺はアルコーンを倒したんだが、それを恨みには思わないのか?」

「そうですね……ほんの少し」


 そういってアラクネイアは少し笑った。


「でも、争うほどの事ではありませんね」

「そうか……安心した」

「ふふふ。アルコーンを倒すほどの人族は初めて見ましたが、随分と優しい性質なのですね?」

「いや、俺は別に争いや戦いは好きじゃないよ。冒険は大好きだけどね」


 目の前の敵を排除する事に躊躇はないけど。


「俺は自分を善だとは思っていない。全体に益となるなら、多少の被害には目をつむるし、陰謀も巡らせる。優しいかどうかは疑問だよ」

「そうか? ケントは優しいぞ? 何だかんだ言って、人が困っていると助けてしまう。冒険者の鑑だな」

「そうじゃなー。我も仲間に入れてくれたしのう」

「ケントさんは神々しいほどに優しいのです!」

「初めて……一緒に旅をした時……馬を……労っていた……」


 仲間たちが言いたい放題だ。ぐぬぬ。俺をお人好しと言いたいのか……


「ほほほ。慕われているのですね。軍務から離れている時のアルコーンに似ていますね」


 へ? あのアルコーンと? 意外な一面があったのだろうか?

 しかし、魔族に似ていると言われるのも困るな。


「俺は人間だし、ただの冒険者だ。魔族と似ていると言われてもな……」

「魔族はカリス様に作られた。だが、人間を作り出した神々も創造主なる者が作り出した存在」


 俺の影からフラウロスが湧き出した。


「その創造主なる者もカリス様と同じ世界からやってきたのですよ」


 そう言えば……エンセランスの話でもそんな事を言っていたな……


「ならば、魔族も人も同じ存在ではないのでしょうか?」

「フラウロス? フラウロスが何故ここに……?」

「ああ、アラクネイアよ。我はこの人族の下僕となった。あのメフィストフェレスですら神の軍門に下ったのだ」

「なんと! メフィストフェレスもですか! それは初めて知りました」

「我も最近、我が主様より聞いて驚いたのだよ。我々魔族もこのティエルローゼなる世界で安寧を求めても良い頃合いやもしれぬ」


 フラウロスがそういうとアラクネイアが笑う。


「妾は以前からそう考えていましたよ。妾の子どもたちにそれを実践させているのです」

「アラクネーたちの営みは町で見せてもらった。我も大いに感心させられたぞ」


 それは俺も思いましたね。良心的な価格で良いものを提供するアラクネーは商人の鑑だろう。

 利潤を求め粗悪品を高値で売りつけようとする一部の人間の商人とは雲泥の差だ。


「我は主様に忠誠を尽くす所存。アラクネイア、貴公は今後どうするつもりか?」

「妾か……? 妾は……子どもたちの面倒を見ながら生きていこうと思ってますよ」

「ふむ……だが、貴公はアラクネーの神であろう。神たる者は神界にて見守るだけが責務だと聞く。下界への干渉は厳禁だそうだぞ?」


 その通り。この町に来るまでにフラウロスに、その当たりは説明したんだよ。

 なので、フラウロスとか亜神クラスの存在は、人間に干渉しないようにと注意したのさ。


「そうなのですか? それがこの地の摂理なのですか?」


 アラクネイアが俺の顔を見てきたので、俺は頷いておく。


「そうだね。神は下界へ降臨するのに、それ相応の理由がないとダメなんだよ」

「では、何故、貴方は下界におられるのですか? アルコーンを倒せるとなると神ほどの力を持っておられるのでしょう?」


 鋭い所を突くね。


「そう言われると困るけど……俺はこの世界の人間じゃないんだよ」

「この世界の人間じゃない……?」

「ああ、この世界には何人か、別の世界からやってきた存在がいる」

「青い世界……の……住人……?」


 やはりアラクネイアは鋭いな。


「そうだ。俺は地球からやってきた。君たち魔族が青い世界と言っている所だ」

「おお……カリス様! 青い世界は実在したのですね!」


 アラクネイアが天井を見上げるように祈りのポーズをした。


「地球からやってきた人間は五人。そのうちの一人が俺だ」

「他の方は!?」

「一人は神界で神をしているね。アースラという」


 俺がそういうとフラウロスが反応する。


「アースラ! 人類種の英雄! 我が魔軍をことごとく殲滅せしめし、瞬速の剣豪!」

「そう、それそれ」

「あと三人は……?」


 アラクネイアが恐る恐るといった感じで聞いてきた。


「一人は神のアイテムで上級アンデッドになっちゃったなぁ。今、東の方の国で王様をやっているね。あと二人は……もう死んでしまった」

「青い世界の方たちは、全員そのような強力な存在なのですね……」

「そうだねぇ……ドーンヴァースというゲームから転生してきているんで……みんなレベル高いね。俺は二番目にレベル低かったんだよ」

「主様は今、レベル九五であらせられる」


 フラウロスが割って入って俺のレベルを言う。

 ま、仲間には秘密じゃないし、アラクネイアに知られてもいいか。


「九五!? ディアブロ並ですね……」

「ディアブロもそのくらいなの?」

「確か九九レベルと聞いた事があります」


 魔族の最大レベルは九九か。なんとかなりそうなレベルだな。仲間たちの協力は必須だけど。


「なるほど。理解しました。では、私もこの人族……ケント・クサナギ様に仕えると致しましょう」

「へっ!?」

「おお、それはいい。ケントの力になってやってくれ」


 トリシアがニヤリと笑う。


「そうじゃな。お主ほどの見識のある魔族ならケントも助かるじゃろう」


 マリスも賛成なんですか!?


「魔族でも人間の役に立ってくれるなら私も大賛成なのです!」


 フラウロスに感化されたかアナベル! アラクネイアは猫じゃないぞ!?


「いや、何で突然、そんな事になるんだよ……」

「青い世界の人なのでしょう? カリス様からお聞きした事があるのです。あの世界の人々は従順で、大変良く仕えてくれたと。彼の人々にいつか報いたいと……ならば、今、妾たち魔族が彼の世界の人に報いるのも、我が神との約束です」


 どうしてそうなる……


 しかし、アラクネイアの意思は固いようで、その目には断固たる決意が見えた。


「仕方ないな……フラウロスも仲間になったしなぁ。許すよ」

「ありがとうございます、主様。妾は生涯、主様に忠実に仕える事をカリス様の名において誓います」


 こうして、アラクネイアも俺の仲間になってしまった。


 しかし、俺が想像していた魔族は極悪非道ってイメージが、かなり壊されてしまった。

 どうやら魔族の性格も人間と同じく、色々なようだ。

 しかし、アラクネイアは人間と変わりないみたいだし、連れ歩くのは問題なさそうだ。

 いや、戦闘員として連れ歩くより、トリエンに派遣して絹織物の促進に精を出させてみてはどうだろうか?

 アラクネーたちにも協力してもらえるかもしれないし!

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