第22章 ── 第5話
アラクネーの屋台を回って少しずつ、町の情報を仕入れていく。
二年ほど前からアラクネーはこの町にやってきた。
彼女らの神であるアラクネイアの意向によるものだが、別に必ず従う必要はなかったようだ。
アラクネーは、世界樹の周囲に広がる世界最大の森林地帯が主な生息地であり、そこで養蚕を営んでいる平和的種族だ。
絹織物を作って同じ森林地帯の他の種族に売ったりして生活しているという。
この町──酒の町オットミルという──に来たお陰で新しい取引相手が出来たことが嬉しいとアラクネーたちは言う。
酒の美味い町なので、アラクネイアが支配している醸造地区で、仕事が捌けた後に酒を飲むのを楽しみにしているらしい。
最初の頃は人々には恐れられたのだが、慣れてくると細々とした商取引が始まった。
アラクネーたちの持ち込んでくる商品や食料は品質も良く、そして安かったため、町の住人は現在、アラクネーの商取引が無くてはならない状況になっている。
住人たちが町の外に出ることは許されていないので、様々なものが不足すると思われたが、不足したのはトラリアやフソウ産の米や調味料だけで、他のものはアラクネーの輸送隊が山脈を越えて運んでくる。
主食が米から小麦に変わっただけで、人々はあまり困っていないようだ。
外との繋がりを生業としている貿易商などは、最初期にアラクネー商人との取引に業務を移行し、異国の文化や食材などで潤っているし、輸送費や税金などもなくなり喜んでいるようだ。
ここまでの情報を手にれて、なんて健全な侵略行為かと感心してしまった。
武力を使ったのは最初だけ。衛兵団を壊滅させる時だけだし、あとは外敵からの防衛として、トラリア軍と一度だけ戦った。後は、ご覧の通りだ。
アラクネイアが戦いを嫌うというのは本当らしい。町を行き来する住人たちも笑顔だし、ビクビクした所は全くなかった。
情報収集をある程度終えたので、仲間たちを集める。
アナベルは屋台で買い食いに精を出し、両手いっぱいにスイーツを抱えていた。
トリシアも両手に鶏のもも肉を握って食べてるし、マリスは見たこともない遊び道具で通りを駆け回っていた。
「マリス、それは何だ?」
「これか? 背が高くなる道具じゃ!」
二本の棒で、棒の三分の一くらいの部分に足を乗せるステップが付いている。
どっかで見たことがある気がするが……何だっけ?
頭の中の記憶データバンクを必死で検索し、思い出した。
「竹馬か!」
「タケウマってなんじゃ? これはアルシュトープって言う道具らしいのじゃが?」
「ああ、それエルフ語だな。アルシュの足って意味だ。トリシア、アルシュって何?」
「アルシュは森の川などに生息する幻獣だな。四本の細い足で川を遡ったり下ったりする、主に水草を食べて生きている物静かな動物だ」
名前からしてアラクネーの道具というよりエルフの遊具ということか。
「これを使えば、ケントと背の高さは変わらなくなるのじゃ! ケントの見ている風景はこんな感じなんじゃなぁ」
マリスは小さいので、四〇センチくらい背が高くなると俺と同じくらいの目線になる。
それにしても、竹馬って乗りこなすのが非常に困難だと記憶しているんだが……マリスの身体能力は高いなぁ。
実際、俺が生まれた現実世界では、竹馬は小学校の高学年くらいの歳になるまで禁止されている物だ。
身体能力がある程度発達してからでないと事故を起こす危険があるとかで、地方自治体において条例化されていたはずだ。
「屋台で売られてたのか?」
「そうじゃぞ? アラクネーが銅貨一枚で売ってたのじゃ」
銅貨一枚か。見た所、鉄製のパイプに樹脂製のステップが付けられているし、現代の日本で売られていても遜色ないレベルの出来だ。これだけの工業製品を作れるエルフの集落か町が大陸中央の大森林地帯にあるということか。
どこから仕入れているのか後で探ってみるか。
仲間も集まったので、とりあえず宿屋を探そうと思ったが、トラリア側の人間が出入りしていないので、今は宿屋が営業していないらしい。
さて、どうしたものか……
そういや、アラクネーはどこで寝起きしてるんだろうか?
屋台のアラクネーに声を掛けて聞いてみる。
「私たちは醸造地区で寝てるよ。お前らはこの町の人間じゃないのか?」
ヤバ。妙な所で潜入がバレそうだ。
「えーっと」
「まあ、いい。寝る所が無いなら、醸造地区へ言ってみろ。パリオネアってヤツが斡旋してるよ」
一瞬、ヒヤッとしたが、あまり気に留めてないようで助かった。
しかし、アラクネーの斡旋か……利用しても大丈夫だろうか?
潜入している身としては、考え込んでしまうね。
「さて、どうしよう?」
「心配する必要はないのではないか? これだけ平和的な種族なら潜入がバレたとしても、罪を問うて来ることはないと思うが?」
トリシアは結構楽観的だ。
「我もあまり悪い印象はないのう……」
「魔族に作られたにしては平和的なのです」
マリスも悪印象なしか。神の使徒であるアナベルにしてもそう見えるか。
だが、アラクネーは体長二メートルもある生物だ。戦闘力は人間と比べるべくもない。
それがこの町には五〇〇〇匹以上いる。
もし、有事となればオットミルの町の住人数万人を人質にしていると言っても良い状況だ。
極力荒事は避けるべきだし、その原因をこちらから作りたくない。
ならばどうするか……
俺は少し目を瞑って考える。
今は影に隠れて付いてきているフラウロスの言葉を信じるならば、アラクネイアなる魔族と会ってみるべきかもしれない。
もし、その結果アラクネイアとマズイ状態になったとしたら、魔法でも何でも使って一気に撤退すれば町の人々に被害が及ぶこともないだろう。
俺たちはそれだけの武力も能力もあるはずだ。
「よし。醸造地区とやらに行ってみるか。アラクネイアとやらに面会を申し込んでみようかと思う」
俺がそういうとトリシアがニヤリと笑う。
「随分、思い切ったな。その方が手っ取り早いか」
「そうじゃな。レベル七五の魔族だそうじゃし、最悪の状況になっても我らなら何とかできるのじゃ」
「いよいよですか! ワクワクですよ!」
「行こう……深夜だが……アラクネーは……夜行性……らしいし……な」
全会一致でアラクネーのボス、アラクネイアに合うことに決定した。
まず、屋台のアラクネーに教えられたパリオネアというヤツを探す。
醸造地区は町の最奥、山脈に接する崖のある地区の事を言う。
その地区は外側の城壁と似たような壁によって隔離されており、その城壁の上には流石にアラクネーの監視員などが行き来している。
醸造地区の入り口の門には四匹の武装したアラクネーがいる。
俺たちが近づいていくと、二匹のアラクネーがそれぞれの槍を突き出して俺たちを制止する。
「止まれ。ここより先は人間が入ることを制限している」
「ああ、屋台のアラクネーに聞いたんだが、パリオネアというアラクネーに会いたいんだ」
「パリオネアだと? 寝る所を探しているのか?」
「んー。俺たちはアラクネイアと会いたいんだ。パリオネアというアラクネーに取り次いで貰えたらと思ったんだが」
「アラクネイア様と会いたい……?」
アラクネーたちが怪訝な顔をする。いきなり攻撃してきたりはしないし、怪しむ程度なのは温厚な種族だからだろうか?
「しばし待て。確認してこよう」
アラクネーの警備員の一人が中に入って行った。
「アラクネイア様に会いに来る人間は少ない。お前たちは町の住人ではないようだな」
「そうだね。町の外からやってきたんだ。色々事情があってね」
「ふーん。どんな事情だ?」
「トラリアの干ばつ問題だ。ちょっとフソウ竜王国に依頼されてね」
「なるほどな。ここは美味い地下水が湧き出ている町だから、乾きとは無縁だが、外の土地は大変だろう」
アラクネーの警備員は、俺との世間話に付き合ってくれる。
問題の革新的な部分をわざと喋っているのだが、気にする気配がない。
自分たちが水路の水が流れなくなった原因だとは気づいていないのだろう。
俺の推測では、この町の酒がヤマタノオロチに奉納されていたんだと思っている。
それが止まったから、オロチは水を止めたんだ。
これは魔族のトラリア弱体化計画の一貫だろうと思う。
自分たちがやっている事が、どんな結果を招き寄せているのかをアラクネーは知らないのだ。
アラクネイアだけが知っている事なのかもしれないな。アラクネイアすら知らないとしたら、計画を立案した者が、故意に真実を明かしていないということだ。
この計画の立案者もアルコーンだったりしてな……だったら笑える……
俺が転生してきて一番最初に倒した魔族が、ティエルローゼ各地で起きている問題の根源だったとしたら、残った魔族は計画が進まなくて混乱状態に陥っている可能性がある。
ラスボスっぽいディアブロなる魔族も焦っているかもしれないな。
などと思考を巡らせていると、中に入っていったアラクネーが別のアラクネーを連れて戻ってきた。
「待たせたな。パリオネアを連れてきたぞ」
「私がパリオネアです。アラクネイア様に会いたいという人間は貴方たちですね?」
「そうだ。アラクネイアとこの町の状況などについて話をしたいと思っているのだが」
俺がそう言うと、パリオネアと名乗ったアラクネーが頷く。
「アラクネイア様にお伺いしてきました。お会いになるそうです。私に付いて来て下さい」
警備員が左右に分かれてくれたので、パリオネアに付いて中に入る。
門の中は大きな倉庫ズラリと並び、管理事務所のような建物も見える。
また、町の指導者層の住居なども、この地区にあるようで豪華な家屋もあったりする。
その中でもかなり立派な屋敷へとパリオネアは案内してくれた。
「この屋敷にアラクネイア様はおられます。中で案内のものに従って下さい」
そういうとパリオネアは帰って行ってしまう。
俺たちだけで訪ねろって事か。
全く警戒をしていないのが気になるけど、俺たちを他の魔族の使者と思っているのかもしれないな。
それとも敵だと判断はしているが、対処できると考えているのかも。
何はともあれ、アラクネイアと会ってみるとしよう。
フラウロスが言うように温厚だというなら、なんとか妥協点が見いだせるかもしれない。
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