第22章 ── 第4話
伯爵の大きな陣幕テントで俺たちは改めて向き直った。
「それで、特使様は我々にお尋ねとは何でございましょうか?」
「うん。何でこの町は包囲されているんだ?」
「それは」
「中にアラクネーたちがいるからだろう?」
俺が先回りして言うと、二人の貴族は瞠目して俺たちを見る。
「すでにそこまで知っておられるとは!」
「いや、それはいいんだ。俺の調べではアラクネーは町の人々を虐殺してないし、平和なものだ。なのに軍隊が包囲しているという状況が良く解らなくてね」
伯爵と子爵は顔を見合わせる。
「それは真でしょうか?」
「ああ、間違いないと思う」
「我々は、数年前になりますが、この町から逃げてきた住民や商人などから、突然アラクネーという蜘蛛に似た怪物が襲ってきたという報告を受けました。
町の衛兵たちが応戦していましたが、ことごとく撃破されたとのことです」
子爵が一旦言葉を切ったところで、伯爵が説明を変わる。
「王国賢人会議において、伝説や伝承を確認した所、アラクネーという怪物は魔族が作り出した者どもであるということ。
これは魔軍による侵攻であると判断されました。我ら職業軍人貴族が招集され、ここに三個軍の派遣が決定されたのです」
確かにアラクネーは魔族が作ったが、フラウロスの証言によるとあまり戦いを好まない種族ということなんだが……
衛兵を殲滅したというのは事実だろう。襲われたから殺傷したのが本当ではないか?
アラクネーの目的が解らないので何とも言えないが、ディアブロとかいう魔軍のボスが何を命じたのかが解ればなぁ。
「我が軍がここに到着し、一度アラクネーという怪物どもとぶつかってみたのですが……人間を倍するほどの巨体、それが武具を装備しているため、我々人間では太刀打ちが出来ず、包囲し様子を見ることになりました」
ここからまた子爵が話を始める。
「包囲を始めてからというもの、アラクネーどもは町から出てこなくなりました。積極的に攻めてきたという感じではないですが、魔軍である以上、この包囲を解くこともできず……今に至るという感じです」
ふむ……決定的解決策もないまま、無為に時間だけを浪費したんだな……
それにしても包囲軍の綱紀が乱れまくっているのだが。
この指揮官貴族たちもボードゲームにうつつを抜かしていたしな。
ま、解決策が思いつかないんじゃ仕方ないんだろうけどね。
「なるほど、概ね理解した。では俺たちが町に侵入しても問題ないよな?」
「特使様自らが行かれるのですか!?」
伯爵が否定的な大きい声を上げる。
「ああ、俺たちの目的はヤマタノオロチに会いに行く事だ。この町の現状とは直接関係ないが、こんな状況を見て放っておくわけにも行かない」
貴族たちが目を皿のようにする。
「オ、オロチ様に……? 正気ですか……? オロチ様は……あの救世主様でなければ御し得ない存在ですぞ……?」
救世主様でも御し得ないよ。
アースラが互角に戦ったけど、彼自身倒せなかったって言ってるんだ。
「ま、トラリアの水路の水が止まってるだろ? あれの解決をフソウの筆頭家老のタケイさんから頼まれたんだよ。
その原因はヤマタノオロチだろう? だから会いに行くのさ」
「そ、そのような特命が! 我が国の女王陛下から要請されたのでしょうな……」
ふむ。女王陛下ね。話によれば、トラリアとフソウは血によって同盟が結ばれている。女王陛下ってのは多分フソウ出身のお姫様なんだろうね。
だとすると、トクヤマ少年の叔母とかなんじゃないかな。
「水が止まったのが数年前……」
「はい。およそ二年ほど前となります」
伯爵が答える。
「で、アラクネーが現れたのは?」
「三年前となりましょうか……」
今度は子爵が口を開く。この二人は随分仲がいいな。貴族同士の友達って俺にはいないけど……ちょっと羨ましい。
あ、俺にも大貴族三人の知り合いがいるけど、大貴族だからなぁ……とても肩を並べられる存在じゃないんだよな。彼らは気さくだし良くしてくれるけど、やっぱ身分が違いますよ。
「その時期が被り気味だから、ヤマタノオロチ事件と関係があると俺は踏んでいる。だから、ここの現地調査をするつもりだ」
二人の貴族は目から鱗が落ちるような納得感が顔中に広がる。
「ということは……この大干ばつも魔軍の計画の一端……トラリアに大打撃を与えるための侵攻作戦だったのか!」
いや、そこまで大げさとは思えないんだけど……
「なので、俺たちはあの町に入らせてもらう。異論は?」
「ありません! では、我らもお供を!」
「いらないよ」
「しかし!」
「無用だと言っている。足手まといを連れて行くつもりはないよ」
俺の言葉に伯爵は少々カチンと来た風だが、俺たちの武具や威風堂々とした仲間たちの自信に、彼の怒気は萎んでいく。
「わ、解りました……ご随意に……」
「ありがとう。もし、何かあったらトラリア国王によろしく」
「はっ! 特使様のご活躍を、こちらより拝見させて頂きます! 王都へは逐次報告を走らせます!」
トラリア包囲軍とは話がついたので、テントを出て仲間たちと作戦を話し合う。
「さて、潜入方法だが……」
「門まで行って扉を叩けば開けてくれるんじゃないですかねー?」
アナベル、それだと楽でいいよね。でも普通あり得ないよね。
「壁を登るとなると、私やハリスなら簡単だが」
トリシアの言葉にハリスも頷いている。
レンジャーや忍者なら簡単だろうけど、戦力分散の愚を犯すことになるね。
でも、悪くないかな?
「ハリスの分身に行ってもらって、門の小扉の閂を外してもらって正面から入るってのは?」
俺がそういうとハリスがニヤリと笑う。
「それがいいな。騒ぎを起こさずに入れるだろう」
トリシアも賛成のようだ。
「ハリス、頼むのじゃぞ?」
「ハリスさんなら安心なのです。時々、どこにいるのか解らなくなるほどですもんね!」
「任せて……おけ……」
マリスがハリスを見上げて尻のあたりをポンポン叩いている。アナベルも手をブンブン振ってハリスの能力に太鼓判を押す。
ハリスも満更でもなさそう。
本当なら、夜陰にまぎれて「
対空防御などの監視体制が敷かれていると、潜入が露見する危険もあるからね。
魔法があるからといって万能ではないんだよ。「
後で覚えたい所だが、どっかに魔法の書でもないものかな。
その日の夜。
もう深夜と言ってもいいくらいになった町の城壁を、するすると登る影があった。
ハリスの分身は壁のちょっとした出っ張りや凹みを巧みに使って壁をよじ登る。
俺とかが注意をして見ていないと、誰にも気づかれそうにない。ハリスの気配消しは一級品だからな。
分身が壁の向こうに消え、少し待っていると大門の横にある小さい扉が開き、ハリスの分身が手招きしているのが見えた。
俺と仲間たちは足を音を忍ばせて、小扉へと急ぐ。
「見張りも……警備も……いない……」
分身はそう報告してから煙のように消えていった。
見張りも警備もいないのはありがたいが、これだけ無防備なのでは少々不安になる。
アラクネーも包囲軍と同じように気が抜けているのだろうか?
拍子抜けしつつも町の中へと潜入成功。
小扉はまたしっかりと閉めて閂を戻しておきます。
正面門の内側は、たしかに警備も見張りもいないようだ。
というか、人通りがない。
町の奥の方には灯りが見えるし、遠くの路地を行き来する人なども見えるので町が寝静まっているわけではないようだがね。
門の近くの植え込みに仲間たちと移動して、目立たない服装に着替える。
冒険者然とした格好で町中を練り歩くほど無神経に行動するつもりはないからね。
着替え終わった仲間たちと人々の活動がありそうな方向へと歩いてく。
何の警戒もしていないフリをしつつ、最大限警戒しつつだ。
「あっちは祭りみたいになってますね!」
「アナベルの好きな屋台もありそうじゃぞ?」
「それは楽しみなのです!」
マリスとアナベルは本当に警戒していないんだけど……
しばらく行くと、歓楽街というか商店街みたいな場所にくる。
左右の閉まっている店の前にはズラリと屋台が並んでいる。
食い物やアクセサリー、服や道具など、食料や生活必需品から嗜好品やおしゃれグッズまで何でも売っている感じだ。
ただ、これら屋台の店員が人間じゃなかった。全員がアラクネーだ。
その屋台のある路地を人族や獣人族、妖精族などが楽しげに歩いていたり、買い物したりしている。
アラクネーの祭りに人類種がやってきて楽しんでいるといった風情にしかみえない。
俺たちも屋台を覗いてみる。
「いらっしゃい。良い服がそろってるよ?」
アラクネーが覗きにきた俺たちに気さくに話しかけてきた。
ここは服屋だね。みると光沢のある見事な布で作られたおしゃれな服が所狭しと置かれている。
「お!? これってシルクじゃないのか!?」
「お客さん、お目が高いね。そうだよ。これは絹糸で織った布で作った服だ」
おお、俺の目的の一つ、お蚕様の物的証拠発見!
「これ、貴女たちが織ったの?」
「そうですよ。我々アラクネーは布を織るのを得意としてますからね」
そうなのか。ということはギリシャ神話的な特徴も、ここのアラクネーは持っているということだ。
「良い腕だねぇ。この肌触り……まさにシルクだ」
「お連れに女性もいるみたいですし……下着なんかもありますよ?」
アラクネーがアナベルたちをチラリと見てから、ツツッと上半身を俺の方に近づけてきて耳元で囁いた。
「シルクの……?」
「そうです……ふふ。女性への贈り物にすると一発ですよ」
随分と人間の情緒を理解してるアラクネーだな。まあ、ちょっと下品な会話だったが、上半身が女性的なアラクネーに言われると、それほど下品に聞こえないのが面白い。
「幾つか見繕ってもらおうかな。別に連れは恋人たちってわけじゃないんだけど、下着は良いのがあると喜ぶだろうしね」
「毎度あり! 三人分で銅貨六枚ね!」
金を払い、下着の入った包みを渡されて店を離れる。
安いな……良心的過ぎないか?
一応、包みの中身に手を入れて肌触りなどを確認すると、間違いなくシルクの感触だ。
暴利を貪るでもなく、庶民の手が届くレベルの値段で売っているとは……
アラクネーたちの狙いがサッパリわからなくなってしまう。
本当に何なんだ、この町は……
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