第22章 ── 第3話

 三日掛けて、東の山脈の麓、滅亡したと噂される町へと近づいた。


 町は小さいながらも城塞都市であり、遠目で高い城壁が確認できる。

 その高い城壁を取り囲むように、野営用のテントや兵士たちが見えた。

 噂通り、トラリア軍が包囲しているようだ。


 ただ、何年も包囲しているからだろうか、トラリア軍に緊張した感じは見えず、アウトドアライフを楽しむ男どもといった雰囲気だった。


 キャンプファイアを囲んで踊ってたり、酒瓶を回し飲みしたりと、規律もへったくれもないといった体たらくだ。


 大マップ画面で城塞町の中の様子を探ると、多数の白い光点が存在し、赤い光点などは微塵も見えない。


 それら光点を一つクリックすると間違いなくアラクネーだ。

 白いって事は敵ではないということなのか?


 また、大マップ画面で人間を検索してみれば、町の中に人間がかなりの数存在する事も判明する。

 ピンの様子を観察してみても、人間とアラクネーは争っている気配なく、共同生活をしているようにしか見えない。


「フラウロス。一体どうなってるんだ?」

「何がです?」

「確かに町は軍隊に包囲されているんだけどさ。町の中はアラクネーと人間が争ってもいないし、普通に生活しているようなんだよ。絶滅したとか噂もあったけど」


 フラウロスは少し首を傾げる。


「さあ……我も判りかねますな。アラクネイアは見た目は非常に恐ろしく見えますが、性格は比較的温厚ですからね……もしかすると上手いこと人間を懐柔したとも考えられます」


 魅了とかそういうのを使うのかねぇ。


「なにはともあれ、軍隊が包囲しているということは、何かあるんだろうな」


 殲滅されたはずの町が残っている謎はあるが、どうにかして中に入って状況を確認するべきだろう。

 包囲軍に聞いても教えてくれなさそうだしね。


 大マップで町の構造を詳しくチェックする。

 東の山脈の崖を背に、半円状に城壁を張り巡らしてある。

 崖にはいくつも大きな穴が掘られていて、そこが醸造所や倉庫などとして機能している事が判る。

 城壁に囲まれた地域は住宅や商店などに当てられている。


 マップで詳しくしらべている時に気づいたのだが、東側の崖から山脈へと白い光点が連なっているのが映し出されている。これは何だろう?


 白い光点は例外なくアラクネーなので、崖を登ったり降りたりするアラクネーたちがいるって事だ。

 その行列は山脈伝いに南東の方へと延々と続いている。


 ずーっと、その行列の先をたどってみる。

 この行列は二八〇キロメートルほど続いており、世界樹を取り囲む巨大な森林地帯へと続いている。

 アラクネーはその森林地帯へ行ったり来たりしているということなのだろう。


 ますます訳がわからない。一体町で何が起きているのだろうか?


 俺は仲間たちに状況を説明する。


「……ということなんだが、俺にはサッパリ状況が解らない。噂のように壊滅もしてないし……軍隊が包囲しているのは事実だったけどさ」

「ふむ。アラクネーの行列というのは物資輸送路ではないか?」


 トリシアが俺の見せている大マップ画面を指差して言う。


「なるほど。物資輸送路か……しかし、随分と大掛かりな輸送隊だな。二八〇キロだぞ?」

「別に珍しくもなかろう。人族の軍事行動なら、その程度の兵站輸送はあたりまえだぞ?」


 確かにそうかもしれない。トリエンの南にあったカートンケイル要塞は、トリエンからおよそ一二〇キロほど離れている。

 そこを数千人の兵士の腹を満たすため、定期的に馬車による輸送隊が行き来していたのだ。


 行列は馬車などの移動手段が使えないような経路なので、人力──人と言っていいかわからんが──によって物資が輸送されているとすれば、これだけの人員が必要になるのだろう。

 アラクネーたちが人間を害していないとするなら、アラクネーと人間たちの口を満たすほどの物資を運んでいるということだろうか。


「これはやはり中に潜入する必要があるな」

「俺が……行ってこよう……」


 ハリスが立ち上がったが、俺は首を振った。


「いや、これだけの数だ。全員で潜入したいところだよ。何が起きても対処できるようにしておくべきだ」


 俺がそういうとハリスは渋々座り直す。


「ところで、みんなはアラクネーというヤツを見たことあるか?」

「我はないのじゃ。どんな姿をしておるのかや?」

「残念ながら私もない。アルテナ森林には生息していない種族だな」

「アラクネイアという魔族が作り出した生物なんですよね? 魔獣みたいなのでは?」


 マリスもトリシアも見たこと無いのか。

 アナベルはその言動から、もちろん見たことないんだろう。

 ハリスは肩を竦めているので言わずもがな。


「フラウロス。アラクネーってのはどんな生物なんだ? 俺の知っているのだと蜘蛛っぽい奴なんだが?」

「そうです。さすが主様は博学でいらっしゃる。下半身が蜘蛛で上半身は女性という異形の姿をしています。知性は人間と変わりはないですね」


 やはりか。


 ドーンヴァースにおいてもアラクネーは主に敵として出現するモンスター枠として存在した。

 二〇レベルくらいのモンスターなので、初心者を脱出するくらいのプレイヤーたちが相手にするような敵だ。


 尻から蜘蛛の糸を飛ばし、行動を束縛したり、移動阻害をしてくるのが特徴だ。

 剣や盾などを装備したアラクネー・ファイター、弓を装備したアラクネー・アーチャー、魔法を使うアラクネー・メイジといった種類が存在していた。


 ただ、これはドーンヴァースでの知識であり、ティエルローゼでのアラクネーの事ではない。


「アラクネーはアラクネイアに作られたそうだが、魔族扱いでいいのかね? 魔族がこれだけいるとなると、大事だと思うんだが……」


 俺がそういうとフラウロスは首を横に降った。


「いや、アラクネーは魔族ではありませんね。アラクネイアがティエルローゼの生物を掛け合わせて作った生物ですから、魔獣とも言えません」


 ふむ……となるとキメラ的な奴らなのでは?


「キメラとは違うのか?」


 フラウロスが少し含み笑いをする。


「キメラは生殖活動はしません。アラクネーは動物や人類種と同じように生殖活動で増えます。普通に生物種と変わりませんよ」


 ということは、種の誕生や進化に魔族が関わっただけで、ティエルローゼの生物と考えて良いわけか。


 ダイア・ウルフと同じ感じだろうか。ダイア・ウルフも魔獣とされているが、その実態は普通の狼と対して変わらない。

 狼とダイア・ウルフの混血も可能なのを考えると、彼らもアラクネーと同じように作られた種なのかもしれないな。


「そういや、アラクネイアってレベルどのくらい?」

「私が知る限りですがレベルは七五。亜神レベルの魔族と言えましょうか」


 魔軍の中でも結構な大物って感じだな。

 ただ、人々を無闇矢鱈に虐殺したりはしていないようだし、話の通じるヤツなのかもしれない。

 俺は魔族といえど、話の通じるヤツと殺し合いをしたいと思ってはいないからな。


「よし。では町に侵入する方向で計画を練るとしよう」

「了解じゃ!」

「はーい」

「承知……」


 マリス、アナベル、ハリスは即座に返事をしたが、トリシアは少し考えているようだ。


「ケント、あの軍隊はどうするんだ?」


 俺は遠目に見える軍隊にチラリと視線を向ける。


「そうだな。彼らにも事情を聞いておく必要はあるかもしれないな」


 何故あの町を包囲したままで、何もしていないのかも気になるし。


 アラクネーが現れたので防衛活動として出陣してきたんだろうけど、攻めもせず包囲したまま数年も放置している意味が解らない。

 戦費の無駄遣いだし、水が枯渇している状態での軍事活動など、国の体力を削り続ける愚行だろう。


「では、まず包囲軍の司令部へ顔を出しますかね?」


 俺がそういうとトリシアも納得したように首を縦に振った。


 俺は立ち上がって、包囲軍を見渡してみる。


「あれかな?」


 包囲軍の一番外周の最後方に大きいテントがいくつか並んで立てられている所がある。

 そこが包囲軍司令部だと俺は判断する。



 仲間たちを連れ、包囲軍へと近づいていく。

 歩哨も立っていないので、誰何すいかされることもなく、司令部らしきテントまで近づくことができた。


「王手」

「ちょ!? 伯爵! 待ってくれ!」

「待ったは無しだと言ったはずではないか、子爵」


 そんな会話が聞き耳スキルによって大きなテントの一つから聞こえてきた。


 王手? チェスか将棋でもしてるんだろうか?


 その声の通りなら、伯爵と子爵と呼ばれる人物がいるということだし、お偉様方だろう。


 俺はテントの垂れ幕を開いて中を覗き込んでみる。


 中は家具やベッドなどを持ち込んだ豪勢な飾り付けで、戦場に立てられたテントという感じではない。


 俺が垂れ幕から顔を覗かせたので、中にいた二人の人物がこちらを向いた。


「何だ? 今、勝負の最中だ。食事なら後にせよ。そうだな。一時間後に運ぶように」


 俺を軍の料理人か何かと勘違いしているようだ。


「いや、俺は料理番じゃないよ」


 俺がそういうと、二人の貴族は怪訝そうに顔を見合わせる。


「では何のようだ?」

「俺はフソウ王国からの依頼でトラリアにやってきた冒険者だ。ちょっと話を聞きたくてやってきたんだ」

「フソウの……冒険者……?」


 一人の貴族が立ち上がり俺を手招きする。


「フソウからの使者なら話を聞こう。遠慮なく入るが良い」


 許可が出たので仲間たちとテントの中に入る。


「そなたたちがフソウからの使者であるか。確かに冒険者のように見えるが……」


 二人の貴族はジロジロと俺たちを値踏みする。


「ええ。こちらが通行許可兼身分証明書です」


 俺はタケイさんから貰った通行手形をインベントリ・バッグから取り出して見せる。


「こ、これは……!!?? フソウ竜王国の特使様!!!!」


 えー……やっぱり特使扱いなんですか? あの紋章とトクヤマ少年の署名と花押が特使と判別する部分なのかもしれん。

 まるで某ご隠居様の印籠みたいだな……かなり便利ではあるけども。


 ま、こっちの身分を特使と勘違いしてくれるなら話は早い。

 とっとと彼らから話を聞いて、あの町の中に潜入しようかね。

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