第22章 ── 第2話

 夕方になり手頃な場所で野営をする。


 自治都市同盟の崖の下に小さな洞窟があった。

 一応、中を確認したが、野獣の巣穴ではなく亀裂のような構造だった。

 構造を調べても落盤の危険はなさそうなので、ここを今夜の宿にしよう。


 仲間たちは俺の出した薪を組み上げ、焚き火の用意をする。

 俺はというと夕食の準備。


 一人増えたので六人分のご飯を用意するとしよう。

 魔族が何を食べるのか解らないので、大型の猫化動物が食べやすいように肉系がいいだろう。ご飯を食べるのが無理ならパンを出してやればいいし。


 てな事でステーキですかなぁ。

 ステーキは作るのが簡単ですが、焼き加減で味の優劣が決まります。


 俺はミディアムが好きですが、マリスやアナベルはミディアム・レアが、トリシアはウェルダン気味のしっかり火を通したのが好きです。ハリスはどんな焼き加減でも何でも食う。


 ただ、焼きすぎると固い肉になるので、下処理はしっかりと。筋を断ち切るように包丁を入れたり、包丁の背で叩いたりしておくと美味くなる。


 胡椒と塩で下味を付けて、それぞれの焼き加減で焼く。

 焼いている間に、大根おろし、にんにくおろしなどを用意します。俺特製ポン酢や醤油も添えておこう。


 サラダにスープも用意しておきましょう。



 肉の焼けるいい匂いが洞窟内に充満し、仲間たちの視線を俺の背中が一身に集める。

 入り口付近でスフィンクスみたいに座っていたフラウロスですら、こちらを振り向いておりました。

 最後に特製バターを肉に乗せて完成です。



「よし、出来たぞ」


 俺は取り出しておいたテーブルに料理を並べる。


 仲間たちが席に付くが、フラウロスは座ってこっちを見るばかりだ。


「おい。何をしておるのじゃ。お前も早く座るのじゃ!」


 空いている椅子を指差し、マリスがフラウロスを誘う。


「よ、よろしいので?」

「下僕だからとて、ケントは差別せん! 我らと同じ食事を出すし、一緒に食べるのじゃぞ。ケントを侮るでない」


 フラウロスは人型に戻って、恐る恐るといった感じで椅子に座った。


「フラウロスはご飯は食えるのか? 俺たちは最近は主食が米なんだが」

「はぁ。食べられますが」

「ふむ。じゃあ、これでいいな」


 俺は茶碗にてんこ盛りのご飯をフラウロスの前に置いてやる。


「おー、ケント盛りじゃ。小山のように、こんもりと盛ってくれるので助かるのじゃ」


 え? 漫画っぽい盛り方が面白いのでいつもそうしてたんだが、ケント盛りとか名前付けられちゃった?


「ケントの料理は美味い。このケント盛りでは足りぬからお替り必至だ。覚悟しておけ」


 そんな覚悟は必要ないだろ。相変わらずトリシアは何と戦っているのか解らんな。


「今日のステーキにも大根おろしを使うのです!」


 アナベルは大根おろし乗せるの好きだよな。消化を助けたいのかね?


 ハリスは? と見ると、にんにくおろしを乗せて醤油を掛け回してた。



 仲間たちの食事風景はいつも通りだ。フラウロスはというと、涙を流して口に頬張ってた。

 そんなに飢えてたの?


「いい食いっぷりだな、フラウロス」

「これは話に聞く青い世界の料理のような気がします!」


 彼ら魔族やドラゴンの言う「青い世界」とは地球の事だ。どの時代かは定かではないが、魔族の神々たちが地球から持ち帰った話が伝わっているのかもしれない。


 フラウロス自身、四万年近く生きているようなので、昔の話を色々知っているんだろうね。


「ふふふ、ケントさんの料理は既にティエルローゼ全土で伝説なのです。伝説の料理人の二つ名は伊達ではないのですよ?」


 アナベルがフラウロスに根拠のない自慢話をしている。

 フラウロスも、納得顔で頷きながら大きく切り取った肉を口に運んでいる。


「ステーキも大変素敵なのじゃがな……ケントの料理の腕はこんなものではないのじゃぞ?」

「その通りだ。戦闘力の極地、ドンには何人なんぴとも勝つことはできん」

「生姜焼きも……至高……」


 仲間たちが楽しげに俺の料理談義をするのでフラウロスが目を丸くしているぞ。


「伝説の……料理人……?」


 どうやらフラウロスたち魔族は料理文化がないようで、生肉、生き血が普通らしい。

 なので、こういう料理の技法は全くしらないんだと。


 なので、食文化の発達が遅いティエルローゼだとしても人間の料理は何でも美味く感じていたようだ。

 だが、俺の料理を食べて目からウロコが落ちる思いらしい。


 食事後に、お腹ぽんぽこりんが洞窟の中に転がったのは言うまでもない。いつもより一体多くなってますがね。



 翌日、向かう方向の周囲にある村などで情報収集を試みる。


 トラリアに張り巡らされる水路沿いには、いくつもの村があり、農業に従事しているのだ。


 最初に寄った村では、井戸から水を汲み上げて畑に水を撒くようにして農作業をやっているという。


「うちの村は田んぼの割当は少ないんで、何とかなってますが……」


 今は冬でも栽培が可能な野菜などを栽培しているようだ。


「ということは、水路に水は……」

「はい。水が流れてきませんね。詰まっている所でもあるのかと思って何人か上流を見にやりましたが、どこまで行っても干上がった水路しか見当たりません」


 やはり水路がないため、農作業は畑がメインだとしても不要な作業が増えて人手不足に陥っている。

 小さな村では土地を捨てて逃散ちょうさんが始まっているという。


「村人の……逃散ちょうさんが……始まっているとすると……深刻……」


 ハリスが難しい顔をして囁く。


逃散ちょうさんって、そんなにヤバいの?」

「当然だ……村から……人がいなくなる……んだぞ……?」


 ふむ。江戸時代とかで飢饉や藩の重税により、百姓が村を捨てて他国などに逃げ出すなんて事が起きると、藩の改易の危機とされた聞いたことがある。


 改易とは所謂「お取り潰し」ってやつだ。民衆を支配できない無能だとレッテルを貼られるわけだよ。


 魔法文化が開花したトリエンが、シャーリー暗殺後に衰退したのも、この逃散ちょうさんによるものだ。

 有望な領主代理が居なくなったため、次代の領主では住民の逃散ちょうさんを抑制できなかったんだ。


 俺がティエルローゼにやってきた頃は、まさにその末期だったわけだ。

 あれだけの広い領土に四〇〇〇〇人程度しかいなかったんだからなぁ……



 その後も村を周り、情報を集める。

 大した情報は集まらなかったが、共通した噂としては水源を守る竜の怒りを買ったのではないかという事だ。


 少し北側の村々や小さめの町まで足を運び、さらなる情報を集め始めた頃には、トラリアに入って二週間が経過していた。


「この、メサリアの町の者が教えてくれたのじゃが……」


 メサリアの町は、トラリア王国南部でも比較的大きい町だ。周囲の農村から米を買い集める役割を担う商業都市でもある。


「仕入れた米を買い取ってくれる町が壊滅したそうじゃぞ?」

「壊滅? どういうこと?」

「よく解らぬが、何やら虫が大量発生して何もかも破壊されたそうじゃ」


 虫か。イナゴの群れでも出たのか?


「なんでも巨大な虫だそうで、町を守る軍隊ですら太刀打ちできなかったそうじゃ」

「ジャイアント・アントか何かか?」

「そこまで解らぬのじゃ」


 他のメンバーも似たような話を持ち帰った。


「その町の主要産業はお酒の醸造だったそうですよ?」

「ああ、今でも人が近づけない死の町らしいな」


 アナベルとトリシアが報告してくれた。


「近づけない? 虫どもが居座っているのか?」

「さあな。その町は東の山脈の麓にあるらしいが、周囲五キロをトラリア軍が包囲して、もう数年も経つそうだ」


 酒の醸造所が何年も機能していない……って?

 水路の件と関係しているのではないだろうか?


 それと共に、ヤマタノオロチの噂話を集めているが、そっち側は芳しくない。


 ハリスの聞き込みでは、水路の水は神の恩恵で、どういった仕組みで流れてくるのかは解らないという事らしい。


 この水路に救世主が関わっているのが、ある意味神話化に拍車をかけている。そのシステムについて話し合うのは神への不敬、救世主への疑いと思われるらしく、誰も疑問を口にしないし、水源を調べることもしないのだ。


 ここまで情報を整理してみる。


・水が流れなくなったのは数年前。これはフソウのタケイさんからの情報だ。


・トラリアの一般市民には水路の管理がヤマタノオロチによるものだという情報がない。政府上層部や王族などは知っていると思われる。


・酒の醸造をしている町が、巨大な虫によって壊滅した。


・その壊滅した町を軍隊が数年包囲したまま。


・ヤマタノオロチの住処の手前には祭儀場があり、供物を備えていたらしい。


 以上の情報から、やはりヤマタノオロチへの供物は酒であり、その酒が捧げられなくなったためにヤマタノオロチが自分の役割を停止したのではないか……俺の推論はこんな所だ。


 フラウロスを呼び出して話を聞いてみる。


「ここ、トラリアで魔族が進めている計画はあるか?」

「どうでしょう……自分が関わっていた計画以外は、基本知らされませんので……」


 ぐぬぬ。使えねぇ。


「では、質問を変えよう。虫を使う魔族とかはいるか?」

「虫ですか……ベルゼブブが有名ですかね?」

「ベルゼブブ……いるのかよ……」

「いたというのが正解ですね。ディアブロ様の副官であったベルゼブブ様は、人魔大戦の折、神の一柱によって滅せられました。今のティエルローゼには存在しません」


 俺はいささかホッとする。


「次に有名なのが……」

「まだいるのかよ! ティエルローゼに存在しているヤツだけにしてくれないか?」

「畏まりました。だとしたらアラクネイアがいますね」

「アラクネイア? アラクネーの関係者か?」

「ご明察恐れ入ります。アラクネーはアラクネイアが支配する種族。アラクネーにとって自分たちを創造したアラクネイアは神となりましょうか」


 なるほど。エルフにとってのアルテルって所か。


 一応、今はいない創造神とカリスは、エンセランスから聞いた通り、異次元からやってきた同等の力をもった神だ。

 創造神から作られた神々と魔族は基本的に同じフェイズにいる同等の存在。レベル差などはあるんだろうが、存在の位置は一緒だ。

 そういった存在が作ったアラクネーならば、人類種などと同じように地上に繁栄していてもおかしくない。

 そして、そのアラクネーの神、アラクネイアはティエルローゼにいるという。


 俺はアラクネイアを大マップ画面で検索してみたが、ピンは立たない。


 やはり何か別の生き物の中に潜伏していると見ていいな……潜伏中だと検索できないのがネックだなぁ。


 続いてアラクネーを検索してみる。


 ズトトトトトトと大量にティエルローゼ中にピンが落ち続けていく。

 俺は慌てて検索のキャンセルを行う。


 多すぎだ。PCが貧弱だったらフリーズするレベル。って、ここはPCのゲームじゃないけどさ。


 ただ、検索した時に、一瞬だけアラクネーの分布傾向は見て取れた。

 通常、アラクネーは単体で行動しているようだ。群れで行動することはない。

 だが、このトラリアのある地域にはアラクネーが密集している所があった。

 そこが滅ぼされた町だろうか。

 東の山脈付近だったから間違いないと思う。

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