第21章 ── 第23話
ラウムの死体が転がっていたので海賊たちに魔族退治が終わったと信じさせる事ができた。
空気を読んでフラウロスが影に潜んでくれたのには助かったね。ヤツは別に魔界に帰ったわけではないよ。
フラウロスの話や様々な状況証拠から判明した事は、海賊とセイレーンとの抗争には魔族が関わっていた。
トラリア、フソウの離間計画の一貫として、自治都市同盟の瓦解を画策していたらしい。
これら全ての作戦は数年単位で計画され、今回の抗争は五年も前から準備が進められており、今年になって実行に移された。ちなみに、作戦立案者はアルコーンだったらしいよ。
作戦実行者はラウム、その実行者を護衛するためにフラウロスが派遣されてきていたのだ。
ただ、フラウロスは、ラウムの姑息さに嫌気がさしていたらしく、護衛を疎かにしていた。仲間たちに瞬殺されたラウムを見て「スッキリした」と眩しい笑顔で言われた時は苦笑するしかなかった。
サミュエル亭の件については、高級宿屋の主人と
サミュエル亭への執拗な嫌がらせは、
およそ一週間ほどで街の混乱は終息し、アニアスの日常が戻ってきた。
この間に街ではある噂が広まった。
「何でも、この前の事件は救世主様が現れて解決してくれたらしいぞ?」
「何だ、お前知らなかったのかよ? 小さな救世主様が光る刃を振り回して敵をやつっけてくれたんだぞ?」
「何いってんだ! 救世主様は神官服の巨乳様だ!」
「いや、私は黒装束の団体が救世主様だと聞いているんだけど?」
街のあちこちで、まことしやかに語られる救世主の噂は、様々なバージョンであり、俺らの仲間の容姿のものが主流を占めている。
俺の活躍の噂は殆ど見られなかった。顔が地味だからだろう。
ただ、伝説の料理人の噂が盛大に広がってしまった。
炊き出しなどに俺も協力したのだが「高級レストランですら食べることが叶わないご馳走が出た」などといわれているようだ。
あまりにも人が集まるのでサミュエルさんにも手伝ってもらった為か、サミュエル亭の評判は鰻登り。ドレイクたちの支援など必要ないほどに盛況になった。
また、俺の存在は衛兵団の間で囁かれていた。「フソウの隠密冒険者ケント」と。俺はフソウの人間じゃないんですけどね……
各自治都市同盟の街から、衛兵団の補充兵が送られてきたため、衛兵の数は一気に膨れ上がった。
フソウの「世直し隠密」の噂は、他の国でも囁かれているのだ。
衛兵となるような人物は、大抵この世直し隠密に憧れを持つ者が多い。世界の平和を人知れず守っているというのが琴線に触れるらしいね。
「今日はどこに行くかや?」
「いや、そろそろトラリアに行かなくちゃマズイだろ」
「そうだな。もう約束の一週間だからな」
「アニアスも中々面白かったのです。トラリアも面白いと良いですね!」
俺たちは街を後にし、トラリアへと向かう。
一応、春までにヤマタノオロチと会わなくちゃならんからな。
復興に一週間ほど協力するとギルド総会と約束していたので、今日出発するつもりだったわけ。
臨時のサミュエル亭──元は高級宿屋だ──で宿を引き払う手続きをしていると、厨房からサミュエルさんがやってくる。
「クサナギ様、お世話になりました」
「いや、その台詞は俺たちのでしょ」
苦笑しながら俺がいうと、サミュエルさんは首を横に振る。
「いえ、色々と料理を教えて頂いたお陰で、前以上に繁盛するようになりました。宿も大きくなりましたし……」
サミュエルは感慨深げに宿の中を見回す。
元々、高級宿屋なので、大きいのも綺麗なのも当たり前です。
「宿代は前の所と同じでいいの?」
「ええ。問題ありません」
前の時は朝夕食事付きで銅貨一枚だったので、一〇日分で金貨三枚と銀貨三枚だ。
自治都市同盟とトラリア王国はフソウと通貨の換金率が一緒なので計算が楽ちんです。
カウンターに代金を並べると、ファナさんが頭を下げて受け取った。
「ご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
「ええ。また来た時はよろしくお願いしますね」
俺の後ろでテレスちゃんとマリスが別れを惜しんでいた。
「マリスちゃん、また来てね」
「もちろんじゃ! ここは料理も上手いからの! テレスもおるし」
どうもこの一週間で大分仲良くなったようだ。
案内を頼むってのを口実に二人で街に遊びに出る事が多かったようだからな。
アナベルは屋台の包みを両腕に抱えている。
「この街は屋台も美味しいので楽しかったのです」
お前は買い食いしすぎだ。よく太らないでいられるよなぁ……
ま、常人とは運動量が違うんだろうけどさ。
宿から出て、北側の門を目指す。
途中、海賊たちに頻繁に出会うが、彼らは例外なくトリシアに挨拶していく。
この一週間、トリシアに弓の特訓を受けたからだろう。
ギルド総会の要請で、海賊たちを鍛え直しにトリシアが出向していたんだよ。 射撃関連の技量はトリシアが一番だからね。
「トリシアさん、お世話になりました!」
「お前らもよく頑張った。私のシゴキに付いて来れられれば一人前だ」
「はい! お陰で根性を入れ直せた気がします!」
超絶美人教官にしごかれたら、男なら頑張っちゃうだろうねぇ。気持ちは解ります。
トリシアはサドっぽい所あるからなぁ……海賊って可愛いのと美人に弱いもんな。
北門へ向かうトンネルの所に、ドレイク、マリー、パトリシアが待っていた。
「今日、出発だとトリシアさんから聞いておりました。お見送りさせて頂きます」
マリーが爽やかに笑う。
「ああ、ありがとうございます」
マリーから出されて右手を握り返す。
「旦那、また来てくれ。その時は街を上げて歓迎するぜ?」
「ドレイクさん。俺はあまり派手にされるのは好きじゃないんだよ」
「心得てる。だから見送りも俺ら三人にしておいた」
ドレイクがニヤリと笑い、髭を撫で付ける。
「青髭の人は?」
「あいつは港で陣頭指揮だ。任せられるヤツはあいつしかいないからな。パティは旦那方を見送りたいってんで連れてきた」
そう言うと、ドレイクはパトリシアの背中を押す。
「ケント……あんまり遊びに来てくれなかったけど……」
「ちょ、ちょっと忙しかったからね」
俺は作り笑いでパトリシアに応える。
「知ってるよ! ケントは本当に救世主様の再来みたいだったって。仲間たちが街で人々を助けてるの見たって」
プクッと膨れていたパトリシアがニカッと笑う。
「そうそう! これ! これを渡したかったんだよ!」
そういってパトリシアは一振りのシミターを突き出してきた。
「これは?」
「これね。ケントがぶっとばした
俺の影からフラウロスの声が微かに聞こえてきた。
「あ、それ我らが海賊に渡した剣ですよ……」
なるほど。それでハリスの分身が切り刻まれたのか……という事は結構強力な魔法のシミターなんだろう。後で鑑定してみるか。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「うん。ケントたちなら使いこなせると思う」
受け取ったシミターは柄頭の部分に角の生えた山羊の意匠が施されている。
魔族っぽい意匠だな……魔族製の魔剣だとすると珍しい一品かもしれん。
トンネルに入る前にカストゥルが物陰から現れた。
「お館様、お別れとなります」
「ああ、カストゥル。護衛ご苦労だったね。もうフソウに帰ってもいいよ」
「はっ! お館様のお役に立て、光栄でございました」
俺はカストゥルと握手をする。
「これからも、ハイエルフたちの情報収集担当として活躍してくれよ」
「心得ました」
「それじゃ、元気で」
「お館様たちも、ご壮健で」
俺たちは四人と別れ、北門へのトンネルに入る。
振り返ると、パトリシアが千切れんばかりに手を降っている。
トンネルの坂道を下りながらアニアスでの出来事を考える。
一〇日ほどだったが、中々濃い時間だったな。水中戦闘とか、街の襲撃とか……
盛りだくさんすぎな気もするけどな。
トンネルを下りきると、北門が見えてくる。南門とほぼ同じ作りだ。
俺たちが通る時、衛兵がビシッと最敬礼をしてきた。
「特使閣下に敬礼!」
うーむ。俺の顔は衛兵に売れまくってるな。
「お勤めご苦労さま」
「はっ! 今後も日々、職務を全力で全うします!」
手を振ってトラリアへと入国する。
トラリアに入るのに入国チェックとかないのか。ま、フソウから出る時も何も無かったからなぁ。
フソウとトラリアは、アニアスの所属する自治都市同盟を入国管理局みたいに使ってるのかね。
ま、キノワにも入管あったし、ここだけなのかもしれないな。
門を出てトラリアを見渡す。
もの凄くだたっ広い平原が広がっている。
東の地平線あたりに霊峰フジが所属する山脈が連なっている。
東と西を分ける山脈は、デルフェリア山脈を彷彿させるね。
このトラリア王国にはどんな冒険が待っているのだろうか。ヤマタノオロチの件もあるし、冒険には事欠かなそうだな。
では張り切って行きましょうかね!?
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