第21章 ── 第21話

 海賊船団が全て帰港した頃には、既に事態は終息に向かいつつある。


 各所で生き残っていた衛兵隊およそ七〇人が街の中央広場に臨時本部を設置し、怪我人たちを救出したり、巡回パトロールにあたったりしている。


 臨時救護所では、アナベルを筆頭に街の神殿勢力が無償で治療活動を始めていた。


 俺と仲間たちはドレイクを筆頭とした各海賊ギルドの首領たちから事件の詳細を聞きたいとの要請を受け、総会へと顔を出している。


「俺たちが知る情報は概ね説明したけど、海獺シー・オッター海鮫シー・シャークが造反して街を襲っていたのは間違いないだろうね」

「彼奴等がなぁ……その理由が知りたいんだが」

「俺が知るか。そのギルドの首領二人と関係者一〇人余りは捕まえてあるんだ。直接聞けばいいんじゃないか?」


 逮捕したやつらは衛兵団の独房ではなく、港の空いていた倉庫に放り込んである。

 入り口をカストゥルに守らせているので、何者かが救出しに来ても撃退できるはずだ。


「一つ言えることは、この街の住人。海賊ギルドに所属していない人々は、海賊たちに強い不信感を持つことになると推測されることだ」

「お、俺たちは何もしていないんだぜ?」


 海鳥シー・バードの首領、アセック・ゴールディが口を開いた。


「あいつらの仲間かどうかなんか一般の住人には関係ないだろう。海賊かそうでないかが判断基準になると俺は思うね」


 俺が言っていることはもっとものな事なので、アセックから反論は返ってこなかった。


「俺らはどうしたら良いと思う?」

「それは自分たちで考えるべきだろ。何で俺に聞くんだ?」

「いやぁ……俺たちは馬鹿だからな。優秀な頭脳に考えて貰ったほうが楽でいい」


 ドレイクの発言に「バカの考え休むに似たり」って慣用句が、また俺の頭に浮かぶ。


「ふむ……まず、この国の問題点だが……」


 ギルドの各首領の視線が俺に集まる。


「外国からの評価も付け加えるが、治安が悪い」

「治安だと?」

「そうだよ。旅人や商人たちは懐の財布の行方に気をつけなければ街を歩くことができないと、フソウでは聞いた」

「ま、まぁ……スリを生業にしているヤツは多いな……」


 海鼠シー・ラットの首領が目を泳がせながらそう言った。


「そういうように他国のものを国内でカモにする事を禁止するのが最初だろう」

「それじゃ食っていけなくなるヤツが出る」

「なら、他の仕事を探せ。楽をして稼ごうなんて考えるから、そんな悪さをするんだ」


 何人かの首領が腕を組んで眉間に皺を寄せた。思い当たる事でもあるのかね。


「それと、俺はこの街に来て、二日も経たないうちに二回も追い剥ぎ強盗に襲われた」


 俺がそういうと、パトリシアが顔を真っ赤にして下を向いた。


「最初は五人で襲ってきて、後からは五〇人だ。とてもスリとかいうレベルの犯行じゃないな」

「確かにな……」

「この街の海賊たちは他人の物を盗む、奪うという行為のハードルが低すぎるんじゃねぇか?」


 俺はジロリと周囲の首領たちを見回す。ハードルなんて英単語を使ったが、聞ける雰囲気でもないと思ってか首領たちは無言だ。


「海の掟を丘に持ち込む事に何の抵抗もないんだろ?」

「海も丘も俺たちの領分だ!」


 今度は海豹シー・レオパルドの首領レオン・ガッツが不服そうに立ち上がる。


「そうか? じゃあお前らは海賊ギルドではなく、盗賊ギルドを名乗るべきだ」

「と、盗賊……」


 レオンが屈辱に顔を歪める。


「そうだろう? 丘で人の物を盗んだり、奪ったりするのは盗賊のやることだ。お前は盗賊の生業を是とするんだろ?」

「レオン、黙れ。ケントの言うことはもっともだ。我らは海賊。盗賊のまねごとなど海の男の誇りが許さねぇ」


 ドレイクががなる。


「ギルドのまとめ役のドレイクならそう言うと思ってたよ」

「当然だ。海の男にとって港は、生きる上で最も重要な拠点だ。そこに集うものは俺たちの生命線なんだよ。

 身内だけじゃ無ぇ。食料や生活必需品を他の場所から運んでくる商人という存在も、大切な生命線といえるだろ」


 俺は頷く。


 まさに物流の保護は人間が生きていく上で欠かせない事だ。

 サプライヤーがいなくなれば、都市経済は基本的に滅ぶ。


「だから、街の治安向上が急務だな。ギルド員たちに、無闇に手軽な儲けを考えることは止めるように徹底するんだ」


 首領たちは互いに顔を見合わせている。


「決をとる。ケントの意見に賛成なものは手を上げろ」


 ドレイクはそう言いながら自分の大きな手を上げる。

 パトリシアも率先して上げる。パトリシアに同行してきているマリーさんもね。

 青髭と呼ばれていた、海賊ギルド青海豚ブルー・ドルフィンライオネル・ハリソンも手を上げた。


 それを見て、バラバラと手が上がり始めた。反対は三つのギルドの首領のみだ。


「賛成多数。海賊ギルド員の犯罪防止の強化、この手の犯罪の法的処罰の徹底を決定する。もちろんギルド員じゃなくても違法行為だと周知しろ」


 ドレイクがそう言うと、首領の面々が首を縦に振った。


 よし。これで確実にスリや追い剥ぎ行為は減るだろう。見つかったら厳罰になると知れば、ギルド員じゃなくても躊躇するだろうしね。


 この都市の最高決定機関、海賊ギルド総会による決定は、会議室の片隅にいる書記官によって文章化され、街の衛兵団に通知される。

 衛兵団はそれを法典に書き込み実行に移すのだ。立て札にして住民に周知するのも衛兵団の仕事らしい。


 普通の国にあるような役場や行政機関がないので、この街の衛兵の業務は多岐にわたるのだ。


 しかし、今回の事件で衛兵の人数が大いに不足することになった。

 一〇〇〇人ほどいた衛兵が、今では一〇〇人に満たないのだ。


 事件が以前から周到に計画されていた事が窺えるんだよね。



 ドレイクたちが捕まえた連中の尋問をするというので、俺は仲間と共に立ち会う事を申し出た。快く受諾されたのは言うまでもない。


「で、どうしてだ、オーザー?」


 海獺シー・オッターのメイガン・オーザーにドレイクが問う。


「な、何がだよ」

「何がじゃねぇ。素直に吐け。俺たちがいない間に街を襲った理由を聞いているんだ」

「ぶ、無事に帰ってくるなんて思わなかったんだよ……」

「お前は、俺たちが無事に返ってこなかったら街を破壊するのか!」

「そ、そうじゃねぇよ! 俺のギルドは人員の割りに船が少ない。ギルド員を食わせられるくらい徴収しようと思っただけなんだ」


 徴収したという言葉より襲撃って言葉の方が似合う惨状だったがな。


 確かに海獺シー・オッターの連中は、街全体に出ていくというより、倉庫区画で漁っている感じだったなぁ。


 だからと言って許されることじゃないがな。女性を暴行したりは俺的に許せそうにない。


「エルミス、テメェは?」


 リチャード・エルミスは海鮫シー・シャークのボスだ。


「俺は……あいつに計画を持ち込まれたんだ」


 エルミスは縛られているので顎をしゃくる事で、ある人物を指し示す。

 俺はその人物に視線を向けた。


 年の頃は三〇半ば、少々草臥れた黒い煤けたローブを来た人物で、目が油断なく周囲を窺っている。


「テメェ、名前は?」


 ドレイクがその男に問いかけるが、ニヤリと笑うばかりで口を開こうとしない。


「聞いているんだ! 答えろ!」


 ドレイクがズカズカと男に近づき胸ぐらを掴んで持ち上げる。


──チリチリチリ……


 俺のうなじあたりに嫌な電撃が走る。


「ドレイク! 下がれ!」


 俺は素早くドレイクと男の間に割って入る。


「くっ!?」


 その瞬間、俺の右腕に痛みが走った。

 チラリと目を向けると、俺の二の腕あたりに数本の裂傷が出来ている。

 二の腕の向こうに、男の指先の皮膚を突き破った鋭い爪が何本か見えた。


「トリシア! 魔族だ!」


 俺は直感的に、男の中に魔族が潜んでいたと判断する。


「ヒヒヒ……人間ごときに計画を邪魔されるとは……」


 男の皮膚がバリバリと避け、異様な動物じみた顔が中から出てくる。


「ハリス! 捕虜と首領たちを外に出せ! マリス!」

「解っておるわ! 良くもケントに傷をつけたのう!!」


 マリスが割り込み移動スキルを発動し、俺と魔族の間に割って入った。


「ケケケ……ガキの冒険者か。面白い存在だ」

「チャージ!」


 マリスのチャージ・スキルが発動したが、マリスのスキルは空を切るだけで終わった。


 見れば魔族が二人に分裂している。いや、二匹の魔族が一人の身体の中にいたとみえる。


「ヒヒヒ。そんな攻撃はワシには当たらぬ」


 俺は少々後ろに下がり、マップ上の光点をクリックする。


『ラウム

 レベル:四八

 脅威度:中

 魔族軍団長の一人、地獄の大いなる伯爵。

 宝を強奪したり、都市を破壊する事を好む。人の尊厳を貶めることに快感を覚えるという魔族』


 すげぇゲスい魔族だな。顔がカラスで背中に翼があるのを見ると、烏天狗に似た印象だが、こいつはかなり禍々しい感じだ。


 もう一方の光点もクリックする。


『フラウロス

 レベル:六八

 脅威度:大

 三六の軍団を束ねし魔軍公爵。

 豹のような顔を持ち、炎の力を操ると言われている。魔族の中でも歴史に詳しい珍しい存在』


 こっちの方が尋常じゃないな。炎の力を操るとなるとかなり厄介だぞ。仲間たちに炎防御の魔法を掛ける必要が出そうだ。


「ふふふ。我らを相手にどこまで抵抗できるかな?」


 フラウロスが不敵に笑う。牙をむき出しにしているようにしか見えないので、笑顔なのかは解りませんが。


 足元の影から、ハリスの声が聞こえた。


「ケント……部屋にいたものは……全員……避難完了……」


 俺は無言で頷く。


「さあて、どうかな。お前らが何を目的にここにいるのか知らないが、俺の前に姿を現したのは失敗だったぜ?」


 二人の魔族が顔を見合わせた。


「くくくくく……」

「ふはははは!!」


 笑いの二重奏が俺の不快感を煽った。


「ほざくものよ……人間」

「我らに勝てると思っていると見える」


 ま、レベル四八と六八なら、そう思うのも無理はないか。


 でも、俺はレベル九二だ。一人でもお前らの相手ができるんだよねぇ。

 仲間たちだって、こいつら単体なら対処するに問題がないレベルなんだが。


「俺たちを甘く見ると痛い目に合うんだけどな。

 ま、やらなくちゃ解らないなら、やってやるよ」


 俺は剣を抜き、攻性防壁球ガード・スフィアを展開する。


「みんなはカラス魔族の相手を! 俺はこいつ、豹頭のフラウロスを相手する」

「合点承知のスケじゃ!」

「了解だ、ケント。私は後方から支援攻撃を行う」

「魔族が出てくるなんてなぁ! 腕がなるぜ!」

「承知……」


 みんなが了承した所で始めますかね。

 空き倉庫だけあって、結構派手に暴れても周囲に被害は出にくそうだから、目一杯やっちゃおう!

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