第21章 ── 第20話

 街の制圧もほぼ終わり、残すは宿屋区画を残すばかり。

 敵の数は既に一〇〇人に満たない。


 宿屋区画に足を踏み入れると、大きく煙が上がる場所が目に入った。


「おい……まさか……」


 俺は歩く速度を上げ、煙の上がる場所へと急いだ。


 一〇人程度の襲撃者を排除し、その場所に到着して愕然とする。


「マジかよ……」


 そこには既に崩れ落ちて未だ燻るサミュエル亭があった。


 俺は焼け落ちた宿のロビーの瓦礫あたりに行き大声を上げた。


「サミュエルさん! ファナさん! テレスちゃん!」


 俺の呼び声に返事はない。


 俺は慌てて大マップで三人を検索する。

 ピンが三本、ストトトとある場所に立った。


 それを見て俺はホッとする。良かった無事のようだ。

 その場所には他に六つほど光点があり、場所もこの近くだった。


 俺はその場所に足を運ぶ。


 着いた場所は比較的丈夫そうな石造りの建物で、地下室がある雑貨店のようだった。

 光点はその地下室にあるようだ。


 店内と裏道に階段が地下室へと繋がる階段があるので、俺は裏道の階段から地下室に近づいた。


──コンコン


 一応、ノックをする。襲撃者ならノックもせずに蹴破るだろうし、敵ではないと思うはずだ。


「山……」


 中からそう声が聞こえた。小さい声だが、聞き耳スキルが拾ってきたので間違いない。


「川」


 俺がそう言うと、扉がゆっくりと細く開き、覗いた目が俺を確かめた。


「お館様。お待ちしておりました」

「カストゥル、無事だったか」

「はい。お館様の命令通り、サミュエル亭の従業員、および宿泊客を保護しております」


 カストゥルは俺に命令されてから、ずっと彼らを見守っていたらしい。海馬シー・ホースと和解した後もずっとだ。


 問題が解決した後、命令を解除しなかった俺も俺だが、忠実に命令を遂行し続けるカストゥルもカストゥルだなぁなどと思ってしまう。


「すまん。命令解除してなかったな」

「いいえ。お陰でサミュエル殿たちを守ることができました。お館様はこの襲撃を無意識に予期していたのでしょう」


 そんなつもりはないが、不幸中の幸いと言えそうだ。


「結果良ければ全て良しだ。引き続き彼らを守ってくれ」

「はっ! 命に代えましても!」


 カストゥルは生真面目すぎるけど、そこが彼の良いところだ。

 彼に守らせておけば、サミュエルさんたちは安全だ。



 扉を閉めさせ、再び表通りへと戻る。


 仲間たちが、どんどん敵を排除していく。

 南門に向かった襲撃者はハリスの分身が手当り次第に排除しているようだ。

 例の高級宿屋が目に入る頃には、敵は二〇人ほどに減っていた。


 高級宿屋の入り口までやってくると、仲間たちも集まってきた。

 宿屋の裏通りなどはハリスの分身が完全に包囲しているので、逃亡の危険はない。


「どうだ? 問題ないか?」

「問題なしじゃ。かなりの人々を助けられたはずじゃぞ?」


 マリスはドンと胸を叩き誇らしげだ。


「私の方も。だが、私は癒やしの霧ヒール・ミストを覚えていない。怪我人たちには応急手当しかできなかった」


 トリシアも精一杯頑張ったはずだと俺は信じる。


「助けられなかった命もあるだろうけど後悔するな。その責任はこの中にいる奴らに負わせるんだ」


 トリシアは無言で頷く。


「一応、何百人も助けられたぜ? でもMPをかなり消費した」


 見ればアナベルのMPは四分の一くらいまで減っている。


「よくやった。俺だけじゃ、そこまで助けられなかっただろう。さすがは神官戦士だ」


 ふふんとダイアナ・モードのアナベルが得意げになる。


「さて、みんな。首謀者はこの宿の三階あたりにいるようだ。一気に殲滅するぞ」


 俺は剣を宿の入口に向ける。


 宿の入り口には慌てて積み上げたらしいテーブルや椅子などで塞がれている。


 その簡易バリケードの向こうに一〇人ほどいるのがマップに表示されている。


「アグニの憤怒。火球ファイア・ボール!」


 俺の左手から紅蓮の炎の塊が現れ、バリケードに飛んでいった。


──ドゴォオォォン……!


 俺は無慈悲にバリケードごと宿屋の入り口をふっとばす。

 バリケードと入り口は猛烈な爆炎に包まれ、爆風に吹き飛ばされた。


 もうもうと上がる噴煙が収まると、入り口周辺は綺麗さっぱり吹き飛ばされ、石造りの壁も半壊した。


 宿屋の中が大きく開いた穴から見え、付近にいた襲撃者の殆どが即死していた。僅かに生き残った奴らが低く唸っているのが見える。


 ハリスが素早く穴から入っていき、虫の息の襲撃者の命を刈り取る。


 作業が終わったハリスが穴から顔を出して頷いた。


「よし、侵入するぞ」


 俺たちは高級宿屋に突入する。


 マップを確認すれば、白い光点は存在しない。

 海獺シー・オッター海鮫シー・シャークの奴らが宿泊客も襲ったんだろう。

 高級宿屋だけに宿泊客も裕福な商人とかが多かっただろうしな。


 ロビーの奥に上への階段があり、それを上がると吹き抜けの二階の回廊のような廊下に繋がっている。

 二階の廊下に幾つか襲撃者の死体はあるが、二階の各部屋には光点はない。

 三階に残りが終結しているという事だ。


 階段を上がり、三階へ続く階段の下まで来る。


 すると何本もの矢が俺たちへ飛来してきた。


 やっぱりねぇ。待ち伏せするよな。


射撃防御空間フィールド・オブ・プロテクション・フロム・ミサイル


 バラバラと飛来した矢が床に転がる。


「な、何だあれは!?」

「ま、魔法だ……先頭のあいつは魔法使いスペル・キャスターだぞ……」

「信じられねぇ……たった五人で俺たちのギルドを制圧してきたのか……」


 俺は何の躊躇もなく階段に足をかける。


「ま、ま、待ってくれ! 俺たちは降参する!」


 一人が持っていた弓と剣を俺の方に放り投げると、他の男たちもそれに倣った。


 ずんずんと階段を登ると、自然と男たちは俺たちに道を開けた。


「へへへ……」


 俺と目が合った男が卑下た笑いを浮かべた。

 その顔面に俺は猛烈なストレートをぶち込む。男の顔がザクロのように破裂した。


「ここの宿の客も命乞いをしたはずだろう。お前らはそれに耳を貸したか?」


 氷のように冷たい俺の声に、男たちは震え上がった。

 俺はそのまま男どもを無視して奥に進んだが、後ろにいた仲間たちが男どもの命を残らず刈り取っていく。


 当然の報いだ。

 無抵抗のヤツを殺すとはとか知った事をいう奴らもいるかもしれないが、こいつらみたいな奴らに、そんな情けは必要ない。俺はそう思っている。

 腐ったミカンは手早く処理しなければ、他のミカンまで腐っちまうからな。


 三つの光点が一番奥のスイートルームに光っている。

 二つは海獺シー・オッター海鮫シー・シャークの首領だ。紫色のピンがそれを示している。

 もう一つは、どうやら宿のオーナーらしい。


 こいつら三人がグルだと示している。


 俺はスイートルームの扉を蹴破った。

 高ステータスの猛烈な蹴りは、蝶番を容易に破壊し部屋の奥まで扉を吹き飛ばした。


 広いリビングの左右に見た顔があった。


海馬シー・ホースの助っ人だと!?」

「こ、こいつが手下を……」


 俺は二人をジロリと睨む。


「聞かせてもらおうか? アニアスの街を襲った理由をな」


 だが、二人は目配せをすると飛びかかってきた。


「バカ野郎が!!」


 俺は威圧スキルのレベルを一レベルから八レベルに上げる。


 威圧の効果範囲にいた二人は途端に氷のように硬直して、武器を振り上げたまま床に頭から突っ込んでいく。


 ハリスが素早く二人を縛り上げた。


 俺は奥の扉まで行き、それを開けようとする。


──ガチャガチャ


 鍵が掛かっている。俺はドアノブを掴んだ腕に力を込める。


──メリメリメリ……ドゴッ!


 嫌な音を立てて扉が軋み、そのまま簡単に外れる。


「ひいいいぃぃ!」


 中から男の悲鳴が聞こえてきた。

 中に入ると、ベッドの横にある狭い隙間にずる賢そうな顔をした男がいた。


「お前が、ここの宿の主人だな?」


 俺がそういうと、男は震えながらも立ち上がる。


「そ、そうです! 反逆者が突然宿を襲ってきたので、ここに隠れていたのです!」


 大嘘だな。お前の光点、赤いままなんだよ。それに反逆者って……語るに落ちるとはこの事だよ。


 俺にすがりつこうとやってきた男の鳩尾みぞおちに軽く正拳突きを打ち込む。


「ぐぇ……」


 男はそう言って気を失った。


「こんな状況になってまで嘘を吐くとは天晴な馬鹿野郎だな」


 男を引きずり、リビングに放り出す。ハリスが宿屋の主人も縛り上げる。


「馬鹿野郎だから、こんな事件を起こしたんだろう」

「トリシアの言う通りじゃのう」

「だけどよ。私たちが偶然この街にいたからいいけど、いなかったらこの計画は成功してたかもしれないぜ?」


 トリシアが男を見ながら俺の言葉に相槌を打つ。マリスもそれに賛同した。それに、アナベルが別の可能性に言及する。


 俺たちがいなかったらか。もしそんな別の世界線があったとしたら……考えるだけで震えが来るね。


 なにはともあれ、実行部隊が全滅したし。これで襲撃事件は頓挫したはずだ。



 一応、もう一度大マップ画面で二つのギルドや関係者を検索してみた。

 やはり倉庫区画や他の区画で何本かピンが立った。


 俺たちは大マップの情報共有をしてから、それぞれのピンの拘束に向かう。


 首謀者と事件の関係者は生きたまま捕まえておいて、街の人々の恨みを一身に受けてもらうとしよう。

 そうしておかないと、その恨みは事件に関わっていない海賊たちに向かいかねないからな。


 街を指導するべきギルドの一部が起こした事件だけに、アフター・ケアを間違えると内乱などが発生することもある。


 愚か者ってヤツは本当に面倒なこと起こしやがるなぁ……

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